財産分与を争う際に「基準時はいつか」が争点となります。つまり、「どの時点の評価を基準にして分けるか」という問題です。特に、株式や不動産のように、価値の増減が大きい財産ほど、基準時によって有利不利に影響します。
例えば、別居時は高額だった資産が、離婚時に価値が下落していたケースでは、財産分与の基準時が「別居時」「離婚時」のいずれかにより、分与される財産の金額が変わります。結論として、財産分与は、「別居時」に存在する財産を、「離婚時」を基準として評価するのが原則です。
今回は、財産分与の基準時の意味と、評価の仕方について、弁護士が解説します。
- 財産分与は、夫婦の協力関係が終了した時点を基準とする
- 別居時を基準に、対象となる財産を確定し、財産分与を行うのが原則
- 対象となる財産の評価については、離婚時を基準として決定する
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財産分与の基準時とは

はじめに、財産分与の基準時とはどのような意味か、解説します。
財産分与は、離婚に伴い夫婦の財産を公平に分ける手続きですが、その際にしばしば「基準時」が争点となります。別居や離婚の前後で財産状況が変化すると、いつの時点を基準とするかによって分与額に差が出ます。不利になる側からは、不公平であるという不満が生じることでしょう(例:別居直前に、一方の生活費に充当する名目で貯金額が減少したなど)。
財産分与の基準時には、「いつの時点で存在する財産を対象とするのか」という「財産の確定の基準時」と、「対象となる財産をいつの時点で評価するのか」という「財産の評価の基準時」の2つの意味があり、それぞれ異なることがあります。
財産の確定の基準時
財産の確定の基準時は、「いつの時点の財産を対象とするか」を決める基準です。
夫婦の共有財産が、時によって増減するとき、どの時点の財産を対象とするのかによって分与額が変わってきます。この「財産の確定の基準時」は、財産分与の基礎となる公平の考え方からして、夫婦の協力関係が終了した時点、つまり、「別居時」とするのが原則的なルールです。
確定の基準時が争いになるのは、財産の増減があるケースです。
- 別居間際に夫婦の一方が預貯金を生活費に充当した
- 離婚直前に退職金が支払われた
- 別居後に仕事で成功して財産が増えた
- 別居後に妻が借金を作った
このような例では、分与対象となる財産の確定を、離婚時にするのか、別居時にするのかによって、どの財産を分与すべきかが変わります。
財産の評価の基準時
財産の評価の基準時は、「対象財産をいつの時点で評価するか」を決める基準です。
不動産や株式など、時によって価値が変動する財産が分与対象に含まれるとき、その財産をいつの時点の評価で算定するかによっても分与額が変わります。「財産の評価の基準時」は、夫婦の協力や貢献によって変わるものではないので、「離婚時(分与時)」が原則です。
評価の基準時が争いになるのは、財産の評価が変動するケースです。
- 不動産の価格が、市場価値によって変動している
- 株式や投資資産が値上がりした
- 貴金属の相場が変動する
このように財産の価値が変わる例では、どの時点で評価するかによって、分与額が異なります。夫婦それぞれの取り分が変わるので、当事者間で争いの種となります。
「離婚時の財産分与」の解説

財産の確定の基準時について

財産分与の基準時のうち、財産の確定の基準時について詳しく解説します。
別居時を基準時とするのが原則
財産の確定は、別居時を基準時とするのが原則です。
離婚時の財産分与は、夫婦が協力して築き上げた「共有財産」を、公平の観点から分配することを目的としています(これに対し、婚姻前から有していた財産、贈与や相続で取得した財産は、夫婦の協力によらない「特有財産」なので対象外とされます)。
以上の基本的な考え方から、対象となる財産の確定は、夫婦の協力関係が続いているかどうかを基準に判断すべきです。離婚に向けて別居を開始した後は、もはや財産の形成・維持について夫婦の協力はないと考えられるので、「別居時」が財産の確定の基準時となります。
したがって、財産の確定の基準時が「別居時」となるので、財産分与は、婚姻から別居時までに夫婦の貢献によって増加した財産を対象とするのが基本です。
「離婚前の別居の注意点」の解説

