夫の介護が負担になって離婚を検討する人は少なくありません。
「夫の介護が辛いと感じるのは冷たいのか」「逃げてはいけないのか」など、自分を責める人もいます。終わりの見えない介護に疲弊し、限界を迎えるケースもあり、離婚を考えるのも無理はありません。少子高齢化の現代、介護の負担はますます増しています。
法律上は「介護をしたくない」という感情だけでは離婚は認められにくいのが現実です。しかし、介護が原因で夫婦関係が破綻した場合、法定離婚事由に該当する可能性もあります。
今回は、夫の介護を理由に離婚が成立するケースと手順、注意点について弁護士が解説します。
- 夫の介護をしたくないという感情だけでは、法的に離婚は認められない
- 介護を理由に離婚するために、婚姻継続が困難な事情を証拠で立証する
- 介護が辛いからといって「悪意の遺棄」をしないよう、誠実に対応する
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夫の介護をしたくないことは離婚の理由になる?

まず、「夫の介護が離婚理由になるか」について解説します。
「夫の介護をしたくない」というだけでは法的に離婚は認められません。民法770条1項の定める法定離婚事由(①不貞、②悪意の遺棄、③3年以上の生死不明、④強度の精神病、⑤婚姻を継続し難い重大な事由)に該当すれば裁判離婚が可能ですが、「夫の介護」はいずれにも含まれないからです(④強度の精神病にも、身体的な障害は含みません)。
しかし、夫の介護は、妻の心身に大きな負担を与えます。
日常生活の世話が必要だと、自由な時間は奪われ、慢性的な睡眠不足や疲労、孤独感に悩まされるでしょう。ストレスが積み重なり、心身の限界を迎え、「介護したくない」と思うのも自然なことです。
「家族だから」「妻だから」という義務感だけでは介護を続けられません。無理をすれば、介護うつや体調不良で共倒れにもなりかねません。
介護が原因で、夫婦関係が修復できない状態に陥った場合、離婚可能な例もあります。例えば、次のケースがあります(「介護をしたくないことが離婚理由になるケース」で後述)。
- 過去に暴力(DV)や精神的な支配(モラハラ)を受けてきた妻が、加害者である夫の介護の負担によって心身が限界に達してしまったケース
- 夫や親族から文句や暴言、嫌がらせを受け、精神的な苦痛が続くケース
これらの場合、民法770条1項5号の「その他婚姻を継続し難い重大な事由」にあたるとして、裁判で離婚が認められる可能性があります。重要なのは、婚姻関係の破綻を示す証拠であり、上記の例だと、ストレスでうつ病となったことを示す医師の診断書などが、破綻を裏付ける証拠となります。
したがって「介護をしたくない」という感情だけでなく、その背景にある具体的な事情、夫婦関係の破綻を証明する努力が大切です。
「離婚に強い弁護士とは?」の解説

介護をしたくないことが離婚理由になるケース

次に、夫の介護を理由に、離婚が認められるケースについて解説します。
前述の通り、夫の介護そのものでは法的に離婚は認められませんが、介護をきっかけとして婚姻関係が破綻すれば、離婚可能なケースもあります。
夫婦間で離婚を合意した場合
夫婦間の話し合いで合意した場合、協議離婚が可能です。
協議離婚は、裁判所を介さず、役所に離婚届を提出することで成立する離婚であり、互いに納得していれば理由は問いません。そのため、妻が「夫を介護したくない」という気持ちで離婚を求めても、夫が同意すれば離婚可能です。
離婚届を出す前に、養育費、財産分与、年金分割といった離婚条件を必ず決めましょう。口約束では、言った・言わないの水掛け論になるので、取り決めた内容は離婚協議書にまとめるのがお勧めです。
介護が離婚理由となるケースでは、認知症や脳梗塞の後遺症などで意思疎通が困難な人もいます。夫が離婚の意味を理解できるか慎重に確認しないと、意思表示が無効となるおそれがあります(判断が困難な場合は、成年後見人制度の利用を検討してください)。
「離婚協議書が無効になる場合」の解説

