離婚の際、「財産分与」の問題は避けて通れません。長年貯めた資産を半分渡すとなると、「できればバレないように隠したい」と考える人も少なくないでしょう。
口座を分けたり親名義にしたり、暗号資産に換えたりと工夫をこらす人もいますが、いわゆる「隠し口座」は本当にバレないのでしょうか。ネット銀行や家族名義の口座、仮想通貨のウォレットなど、隠し口座の手法は多様化し、一見すると見つけ出すのは困難に思えるかもしれません。
しかし実際は、隠し口座は高確率で発覚され、不利な結果を招く危険があります。
今回は、隠し口座のよくある手口と、どのような場合にバレるのか、発覚した場合のリスクや制裁と共に、弁護士が解説します。
- 隠し口座は、離婚時の財産分与における調査でバレる可能性が高い
- 隠し口座が「不誠実な対応」と判断されると、不利な分与となる
- 正当な資金移動なのであれば、目的を明らかにし、証拠に残すことが重要
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財産分与と隠し口座の基本

離婚時の財産分与とは、婚姻期間中に築き上げた財産を原則2分の1ずつに分けることです。
この際、「財産を渡したくない」「できるだけ取り分を確保したい」と考え、相手に知られないように新たな口座を作成したり、家族や親族に送金したりして財産を隠す人が一定数います。このようにして作られるのが、いわゆる「隠し口座」です。
口座の作成や送金そのものは、法律で禁止されるわけではなく、必ずしも不適切な財産隠しとは言い切れませんが、リスクをよく理解すべきです。
以下では、財産分与と隠し口座について、基本的な知識を解説します。
財産分与の範囲と対象財産
財産分与は、離婚後の夫婦の公平のためのものなので、その対象は、婚姻中に夫婦が協力して形成した財産(共有財産)に限られます(なお、名義が夫・妻の一方のものも、実質的に協力して形成されていれば共有財産となります)。
これに対し、以下のものは「特有財産」として、分与の対象外となります。
- 婚姻前から有している現金や預貯金
- 結婚前の財産から派生して取得した財産
- 婚姻前から加入している生命保険
- 相続や贈与によって譲り受けた財産
例えば、夫が独身時代から続けてきた株式投資で得られた売却益や配当はもちろん、それらを再投資に回した場合、その後の運用益も特有財産となる可能性があります。
「離婚時の財産分与」の解説

よくある隠し口座の具体例
隠し口座とは、離婚の際の財産分与から逃れるために、存在を明かさずに管理・運用されている口座や金融資産のことを指します。
分与の対象となる財産が少ないほど、相手に与えるものは少なくて済むので、隠し口座を作って財産を隠そうとする人がいます。相手が知らない口座に貯金し、財産を持っていないように偽装するのが、隠し口座の目的です。
以下では、どのようなものが隠し口座となるのか、解説します。
名義預金の利用
名義預金とは、口座の名義と実際の所有者が異なる預金のことです。
例えば、口座の名義は「子供」だが、実際の管理や運用を「親」が行うケースは、名義預金の典型例です。誰が管理・運用しているかは、入出金を実施している人や印鑑・通帳・キャッシュカードの保管状況などによって判断します。
名義預金が財産分与の対象となるかは、個別の事情によって異なります。
裁判例でも「10歳の子供名義の預金については、用途を限定して他人から譲り受けたような金銭でない限りは、財産分与の対象となる」とした事例があります(東京地裁平成16年3月18日判決)。
「子供名義の預貯金の財産分与」の解説