離婚時が基準時となる例外的ケース
財産の確定は、原則「別居時」を基準時としますが、例外的に「離婚時(分与時)」が基準時となるケースがあります。財産分与の基礎である「離婚時の夫婦の公平」という考え方からして、離婚時を基準時とした方が公平に適う場合があるからです。
離婚時を基準時とすべきケースは、例えば次の通りです。
別居後も家計が同一だった
別居後もしばらくの間、家計が同一だった場合、別居によってすぐに財産に関する協力関係がなくなるとは言えません。この場合、夫婦の公平からして、協力関係がなくなった時点を基準に対象財産を考えるべきなので、離婚時を基準時とすべきケースがあります。
例えば、次のケースが考えられます。
- 別居した後も、共同経営の会社が成長し続けた。
- 子育てのために夫婦共通の口座に貯蓄を続けていた。
このようなケースでは、別居後も夫婦の協力によって築き上げられた財産については、別居後の増加分も分与の対象としたり、家計が分離された時点を基準時としたりといった修正をして、適正な分与額を決めるべきです。
別居せずに離婚した
そもそも別居せずに離婚したなら、財産の確定の基準時を別居時とすることはできず、離婚時とすべきです。同居のまま話し合いを進め、離婚が成立したケースが典型例です。この場合、離婚に至るまで家計が同一であり、財産の形成・維持について夫婦間の協力関係は保たれていると考えられます。
なお、形式的には同居していても協力関係は全くない、いわゆる「家庭内別居」の場合には、個別の事情に応じた検討を要します。
「家庭内別居」の解説

別居に正当な理由がある
別居に正当な理由があるケースも、その時点で協力関係が途絶えるわけではなく、別居時を基準に対象財産を決めるべきではありません。例えば、単身赴任や留学、里帰り出産や子供の通園・通学の便などは、別居の正当な理由といえます。この場合、別居後の財産の増減についても、分与の対象にする方が公平に適うでしょう。
なお、当初は正当な理由があっても、その後に夫婦仲が険悪になり、実質的にも別居に至った場合は、夫婦関係が実質的に判断した時点を基準時とすべきです。
同様に、別居と同居を繰り返す場合も、どの時点を基準時とすべきかは個別に検討せざるを得ません。「一旦別居したが、その後に関係を修復して同居、更に別居した」といったケースもまた、夫婦関係が実質的に破綻し、財産に関する協力関係がなくなった時点を基準時として財産分与を判断すべきです。
「勝手に別居すると不利?」の解説

近い将来の財産の増加が確実だった
別居前から、近い将来に財産が増加する可能性が高かったのであれば、別居後に取得した財産についても分与の対象とすべきケースがあります。
その典型例が、近い将来に退職金の支払いが確実であった事案です。
定年でもらえる退職金は、将来の財産の増加が確実であり、たとえ別居後に支給されたとしても、分与の対象とする方が公平に適うと考えられます。特に、婚姻期間が長く、勤続年数も長い場合には、長年貢献してきた対価として支払われる退職金は、別居の前後を問わず、配偶者の一定の貢献があったものと評価することができます。
「退職金の財産分与」の解説

不当な財産変動は加味しないことがある
例外的に、基準日に接着した時期にされた不当な財産変動は、無視して財産分与すべきとされる場合があります。例えば、次のような財産変動を考慮してしまうと、他方にとって著しく公平に反する事態となりかねません。
- 夫が、別居直前にギャンブルで大きな浪費をした。
- 妻が、別居時に預貯金を全額引き出した。
別居前後に大きな財産変動があるケースの中には、財産隠しが強く疑われる例もあります。預貯金を他の口座に移したり、親族や友人など第三者に譲渡したりする場合です。財産隠しが疑われるケースでは特に、夫婦の共有財産を徹底して調査しなければなりません。
「別居時に持ち出した財産」の解説

