夫婦の話し合いで決まる離婚のことを「協議離婚」といい、このとき作成する書面が「離婚協議書」です。
離婚協議書は、離婚するときの条件、離婚時の子どもやお金のルールなど、重要な取りきめが書かれています。そのため、公正証書の形式にすることで、より効力を強くしておくことがおすすめです。公正証書にしておけば、相手が約束どおりの支払いをしないなど離婚協議書に違反したとき、強制執行(財産の差押え)ができます。
ただし、裁判によらずに強制執行できるというメリットがある一方で、公正証書にすることには費用がかかるなどのデメリットもあります。また、効果的に活用するためには、弁護士に法的見地からのアドバイスをもらうのがおすすめです。
今回は、離婚協議書を公正証書にするメリット・デメリットと、公正証書を作成する具体的な方法、注意点について、離婚問題にくわしい弁護士が解説します。
- 離婚協議書を公正証書にすれば、裁判をすることなく強制執行(財産の差押え)ができる
- 公正証書を作るには、まず離婚協議書について合意した後、公証役場で手続きする
- 離婚協議書を公正証書にしたいときは、かならず離婚届の提出前に行う
まとめ 離婚協議書の書き方と、必ず記載すべき重要項目、作成方法【書式付】
離婚協議書を公正証書にする理由
離婚協議書は、話し合いで離婚が成立したときに作成する重要な書面です。
公正証書とは、法律の専門知識を有する「公証人」が作成する公文書です(公証人法1条1項)。公文書という公的な性質をもつことから、社会的な信用が高い書面ということができます。
夫婦間で作った離婚協議書は、公正証書にしなくても有効です(それどころか、口頭での合意でも有効です)。そのため、一旦離婚について合意したとき、その義務にしたがって誠実に履行せねばなりません。しかし、夫婦で作った書面だけでは、たとえ合意が成立していても、後から証明するのが難しくなったり、約束が守られなかったときにそれ以上の強制ができずにくやしい思いをすることとなります。
公正証書にしておけば、公正証書に記載された金銭請求について、裁判をしなくても強制執行(財産の差押え)ができるという効果があります。そのため、慰謝料、財産分与、養育費など、離婚にともなって金銭を受けとる側にとって、大きなメリットです。
離婚協議書を公正証書にするメリット
離婚協議書を公正証書にしておくことには、主に次の3つのメリットがあります。
離婚協議書の誤りを修正できる
夫婦で協議した結果、自分たちだけで作成した離婚協議書には、法律の点からみると不十分、不適切な記載があるおそれがあります。法違反の記載があると、その部分については無効となってしまう危険もあります。
これに対して、公正証書であれば、法律の専門知識を有する公証人が作成してくれる文書なので、内容が無効となるような問題点については、公証人から事前に指摘を受けることができます。
離婚協議書を公正証書としておくことで、法的に有効な書面を、確実に作成でき、離婚協議書を作成した後の無用なトラブルを回避できます。
価値の高い証拠となる
公正証書は公文書であり、高度の証明力があります。そのため、証拠として高く評価してもらえます。この点は、夫婦2人が作成する離婚協議書が、私文書とされることと大きく異なります。
私文書が法的に無効となるわけではないですが、一般的に、公文書よりも証拠としての価値が低いとされています。加えて、署名押印が適切になされていないなど、形式面の問題で争いを招いてしまうおそれもあります。
強制執行(財産の差押え)ができる
離婚協議書を公正証書にしておくことで、慰謝料、財産分与、養育費など、離婚協議書に記載された金銭を支払わなかったときには、裁判手続きをすることなく強制執行(財産の差押え)をすることができます。そのため、債権回収が容易となるというメリットがあります。
特によく利用されるのが、支払い義務者の給与の差押えです。
なお、通常の差押えでは、給与債権の4分の3が差押え禁止債権とされています(4分の1までしか差押えられない)が、養育費の強制執行では、養育費を受けとる権利を保護するため、給与の2分の1まで差し押さえることができます。
強制執行手続きによるときには、あわせて財産開示の制度を活用することもできます。
離婚協議書を公正証書にするデメリット
離婚協議書を公正証書にしておくことに大きなデメリットはありませんが、公文書を作成する手続きであるため、一定の手間と費用がかかります。
なお、公正証書にすることのデメリットを少なくするために、事前に弁護士のアドバイスを受けておくのがおすすめです。
作成費用がかかる
離婚協議書を公正証書とするときには、公証役場に支払う作成費用がかかります。
作成費用は、公正証書に定められた目的価額によって決まります。公正証書によって求める慰謝料、財産分与、養育費などの金額が高いほど、作成費用も高額となります。妥当な内容にしておかないと、かえって費用が高くなるおそれがあります。
公正証書の作成費用は、次のとおりです(公証人手数料令第9条別表)。
目的の価額 | 手数料 |
---|---|
100万円以下 | 5000円 |
100万円超200万円以下 | 7000円 |
200万円超500万円以下 | 11000円 |
500万円超1000万円以下 | 17000円 |
