パワハラの程度がひどいと、うつ病、適応障害、PTSDなど、精神疾患(メンタルヘルス)になってしまうことも。
心が弱って正しい判断ができず、最悪のケースでは自殺に至るおそれも・・・。
ひどいパワハラの犠牲になったとき、「会社に責任追及できる」ことを必ず理解しておいてください。
責任追及の最たる例こそ、「慰謝料請求」。
慰謝料額の相場は、50万円〜200万円程度が目安です。
強いストレスを受けつづければ、「できるだけ高額の慰謝料をとりたい」と思うのは当然のこと。相場より低い慰謝料では納得できないでしょう。
パワハラの相談件数は右肩上がりで増え、社会問題化しており、他人事ではありません。
今回の解説では、パワハラの慰謝料請求の方法とともに、慰謝料の相場や、少しでも増額するために知っておきたいポイントを、労働問題に詳しい弁護士が解説します。
なお、解説の後半で、労災認定されるパワハラの要件も説明しますので、パワハラから身を守る参考にしてください。
- パワハラなど、業務上の行為によりうつ病・適応障害になったときは慰謝料請求できる
- パワハラを受けたとき、まずは証拠収集が重要
- パワハラ慰謝料の相場は50万円〜200万円だが、ケースによっては増額できることもある
パワハラとは
パワハラは、「パワー・ハラスメント」の略であり、職場内の優越的な関係を利用した嫌がらせのことです。
パワハラは、別名、「職場いじめ」ともいわれます。
程度のひどいパワハラを受けると、過剰なストレスを受け、精神疾患(メンタルヘルス)にり患してしまったり、過労死、過労自殺の原因ともなります。
パワハラで引き起こされる精神的な症状で、最も多いのが、うつ病、適応障害です。
パワハラの種類には、次の6種類があります。
- 身体的な攻撃
叩く、殴る、蹴るなどの暴行、物を投げつける、物でたたく - 精神的な攻撃
人格否定の言葉をかける、社員の前で叱責、馬鹿にする、侮辱する、名誉毀損する、誹謗中傷のメールを送る、長時間にわたり執拗に叱る - 人間関係からの切り離し
職場で無視をする、一人だけ別室で作業をさせる、出社させない、仲間はずれにする、重要な連絡網を回さない、部署行事に出席させない - 過大な要求
経験のない仕事で過剰なノルマを要求する、経験不足の業務を押し付ける、到底終わらない仕事量を指示する - 過小な要求
仕事を与えない、契約上の職種とは異なる仕事をさせる、知識と経験に見合わない重要性の低い業務を指示する、単純作業のみに従事させる - 個の侵害
プライベートについて執拗に質問する、家庭の問題に口出しする、日常行動を監視する、家族の悪口をいう
上記は、「パワハラの6類型」と呼ばれ、厚生労働省の発表する資料に、わかりやすくまとめられています。
パワハラかどうかをわかりやすく知るための参考になります(なお、類型にあてはまらないとパワハラにならないわけではないので、注意が必要です)。
パワハラが社会問題化したため、2019年5月、企業、職場でのパワハラ防止を義務付ける「改正労働施策総合推進法」(いわゆる「パワハラ防止法」)が成立。
2020年6月1日(中小企業では2022年4月1日)より施行され、パワハラへの対応が企業の義務となりました。
同法では、パワハラを次のように定義しています。
難しい法律用語が並んでいますが、順に、わかりやすく解説していきます。
なお、パワハラが常態化している企業は、パワハラだけでなく、不当解雇、残業代の未払い、セクハラなど、その他の労働問題で社員を苦しめる「ブラック企業」のおそれがあります。
労働問題に詳しい弁護士であれば、パワハラ問題だけでなく、総合的に事情をお聞きし、問題解決を任せられます。
優越的な関係を背景とした言動
パワハラは、その名のとおり、「パワー」(力)を利用した「ハラスメント」(嫌がらせ)を意味します。
ここでいう「パワー」は、つまり、職場における優越的な地位、会社での優位性のことです。