財産の評価の基準時について

財産分与の基準時のうち、財産の評価の基準時について詳しく解説します。
離婚時を基準時とするのが原則
財産の評価は、離婚時を基準時とするのが原則です。財産分与では、離婚の時点で分与を実施するため、「離婚時」は「分与時」と言い換えることもできます。離婚の成立日が基準日となりますが、そのタイミングは、離婚の方法によって次のように説明できます。
- 協議離婚の場合:離婚届の提出日
- 調停離婚の場合:調停成立日
- 審判離婚の場合:審判の確定日
- 裁判離婚の場合:判決の確定日
財産の価値の変動は、夫婦の協力とは無関係に、市場価値などの外的要因によって決まるので、分与の直近の価格を反映するのが最も公平と考えられるからです。不動産や株式など、価値の増減のある財産は、対象となる資産自体が変わらなくても、その評価が変わるので、基準時をいつにするかによって分与額に影響します。
不動産の評価の注意点
不動産は、市場価値が大きく変動するため、どの時点の評価額を基準に分与するかが重要となります。夫婦関係が長いと特に、結婚当初にローンを組んで買った不動産の価値が大きく上昇したり、下落したりする例は少なくありません。
このようなケースで別居時を基準とすると、不動産の評価が変動する可能性があると、別居を遅らせたり早めたりといった戦略が生まれ、協議が難航しかねません。
なお、不動産の評価額を決める際、当事者間で合意ができない場合は、不動産鑑定士による評価が必要となることがあります。特に、市場価値の変動が大きく、基準時が決まったとしても適正な評価額が算定しづらいケースは、専門家のサポートを受けるべきです。
「財産分与で土地を分ける方法」「共有名義の不動産」の解説


株式・金融資産の評価の注意点
株式や投資信託、外貨預金などの金融資産は、株価や為替レートによって価値が大きく変動するので、基準時をいつにするかが重要です。特に、夫婦の一方の責任と判断で投資をしているとき、一方の負ったリスクで分与額が変わるのは不公平なこともあります。
裁判で争われる場合、原則として、離婚時点の時価評価で、証券口座内の資産を全て算出して、財産分与を実施することが多いです。ただし、株価の急騰・急落があった場合には、それを考慮しない方が公平と考えられるケースもあります。
また、財産分与後も一方が株式を売却せずに保有し続ける場合には、将来の価格変動リスクについて離婚時にどのように折り込むかも、個別の事情に応じて判断しなければなりません。
「株式の財産分与」の解説

財産分与の基準時で損しないための対策

次に、財産分与の基準時で損しないための対策を解説します。
財産分与の基準時が変わることで、受け取れる財産の額が大きく変動する可能性があります。財産分与を有利に進めるには、基準時を意識して準備をすべきです。
財産分与の基準時を意識して準備する
財産分与を有利に進めるには、その基準時がいつになるかを理解し、基準時を意識しながら財産の状況を整理していく必要があります。
まず、対象となる財産を把握する必要があります。財産の確定の基準時が「別居時」であることを意識して、別居の時点で存在する財産をリスト化し、夫婦の共有財産と、夫や妻それぞれの特有財産を区別してください。次に、リスト化した財産の評価の基準時は「離婚時(分与時)」であることを意識して、価値が変動する可能性のある財産については値動きをチェックしてください。
また、別居前に相手が財産を隠していないか(例:預金の引出、不動産の名義変更など)をチェックし、怪しい動きがあるときは弁護士に相談して調査することも視野に入れるべきです。
「離婚に強い弁護士とは?」の解説

別居時の財産状況を確定する
離婚に向けた別居をするケースでは、別居時の財産状況を確定しておくことが、将来の財産分与の争いをスムーズに解決するための重要なポイントとなります。そのため、相手としっかり話し合い、合意した内容は「別居の合意書」を作るなどして証拠化してください。
特に、相手に不貞行為やDVなど、破綻の原因となった有責行為があるときは、それが別居の理由となったことを明らかにし、責任を追及すべきです。
「相手の財産を調べる方法」の解説

別居後に弁護士から通知を送る
別居によって夫婦の協力関係がなくなったと考えるなら(特に、離婚を目指して別居を開始した側)、家を出た後すぐに、弁護士を介して通知を送るのがお勧めです。
当事者間の話し合いでは合意が難しいケースは、弁護士を介して連絡する方が円滑に進みます。特に、相手が財産隠しを試みる可能性がある場合、弁護士から連絡させることで不適切な行為を止める効果が期待できます。また、別居によって家計が分かれることは、財産分与の基準時を確定することのほか、別居後に婚姻費用を請求できる理由ともなります。
相手が話し合いに応じず、冷静な交渉が難しいときは、離婚前であれば離婚調停、離婚後であれば財産分与請求調停を申し立てることで、財産分与について法的手続きで争うことができます。
「弁護士から連絡が来た時の対応方法」の解説

