新型コロナウイルスは収束する気配がありませんが、2020年8月現在、全国的な緊急事態宣言は解除されました。
そのため、引き続き第二波、第三波や市中感染を警戒すべき状況でありながら、一方で、事業継続を行っていかなければならない状況にあります。新型コロナウイルス感染を警戒しながら経済を回していく様子を例えて、「with コロナ」ともいわれています。
感染症のリスクがある中で、従業員に業務を指示しなければならない会社にとって、心配なのが安全配慮義務違反についてです。会社は、従業員を健康で安全に働ける環境で労働させなければならないという、安全配慮義務、職場環境配慮義務を負っており、この義務に違反すると、従業員側から慰謝料請求を受けるおそれがあるからです。
そこで今回は、新型コロナウイルス禍における安全配慮義務違反の考え方と、安全配慮義務違反とならないための会社側の事前対策について、弁護士が解説します。
本解説は、新型コロナウイルス禍の影響を受け、「法律面」において企業や個人がどのようなリスクを負うか、また、どのように事前のリスク回避、事後対処をしたらよいかについて、「法律」の専門家である弁護士の立場から解説したものです。
そのため、医療情報を提供するものではなく、新型コロナウイルスに関する医学的な側面の知識を提供するものではありません。
新型コロナウイルスに関する「法律面」以外の情報については、内閣官房ホームページの最新情報などをご参照ください。
「新型コロナウイルスに関する法律問題」弁護士解説まとめ
目次
安全配慮義務とは
使用者(会社)の労働者に対する安全配慮義務とは、労働者を健康で安全な環境で就労させることを内容とする会社の義務です。安全配慮義務は、労使間で労働契約を締結することによって会社が当然に負う義務です。
労働契約法5条は、安全配慮義務について次のとおり定めています。
労働契約法5条(労働者の安全への配慮)使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
安全配慮義務の具体的な内容は、具体的な状況によって異なり、ケースバイケースの判断が必要となります。
一方で、業務に内在する危険が大きければ大きいほど、その危険が現実化しないようにリスク回避をしなければならないという点で、安全配慮義務を順守するために要求される配慮の程度も大きくなります。
新型コロナウイルス感染症に関していえば、医療業務従事者、介護業務従事者、接客業、受付窓口業など、感染リスクが類型的に高度であると考えられる業種、業態ほど、従業員に対して多くの配慮をしなければ、安全配慮義務違反の責任を問われやすいといえます。
新型コロナウイルス感染症と安全配慮義務違反の関係
全国的な緊急事態宣言が発出されていた2020年4月、5月においても、社会的インフラ事業をはじめ、事業継続を要請された事業に従事する社員は、業務の継続が陽性されていました。
これらの事業継続が求められる事業に対して、厚生労働省は基本的対処方針を発出し、新型コロナウイルス感染リスクを少しでも低減するよう、企業側の努力を求めていました。
その後、全国的な緊急事態宣言は解除され、経済が動き始めることとなりました。
これ以降も、労災給付だけにとどまらず、企業側に安全配慮義務の遵守が求められること、義務違反の場合に損害賠償責任が問われることは変わりありません。そして、このことは、上記のような感染リスクの高い特定業種にとどまらず、全ての企業にあてはまります。
労災保険給付でカバーされる範囲
企業がとった感染防止措置に不備があったり、感染リスクを低減するに不足するものであったりする場合には、安全配慮義務違反の責任が認められ、損害賠償義務を負うこととなります。損害賠償の範囲は、企業による義務違反と相当因果関係があると認められる範囲における従業員側の損失です。
このうち一部については、労災保険給付でカバーされることとなります。具体的には、労災保険給付により支給される療養補償給付、休業補償給付、傷害補償給付、遺族補償給付、葬祭料などです。
他方で、労災保険給付は、労働者が負うと予想されるすべての損失を補償するものではないため、保険給付により支払われない分については、企業が支払う義務を負うこととなります。
なお、事前に労災上積み保険などの損害保険のサービスに加入し、突然の出費に備えておくことがお勧めです。
労災と安全配慮義務違反の関係
業務上において疾病にり患したり、傷害を負ったりしたときに、それが「労災にあたるかどうか(業務に起因するものであるかどうか)」という労災認定における判断と、「安全配慮義務違反となるかどうか」という判断は、本来別の判断枠組みであるとされています。
そのため、労災認定の判断基準について発出された「新型コロナウイルス感染症の労災補償における取扱いについて」(令和2年4月28日基発0428第1号)などの指針は、安全配慮義務違反に関する裁判上の判断に直接影響するものではありません。
しかしながら、実際には、安全配慮義務違反における因果関係の判断は、労災認定における業務起因性の判断と重なる部分が多く、上記指針の判断基準は、安全配慮義務違反について検討する際にも参考となる重要な資料です。