家族名義の口座への資金移動
親や親族などの名義の口座への資金移動も、タイミング次第では「隠し口座」を疑われかねないので、注意が必要です。
家族名義の口座への資金移動が、隠し口座としての意味を持つかどうかは、「夫婦の共有財産を減少させる意図があったかどうか」が基準となります。
例えば、夫や妻が、家族を援助する目的で毎月5万円などの一定額を長期間送金するケースは、隠し口座と判断される可能性は低いです。一方で、婚姻中は仕送りや援助をしていなかったのに、離婚話が出た直後に多額の送金をした場合、共有財産を減少させる意図が強く疑われます。
定期的な仕送りや生活費の援助とは異なり、疑わしい大口の送金があるとき、財産分与の際に相手にしっかりと説明できるよう準備しなければなりません。
ネット銀行や暗号資産ウォレット
通帳がない口座ほど特定が難しく、隠し口座として利用されやすいです。
例えば、ネット銀行は、通帳や実店舗がない上に、スマートフォンやパソコンで簡単に入出金できます。ビットコインやイーサリアムなどの暗号資産(仮想通貨)も、相手に知られず取引することが容易であり、隠し口座として活用されます。
現金化してタンス預金や貸金庫へ移動
銀行口座から高額の出金をし、現金を自宅や貸金庫に保管する例もあります。現金化すると使途が不明瞭になるので、隠蔽の意図があると判断されやすくなります。
ただし、銀行の出金履歴や貸金庫の利用記録を辿られ、発覚するおそれは十分あります。子供の学費など、正当な理由で使う予定で一時的に保管していたに過ぎなくても、そのことを立証できないと、「不誠実だ」という印象を持たれる危険があります。
海外口座や投資商品に転換する
海外銀行口座や海外株式・債券などの投資商品なども、隠し口座として用いられることがあります。海外の金融機関は、国内に比べて調査が難しく、照会にも実効性がなく十分な証拠が入手できないケースもあります。
なお、海外に預金や不動産、株式などの資産を保有している場合、その年の12月31において、その価額の合計額が5,000万円を超える場合、住所地などの所轄税務署長に提出しなければなりません(国税庁HP「No.7456 国外財産調書の提出義務」)。
隠し口座はバレない?発覚するリスクは?

財産分与での相手の取り分を減らしたいからといって「隠し口座」を作っても、調査を尽くせばバレるおそれがあります。逆に、相手が隠し口座を持っている疑いがあるケースでも、以下の方法により、調査は十分可能であることを理解してください。
- 弁護士会照会
弁護士会照会は、弁護士が、所属する弁護士会を通じて公私の団体への照会を行う手続きです。財産分与の調査では、銀行や証券会社、暗号資産交換業者、クレジットカード会社などへの照会に用いられます。ただし、強制力はないので、照会先が回答しない場合には情報を入手できないおそれがあります。 - 裁判所の調査嘱託・文書提出命令
調停や訴訟において、家庭裁判所が認めた場合、調査嘱託や文書提出命令の手続きを利用できます。文書提出命令に応じかなった第三者は20万円以下の過料に処されます。また、当事者が命令に従わなかったり文書を破棄したりした場合、当該文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めることができるルールとなっています。 - 財産開示手続
債務名義を持つ債権者の申立てに基づいて、財産を開示するよう債務者に命じる制度です。強制執行を試みても十分に回収できなかった場合や、回収が困難であることを事前に疎明できる場合など、一定の条件を満たす必要があります。なお、開示命令に違反した場合「6ヶ月以下の懲役又は50万円以下の罰金」が科されます。 - 第三者からの情報取得手続
勤務先や利用している銀行など、債務者の情報を管理する民間企業や公的機関から直接情報を得る制度です。不動産・給与債権・預貯金など、債務者の財産に関する情報の取得に利用できます。
「相手の財産を調べる方法」の解説

隠し口座が発覚するとどうなる?