上司から強い口調で注意されたり、嫌なことを強要されたり、殴られたりしても、「逆らうと、何をされるかわからない」、「社内で不利益な処分を受けてしまうかも」と感じると、我慢してしまう場面があります。
このようなシーンは、まさに、職場内の優越的な地位を利用した圧力がかかっていると評価できます。
また、パワハラは、職務上の地位が上位の人(上司など)が、下位の人(部下など)にする典型ケースに限りません。
同僚や部下でも、業務上必要な知識・経験を人よりも豊富に持っていれば「優位」な地位を築けますし、集団になって、よってたかっていじめれば「優位」をとることができます。
このように、職場で抵抗するのが難しい状況を生み出されてしまえば、それはパワハラだといえます。
業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
職場内の優越的な関係を利用した言動のなかでも、業務上必要で、かつ、相当な範囲内の行為は、パワハラとはいえません。
必要性、相当性があれば、それはパワハラではなく、正当な業務命令、注意指導だからです。
命令や指導は、業務上、当然に必要です。
誤った行動をする部下に、厳しく注意、指導したり、教育したりするのは当然です。
すると、「業務上必要かつ相当かどうか」という点がポイントになるわけですが、その判断は、
- 「目的」の観点
:その言動の目的が、業務を目的としたものかどうか - 「手段」の観点
:その目的に対して、手段が不適切ではないかどうか
という順序で検討します。
例えば、次のものは、業務上不要なことが明らかであり、パワハラにあたります。
- 仕事とは全く関係ない発言
- 罵詈雑言を浴びせる
- 大声で怒鳴る、わめく
- 誹謗中傷
- 仕事と少しは関係あるとしても、不必要なほどひどい人間性や人格の否定
労働者の就業環境が害されるもの
人格や尊厳を傷つける発言や、さらには暴力などに至れば、労働者の就業環境が害されるのは明らかです。
パワハラにより労働環境が悪化すると、過剰なストレスを受け、能力を十分に発揮できず、生産性が低下します。
パワハラを受けたという自覚のないまま我慢して働きつづけると、心身共に酷使し、健康を害してしまう結果となります。
さらには、過労死、過労自殺といった最悪の結果につながるおそれもあります。
そして、職場の環境は、パワハラの加害者だけでなく、会社が守るべきものです。
十分なパワハラ対策をせず、パワハラ被害者の心身の健康を害することもなれば、安全配慮義務に違反した責任は会社にもあり、慰謝料を請求されてもしかたありません。
パワハラを受けたときの初動対応
次に、パワハラを受けたときに、被害者がすべき初動対応を、次の3ステップに分けて解説します。
初動対応を徹底することが、相場に応じた十分な慰謝料獲得につながります。
パワハラにも、重度なものから軽度なものまで、程度があります。
重度なものは、暴行罪、傷害罪、強要罪といった犯罪行為となり、刑事罰に処されるという刑事責任が科される反面、軽度なものは、民事事件としての慰謝料請求や、会社内での解決(人事処分・懲戒処分)に留まることとなります。
重要なことは、いずれの程度のパワハラでも、まずは初動対応を適切にしていくことです。
初動対応をきちんと行うことが、いざひどいパワハラに発展したとき、少しでも多くの慰謝料を獲得するための大切なポイントだからです。
客観的な証拠を収集する
パワハラは、突発的に起こるのが普通ですから、完璧な証拠が残っているケースは、むしろまれです。
証拠収集もまた、常日頃から準備しておかなければ、満足に進められません。
「叩いたかどうか」、「怒鳴ったかどうか」など、「行為の有無」が問題となるケースは、まだ証拠は集めやすいです。
しかし、その「行為の程度」、つまり、「親しみをこめて肩を叩いた程度なのか、それとも強く殴ったのか」、「きつく注意をしただけなのか、それとも大声で怒鳴り散らしたのか」といった点が争いになるとき、それを証明する資料を集め、適切に証明するのはとても難しいです。