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慰謝料
労災保険給付では、精神的損害に対する慰謝料は補填されません。そのため、安全配慮義務違反のあったときには、企業は従業員に対して、その精神的損害に応じて慰謝料を支払わなければなりません。
安全配慮義務違反があったときの適切な慰謝料額の相場は、交通事故事件においてよく用いられる「赤い本」(正式名称:日弁連交通事故センター東京支部編「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準」)を参考に、次のように算出することができます。
なお、個別具体的なケースにおける慰謝料は、精神的苦痛を大きくするような特別な事情のある場合には、相場よりも高額な慰謝料が認められる可能性もあります。
新型コロナウイルス禍で、慰謝料が増額される事情の例
- 妊娠をしていたが、企業の安全配慮義務違反により新型コロナウイルスにり患し、流産してしまった。
- 企業の安全配慮義務違反により新型コロナウイルスにり患した後、高齢であり、かつ、基礎疾患を有する同居の両親にもうつし、死亡してしまった。
死亡慰謝料
死亡慰謝料は、死亡してしまった人が受領できる慰謝料を相続人が相続したものをいいます。家族が死亡してしまったことはお金では到底解決できる問題ではありませんが、わかりやすくいうと、遺族がもらえる、死亡した人の命に対する対価といってもよいでしょう。
裁判所の基準にあてはめると、死亡慰謝料は、次のようにまとめることができます。
一家の支柱の死亡 | 2800万円 |
---|---|
母親、配偶者の死亡 | 2500万円 |
その他の家族の死亡 | 2000万円 |
一家の支柱、すなわち、いわゆる「大黒柱」となっている家族が死亡してしまった場合には、その扶養を受けることができなくなるため、その分だけ死亡慰謝料の相場も高く設定されています。
死亡慰謝料は、労災保険給付では支払われないため、会社に対して、安全配慮義務違反を理由として死亡慰謝料の請求を行う必要があります。
傷害慰謝料(入通院慰謝料)
傷害慰謝料は、入通院慰謝料ともいって、安全配慮義務に起因する疾病、傷害によって入院、通院を余儀なくされたことによって受けた精神的苦痛を補填するための慰謝料です。
傷害慰謝料(入通院慰謝料)は、入金の期間、通院の期間をそれぞれ算出の上、これに応じてその精神的苦痛が図られ、下記の表にあてはめて金額が決定されます。
別表Ⅰ傷害慰謝料もまた、労災保険給付ではカバーされないため、会社に対して、安全配慮義務違反を理由として傷害慰謝料の請求を行う必要があります。
現在の状況ですと、新型コロナウイルスにり患した場合には、一定期間の入院が必要となる可能性が高く、その場合、入通院慰謝料が生じることとなります。
後遺障害慰謝料
後遺障害慰謝料は、症状が固定した後でも、後遺障害が残存した場合に、その程度に応じて支払われる慰謝料のことです。後遺障害には1級から14級までの等級があり、1級が最も重い後遺障害、14級が最も軽度の後遺障害となります。
新型コロナウイルスについて、いまだ全容が解明されておらず、様々な症状が報告されているため、残存した後遺障害の状況によっては、後遺障害慰謝料を請求すべき場合があります。例えば、呼吸器官の障害の場合には、呼吸困難の程度に応じて1級から11級の後遺障害等級に該当する場合があります。
等級に応じた後遺障害慰謝料の金額は、次の通りです。
後遺障害等級 | 第1級 | 第2級 | 第3級 | 第4級 | 第5級 | 第6級 | 第7級 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
慰謝料額 | 2800万円 | 2370万円 | 1990万円 | 1670万円 | 1400万円 | 1180万円 | 1000万円 |
後遺障害等級 | 第8級 | 第9級 | 第10級 | 第11級 | 第12級 | 第13級 | 第14級 |
慰謝料額 | 830万円 | 690万円 | 550万円 | 420万円 | 290万円 | 180万円 | 110万円 |
後遺障害慰謝料もまた、労災保険給付からは支払われることがないため、会社に対して、あん全配慮義務違反を理由として後遺障害慰謝料の請求を行う必要があります。
休業損害
安全配慮義務違反を理由とする傷病によって、休業を余儀なくされ、収入を失った場合には、休業損害を請求することができます。
休業損害については、労災認定が得られた場合には労災保険から支払われるものの、労災保険給付によって支払われる補償は平均賃金の6割(特別支給金2割を加算して、合計8割)に留まるため、不足分については、安全配慮義務違反を理由として損害賠償請求の対象とされることとなります。
逸失利益
労災の結果、労働能力を喪失し、その結果将来得られるはずであった収入が減少した場合には、これを労災保険給付として受けることができます。これを「逸失利益」といいます。
あわせて、安全配慮義務違反を理由として、逸失利益について損害賠償請求がなされたとき、労災保険給付から得られた分は控除の対象となるものの、将来給付される年金分までは控除されないこととなっています。