介護が理由で夫婦関係が破綻した場合
夫婦の合意がなくても、婚姻関係が破綻していれば離婚できる場合があります。
協議離婚できない場合、離婚調停、離婚裁判(離婚訴訟)を通じて、法的手続きによる離婚を目指します。離婚裁判では、民法770条1項の定める法定離婚事由に該当することを証明しますが、介護を理由とした離婚だと、民法770条1項5号の「その他婚姻を継続し難い重大な事由」を主張する例が多いです。ただし、これは不貞や暴力といった事情に類する重大さが必要なので、夫婦関係が修復不能なほど破綻していることを裁判所に認めてもらわなければなりません。
裁判所が「破綻」と判断する典型例には、次のものがあります。
介護する側の心身の限界
長期にわたる介護で心身に限界が来てしまったケースです。重い介護負担によってうつ病や適応障害などを発症した場合、医師の診断書が有力な証拠となります。
介護される側からのDVやモラハラ
介護される夫から感謝の言葉もなく、暴力や暴言、無視といった精神的・肉体的な虐待が繰り返される場合、夫婦の信頼関係は完全に破壊されたといえます。過去のDVやモラハラがあるケースも、そのような経緯のある夫の介護を強く拒否するのは自然であり、離婚が認められる可能性が高まります。
「モラハラやDVから逃げるための別居」の解説

親族の協力不足による孤立
夫の親族が協力できる状況にあるにもかかわらず、妻一人に介護を押し付け、孤立させているといった事情も考慮されます。
「子供の離婚で親の対応は?」の解説

配偶者の介護放棄・不作為の積み重ね
介護が必要なのに夫がケアを受け入れない、暴言を吐く、協力を求めると怒鳴るなど、不適切な対応がある場合、離婚が成立しやすくなります。要介護状態でも、長年にわたり家庭内で妻を尊重しなかった、家事や育児の協力を怠っていたなど、信頼関係を破壊する「過去の積み重ね」も重要な要素です。
「モラハラの証拠」の解説

夫婦関係の破綻(長期間の別居・信頼関係の喪失)
既に長期間別居している、互いに会話すらない状態が続くといったケースでは、実質的に夫婦関係が破綻していると評価されます。別居による離婚の目安は、一般に3年〜5年程度の期間が基準とされます(なお、有責配偶者からの離婚の場合、8年〜10年の別居を要するのが裁判実務です)。
「離婚成立に必要な別居期間」の解説

そもそも夫の介護義務の範囲は?

そもそも家族の介護義務は、法的にどのように考えられるのでしょうか。
民法は、夫婦は「同居、協力及び扶助の義務」があり、病気や障害で生活困難になった配偶者を支える責任があると定めます(民法752条)。一方で、民法877条は「直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある」とし、夫の親や兄弟姉妹もまた、扶養義務者とされています。
法律はあくまで原則を示すに留まるので、家庭の事情に応じて柔軟な判断が必要です。家庭裁判所では、以下の事情が考慮されます。
- 夫婦の年齢
- 双方の健康状態
- 経済的な余裕があるか
- 夫婦関係の経緯(長年の別居、DVやモラハラ、家事や育児への協力など)
- 今後の生活設計
「家族が介護するのは当然」「妻なら最後まで看取るべき」という根強い価値観があり、「介護したくない自分は冷たいのか」と罪悪感を抱く人も多いです。しかし、少子高齢化の進んだ現代の介護は、長期かつ重度のものとなっていて、個人の努力だけでは担いきれません。
介護保険サービスや地域包括支援センターといった公的支援を活用したり、他の親族と役割分担したりといった対応も検討すべきです。
「介護離婚」の解説

夫の介護をしたくなくて離婚する場合の手順

次に、夫の介護を理由として離婚する手順について解説します。
感情で行動すると不利になる危険があります。離婚を成立させるには、婚姻関係が客観的に見て破綻していることを証明することが重要です。
介護の具体的な内容を記録する
「夫の介護がいかに大変か」を第三者に理解させるには、辛さを訴えるだけでは不十分で、客観的な証拠を示すべきです。具体的には、次の記録が有効です。
- 介護日誌
日々の介護内容、夫の言動、自身の体調や心境などの記録 - 介護関連の書類
介護サービスの利用明細、領収書、ケアプランなど - 医療機関の記録
介護による心身の不調で通院した場合の診断書など - 夫や親族とのやり取り
暴言や協力を拒否されたことが分かるメールや会話の録音など
「過酷な介護で婚姻関係が破綻した」という主張を裏付ける証拠は、調停や訴訟において、調停委員や裁判官に説明する助けとなります。
「証拠がないときの対処法」の解説

介護費用と共有財産を精査する
介護を理由とした離婚では、財産分与で「介護費用」が争いになりやすいです。
財産分与は、婚姻中に夫婦で築いた財産を公平に分ける手続きです。このプロセスの中で考慮するため、介護に要した支出(医療費、介護用品、サービス利用料など)を整理しておいてください。特有財産(結婚前の預金や親からの贈与など)から夫の介護費用を捻出した場合、財産分与で立替え分の清算を求めるため、領収書などの記録を保存しておきましょう。
なお、義両親から夫の介護のお礼としてもらった金品は、妻への贈与と考えられるため、財産分与の対象にはなりません。
「離婚時の財産分与」の解説

