別居や離婚の際に、裁判所が子供を引き渡すよう命じても、相手が従わないことがあります。このような状況では「強制執行」という法的手段を用いて、権利を実現する必要があります。
強制執行を行うには、裁判所での手続きが必要です。ただし、子の引渡しの強制執行は、特に子供が幼い場合、親の協力がなければ実現が難しいことがあります。また、子供は「物」ではなく「感情」があるので、その情緒に配慮しながら慎重に対応しなければなりません。
今回は、子の引渡しの強制執行の流れと、引渡し命令に従わない相手への対処法について、2020年4月に施行された民事執行法による新しいルールを中心に解説します。
- 子の引渡しの強制執行には、直接的な強制執行と間接強制がある
- 民事執行法が改正され、子の引渡しの強制執行に詳しい規定が設けられた
- 間接強制前置を原則としながら、直接的な強制執行の要件が緩和された
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子の引渡しの強制執行とは
子の引渡しの強制執行とは、裁判所の調停や審判に基づき「子の引渡し」が命じられたのに、一方の親がその指示に従わないとき用いる法的手段です。親権や監護権に争いのあるケースでは、裁判所の判断が確定しても、かけがえのない子供を自主的には渡さない親も少なくありません。
「強制執行」は通常、「物」の引渡しや差押え(例:給与や預貯金、不動産など)を内容としますが、子の引渡しの場合、対象が「人」である点に特徴があります。そのため、子供の心身に与える負担を最小限に抑える配慮が求められます。
法改正前の運用と課題(〜2020年3月)
2020年4月1日に施行された改正民事執行法の施行前は、子の引渡しの強制執行について、法律に明文の規定がありませんでした。そのため、実務上は以下の方法で対応されていました。
- 間接強制
債務者(子を引渡すべき親)に金銭的な負担(間接強制金の支払い)を課すことで、引渡しを間接的に促す方法。 - 動産引渡しの強制執行の類推適用
動産引渡しに関する民事執行法169条を類推適用し、執行官が債務者による子の監護を解き、子を債権者(引渡しを受ける親)に引き渡す方法。
しかし、これらの方法には、子供の福祉や実効性に対する懸念が指摘されていました。つまり、直接強制だと、「動産」に見立てて執行する点で、子供の感情や情操への配慮を欠く一方で、間接強制だと、「お金よりも子供が大切である」という当然の価値観からして、命令は無視されて実効性がないというデメリットがありました。
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改正民事執行法における子の引渡しの強制執行(2020年4月〜)
2020年4月1日より施行された改正民事執行法では、子の引渡しの強制執行について、以下の2つの方法が明確に規定されました。
- 直接的な強制執行
裁判所の決定に基づいて、執行官に子の引渡しを実施させる方法(民事執行法174条1項1号)。 - 間接強制
金銭的な負担を課すことで債務者に引渡しを促す方法(民事執行法174条1項2号)。
執行官による直接強制の方法やルールが詳しく定められた点が大きな変更です。これにより、子の引渡しの実効性が高まると共に、子供の利益に配慮した執行手続きが可能となりました。
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子の引渡しの間接強制
子の引渡しの間接強制とは、金銭的負担を課すことで、債務者(子を引渡すべき親)に心理的圧力をかけ、子の引渡し義務を履行させる方法です。
以下では、間接強制の手続きについて詳しく解説します。
間接強制前置の原則
子の引渡しにおける強制執行方法は、「間接強制前置」が原則とされます。つまり、直接的な強制執行の申立てより先に、間接強制を検討すべきとされており、以下のいずれかの条件を満たす場合に限って直接強制が認められることとなっています(民事執行法174条2項)。
- 間接強制を先行して申立て、決定が確定してから2週間が経過したとき(ただし、間接強制決定で定められた履行期限がそれ以降の場合は、履行期限経過後に限る)
- 間接強制を実施しても、債務者が子の監護を解く見込みがないとき
- 子の急迫な危険を防止するため直ちに強制執行をする必要があるとき
これにより、直接的な強制手段を用いるより前に、間接強制を優先することが基本方針とされました。
子の引渡しの間接強制の手続き
子の引渡しの間接強制について、手続きの流れは次の通りです。
間接強制の申立て
子の引渡しの間接強制の申立ては、対象となる債務名義(調停、審判、判決など)を行った家庭裁判所を管轄裁判所として、間接強制申立書を提出することで行います。必要書類として、執行力ある債務名義の正本と送達証明書を添付します。
申立の際の費用としては、申立手数料として2,000円分の収入印紙が必要であり、その他に、裁判所との連絡に必要な郵便切手代を予納します。
裁判所における審理
申立てを受けた裁判所は、債務者の審尋を行い、意見を述べる機会を与えます。
債務者が出席しない場合や書面による陳述をしない場合は、債務者の陳述を聞かないで債権者の申立てのみに基づいて決定されます。
間接強制の認容決定
裁判所は、審理の結果として次の要件を満たす場合、間接強制の認容決定をします。
- 執行力ある債務名義があること
- 債権が特定されており、債務名義と同一性があること
- 執行開始の要件を満たしていること
間接強制が決定される場合、裁判所は、債務不履行によって債権者が被る不利益や、債務者が受ける利益を考慮し、履行を確保するために相当な金額の支払いを命じます。
一方で、間接強制の申立てがその要件を欠いていたり、理由がなかったりするときは、申立てを却下します(却下決定には執行抗告をすることができます)。
間接強制決定の変更
間接強制決定後に事情変更が生じたときは、申立てによって決定内容を変更することができます。子の引渡しという特殊性から、状況に応じた柔軟な対応を図るためです。