1000万円超3000万円以下 | 23000円 |
3000万円超5000万円以下 | 29000円 |
50000万円超1億円以下 | 43000円 |
1億円超3億円以下 | 43000円に超過額5000万円までごとに13000円を加算した額 |
3億円超10億円以下 | 95000円に超過額5000万円までごとに11000円を加算した額 |
10億円超 | 24万9000円に超過額5000万円までごとに8000円を加算した額 |
なお、「作成費用がかかる」というデメリットを解消するには、次の方法を検討してください。
- 相手に作成費用を負担してもらえるよう交渉する
- どうしても譲歩できない条件のみを記載する
作成時間がかかる
公正証書は強力な効果を持つため、相手がなかなか公正証書の作成に応じてくれないことがあります。
離婚協議書を守る気持ちはきちんとある方でも、公正証書にしてしまえば最悪のケースでは給料を差押えられてしまうため、不安と恐怖で気が進まない方は多いです。そのため、離婚協議書に合意ができた後も、公正証書とするためにはさらに交渉の時間を要するケースも少なくありません。
公正証書は、公証人が事前に内容をチェックし、公証人と予定調整をし、当事者が出頭して作成するという手順を踏むため、実際の作成にも一定の時間を要します。
なお、「作成時間がかかる」というデメリットを解消するには、次の方法を検討してください。
- 相手との交渉当初から、公正証書化することを前提に進める
- 弁護士に離婚協議書の作成を依頼し、適切な内容とする
- 弁護士に公証人とのやりとりを依頼し、スムーズに進める
当事者の出頭が必要となる
公正証書を作成するときは、夫婦双方が、公証役場に出向かなければなりません。そのため、離婚にともなって金銭を支払う側にとっては、わざわざ手間をかけてまで公正証書を作ることに消極的になることが多いです。
公証役場は平日午後5時にしまるので、これにあわせて仕事を休むなどして出頭する時間を確保しなければなりません。
「当事者の出頭が必要となる」というデメリットを解消するため次の方法を検討してください。
- 弁護士に依頼し、代わりに公証役場に出頭してもらう
離婚協議書を公正証書にする方法・手順
次に、離婚協議書を公正証書にする方法・手順について弁護士が解説します。
ここまで、離婚協議書を公正証書にしておくデメリットはそれほど大きくなく、一方で、強制執行(財産の差押え)できるという、金銭をもらう側のメリットがとても大きいと説明しました。
メリットの大きいものであるからこそ、離婚協議書をこれから公正証書にしようと考えている方には、具体的な手続きの方法・手順を詳しく知っていただき、少しでも公正証書化へのハードルを下げていただければと思います。
離婚条件について協議する
まず、公正証書にするにあたっては、そのもととなる合意が必要となります。そのため、まずは、離婚条件について夫婦で話し合いをします。
よく、「お互いに離婚することには合意している」という相談を受けることがあります。しかし、離婚すること自体には合意していても、離婚条件がまとまらなければ離婚することはできません。甘く見ていると協議が長期化してしまいます。
離婚協議書を作成する
夫婦の話し合いによって、離婚条件について合意に達したら、その内容を離婚協議書にまとめます。この離婚協議書が、公正証書のもととなりますから、法律面で問題のない内容としておかなければなりません。
離婚協議書は、夫婦が離婚するときに決めておくべき事項がすべて記載されている必要がありますから、抜けや漏れのないようチェックしておいてください。離婚協議書に定めておくべき内容については、「離婚とお金」の問題、「離婚と子ども」の問題のほか、ご家族の状況に応じて、未払いの婚姻費用の清算、住宅ローンなどの借金の取り扱い、同居していた自宅に住みつづけてよいかどうかなどの事情について記載することがあります。
離婚協議書に書くべき内容は、くわしくは次の解説をご覧ください。
公証役場に申請する
離婚協議書が完成したら、公正証書とするために、公証役場に申し込みを行います。
公証役場に申請するときの必要書類として、次のようなものをそろえておくようにしてください。
- 離婚協議書
- 戸籍謄本(夫婦双方のもの)
- 実印・印鑑証明書
- 本人確認書類(運転免許証・パスポートなどの身分証明書)
- (不動産の財産分与のときなど)不動産登記簿謄本・固定資産税評価証明書
- (年金分割があるときなど)年金手帳の写し、年金分割のための情報通知書
公正証書とする目前で喧嘩になってしまわないためにも、合意内容は離婚協議書にまとめて合意をしておき、「あとは公正証書にするだけ」という状態で公証役場への申請をするようにしてください。
公証人のチェックを受ける
公正証書をつくるときには、法的に問題のない内容となっているかについて、公証人の事前のチェックを受けます。
法的に問題のある表現、あいまいな条項、トラブルを招きかねない抽象的な表現は、修正を求められることがあります。
FAX、郵便、メールなど、公証人から指定された方法で、公正証書のもととなる離婚協議書を送り、内容を確認してもらうようにしてください。公証人の確認が済んだ後、公証人と面談する日程を調整します。
公正証書を作成してもらう