安全配慮義務違反とならないための企業側の対策
新型コロナウイルス禍において、いわゆる「3密」が発生する業務運営を放置するなど十分な対策を怠っている企業においては安全配慮義務違反となるおそれのあることを理解していただいたところで、企業側が行うべき具体的な対策について弁護士が解説します。
どの程度の対策が必要となるかについては、業種・業態をはじめ、感染リスクの程度によってケースバイケースの判断が必要となりますので、弁護士にご相談ください。
基本的な感染防止措置
業務に従事する従業員が新型コロナウイルスにり患しないよう、基本的な感染症対策を徹底することが、安全配慮義務の一内容となることは当然です。
ビニールシート、アクリル板などの体面感染対策、感染防止用のマスク、フェイスガード、ゴーグル、ビニール手袋など、顧客などとの接触、接近の頻度に応じて飛沫対策を行わなければなりません。あわせて、アルコール消毒を行い、社会的距離(ソーシャルディスタンス)をとったり、換気を徹底したりします。
これらはいずれも、それほど多くの費用を要せず、少しの手間で実行できる感染防止措置であり、全ての企業で実行可能なものです。
基本的な感染防止対策すらとらなかった結果、従業員が新型コロナウイルスに感染してしまったとき、会社は労災給付への協力は当然、安全配慮義務違反を理由とする損害賠償責任を負うこととなります。
健康管理の強化
新型コロナウイルスは、免疫力が低下しているとかかりやすく、高齢者や基礎疾患のある方などの場合にはとりわけ重症化しやすいとされています。
そのため、このような状況の中では、以前にもまして、従業員の健康管理が重要となります。
特に、長時間労働が慢性的に続いている場合には、これにより従業員の健康状態が悪化したり、免疫力が低下したりして、結果的に新型コロナウイルスにも感染しやすい状況となっているおそれがあります。特に、単月で80時間を超える時間外労働(残業)が生じている会社では、残業時間を削減する努力が急務となります。
「残業代を支払わずにサービス残業させている」という企業はもちろん、残業代は支払っているものの長時間労働が慢性化している企業では、業務効率化などの対策もあわせて検討する必要があります。
感染の疑いのある社員への適切な対応
新型コロナウイルスに感染した疑いのある社員、濃厚接触者と認定された社員に対して、適切な事後対応を行うこともまた、他の社員との関係で、安全配慮義務の重要な内容となります。
新型コロナウイルスと思われる症状のある社員、濃厚接触者と認定された社員に、2週間程度の出勤の取りやめ、自宅待機、検査を指示せず、就労をさせつづけた場合、他の社員が新型コロナウイルスに感染したことについて安全配慮義務違反の責任を負うこととなります。最悪の場合、クラスター発生源となり、企業の信用を大きく毀損することとなります。
この点で、新型コロナウイルスに対する危機意識の低い社員がいることもありますので、十分な教育と社員へのコロナ対策方針の周知が必要です。
加えて、無症状者、軽症者も多く確認されている以上、誰が新型コロナウイルスに感染しているか不明な場合があることを前提とした対処が必要となります。そのため、オフィス内など企業の管理する場所における社員感の社会的距離(ソーシャルディスタンス)を確保することも重要な対策となります。
在宅勤務、リモートワーク
接待を伴う飲食店の営業、一般飲食店の夜間営業など、状況に応じて行政から、自粛を要請するメッセージが出されていたことがあります。このように、事業の自粛を要請される業種の場合に、これに従わなかったり、十分な対策を講じなかったりした結果、従業員が新型コロナウイルスに感染したとすると、企業側は安全配慮義務違反となるおそれがあります。
市中感染が懸念される中、状況の深刻度によっては、自主的休業、在宅勤務、リモートワークの導入、時差出勤、交代制勤務など、できるだけ社員間の接触を抑制するための対策を企業側が行うことが求められます。
これらの対策が十分に可能な業種において出勤を命じ続けた場合であっても、それだけで安全配慮義務違反となる可能性は低いと考えられます。経済的事情など、その他の事情も総合考慮する必要があるからです。
しかし、その他の感染防止態勢と合わせて不備があると認められる場合には、損害賠償義務を負う可能性は十分にあります。
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今回は、雇用している従業員が新型コロナウイルスに感染してしまったとき、会社が安全配慮義務違反の責任を負うのかどうか、また、事前にリスクを回避するために行える対策を弁護士が解説しました。
会社が、従業員の新型コロナウイルス感染に対する責任を負うかどうかは、業種・業態、事業所の立地や感染リスクの程度、感染経路などによってケースバイケースの判断となりますが、十分な感染予防措置の準備なく業務に従事させていた場合、慰謝料の支払いを余儀なくされる可能性も十分にあります。
労災保険に加入していたとしても、労災保険給付で、従業員のすべての損失がカバーされるわけではありません。
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