パワハラ行為の被害にあったとき、収集しておきたい証拠には、次のものがあります。
- パワハラ行為自体の録音、録画
- パワハラ行為となるメール、チャットの履歴
- パワハラ行為を目的した目撃者の証言
- パワハラ行為を社内の相談窓口、上司、同僚に相談した履歴
- パワハラ行為を、労働基準監督署や警察など、社外に相談した履歴
- パワハラ行為によって負った心身のダメージを証明する診断書(うつ病・適応障害など)
なお、悪質なモンスター社員には、パワハラのこのような「隠れやすい」性質を利用して、実際はパワハラを受けていないのに嘘の報告をする「偽パワハラ」を起こす人もいます。
そのため、被害者だからといっても、きちんとした証拠がなく「偽パワハラではないか」との疑惑を抱かれてしまえば、会社にきちんと対応してもらえず後手に回るおそれもあります。
加害者にパワハラを指摘する
「自分が我慢すれば、円満に収まるのではないか」、「人間関係が悪くなるのが心配だ」という理由で被害者側が我慢してしまうと、ますますパワハラ行為がエスカレートします。
加害者側は、パワハラに無自覚なことも多いため、被害者側が我慢しつづけるのはおすすめできません。
パワハラには、意図的に行うパワハラだけでなく、注意指導、正当な命令をしておりパワハラではないと思っている加害者もいます。
慰謝料請求をされても、「自分は悪くない」「指導をしただけだ」と言い訳する人たちです。
無自覚パワハラに対抗するためにも、まずはパワハラ加害者に理解してもらうことからスタートしなければなりません。
パワハラ予防研修、管理職研修など、会社による予防措置が重要ですが、会社が十分な対策を講じないときは、被害者側でも、その行為がパワハラだと認識してもらい、パワハラをやめてもらえるよう、指摘していくことを心がけてください。
弁護士に相談する
パワハラ問題が、社内だけでは解決困難なとき、ぜひ一度、弁護士に法律相談してください。
会社を辞めたいときはもちろん、在籍しつづけたいときも、対応について弁護士の専門的なアドバイスが役立ちます。
実績が高く、経営陣に認められている社員が、ローパフォーマーとされる社員に嫌がらせをする場合など、社内の優越的地位を利用すればするほど、会社はパワハラ被害者に対して、「我慢しておくほうが将来のためだ」、「犠牲になってほしい」といった不適切な対応をするケースがあります。
会社にパワハラの相談をしても、不適切な対応しかされないと二次被害につながるおそれもあるわけです。
社内での話し合いで解決できるのが一番であり、加害者には懲戒処分、人事処分など、社内の責任をとってもらいたいのは当然です。
しかし、社内では解決が困難な場合、社外での解決を見すえて検討していかなければなりません。
そして、社外におけるパワハラ問題の最終手段が、裁判における慰謝料請求です。
将来を見すえて交渉を進めるにあたり、法律と裁判例の知識を豊富に有する弁護士によるサポートが有益です。
パワハラによるうつ病・適応障害の発症で、慰謝料を請求する方法
本来の業務範囲を超え、就業環境を悪化させるほどのパワハラ被害を受ければ、不安や恐怖を覚えるのは当然です。
苦しい気持ちを、加害者や会社につたえ、職場でのいじめや差別を根絶するには、被害者側が積極的に行動しなければなりません。
そして、パワハラに対する拒絶の意思表示として、最も有効なのが慰謝料請求です。
慰謝料請求は、次の手順で進めてください。
なお、慰謝料請求には、受けてしまった被害の回復だけでなく、パワハラを予防する効果もあります。
つまり、慰謝料請求することで、会社に対して、適切なパワハラの防止策、職場環境への配慮について対策をとるよう、うながす効果があり、とても有用です。
一人が声をあげることで、ブラック企業を改善し、他の社員の利益にもなります。
業務に関連するパワハラかを検討する
パワハラが、業務に関連するものであれば、会社の責任を追及できます。
