離婚をめぐる問題のなかで、特に激しい争いとなるのが、「離婚と子ども」の問題です。子どもはかけがえのない存在であり、お金の問題にすりかえては解決できないからです。
離婚の争いのなかで親権者、監護権者が決まってもなお、子どもの引渡しに協力してもらえないとき、子どもを強制的に引き渡すよう命じてほしいところですが、これまでは明確なルールがないことが問題視されてしました。というのも、子どもが幼いときは親なしでの判断、行動ができない一方で、子どもにも感情があり、その情操に配慮しなければならないという特殊なジレンマがあり、手続きを決めづらい面があったからです。
この点について、民事執行法が改正され、子の引渡しの強制執行について新しいルールが定められました(改正法は2019年5月10日成立、2020年4月1日施行)。
今回は、子の引渡の強制執行について、改正民事執行法のポイントを踏まえ、離婚問題にくわしい弁護士が解説します。
- 子の引渡しについて、効果的な強制執行を定めるため、民事執行法が改正された
- 改正民事執行法により、子の引渡しについて、直接的な執行が可能となった
- その他に、執行官の権限の拡大、執行条件の緩和など、子の引渡しの便宜が図られている
民事執行法改正前の子の引渡しをめぐる問題
2020年4月に施行された民事執行法の改正前は、冒頭で解説したとおり、離婚時に大きな問題となりやすい「離婚と子ども」の問題について、重大な懸念点がありました。つまり、裁判所が親権者を決めたにもかかわらず、スムーズに子の引渡しがされないと、結局、裁判所の判断の実効性が損なわれるおそれがあるという点です。
子どもの情操への配慮も考えれば、無理やり連れもどすのには限界があります。そのため、暴力的な方法ではなく、あくまでも法律にしたがった効果的な執行方法が必要ではないかという問題提起がされていました。
2020年4月の改正民事執行法より前には、子の引渡しの強制執行について法律に明文の規定がなく、実務上は、次のような方法が活用されていました。
- 間接強制の方法
裁判にしたがって子を引き渡さない親に、間接強制金の支払を命じることで、引渡しを間接的にうながす方法。間接強制金を払わないときは、財産の差押えを行う。 - 動産の引渡しの強制執行を類推適用する方法
動産の引渡しに見たてて、執行官が、債務者による子の監護を解いて、債権者に子を引き渡す執行方法。執行官は、子の監護を解くとき、鍵を施錠したり、威力を行使したりできる。 - 人身保護法に基づく人身保護請求による方法
不当に奪われた人身の自由の開放を目的とした人身保護法を活用して、裁判所へ人身保護請求を求める方法。
しかし、いずれの方法も一長一短で、子の福祉に配慮しながら引渡しを実現するという目的には足りませんでした。良い方法が法律に定められていないなか、本来の目的ではない他のものを代用しているのですから、当然です。一方で子の心身に配慮し、他方で子の引渡しを命じる裁判の実効性を確保できる適切な制度が必要だったことから、民事執行法の改正によって、子の引渡しの強制執行について新たなルールが明確化されることとなりました。
「間接強制の方法」は、「お金よりも子どもが大切だ」という当然の価値観から、間接強制命令が無視されていました。逆に「動産の引渡しの強制執行の類推適用」は、子どもの感情面への配慮に欠ける問題がありました。
また、「人身保護法に基づく人身保護請求」は、本来子どもの引渡しを想定した制度ではなく、あくまでも他に手段がない場合に利用される最終手段であるという問題点がありました。
子の引渡しの強制執行の手続(改正民事執行法の変更点)
次に、子の引渡しの強制執行手続について、新たに民事執行法に定められたルールを解説します。
2020年4月1日より施行された改正民事執行法では、子の引渡しの強制執行は、直接的な強制執行の方法と、間接強制の方法のいずれかによって行うと定められています。このうち、新たな方法として活用が期待されるのが、直接強制の方法です。
なお、「子の連れ去り」の問題で、強制執行に進む前提として行っておくべき監護者指定・子の引渡しなどの法的手段については、次の解説をご覧ください。
直接的な強制執行の方法
直接的な強制執行の方法は、執行裁判所がその決定によって執行官に子の引渡しを実施させる方法です。この制度は、2020年4月1日より施行された改正民事執行法に新たに定められました。
具体的な流れは、次のとおりです。
- 債権者が執行裁判所に、直接的な強制執行の申立てをする
- 執行裁判所が、直接的な強制執行を実施するための要件を判断する
- 執行裁判所が、執行官に子の監護を解くために必要な行為を命ずる
- 執行官が直接的な強制執行を行う
裁判所が決定をした後、執行官が、債権者の申立てによって執行の場所で債務者による子の監護を解き、債権者に子を引き渡します。
執行官の権限と威力の行使
子の引渡しの直接的な強制執行では、執行官が重要な役割を担っています。そして、強制執行において執行官は、子の監護を解くために必要な行為をすることができます。
子の監護を解くために必要な行為は、改正民事執行法において次の3つが挙げられています。
- 執行の場所に立ち入り、子を捜索すること(この場合において、必要があるときは、閉鎖した戸を開くため必要な処分をすること)
- 債権者もしくはその代理人と子を面会させ、または債権者もしくはその代理人と債務者を面会させること
- 執行の場所に債権者またはその代理人を立ち入らせること
民事執行法ではさらに、執行官は、職務の執行に際して抵抗を受けるときは、その抵抗を排除するために威力を用いることができるとしています。ただし、例外的に、子に対して威力を用いることはできず、かつ、威力を用いることが子の心身に有害な影響を及ぼすおそれがあるときは、その子以外にも威力を用いることができません。
このように、執行官は、子の引渡しの直接的な強制執行の場面で、強い権限を持ち、重要な役割を担っていることから、その裏返しとして責任を負っています。民事執行法では、執行裁判所、執行官の責務として、強制執行が子の心身に有害な影響を及ぼさないように配慮しなければならないことを定めています。