話し合いによる協議離婚を進める
夫婦の合意による協議離婚は、最もシンプルで負担も少ない方法です。
ただ、介護を理由とした離婚では、感情的な対立が激化し、話し合いが難航します。夫の合意を得るには、妻側でも次の点を意識してください。
- 「夫婦としてやっていけない」という気持ちを明確に伝える。
- 責任の押し付けでなく、建設的な話し合いを心がける。
- 相手のことを責めない。
- 代替案を提示して安心感を与える。
夫が介護を必要とする場合、一方的に「介護したくない」と主張しても、離婚への同意を得づらいです。そのため、介護施設やサービスの提案、成年後見制度の利用、夫の親族への協力依頼といった代替案を示すことが大切です。
「夫婦としては離れるが、見捨てるわけではない」という姿勢を示すことで、夫側の不安を和らげ、話し合いを進めやすくなります。
「協議離婚の進め方」の解説

離婚調停・離婚裁判を進める
協議が決裂したら家庭裁判所に調停を申し立て、それでも合意に至らなければ離婚裁判(離婚訴訟)に進みます。調停や訴訟では、婚姻関係の破綻を裁判官に理解してもらうための証拠が極めて重要です。
裁判で有効な証拠には、次のものがあります。
- 介護に関する衝突や暴言の記録(LINEやメールのやり取り、録音)
- 精神的な不調に関する医師の診断書(介護うつ・PTSDなど)
- 日々の介護負担や夫の言動を記した日記
- 介護サービスの利用記録や相談履歴
これらは介護が原因で婚姻関係が壊れたことを裏付ける客観的資料となります。また、一般的な離婚問題と同じく、別居期間の長さや信頼関係の欠如を示す証拠も重要です。
「離婚調停で勝つには」の解説

離婚後の介護体制を整理する
離婚後の夫の介護体制も、計画しておきましょう。
- 夫の親族への連絡・依頼
夫の親や兄弟姉妹に連絡を取り、今後の介護について打診します。 - 公的サービスの洗い出し
地域包括支援センターに相談し、利用可能な介護サービスをリストアップします。現実問題として、生活保護の受給を検討すべきケースもあります。 - 介護施設の情報収集
必要に応じて、介護施設の情報も集めておきましょう。
見捨てたり責任放棄して逃げたりせず、誠実な姿勢を示すことは、調停委員や裁判官にも評価され、離婚を円滑に進める助けとなります。法律上、離婚が成立すれば介護の義務はないものの、夫が困らないように準備を進めておくべきです。
「離婚後の財産分与」の解説

介護放棄や悪意の遺棄にならないよう注意

次に、夫の介護をしたくないときでもやってはいけない行動を解説します。
夫の介護が限界に達し、離婚を考えるのは珍しいことではありません。
ただ、「もう無理」と思っても、感情に任せて進むのは危険です。対応を誤れば不利な立場に追い込まれ、離婚手続きに支障をきたすおそれもあるからです。
夫婦には相互扶助義務があり、正当な理由なく義務を放棄し、配偶者を置き去りにしたり、支援を怠ったりすると「悪意の遺棄」に該当します(民法770条1項2号)。例えば、介護を要する夫を見捨てて家を出たり、介護サービスを拒否して放置したりするケースです。裁判所から「義務を果たしていない」「悪意の遺棄である」と判断されれば、離婚請求が棄却されるだけでなく、夫側から慰謝料を請求されるリスクもあります。
一方で、離婚を検討すること自体は全く問題はありません。
重要なのは、「介護ができない」状況を、適切な手順で整理していくことです。以下の対応を取れば、悪意の遺棄とされるリスクは大幅に減ります。
- 医師やケアマネジャーなど専門家に相談し、そのアドバイスに従う。
- 訪問介護・ショートステイなどのサービスを利用し、可能な範囲で支援を継続する。
- 夫の親族や行政へ支援を求め、適切な引き継ぎを行う。
- 記録(日記・メール・相談履歴など)を残し、誠実な対応を証明できるようにする。
これらの行動は、「介護を放棄した」のではなく、「できる限りの努力を尽くしたが、やむを得ず離婚を選ぶしかなかった」と説明する役に立ちます。
介護に疲れ、離婚を考える自分を「冷たい」と責める必要はありません。むしろ、無理を続けて共倒れになっては、誰も幸せになりません。法的にも道徳的にも、自分の心身を守るための誠実な対応を心がけましょう。
「結婚することで生じる義務」の解説