職場のストレスが原因で、うつ病、適応障害などの精神疾患(メンタルヘルス)にり患してしまったとき、会社に対して慰謝料請求するための方法には、①使用者責任を追及する方法(民法709条、民法715条)、②安全配慮義務違反を追及する方法(民法415条)の2つがあります。
会社は、労働者に対して、生命、健康を害しないよう職場環境などについて配慮すべき注意義務(安全配慮義務・職場環境配慮義務)を負います。
そのため、管理が不十分で、人間関係のトラブルを解決できなかったときは、パワハラの直接の加害者に対してだけでなく、会社にも慰謝料請求することを検討できるのです。
ただ、使用者責任、安全配慮義務違反の責任のいずれであっても、業務に関連するパワハラ行為でなければ、責任追及できませんから、「業務に関連しているかどうか」が重要なポイントです。
なお、業務に起因する行為であれば、次章以降で解説するとおり、パワハラが重度で心理的負荷が大きいことを主張し、労災認定も受けられます。
内容証明で慰謝料請求する
パワハラの慰謝料請求をするときは、はじめに内容証明で、通知書・請求書を送り、慰謝料の支払いを求めます。
内容証明には、送付した日時、送付した内容を郵便局が証拠として記録してくれる効果があり、後に証拠となるからです。
発症前1か月におおむね100時間、または、発症前2か月から6か月の間に1か月あたり80時間を超えるほどの時間外労働が認められ、過重労働であることが明らかなケースや、すでに刑事罰を受けているケースなど、明らかに強度のパワハラが存在していて責任に争いのない場合であれば、話し合い(交渉)で譲歩を引き出せる可能性もあります。
このとき、弁護士名義で内容証明を送れば、リスクを強く感じてもらい、譲歩を引き出しやすくなります。
会社と労働者との間で、パワハラに関する事実関係に争いがある場合であっても、内容証明からはじまる交渉の過程において、会社から十分に事情の聴取を行い、後の労働審判、訴訟に役立てることができます。
パワハラ慰謝料を請求する具体的な方法、通知書の書式・ひな形などは、次の解説も参考にしてください。
労働審判で慰謝料請求する
次に、パワハラの慰謝料請求をするときは、労働審判の手続を利用するのがおすすめです。
労働審判は、労働者保護のため、個別労使紛争を迅速かつ適切に解決することを目的として設置された制度。
そのため、訴訟よりも早期に、問題解決することが期待できます。
労働審判では、必ずしも十分な証拠を用意できなくても、労働審判当日におけるパワハラ被害者、加害者、目撃者、その他の関係者の発言をヒアリングし、事実認定に役立てることがきます。
なお、労働審判は、労働者と使用者(会社)との間の個別労使紛争解決の手段であり、パワハラの直接の加害者を相手に慰謝料請求することはできません。
直接の加害者にも慰謝料請求したいときは、次に解説する訴訟提起の方法をおすすめします。
訴訟を起こす
最後に、パワハラの慰謝料請求について、終局的な解決を求める場合には、訴訟手続も利用できます。
労働審判と比べて、訴訟でパワハラの慰謝料請求をすることには、次のメリットがあります。
- パワハラ被害者が自殺、死亡した例など、重大事件について終局的に解決できる
- パワハラの直接の加害者と、会社に対して、同時に慰謝料請求できる
- パワハラ行為の証拠について、丁寧な証拠調べを受けられる
その代わり、訴訟によってパワハラの慰謝料請求をする方法の場合は、一般に、労働審判よりも長期間かかり、裁判費用、弁護士費用も労働審判より多くかかるのが通常です。
いずれの方法にも一長一短あるため、ケースに応じて、パワハラの被害の程度、収集できる証拠の程度、獲得できる慰謝料の目安などを考慮して、適切な手続きを選択する必要があります。
手続きの選択に迷われるときは、ぜひ、弁護士のアドバイスをお求めください。
パワハラの慰謝料額の相場に影響する要素
パワハラの慰謝料額の相場は、50万円〜200万円程度が目安です。
