精神病を理由に離婚できるのでしょうか。離婚できるとして、うまく別れるためにはどう進めたらよいでしょうか。
相手が精神病にかかってしまい夫婦として支え合うのが難しいときは、離婚を決断せざるをえません。治療に専念してがんばっても、心が折れてしまうことも少なくありません。
夫婦は互いに助けあう義務を負っており、たとえ精神病にかかってもすぐ離婚できるわけではありません。よく離婚の原因となる精神病に、うつ病、統合失調症、認知症などがありますが、その症状や程度、理由などによっても離婚できるかどうかは異なります。
配偶者が精神病にかかってしまって限界を感じている方に向けて、離婚するための知識を解説します。
- 相手の精神病が強度であり、回復困難であれば離婚できる
- 相手の精神病で離婚するためには、医師の診断を受けてもらうなどの準備が必要
- 精神病になってしまった原因が自分のDV・モラハラにあるときは責任追及に注意
なお、強度の精神病は、裁判で離婚が認められる「法定離婚原因」の1つです。法定離婚原因について深く知りたい方は、次のまとめ解説をご覧ください。
まとめ 法定離婚原因とは丨相手が離婚を拒否しても裁判で離婚できる理由5つ
精神病を理由に離婚できるか
夫(または妻)が突然攻撃的になったり、感情的になって泣いてしまったり、予想もしない異常行動が目立つときなど、精神病にかかったのではないかと疑うことがあります。
しかし、夫婦には助けあう義務があるため、相手が精神病にかかったからといってすぐに離婚できるわけではありません。そこではじめに、「精神病を理由に離婚できるか」について解説します。
相手が離婚に同意する場合
夫(または妻)の同意があれば、精神疾患にかかっているときでも離婚できます。協議離婚、調停離婚では、合意が成立すればどのような理由でも離婚することができます。
ただし、思い精神病にかかった配偶者が、正常な判断をすることができないときなど、症状がひどいときはまともに話し合いができないケースもあります。精神疾患にかかって仕事ができないとき、離婚すると生活ができないことから離婚を拒絶する例もあります。
このようなとき、あなたにとって一方的に有利な離婚条件で離婚してしまうと、あとからその判断には誤りがあったとして、「錯誤」(民法95条)を理由に離婚は無効だとして争われるおそれがあります。トラブルを避けるためには、精神病にかかってしまった配偶者が、将来の生活にこまらないよう一定の保障を約束し、そのことを離婚協議書に定めておく方法が有効です。
相手が離婚に同意しない場合
相手が離婚の話し合いに同意しないとき、離婚の流れは、離婚協議・離婚調停・離婚訴訟の順で進みます。離婚訴訟では、「法定離婚原因」(民法770条1項)があれば、相手が離婚を拒んでいたとしても裁判で離婚することができます。
民法に定められた法定離婚原因は、次の5つです。
民法770条1項
夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。
民法(e-Gov法令検索)
一 配偶者に不貞な行為があったとき。
二 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
三 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。
四 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。
五 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。
精神病ではないかという状況で離婚を求めるときには、法定離婚原因のうち「強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき」(民法770条1項4号」にあたるかどうかを検討します。「強度の精神病」で「回復の見込みがない」ときにはじめて、裁判で離婚を認めてもらうことができ、精神病が軽度だったり、早期に回復の見込みがあったりするときは離婚できません。
ただし、この要件は裁判例ではかなり厳格に判断されています。精神疾患のように弱ったときこそ夫婦が助け合うべきで、離婚して生活面・経済面の支援を得られないと残された配偶者が窮地に陥るからです。そのため裁判所では、法定離婚原因にあたる精神病は相当強度のものに限られると考えられています。