公証役場と調整した予約日時に、夫婦双方が公証役場に出向いて、公正証書の作成手続きを行います。
公証人が作成した公正証書に、夫婦がそれぞれ実印を押印し、公正証書を完成させます。その場で作成費用を現金で支払うと、完成した公正証書を受けとることができます。
離婚協議書を公正証書にする時の注意点
最後に、離婚協議書を公正証書にするときの注意点について、弁護士が解説します。
離婚問題の解決で公正証書を活用するため、よく理解しておいてください。
離婚の届出より前に作成する
離婚協議書を作成し公正証書にするという手続きは、かならず離婚届を提出するより前に行わなければなりません。
離婚条件を決めないまま、「とりあえず離婚届は先に提出しておく」というのはおすすめできません。
相手が離婚を強く求めているとき、離婚が成立するまでは、あなたにとって有利な譲歩をしてくれるようなことを言ってきます。しかし、ひとたび離婚が成立してしまうと、約束は守られなくなってしまうおそれがあります。このとき、先に公正証書で離婚協議書を作成しておけば、約束したことは必ず守ってもらえます。
離婚が成立していないときだからこそ、離婚条件について有利な交渉が可能なのです。
このことは、相手が離婚を強く求めているが、不貞行為をしたなどの有責配偶者(破綻に責任のある配偶者)であるとき、特にあてはまります。
相手が有責配偶者のとき、あなたの同意なく離婚を進めることは難しく、少なくとも8〜10年の別居期間がないと離婚を認めないとするのが裁判所の実務だからです。そのため、離婚をする前に、十分有利な条件で公正証書を作成することが安心です。
強制執行できるのは金銭支払いだけ
離婚協議書を公正証書とすると、強制執行(財産の差押え)ができるという強い効果を生みます。しかし、公正証書といえども万能ではなく、強制執行することができるのは、金銭支払を内容とするものだけです。
そのため、せっかく離婚協議書を公正証書にしておいても、そこに記載された不動産の引き渡し、動産の引き渡し、子どもの面会交流などについて、強制的に実現することはできません。また、慰謝料や養育費など、金銭支払いについても、公正証書を最大限活用するためには、次の点に注意して条項を決めるようにしてください。
- 金額、支払期限を明確に定める
- 支払い方法、支払先を明確に定める
- (分割払いのとき)一度期限までに支払わなかったら、残額すべてを一括で支払うことを定める(期限の利益喪失条項)
- 違反したときの利息・遅延損害金を定める
- 「強制執行認諾文言」を必ずつける
「強制執行認諾文言」をつける
離婚についての公正証書を作るとき、気をつけておいてほしいのが、強制執行(財産の差押え)をするためには、公正証書に「強制執行認諾文言」を記載しておく必要があるという点です。
「強制執行認諾文言」とは、次のような記載です。このような条項があるかどうかが、通常の離婚協議書と公正証書の大きな違いです。
乙(義務者)は、本書面に記載した金銭債務の履行をしないときには、強制執行に服することを認諾する。
強制執行(財産の差押え)の対象となるものには、主に、不動産(土地・建物)、動産、債権(預貯金・給与など)があります。いざ強制執行しようとしたときに、対象となる財産をすぐ押さえられるよう、あらかじめ財産の調査をしておいてください。離婚の場面でよく使われる給与の差押えをするためには、勤務先(給与の支払い元)を知っておくことが必要です。
まとめ
今回は、離婚協議が合意に達しそうな夫婦に向けて、離婚協議書を公正証書にする理由、メリットと、その具体的な方法について弁護士が解説しました。
離婚協議書の内容が不安なときや、公正証書にすることにハードルを感じるとき、弁護士に依頼していただくことによって、すみやかに公正証書化することができます。相手が公正証書にすることに応じないときにも、弁護士を通じて交渉し、プレッシャーをかけていくことにより、話し合いに応じてもらいやすくなります。
当事務所のサポート
弁護士法人浅野総合法律事務所では、離婚問題を得意分野としています。協議離婚や、公正証書の作成についても、多数のケースを蓄積しています。
離婚問題にお悩みの方は、ぜひ一度当事務所へご相談ください。
離婚問題のよくある質問
- 離婚協議書を公正証書にしておくメリットはありますか?
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公正証書は公文書であり、当事者だけで作った離婚協議書を公正証書としておけば証明力を高めることができます。加えて、公正証書にしておけば、その内容どおりに支払いがされなかったとき、裁判をしなくても強制執行(財産の差押え)ができ、回収可能性が高まります。詳しくは「離婚協議書を公正証書にする理由」をご覧ください。
- 離婚協議書を公正証書にするタイミングはいつですか?
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離婚協議書を公正証書にしようと考えているときには、かならず、離婚届を提出する前にしなければなりません。離婚届を提出してしまえば離婚が成立してしまい、その後に離婚条件について有利な譲歩を勝ちとれる可能性が低くなってしまうからです。もっと詳しく知りたい方は「離婚協議書を公正証書にする時の注意点」をご覧ください。