ただ、実際にはこれを超える事例もあり、次章で解説するとおり、数百万円の慰謝料を認めた裁判例もあります。
一言で「パワハラ」といっても、その内容はさまざまで、認められる慰謝料額はケースによって違います。
パワハラ慰謝料の金額に影響する事情を知ることで、自分のケースに応じた慰謝料を、最大限、請求できます。
慰謝料額の相場に影響する事情には、次のものがありますので、順に解説します。
どんな事情で慰謝料が増減するのかを知ることで、損せず、慰謝料請求をすることができます。
パワハラの内容
まず、パワハラの内容がどんなものかにより、慰謝料が増額されたり、減額されたりすることを知っておいてください。
実際、弁護士が受ける「パワハラを受けた」という法律相談のなかには、暴力をともなう悪質性の高いケースや被害者が死亡してしまった事例から、暴言や、態度にとどまるもの、証拠がまったく存在しないものまでさまざまです。
また、加害者が1人だけでなく、複数であったり、会社全体で寄ってたかって集団でいじめていたりといった例では、悪質性がより高いと評価されます。
ご自身のケースが、身体的な被害があるなど、損失が大きく、悪質であるほど、慰謝料額は高額となる傾向にあります。
パワハラが継続されてきた期間
次に、パワハラが継続されてきた期間が長ければ長いほど、慰謝料額の相場を増やすことができます。
長期にわたり貢献してきたにもかかわらず、パワハラが原因で、これ以上働くのが難しくなったという場合、「これまでの働きを台無しにされた」という思いが強いはずです。
パワハラが長い間継続された点を強く主張することで、慰謝料を相場よりも高くするよう主張しなければなりません。
パワハラの回数・頻度
次に、パワハラの回数、頻度が多ければ多いほど、慰謝料額の相場は高額なものとなります。
パワハラが、短期間に行われたものだったとしても、その回数や頻度が多く、集中的に行われれば、その分だけ過剰なストレスがかかり、大きな負担となるのは当然です。
なお、1回だけのパワハラだったとしても、強い暴力を振るわれるなど、その程度が強度の場合には、回数や頻度が少なくても、ひどいパワハラだと評価してもらい、慰謝料を相場よりも増額できるケースもあります。
加害者と被害者の職場における力関係
パワハラは、職場での優位な立場を利用している点に問題性があります。
そのため、職場における力関係に差があればあるほど、慰謝料の相場は高く評価される流れにあります。
単なる社員間のトラブルではなく、社長や役員など、より上位のものからのパワハラだと、不安やストレスが大きいのが普通であり、精神的苦痛が大きいと考えられるからです。
幹部社員や経営陣からのパワハラは、それだけ大きなプレッシャーとなるのは当然です。
特に、社長からのパワハラでは、「逆らえば、この会社にいられない」、「解雇され、クビになってしまうかも」という恐怖感があるでしょうから、その分だけ、相場よりも高額な慰謝料を請求できます。
パワハラ慰謝料額の相場と、裁判例
パワハラの慰謝料額は、裁判例を参考とすれば、50万円〜200万円程度が相場の目安です。
ただし、強度かつ悪質なパワハラでは、これ以上の慰謝料が認められる例もあります。
パワハラの慰謝料の相場を、より詳しく知るためには、ケースにあわせて裁判例を調査しならず、専門知識を要します。
そこで、パワハラを理由に、慰謝料を認めた裁判例を紹介し、パワハラ慰謝料額の相場について、わかりやすく解説します。
5万円の慰謝料を認めた裁判例
東京高裁平成17年4月23日判決は、5万円のパワハラ慰謝料を認めた裁判例です。
被害者である従業員が所属する某中央サービスセンター(「SC」)の所長が、同従業員に対して、「意欲がない、やる気がないなら、会社を辞めるベきだと思います。当SCにとっても、会社にとっても損失そのものです。あなたの給料で業務職が何人雇えると思いますか。……これ以上、当SCに迷惑をかけないで下さい」というメールの内容がパワハラとして、その慰謝料請求が認められるかが争われました。