最高裁判例では、次のように述べて、相手が精神病にかかってもすぐに離婚することはできず、離婚後の相手の生活がこまらないよう配慮しなければ離婚が認められないことを示しています(最高裁昭和33年7月25日判決)。
諸般の事情を考慮し、病者の今後の療養、生活等についてできる限りの具体的方途を講じ、ある程度において、前途に、その方途の見込のついた上でなければ、ただちに婚姻関係を廃絶することは不相当と認めて、離婚の請求は許さない。
最高裁昭和33年7月25日判決
措置入院させることができるか
措置入院とは、精神病にかかった人に入院を強制する行政の制度で(精神保健福祉法29条)、本人の医師にかかわらず入院させることとなります。
配偶者(パートナー)の精神病が相当重度なときには、措置入院の対象となることがあります。このようなとき、本人の同意がなくても医師の診療を受けさせることができます。
ただ、措置入院の対象となる精神病は、その病状からして自傷・他害のおそれが強いものに限られます。そのため、夫(または妻)が精神病にかかって自殺しようとしたとか、子どもを虐待したといった現実的な危険がないと、措置入院とはなりません。そのため、精神病と離婚の問題で、措置入院の制度で解決できるのはごく例外的なケースに限られます。
精神病で離婚が認められるかの判断基準
以上のことから、精神病で離婚が認められるためには、その程度が強度で、かつ、回復の見込みがないことが必要です。精神病がこのような重度のものとなっているかどうかは、次の基準で判断されます。
以下では順にくわしく解説していきます。
医師の見解
まず、精神病の内容や程度の判断では、医師の見解が尊重されます。そのため、相手のかかった精神病が、裁判で離婚が認められるほど「強度」で「回復の見込みがないか」どうか、医学的な判断を医師(主治医など)にうかがう必要があります。
民法にいう「精神病」の中には、医学的にはさまざまな病気が含まれることとなりますが、特に離婚のきっかけとなりやすいのは次のものです。
- 統合失調症
- うつ病
- 適応障害
- 認知症(アルツハイマーなど)
これらの病気について、医学的な見地からみて回復が困難だといえる程度に達していることが、裁判で離婚が認められるためには必要となります。必ずしも入院しているからといってただちに離婚できるわけでもありません。
なお、病気と似た例として、アルコール依存症や薬物中毒を理由とした離婚では、「強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき」(民法770条1項4号)ではなく、「その他婚姻を継続し難い重大な事由」(同5号)にあたるかを検討します。
夫婦関係に与える影響の大きさ
精神病が、法定離婚原因(民法770条1項)と認められるほど「強度」で「回復の見込みがない」とされるためには、夫婦関係を破綻させるほどに至っている必要があります。
裁判所でも、夫婦の精神的つながりが残っており、協力して乗り越えていこうという気持ちがあるときには、医学的に相当重度な精神病だったとしても、法定離婚原因にはあたらないと判断しています。
そのため、夫婦の一方(特に、精神病にかかってしまった側)が結婚生活を継続したいという思いが強いときや、実際に協力して乗り越えようとしている最中のときなどには、まだ支えあってやりなおせると判断されやすく、裁判で離婚を認めてもらうのが難しい傾向にあります。
従前の経過
離婚を認めてもらえるほどの強度かつ回復の見込みのない精神病といえるためには、従前の経過も重要な判断要素となります。
これまでにどのような症状が継続していたか、治療をしていたか、配偶者や家族が治療にどれほど協力したかといった事情により、離婚を認めてよいといえる状況かどうかが変わるからです。十分に世話をし、看病して治療を継続してきたけど、長期間にわたって精神疾患が回復せず、これ以上は限界だという段階に至って初めて、裁判で離婚することができるわけです。
そのため、精神疾患による離婚を決めたときでも、まずは本人にきちんと医師の診療を受けてもらい、治る可能性がないかどうか努力を尽くさなければ離婚は認められません。
離婚後の展望