次に、隠し口座が発覚した場合、財産分与にどのような影響があるかを解説します。
万が一、隠し口座を作ったことが相手に発覚したら、当然非難されるでしょうし、法律上も不利益が生じるおそれがあります。
財産分与で不利な判断となる
隠し口座が発覚すると、財産を隠した側に不利に判断される危険があります。
隠し口座の中身が財産分与の対象に含まれることとなるだけでなく、相手や調停委員、裁判所から「もっと財産を隠し持っているのでは?」と疑われる危険があります。
裁判所が、「不誠実な対応をした側に恩恵を与えるべきではない」と考え、財産分与の割合を6:4や7:3など、基本となる2分の1より不利な割合に修正するおそれもあります。「相手に財産を取られたくない」という軽い気持ちで隠し口座を作るリスクは高いと言ってよいでしょう。
「財産分与の割合」の解説

損害賠償請求のおそれがある
隠し口座によって相手に不利益を与えた場合、損害賠償請求のおそれもあります。
相手には、隠し口座を作られたことで、本来受け取れたはずの分与額が減少するという被害が生じます。また、離婚には様々な精神的なショックを伴いますが、「財産を不誠実に隠された」ことも精神的苦痛の一内容となり、慰謝料の対象となるおそれがあります。
例えば、妻が婚姻中に取得した国債を夫に隠し、離婚から2年以上経過後に発覚して争いになったケースで、財産を隠して夫の財産分与請求権行使の機会を失わせたことは不法行為であるとして、損害賠償請求を認めた裁判例があります(浦和地裁川越支部平成元年9月13日判決)。
他人の署名を偽造して口座を開設したり、文書を改ざんしたり、本来支払うべき税金を免れたりといった行為によって無理に隠し口座を作れば、刑事責任を問われる危険もあります。なお、財産を奪う犯罪には、詐欺罪や窃盗罪、横領罪などがありますが、夫婦間では、これらの財産犯は「親族相盗例」の規定により刑を免除されます(刑法244条1項)。
「別居時に持ち出した財産」の解説

離婚調停や裁判で不利な心証を与える
隠し口座を作ったことが、離婚の争いにも不利な影響を及ぼすおそれもあります。
離婚調停では調停委員や裁判官、離婚裁判(離婚訴訟)では裁判官が、当事者の言い分を聞いて離婚に関与します。また、離婚後の財産分与の場合、調停が決裂すると審判に移行します。このとき、隠し口座を作っていることが明らかになると、「不誠実な人」「夫婦の問題に向き合う気持ちに欠ける」「信用できない」といった心証を抱かれます。
本来は夫婦の話し合いで解決できた事案も、隠し口座が見つかると「嘘をつかれた」と感じた相手は態度を硬化させます。その結果、調停や訴訟に移行せざるを得ず、解決まで長期間かかるおそれがあります。紛争が長期化すると、弁護士費用や精神的な負担も増してしまいます。
話し合いを重視する調停では、調停委員は当事者の態度・話し方・誠実さを重視する傾向にあります。特に、相手が専業主婦(主夫)であり、まとまった金銭を分与しなければ離婚後の生活に困窮しかねないケースは、財産を隠すことの印象が非常に悪いです。
「離婚調停を弁護士に依頼するメリット」の解説

離婚時の財産分与で貯金を渡したくないときの対処法

最後に、どうしても相手に渡したくない貯金があるときの対処法を解説します。
本解説の通り、隠し口座を作ることは不適切ですが、子供の学費や事業用資金など、理由のある資金移動は認められる可能性があります。このような理由ある貯金を相手に渡さないためには、事前の準備が必要となります。
離婚直前の資金移動は慎重に
離婚直前の資金移動は、相手に疑いを持たれないよう、慎重に行うことが重要です。離婚が視野に入った段階で、あわてて預金や資産を移動させると、不誠実な「財産隠し」「隠し口座」だと評価される可能性が高くなってしまうからです。
例えば、離婚を前にして大きな出金や口座の名義変更をすると、本人としては「使い道が明らかな正当な処分だ」と考えていても、相手から見れば「不自然な行動」と映ります。特に、既に調停や裁判に発展している段階では、「夫婦の共有財産である」と相手が主張するものには、できるだけ手を触れず、そのままにしておくことをお勧めします。
相手から疑念を抱かれると大きなトラブルに発展するので、くれぐれも慎重になるべきです。
「離婚に強い弁護士とは?」の解説