裁判所は、メールの表現方法は不適切で、名誉毀損だとしながら、パワハラの意図まではなかったとし、相場よりも低額の慰謝料しか認めませんでした。
業務命令の一貫としてなされたメールであったことが考慮されて、認容額が抑えられたものと考えられます。
100万円の慰謝料を認めた裁判例
福生病院企業団事件(東京地裁立川支部令和2年7月1日判決)では、206万円のパワハラ慰謝料を認めた裁判例です。
被告が公立病院であったため、その責任追及は、国家賠償法に基づく請求となります。
- 「精神障害者」、「生きてる価値なんかない」、「嘘つきと言い訳の塊の人間」、「最低だね。人としてね。」などの人格否定的な発言
- 事務室内、会議中など、他の社員の門前で、長時間にわたって叱責
- 少なくとも4ヶ月、パワハラが繰り返された
以上のパワハラ発言によって、原告は適応障害との診断を受け、休職を余儀なくされました。
この裁判例では、100万円の慰謝料に加えて、約70万円の休業損害などを含む、合計200万円以上の損害賠償請求が認容されました。
145万円の慰謝料を認めた裁判例
日本ファンド事件(東京地裁平成22年7月27日判決)は、原告Aから336万円、Bから200万円、Cから200万円の請求に対して、Aに95万円(治療費、休業損害も含む)、Bに40万円、Cに10万円のパワハラ慰謝料を認めた裁判例です。
被害者は従業員A、B、Cで、加害者はその上司である部長。
裁判所によって認定された部長によるパワハラの行為は、次の通りです。
- Aに対して、事情聴取や弁明の機会を与えず叱責、始末書の提出を命じたこと
- Bに対して、「馬鹿野郎」「給料泥棒」「責任を取れ」と叱責し、「給料をもらっていながら仕事をしていませんでした。」という文言の入った始末書を提出させたこと
- Cの背中を殴打したこと、Cの膝を足の裏で蹴ったこと
- Cに対して、「よくこんなやつと結婚したな、もの好きもいるもんだな。」という暴言
以上のパワハラ行為により、原告Aは、抑うつ状態との診断を受けていました。
裁判所はいずれの行為も、心理的、精神的負担を課す不法行為、違法な暴行として、不法行為だと判断しました。
また、加害者によるパワハラ行為は、部長として職務の執行中ないしその延長上における昼食時に行われたものであったため、会社に対する責任も認めました。
450万円の慰謝料を認めた裁判例
東京地裁平成26年7月31日判決では、会社と加害者に対して、450万円の慰謝料の支払い義務を認めた裁判例です。
- 「新入社員以下だ。もう任せられない。」、「何で分からない。おまえは馬鹿」などの誹謗中傷発言によって心理的負担を与えた
- 診断書を見ることで、うつ病になったことを知りながら、休職を申し出るのを阻害した
- 叱り方の言葉、声の調子、指導が行われた場所などからして、指導の行き過ぎがあった
この裁判例では、被害者が、パワハラ行為によって、うつ病になってしまい5年間の通院を要したこと、障害等級2級と認定されて精神障害者手帳を交付されたことといった事情が重く評価され、慰謝料が相場よりも高額化しました。
その他に、約360万円の休業損害なども認定されています。
600万円の慰謝料を認めた裁判例
松陰学園事件(東京高裁平成5年11月12日判決)は、600万円(第一審の東京地裁では400万円)のパワハラ慰謝料を認めた裁判例です。
女性教諭が、高等学校によりなされた授業・担任等の仕事外し、職員室内での隔離、何らの仕事が与えられないままの4年6か月にわたる別室(物置部屋)への隔離、5年以上にわたる自宅研修、自宅研修中の一時金の不支給・賃金の据置など、校長からの命令
本裁判例では、上記の行為がパワハラ(「精神的な攻撃」、「人間関係からの切り離し」、「過小な要求」など)に当たるとして、損害賠償請求をした事案です。
校長から、過酷な処遇が長期にわたって継続された点が、相場より高額な慰謝料額を認容された要因となっています。