精神病を理由に離婚されてしまった人の、その後の生活が立ち行かなくなってしまうおそれのあるときは、裁判所は離婚を認めてくれません。
そのため、精神病で離婚するのはしかたないとしても、「見捨てる」のではなく、離婚後の生活基盤に配慮し、計画的に支えていく意思を見せなければ、離婚裁判に勝つことは難しいです。
精神病による離婚を認めてもらうため、離婚後の展望として準備すべきことは次のような内容です。
- 離婚後も一定額の生活費を定期的に払う
- 精神疾患を治療するための施設に入居させる
- 相手の実家と話し合い、実家で療養できるように手配する
- 行政の支援制度を調べ、受けられるサポートの手続きをする
精神病を理由として、できるだけ早く離婚したいときには、特に「離婚とお金」の問題についての離婚条件ではある程度の譲歩をして、相手が離婚後の生活にこまらないようにする配慮を見せるのが効果的です。慰謝料や財産分与としてあげるお金が少なくなりそうなときは、扶養的財産分与を検討するのもよいでしょう。
精神病で離婚するための事前準備
精神病を理由に裁判で離婚を認めてもらうためには「強度の精神病で回復の見込みがないとき」(民法770条1項4号)にあたることが必要で、その判断は裁判所では厳格にされていると解説しました。
そこで、実際に精神病で離婚を認めてもらうためには、事前準備をしっかりおこなっておく必要があります。そこで、精神病で離婚するための事前準備について、弁護士が解説していきます。
必要以上に刺激しない
夫(または妻)が精神病ににかかったときでも、判断能力に問題なければ、相手の同意を得ることで協議離婚を成立させることができます。協議離婚、調停離婚であれば、相手の合意があれば離婚できますが、裁判離婚だと、裁判に勝たなければ離婚することができず、時間と手間が余計にかかってしまいます。
必要以上に刺激してしまい、感情的な対立を大きくしてしまうと、精神病が悪化し、離婚がさらに難しくなってしまうおそれがあります。
そのため、離婚協議の序盤から必要以上に刺激することは避けたほうがよいです。特に、軽度の精神疾患で、配偶者の自覚がないとき、強く指摘をすると話し合いがうまく進まなくなってしまうおそれがあります。
医師の診療を受けてもらう
精神病を理由とした夫婦問題の解決には、医学的な判断が不可欠です。そのため、精神病が疑われるときには、医師の診療を受けてもらうことが大切です。まだ夫婦関係が破綻する前であれば、病院に付きそう方法も有効です。
離婚協議を開始した後は夫婦間の意見が対立してしまい、あなたのすすめにしたがって医師の診療を受けてもらうことが難しいことが多いです。精神疾患が軽度だったり、相手のほうではストレスの原因があなただと考えていたりするとき、医師の診療を勧めても拒否されてしまうこともあります。
そのため、精神病なのではないかと感じたときは、できるだけ早めに病院にいくようすすめておく必要があります。
夫婦関係が悪化するより前から医師の診療を受けてもらうことは、精神病が強度で長期間つづいていることを示すのにも役立ちます。加えて、「精神病の原因が夫婦間のストレスにあった」と主張されづらくする効果もあります。
復縁を目指すときの対応
精神病にかかった夫(または妻)との夫婦生活を続けようとするとき、一緒に病気を乗り越える必要があります。
医師の診療を受け、医学的な観点から治療を行うことは当然ですが、夫婦間のストレスやあなたの不倫・浮気、DV・モラハラが原因だと主張されているときには、その原因を特定し、あなたの行動を改善しなければなりません。不用意な行動は、離婚を早めてしまうおそれがあります。
復縁を目指すときは、自分も精神科や心療内科を受診したり、夫婦で一緒にカウンセリングを受けにいったりといった方法が役立ちます。
なお、復縁したい人に知っておいてほしい法律知識は、次の解説をご覧ください。
精神病で離婚するときの注意点
最後に、精神病を理由にして離婚するとき、注意しておくべき点について解説します。
妻の精神病と子どもの問題
妻が精神病にかかり、これを理由に離婚を検討しているとき、心配なのは子供の問題ではないでしょうか。
子どもの親権は、一般的に母親側(女性側/妻側)に有利とされています。特に子どもが幼いうちは「母性優先の原則」が強くはたらき父親側(男性側/夫側)で親権をとることはとても難しいです。