子の引渡しの直接的な強制執行
次に、直接的な強制執行の方法について解説します。
子の引渡しにおける直接的な強制執行は、執行官が債務者(子を引渡すべき親)の監護を解き、子供を債権者(引渡しを受ける親)に引き渡す手続きです。子供の引渡しの性質上、執行官の権限や執行場所、子の心身への配慮について民事執行法にルールが定められています。
執行官の権限と威力の行使
子の引渡しの直接的な強制執行では、執行官は強い権限を有し、重要な役割を担います。執行官は、子の監護を解き、引渡しを実現するために、次の行為を行うことができます。
- 執行場所への立ち入りと子の捜索
必要に応じて、閉鎖された戸を開くなどの処分も可能です。 - 面会の実施
債権者またはその代理人と子を面会させたり、債権者またはその代理人と債務者を面会させたりすることができます。 - 債権者または代理人の立ち入り
執行の場所に、債権者またはその代理人を立ち入らせることができます。
更に、執行官は、職務の執行に際して抵抗を受けたときは、その抵抗を排除するための威力を行使できます(ただし「子の福祉(利益)」が最優先とされるので、子供に威力を用いることはできず、子の心身に有害な影響を及ぼすおそれがあるときも威力を用いることはできません)。
直接的な強制執行を実施する要件
子の引渡しの直接的な強制執行が実施されるには、次の要件を満たす必要があります。
- 債権者本人の出頭が原則
債権者本人が執行場所に出頭する必要があります(民事執行法175条5項)。 - 代理人の出頭が認められる場合
債権者本人が出頭できない場合、代理人が代わりに出頭することができます。この場合、代理人と子の関係、代理人の知識や経験などに照らし、子の利益の保護のために相当と認められるときは、子の引渡しを実施できます(民事執行法175条6項)。
改正前の民事執行法下では、直接強制のためには執行場所に子と債務者が一緒にいなければならないとされていました(同時存在の要件)。この要件は、強制執行による子供への悪影響を防ぐ目的があるものの、子を引き渡そうとしない親に悪用され、同席しないことで強制執行を不能にしたり、激しく抵抗して子供の身に危険が及んだりといった問題がありました。
改正民事執行法は同時存在の要件を不要とし、債務者である親の立会いがなくても執行できる一方で、子供の不安が増幅しないよう、債権者本人の出頭を原則としました。
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直接的な強制執行実施の場所
子の引渡しの直接的な強制執行は、債務者の住所など、債務者の占有する場所において実施されるのが原則です。
しかし、子供は常に家にいるわけではなく、学校や保育園に行くなど、移動するのが当然です。住居でしか執行できないとすると、早朝や深夜の執行が多くなる問題点もありました。2020年4月1日施行の改正民事執行法は、債務者の占有する場所以外でも強制執行ができることとし、ただし、子供の心身に配慮するために次の要件を満たす必要があるものと定めています。
- 子の心身に及ぼす影響、当該場所及びその周囲の状況その他の事情を考慮して相当と認められること
- 占有者の同意または子の同意に代わる執行裁判所の許可を受けること
子の心身に配慮すること
直接的な強制執行の実施は、強制力の強いものであるため、子供の心身に悪影響を及ぼす危険があります。そのため、民事執行法176条は、執行裁判所及び執行官の義務として、子の年齢や発育の程度を考慮すること、子の心身に有害な影響を及ぼさないよう努めることを定めています。
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国際的な子の引渡しの問題とハーグ条約
最後に、国際的な子の引渡しの強制執行についても解説しておきます。
国際的な子の返還に関する強制執行については、ハーグ条約がルールを定めています。国内では、この条約の実施のため、平成26年4月1日より「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律」が施行され、国際的な子の返還に関する裁判手続きや強制執行について規定が整備されました。この制度では、国外へ連れ去られた子供を一度元の居住国に戻し、そこで監護権の争いを解決することが子の利益に適っているという考え方に基づいています。
2020年4月1日に施行された民事執行法の改正よって、国内での子の引渡しの強制執行に関するルールが明確化されましたが、これに合わせて、国際的な子の返還の強制執行手続きについても見直され、同内容の定めが置かれています。
まとめ
今回は、子の引渡しの強制執行についてのポイントを解説しました。
子の引渡しの強制執行は、裁判所の調停や審判で確定した引渡し義務が履行されないとき、強制的に実現するための法的手段です。2020年4月1日より施行された改正民事執行法において、子の引渡しの強制執行に関するルールが明確化されたため、それに従い、間接強制、そして、直接的な強制執行という順序で進めるのが原則的な対応となります。
離婚に伴う子の引き渡しの問題は、非常にセンシティブであり、慎重な配慮が必要です。子供はかけがえのない存在ですから、引渡しが問題となるようなケースでは両親の感情が激しくぶつかり合うことが予想されます。
- 子の引渡しの強制執行には、直接的な強制執行と間接強制がある
- 民事執行法が改正され、子の引渡しの強制執行に詳しい規定が設けられた
- 間接強制前置を原則としながら、直接的な強制執行の要件が緩和された
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親権や監護権は、子供の生活に大きく関わる重要な権利です。親権者や監護者の選定に関する知識を深めることが、子供にとって最適な環境を整える助けとなります。
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