パワハラの慰謝料請求にかかる費用の相場
パワハラでうつ病・適応障害を発症してしまい、慰謝料請求したい方の大きな不安は、「費用」の問題でしょう。
パワハラで慰謝料請求できるとはいえ、かかる費用が、もらえる慰謝料を超えると、かえって損。
そのため、コストとリターンを慎重に比較しなければならず、このとき「慰謝料額の相場」だけでなく「かかる費用の相場」も知っておかなければなりません。
パワハラの慰謝料請求でかかる費用には、大きく分けて、訴訟の手数料と、弁護士費用があります。
それぞれ、相場の目安について説明します。
訴訟の手数料の相場
パワハラの慰謝料請求で、労働審判、訴訟など、裁判所を利用するときには、手数料(印紙代)がかかります。
裁判にかかる費用は、手数料額早見表に詳しく決められていますが、例えば、100万円の請求をするとき、労働審判の申し立てであれば5000円、訴訟提起であれば1万円の手数料がかかります。
弁護士費用の相場
パワハラを理由に、より多くの慰謝料をもらいたいと考えるなら、弁護士の協力を得るのが有効です。
弁護士に交渉してもらい、法律知識をもとにプレッシャーをかければ、会社側の譲歩を引き出しやすくなります。
また、弁護士を窓口とすれば、直接のやりとりをなくしてストレスを減らし、二次被害を防ぐ効果もあります。
パワハラの慰謝料請求を依頼するとき、弁護士費用の相場は、次のとおりです。
請求する慰謝料額、獲得した慰謝料額に、一定の割合を乗じて決めるのが通常です。
経済的利益の額 | 着手金 | 報酬金 |
---|---|---|
300万円以下 | 8% | 16% |
300万円を超え、3000万円以下 | 5%+9万円 | 10%+18万円 |
3000万円を超え、3億円以下 | 3%+69万円 | 6%+128万円 |
3億円を超える場合 | 2%+369万円 | 4%+738万円 |
当事務所では、ケースにあわせて、依頼者の損にならないよう弁護士費用をお見積りし、提案します。
労働問題(労働者側)の弁護士費用は、次の解説を参考にしてください。
パワハラによるうつ病・適応障害は、労災の対象となる
パワハラによって、うつ病、適応障害など、精神疾患(メンタルヘルス)の症状になったら、慰謝料請求とあわせて、労災保険も活用してください。
労災保険は、業務に起因して、心身の健康を崩してしまったときに受けられる給付。
パワハラはまさに「会社のせいで、うつ病になった」という、労災事例の典型例ですが、会社は積極的には認めてくれないかもしれません。
うつ病や適応障害になった社員が、労災保険を受けとるには、労災だという認定(労災認定)が必要です。
労災認定を受けるには、次の3つの要件があるため、パワハラによる心身の症状が、これらの要件を満たす必要があります。
- 精神障害を発症していること
:うつ病、適応障害、PTSDなどの精神障害を発症していることを、医師の診断書によって証明します。 - 強い心理的負荷を受けたこと
:パワハラによる身体的攻撃、精神的攻撃が繰り返されるなど、強い心理的負荷を受けていることが必要。
負荷の程度は、「業務による心理的負荷評価表」(厚生労働省)を参考にしてください。 - 業務以外の理由がないこと
:精神疾患にかかっても、職場以外の理由による可能性があるとき、労災認定を受けられません。
労災認定を受けられれば、療養補償給付、休業補償給付、障害補償給付といった保険給付を受けられるほか、療養中の解雇が禁じられるなどの手厚い保護を受けることができます。
パワハラの慰謝料請求に関する注意点
最後に、パワハラの慰謝料請求について、注意しておきたい点を、弁護士が解説します。
退職後もパワハラの慰謝料請求できる
パワハラの慰謝料請求は、退職後でも可能。
パワハラ被害を受けて退職してしまったときにも、慰謝料をあきらめる必要はありません。
過去の行為について訴え、責任追及をできるかどううかと、会社に在籍しているかどうかは無関係だからです。