正当な資金移動の証拠を残す
貯金を移さざるを得ないなら、正当な資金移動であることを裏付ける証拠を残しましょう。例えば、次のような資料を手元に残しておくことで、資金移動の目的を説明できます。
- 振込明細書
- 領収書や契約書
- 見積書、請求書や納品書
- 事業資金や教育費の場合は、使途の説明文書
- 送金相手の証言や、相手とのやり取り
以下では、特に、離婚時の財産分与で「隠し口座があるのではないか」と疑われやすいケースごとに、対処法の注意点を解説しておきます。
事業資金
個人事業や法人に対し、出資や貸付をすること自体は可能です。この場合、相手に疑われないよう、事業計画書や融資契約書、出資契約書などを作成しておきます。事業のための正当な資金移動であれば、財産分与の対象としないことも可能です。
ただし、実態のないペーパーカンパニーだったり、両親が代表者となっていたりといった資金隠しの目的がある場合、財産隠しを疑われやすくなります。経営者が、普段から会社を私物化したり、事業資金を流用していたりすると、法人の資産も含めて財産分与の対象とするケースもあります。
「会社名義の資産の財産分与」の解説

学資保険など教育用途
子供の学費や将来の進学準備のための支出は、正当な目的が認められやすいです。
例えば、大学受験や留学を控え、すぐに払えるように資金を移動させたのなら、隠し口座だと疑われる可能性も低いです。ただし、「子供のために使った」ことを明らかにするため、実際の支払い記録を残しておいてください。
また、学資保険が、夫婦の収入などから積み立てられている場合、共有財産として分与の対象となる可能性が高いです。学資保険が財産分与の対象となるかどうかは、保険料の支払者によっても異なるので注意してください。
なお、解約せずに保険料を支払い続けた方が有利な場合は、離婚後は親権者が引き続き保険料を支払う形とするケースもあります。
「学資保険の財産分与」の解説

相続対策や節税
相続対策や節税を目的として預貯金を移動するケースもあります。
例えば、贈与税の基礎控除(年間110万円)の枠内で生前贈与をするケース、子供名義の不動産購入の頭金を支出するケース、子供を受取人にした生命保険契約などがあります。この場合、正当な目的があることの証拠として、贈与契約書や登記記録、税務申告書類などを準備しておきましょう。
ただし、離婚が迫った時期に集中して行うと、財産分与を回避することが目的であると疑われやすいため、タイミングには注意してください。
まとめ

今回は、離婚時の隠し口座の扱いについて解説しました。
財産を隠しても、いずれ発覚する可能性は高く、リスクがあると考えるべきです。財産分与による金銭的な損失を抑えるためにも、離婚時の財産の扱いは「正攻法」で進めてください。適した手段を講じれば、相手の隠し口座が疑われるとしても、冷静に調査することができます。
特に、相手が多額の資産を有していて、隠し口座を作っている疑いがあるときは、別居前にその証拠を集め、速やかに法的手続きを講じる必要があります。
財産分与は、その後の自分や家族の人生に大きな影響を及ぼすので、トラブルは可能な限り抑える必要があります。対立が予想されるときは、早期に弁護士に相談し、個々の状況に応じた解決策についてアドバイスを受けておきましょう。
- 隠し口座は、離婚時の財産分与における調査でバレる可能性が高い
- 隠し口座が「不誠実な対応」と判断されると、不利な分与となる
- 正当な資金移動なのであれば、目的を明らかにし、証拠に残すことが重要
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財産分与は、結婚期間中に形成された資産を整理し、公平に分割するための重要な手続きです。財産の評価方法や分割の割合などが争われると、法律知識に基づいた解決が必要となります。
トラブルを未然に防ぐために、以下の「財産分与」に関する詳しい解説を参考に対応してください。