たとえ妻が精神病にかかっていても、育児ができる程度ならば親権の判断には影響しないのが原則です。しかし、強度の精神病で育児が困難なときや、病気が原因でDVや虐待がおこなわれているとき、父親側にも親権が認められる可能性があります。
なお、父親側で親権をとりたいとき、次の解説も参考にしてください。
別居するときの注意点
「強度の精神病で回復の見込みがないとき」(民法770条1項4号)の法定離婚原因にあたるほどの病気ではないケースでも、別居期間が長ければ長いほど、夫婦関係が破綻しているとして「その他婚姻を継続し難い重大な事由」と評価してもらえる可能性があります。
そのため、早期に別居することが、離婚への近道となります。
ただ、相手が精神病で、自分で生活することが困難な状況に陥ってしまった後で別居することは、「悪意の遺棄」(同項2号)としてあなた側の離婚原因だという反論を受ける危険があります。もし離婚に向けた別居を検討しているときは、精神疾患が軽度なうちにしなければなりません。
なお、離婚前の別居について深く知りたい方は、次の解説をご覧ください。
自分で離婚手続をする判断能力がない時の対応
相手の精神疾患が強度なとき、自分で離婚手続きを進めるだけの判断能力がないこともあります。うつ病が悪化すると、無気力で自分では何もできない状態の人もいます。
離婚のような家族の問題は、本人の気持ちを尊重して決めるべきですが、強度の精神病によって判断能力を失っているときは、成年後見の申立てをおこない、後見人を選任してもらい、後見人を相手に離婚訴訟を起こすことが必要です(人事訴訟法14条1項)。このとき、後に離婚を考えているときは、夫婦といえども自分が後見人となることはできません。
なお、すでに夫婦間で自分が成年後見人に選任されているときには、成年後見監督人を相手方として離婚訴訟を提起します(人事訴訟法14条2項)。
精神疾患の責任が自分にある時の対応
相手の精神病の責任があなたにあるとき、離婚は相当困難です。例えば次のような例です。
- あなたの不倫発覚をきっかけに精神病になったケース
- あなたに重大なDV・モラハラがある事例
有責配偶者(夫婦の破綻について責任ある配偶者)からの離婚請求は裁判では認められづらいです。自分で離婚原因を作っておきながら離婚を求めるのは身勝手だという理由です。
このことは、相手が精神疾患にかかり、離婚後の生活基盤が整っていないほど、その身勝手さはより際立ちます。そのため、精神疾患の責任があなたにあるときは、より一層献身的に介護を行い、それでもなお回復が難しく夫婦関係をこれ以上続けていけない状態にあることを裁判所に理解してもらわなければなりません。
まとめ
今回は、夫(または妻)が精神病にかかってしまったときの離婚問題について弁護士が解説しました。
精神病を理由として離婚をしたいと考えるとき、相手が拒否しても離婚できるかどうかは、精神病の症状の内容・程度・回復の見込みなどによって判断しなければなりません。離婚問題に発展していると、夫婦が協力して治療を進めるのは難しく、夫婦間のストレスが精神病の原因となっていることもあるため、慎重に進めなければなりません。
まずは、なるべく刺激せず、精神科・心療内科の診療やカウンセリングを受けるようすすめてください。
当事務所のサポート
弁護士法人浅野総合法律事務所では、離婚問題に強みをもち、豊富な経験を有しています。
配偶者の精神疾患を疑わせる症状があるとき、通常の場合にも増して、離婚協議の進め方には注意しなければなりません。精神病を理由とした離婚をはじめ、離婚問題にお悩みの方は、ぜひ一度当事務所へご相談ください。
精神病による離婚でよくある質問
- 相手の精神病を理由にして離婚できますか?
-
夫婦の一方が精神病にかかってしまったとき、離婚するためには病気が強度で、回復の見込みがないことが必要となります。なお、相手の同意があれば、この要件を満たさなくても離婚できます。もっと詳しく知りたい方は「精神病を理由に離婚できるか」をご覧ください。
- 精神病を理由に離婚したいとき、どのような準備をすればよいですか?
-
相手の精神病を理由に離婚したいときは、必要以上に相手を刺激せず、まずは離婚の同意がもらえるか試してみてください。協力してもらえるうちに医師の診療を受けてもらうことも大切です。詳しく知りたい方は「精神病で離婚するための事前準備」をご覧ください。