ただし、時効には注意が必要です。
パワハラの慰謝料請求では、不法行為の時効が経過していると、訴えることはできません。
不法行為の時効は、「損害及び加害者を知ったときから3年」が基本ですが、2020年4月に施行された民法改正により、「生命又は身体の侵害」があるときには「損害及び加害者を知ったときから5年」に延長されました。
うつ病や適応障害では、パワハラ時からしばらく経ってから症状がでてきて、被害があきらかになることもあります。
このとき、症状が出たことを知ってはじめて、時効が進行すると考えてよいでしょう。
なお、いずれの場合も「不法行為時から20年」が経過すると、慰謝料請求はできません。
パワハラ事例の多くは、退職強要に発展します。
強要され、退職せざるを得ないときこそ、慰謝料請求すべきです。退職強要時の損害賠償や、慰謝料の相場は、次の解説も参考にしてください。
仕返しをおそれない
パワハラの慰謝料請求を検討しているとき、「訴えるデメリット」を気にされる方もいます。
パワハラのなかで、「無能だ」とののしられていたり、「訴えたらクビだ」といわれていたりして、仕返しを過度におそれてしまう方もいますが、脅しに屈すれば、パワハラ加害者の思うツボ。
特に、経営陣からの「労働者としての地位」を危うくすることを示唆するようなパワハラに屈してはなりません。
なお、パワハラに逆らったために解雇、というのは「不当解雇」です。不当解雇を訴える方法、慰謝料請求の方法、慰謝料の相場、解決金の相場などについて、弁護士解説は下記を参考にしてください。
慰謝料請求と労災保険は別の手段
労災保険は、治療費や休業した際の損害などをカバーするものであり、慰謝料は対象に含まれてはいません。
つまり、慰謝料請求と労災保険は、対象を別にした、まったく別の手段だと理解してください。
そのため、労災の認定が下りて、労災保険からの給付を受けられたときでも、会社やパワハラの加害者に、慰謝料請求ができます。
まとめ
今回は、パワハラ被害にあい、うつ病、適応障害などになってしまった方の適切なディフェンス方法として、パワハラの慰謝料請求と、その相場、増額する方法などを解説しました。
職場の環境をととのえ、働きやすい環境をつくる義務が会社にあります。
しかし、実際にパワハラの被害にあったとき、事前の予防策だけでは、すでに起こってしまっているパワハラ被害の回復には十分ではありません。
我慢しつづけ、心身の健康を崩し、うつ病、適応障害などの精神疾患(メンタルヘルス)になったり、過労死、過労自殺の原因となってしまう最悪のケースを想定し、できるだけ早期に対応するのが重要なポイントです。
当事務所のサポート
弁護士法人浅野総合法律事務所では、労働問題を得意としており、パワハラ被害のご相談を数多くお聞きしています。
会社組織は、上司と部下、社員同士のコミュニケーションによって成り立っています。業務遂行能力の成長、将来のキャリアのために人間関係を良好に保つ必要がありますが、パワハラを我慢しなければならないわけではありません。
パワハラについてよくある質問
- パワハラを受けたとき、どのように対応したらよいですか?
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パワハラをやめさせ、被害回復するために、パワハラをうけてしまったら慰謝料請求するのがおすすめです。そのための初動対応として証拠収集は欠かせません。詳しくは「パワハラを受けたときの初動対応」をご覧ください。
- パワハラで慰謝料請求するときの相場はどれくらいですか?
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パワハラの慰謝料の相場は、50万円〜200万円が目安となりますが、ケースによって悪質性が高いとき、より高額の請求を認めた解決事例もあります。もっと詳しく知りたい方は「パワハラの慰謝料の相場」をご覧ください。