執行条件の緩和(「同時存在」の不要)
改正前の民事執行法下での運用では、子の引渡しの直接強制をするためには、執行の場所に子と債務者が一緒にいなければならないとされていました(「同時存在」の要件といいます)。
「同時存在」の要件は、強制執行が子の心身に悪影響とならないことを目的としていますが、一方で、裁判にしたがわず子を引き渡さない親には、この要件を悪用して、子どもと一緒にいないことによって強制執行を不能な状態にしようとする対策をとる人もいました。また、DV加害者が執行を防ぐために激しく抵抗し、子の身に危険が及ぶという問題点もあります。
改正民事執行法では、同時存在の要件を不要とし、子と親が一緒にいない状態でも強制執行をすることができるようにし、一方で、強制執行により子の不安が増幅しないよう、債権者本人が出頭することを原則としました。
つまり、いずれかの親が執行の場所にいなければ強制執行ができないようにして、執行官や弁護士など知らない人ばかりの中で手続が進んで子が不安がらないようにという配慮がなされています。
例外的に、債権者の代理人と子の関係、代理人の知識及び経験などの事情に照らして子の利益の保護のために相当と認められるときは、債権者本人の出頭がなくても、債権者代理人が代わって出頭することで足りるものとしています。
例えば、子と良好な関係を築いている祖父母が代理人になるケースなどがこれにあたります。
執行場所の範囲の拡大
子の引渡しの直接的な強制執行について、その執行場所は、基本的には債務者の住居など、債務者の占有する場所において実施することとされています。しかし、子の引渡しを考えるとき、子が常に家にいるわけではなく、学校、幼稚園、保育園や学童にいったり、祖父母の家に遊びに行ったり、習い事にいったりと移動するのが当然です。
住居でないと強制執行できないと、親が仕事をしていると早朝や深夜にしか強制執行ができないという問題もありました。
そこで、2020年4月1日施行の改正民事執行法は、執行官がそれ以外の場所でも強制執行をすることができることとしました。ただし、子の心身に配慮するため、次の要件を満たす必要があるものと定められています。
- 執行官が、子の心身に及ぼす影響、当該場所及びその周囲の状況その他の事情を考慮して相当と認めるとき
- 当該場所の占有者の同意またはこの同意に代わる執行裁判所の許可を得ること
直接的な強制執行と間接強制の関係
2020年4月施行の改正民事執行法では、直接的な強制執行の申立ては、まずは間接強制のほうを先に検討してから実施すべきとしていますが、かならずしも間接強制を先行させなくても直接強制ができるように定められています。
つまり、民事執行法において、子の引渡しの直接的な強制執行の申立てができる場合とは、次の場合とされています。
- 間接強制の決定が確定した日から2週間を経過したとき(当該決定において定められた債務を履行すべき一定の期間の経過がこれより後である場合にあっては、その期間を経過したとき)
- 間接強制を実施しても、債務者が子の監護を解く見込みがあるとは認められないとき
- 子の急迫の危険を防止するため直ちに強制執行をする必要があるとき
国際的な子の引渡しの問題とハーグ条約
最後に、子の引渡しの問題は、国内だけにとどまらず、国際的な問題となることがあります。国際離婚にともなう外国への子の連れ去り問題が典型例です。
国際的な子の返還に関する強制執行については、ハーグ条約ルールを定めています。民事執行法における子の引渡しルールの改正は、ハーグ条約における日本国内の子の引渡しの実効性を向上させる意味もあります。
民事執行法の改正により、国内の子の引渡しの強制執行に関するルールが明確化されたこととあわせて、国際的な子の返還の強制執行に関するルールを見直すため、ハーグ条約実施法(正式名称「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律」)も改正され、同内容の定めが置かれました。
まとめ
2020年4月1日より施行された民事執行法では、これまで問題視されていた子の引渡しの強制について、直接強制の手続きという新しいルールが明確化されました。
離婚にともなう子どもの問題はとてもセンシティブで、慎重な配慮が必要です。子どもはかけがえない存在ですから、子どもの引渡しが問題となるような、いわゆる「子連れ別居」、「子の連れ去り」といった場面は、両親の感情がぶつかり合い激しい争いとなります。
民事執行法の改正で、子の引渡しに関するルールは明確化され、より実効性が増すことが期待されています。その一方、新しいルールをよく理解し活用しなければ、有利な解決は望めません。
当事務所のサポート
弁護士法人浅野総合法律事務所では、離婚問題を得意分野としており、子どものからむ重大な問題についても豊富な解決実績があります。
離婚にともなう子どもの問題にお悩みの方は、ぜひ一度当事務所へ法律相談ください。
離婚問題のよくある質問
- 相手が子どもの引渡しに応じてくれないとき、どうしたらよいですか?
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相手が子どもの引渡しに応じてくれないときには、強制執行の手続きを利用します。2020年4月に施行された改正民事執行法により、間接強制、直接強制のいずれの方法も利用することができます。もっと詳しく知りたい方は「子の引渡しの強制執行の手続(改正民事執行法の変更点)」をご覧ください。
- 2020年4月1日に施行された民事執行法で、子の引渡しはどう変わりましたか?
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これまで、子どもの引渡しのルールについて明確に定めた法律がないことが問題視されていました。2020年4月に施行された改正民事執行法で、直接強制の方法が定められたほか、執行官の権限が拡張されるなどの改正がなされました。詳しくは「子の引渡しの強制執行の手続(改正民事執行法の変更点)」をご覧ください。