財産分与の基準時についてよくある質問
最後に、財産分与の基準時について、よくある質問に回答しておきます。
単身赴任の場合、財産分与の基準時は?
単身赴任は、夫婦が離れて生活するものの、仕事の都合によるものなので、離婚に向けた別居とは異なります。
財産分与の際、財産の確定は「別居時」を基準時としますが、単身赴任の場合は夫婦関係が維持されていると判断され、その別居の時点は基準時にはなりません。
ただし、単身赴任中に夫婦関係が完全に破綻したときは、その時点からは離婚に向けた別居とみなされ、財産分与の基準時として考慮されます。具体的には、次の要素を加味して、単身赴任中のどの時点を財産分与の基準時とすべきかを検討します。
- 単身赴任中に夫婦の交流があったか
- 連絡の頻度
- 生活費の送金状況
- 単身赴任に同意があったか
- 単身赴任中の財産管理が、同居中と同じか
家庭内別居の場合、財産分与の基準時は?
家庭内別居は、同じ家に住みながら、夫婦関係が事実上破綻している状態です。財産に関する協力関係が存在しないならば、通常の別居と同じく「家庭内別居の開始時」を財産分与の基準時とすべきケースもあります。
ただ、家庭内別居は、物理的な別居とは異なり、どの時点で夫婦関係が破綻したのかが争いとなることが少なくありません。例えば、次の要素が考慮されます。
- 夫婦の会話がいつ完全に途絶えたか
- 寝室や生活スペースが明確に分かれているか
- 食費や生活費の負担が別々か
- 互いに財産を独立して管理しているか
家庭内別居の開始時を基準時と主張するなら、その時点で夫婦関係が破綻していることを示す証拠(メールのやり取り、家計の管理状況など)が必要です。
なお、裁判では、家庭内別居では「まだ夫婦関係は破綻していない」と判断され、その後の物理的な別居時、または、離婚時が、財産分与の基準時となる可能性があります。
結婚前の同棲は財産分与に影響する?
結婚前に同棲していたり、内縁の関係にあったりすることは、財産分与の基準時には影響しません。財産分与はあくまで、婚姻期間中に築いた財産が対象なので、たとえ同棲や内縁の関係にあっても、結婚前に取得した財産は、夫や妻各自の特有財産とされて対象外となるからです。
ただし、結婚前でも、夫婦の一方が、他方の資産形成に大きな貢献をした場合や、実質的には夫婦と同視できる関係にあった場合には、例外的に、同棲中に取得した財産についても分与の対象とすべきケースもあります。
「特有財産」の解説

債務の分与の基準時は?
財産分与では、借金やローンなど、婚姻期間中に負った債務(負債)も対象となります。ただし、債務についても、基準時において夫婦の共有のものと判断される必要があるので、財産と同じく、基準時が重要となります。
債務の分与の基準時についても、別居時とするのが原則です。
例えば、別居時に住宅ローンが残っている場合、その後離婚までの間に完済したとしても、財産分与の対象に含めて考えることが多いです。一方で、別居後に個人的な借金を増やしたとしても、分与の対象にはなりません。
なお、ギャンブルや浪費などの個人的な借金は、財産分与されないばかりか、離婚の原因となることもあります。
「借金を理由とする離婚」の解説

まとめ

今回は、財産分与の基準時がいつか、という問題について解説しました。
財産分与の基準時には、2つの意味があります。対象となる財産の確定は、「別居時」を基準時として判断する一方で、その評価については「離婚時」を基準時とするのが原則です。また、この原則を貫き通すとかえって公平を損なうときは、例外的に修正すべきケースもあります。
したがって、財産分与の基準時は、別居時が原則とはなりますが、ケースに応じて調整しなければならず、特に、価値の変動の大きい財産が含まれるときには、自分にとって有利な基準時を主張するための証拠を集めておくべきです。
財産分与について、基準時などの複雑な争いが生じるおそれのあるときは、早めに弁護士に相談して、法律知識の基づくアドバイスを受けるのが賢明です。
- 財産分与は、夫婦の協力関係が終了した時点を基準とする
- 別居時を基準に、対象となる財産を確定し、財産分与を行うのが原則
- 対象となる財産の評価については、離婚時を基準として決定する
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財産分与は、結婚期間中に形成された資産を整理し、公平に分割するための重要な手続きです。財産の評価方法や分割の割合などが争われると、法律知識に基づいた解決が必要となります。
トラブルを未然に防ぐために、以下の「財産分与」に関する詳しい解説を参考に対応してください。