夫の介護を理由に離婚したいときのよくある質問
最後に、夫の介護に苦しむ人からのよくある質問に回答しておきます。
離婚成立までの夫の介護は誰が行う?
離婚成立までは法律上の夫婦関係が続くので、互いに助け合う義務(協力扶助義務)は残り、別居してもすぐに義務がなくなるわけではありません。離婚前に介護を放棄すると、「悪意の遺棄」(民法770条1項2号)に該当するおそれもあります。
ただし、現実的には一人で抱え込むのは難しいので、ケアマネジャーに相談し、訪問介護やデイサービス、ショートステイなどの介護保険サービスの活用を検討してください。また、夫の親族や子供による支援も視野に入れましょう。
「離婚までの流れ」の解説

養育費や慰謝料は請求できる?
夫の介護が理由で離婚する場合も、養育費や慰謝料は請求可能です。
養育費は、未成年の子供のためのもので、介護を要する夫でも、年金や障害年金などの収入、預貯金や不動産などの資産があれば請求できます。
慰謝料は、不法行為によって受けた精神的苦痛の賠償です。「介護を理由に離婚したい」というだけでは請求困難ですが、介護中に夫からDVやモラハラがあったケースなど、介護を通じて精神的苦痛を受けた事実が立証できるなら、請求が認められる可能性があります(暴言の録音や医師の診断書などが証拠となります)。
「養育費が支払われないとき」の解説

離婚後に元夫の介護を求めらたら?
離婚成立後は、元妻が元夫を介護する法的義務はありません。
協力扶助義務や扶養義務は、あくまで婚姻関係に基づくので、夫婦関係が解消されれば消滅します。その後は法的に介護を強制されることはなく、離婚後に夫や親族から「手伝ってほしい」と頼まれても、道義的なお願いに過ぎず、拒否できます。
夫との間に子供がいる場合、その子供には父親の扶養義務が残りますが、介護保険などの公的サービスの利用や、他の親族との分担が優先されることが多いです。
「離婚後の同居」の解説

夫の介護費用は誰が負担する?
夫の介護費用は、原則として本人(夫)の預貯金や年金から払うのが基本です。本人が費用を支払えない場合、扶養義務を負う親族(主に配偶者や来)が負担します。したがって、夫に十分な資産や収入があるなら、妻が介護費用を負担する必要はありません。
妻に資力がないときは、義両親に介護費用を負担してもらえないか相談しましょう。離婚後は扶養義務もなく、元妻が介護費用を負担する法的義務はなくなります。
「離婚に伴うお金の問題」の解説

介護による離婚を避ける方法は?
介護による離婚を避けたい場合、以下の対策を検討してください。
- 介護サービスを利用する
ケアマネジャーに相談し、訪問介護やデイサービス、ショートステイなどを活用することで、自宅での介護負担を軽減できます。 - 別居を選択する
別居して物理的に距離を置くことで、冷静な判断がしやすくなります。 - 親族と協力体制を築く
妻一人で介護を担うのではなく、夫の親族や子供に協力を求めて役割分担すれば、負担を和らげられます。 - 施設への入所を検討する
在宅介護が困難な場合は、老人ホームや介護施設など、生活の場を移すことも現実的な選択肢です。
思い詰めず、離婚以外の選択肢も視野に入れてください。
状況を整理し、現実的な解決策を探りましょう。介護離婚を避けるには、一人で抱え込まず、専門家の支援を受けながら生活全体を見直すのがポイントです。
「復縁したい人の全知識」の解説

まとめ

今回は、「夫の介護をしたくない」という理由で離婚できるかを解説しました。
夫の介護は、妻の心身の負担となるので、自分一人で抱えきれず、「離婚したい」と感じるのは自然なことです。一方で、法的には「介護をしたくない」という理由だけで離婚が認められるわけではなく、夫婦関係の破綻やその他の事情が重視されるのが現実です。
だからこそ、「離婚したい」と考えるなら、介護によって夫婦関係が修復不能なほど破綻していることを証明する努力をすべきです。離婚を急ぐあまりに介護を放棄すれば、かえって自身の不利になるおそれもあります。適切な手順を踏んで、後悔のない選択をしてください。
介護に限界を感じているなら、一人で抱え込まないでください。弁護士に相談して、最善の解決策を一緒に考えていきましょう。
- 夫の介護をしたくないという感情だけでは、法的に離婚は認められない
- 介護を理由に離婚するために、婚姻継続が困難な事情を証拠で立証する
- 介護が辛いからといって「悪意の遺棄」をしないよう、誠実に対応する
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協議離婚は、夫婦の話し合いで離婚条件に合意し、離婚届を提出することで成立します。この手続きは比較的簡単で迅速に進められる一方、難しい法律問題があっても自分達で乗り越えなければなりません。
合意内容が曖昧なままだと後にトラブルが生じるおそれがあるので、「協議離婚」の解説を参考にして進めてください。

