労働問題

研修・教育訓練の時間が「労働時間」にあたり残業代請求できるケース

2021年7月2日

解説の執筆者:弁護士 浅野 英之

弁護士法人浅野総合法律事務所、代表弁護士の浅野英之(第一東京弁護士会所属)です。当事務所は「労働問題」に注力し、豊富な実績を有しています。労働は人の生活に密接に関わる重要な法律問題です。

一人で会社と戦うのが難しいとき、法律の専門知識を活用することで速やかに解決できることがあります。ぜひ一度当事務所へご相談ください。

研修・教育訓練と労働時間・残業代請求

研修・教育訓練の時間が会社から与えられているとき、労働基準法の「労働時間」にあたり、これらの時間についても残業代請求できるケースがあります。

研修・教育訓練は、労働者の自己成長、スキルアップのために会社が福利厚生として用意し、任意参加としていることもありますが、実際には参加が強制され、参加しないと業務上の不利益を受けてしまうおそれのある場合も少なくありません。

「研修・教育訓練」には、セミナー参加、WEBセミナー視聴、勉強、自主学習などの時間が含まれます。

このように、就業時間中に行われたり、強制参加であったり、会社にとって必須のスキルや資格の取得のためであったりするとき、そのような研修・教育訓練は、もはや業務そのものと同じだからです。

今回の解説では、

  • 研修・教育訓練が、労働基準法の「労働時間」にあたるケース
  • 研修・教育訓練の性質ごとの「労働時間」の判断基準
  • 研修・教育訓練の残業代を請求するときの注意点

といった残業代と労働時間の知識について、労働問題を多く取り扱う弁護士が解説します。

まとめ解説
未払い残業代を請求する労働者側が理解すべき全知識【弁護士解説】

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研修・教育訓練と「労働時間」の考え方

研修・教育訓練と労働時間・残業代請求

労働基準法の「労働時間」とは、裁判例の実務で「使用者の指揮命令下に置かれている時間」を指すものとされています。そして、「労働時間」が「1日8時間、1週40時間」(法定労働時間)を超えるときには、会社は労働者に対して残業代を支払う義務があります。

研修・教育訓練が「労働時間」にあたるのであれば、その時間も残業代計算の対象となるため、未払い残業代が発生する可能性があります。

「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(2017年、厚生労働省)でも、「参加することが業務上義務付けられている研修・教育訓練の受講や、使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間」は「労働時間」であると示されています。

この点について、会社側の考え方からすると、次の反論が予想されますが、研修の内容によっては労働者側の意識とは大きく異なるはずです。「余計なお世話」と感じるかもしれませんが、まずは会社側の考え方をみてみましょう。

  • 会社が費用負担し、社員のスキルアップのために実施した研修・教育訓練は「労働時間」ではない
  • 研修・教育訓練はまったく利益を生まないから、業務ではない
  • 任意参加なのだから、嫌なら参加しなければよい

もし、会社側が心からこのように感じるのであれば、そもそも研修・教育訓練など実施しなければよいのです。本当にスキルアップを望み、それが自分のためになるのであれば、自発的に行動し、社外の研修を受ければよいでしょう。

実際には、このような会社の考えの背後には、相反する次のような考え方が潜んでいます。

  • 当社で活躍するためには、この研修・教育訓練は受けてもらわないと困る
  • とはいえ、研修・教育訓練は利益を生まないから、賃金・残業代を払いたくない
  • 残業代を払いたくないので任意参加にしたが、上位の役職者には参加してほしい

このような相反する考え方の中で、会社の本音が見え隠れするほど、労働者側では空気を読んで、研修・教育訓練に、いやいやながら参加してしまう人が多いでしょう。更に悪質なケースでは、参加しないと評価が下がったり、参加するよう注意指導されたり、社長や上司から圧力をかけられたりなどのプレッシャーがある事例もあります。

このような場合、「使用者の指揮命令下に置かれている」と評価できることは明らかであり、「労働時間」として残業代請求の対象とすべきです。

参考解説

「研修・教育訓練が『労働時間』にあたるかどうか」の判断基準

研修・教育訓練と労働時間・残業代請求

研修・教育訓練が、労働基準法の「労働時間」にあたるかどうか、残業代請求できるかどうかの判断基準は、次のようなものです。

研修・教育訓練の労働時間性についても、原則と同様に「使用者の指揮命令下に置かれているかどうか」という基準で判断しますが、研修・教育訓練が業務それ自体ではないことから、その内容や性質によってケースバイケースの検討をしなければなりません。

なお、下記に解説する事情は、いずれか1つだけで必ず「労働時間」にあたるかどうかが決まるようなものではなく、「使用者の指揮命令下に置かれているかどうか」という基準のための総合的な判断材料とお考えください。

【判断基準1】明示の指示があるか

第1に、明示的の指示により、研修・教育訓練に参加するよう指示があるときに、これが業務にあたることは明らかであり、「使用者の指揮命令下に置かれている」と判断され、労働基準法の「労働時間」として残業代請求の対象となります。

明示的な指示・命令は、社長から行われる場合はもちろんのこと、直属の上司から伝えられたり、入社研修で指示されたりするときも同様です。

なお、必ずしも明示の指示がなくても、事実上社員が従わざるを得ないようなときには、黙示の指示・命令があるとして「労働時間」と考えるべき場合があります。例えば、資格をとるよう指示され、その資格のために必須の研修を受けなければならないときなどがこれにあたります。

参考解説

【判断基準2】業務時間内に行われたか

会社の定めた始業時刻から終業時刻までの間を「所定労働時間」といいます。所定労働時間内は、労働契約(雇用契約)を締結しているからには業務に専念しなければなりません。

そのため、所定労働時間内に行われる研修・教育訓練は、業務それ自体であると考えられるから、「使用者の指揮命令下に置かれている」といえ、残業代請求の対象となる「労働時間」と評価されます。

なお、所定労働時間が、労働基準法に定められた法定労働時間(1日8時間、1週40時間)よりも短いとき、所定労働時間が終わった後法定労働時間までの間を「法定時間内残業」といいますが、この間に行われた研修・教育訓練もまた、残業代請求の対象となる「労働時間」になるのは当然です。

参考解説

【判断基準3】会社の費用負担か

会社が研修・教育訓練にかかる費用を負担しているとき、自社の利益を考えてそのような支出をしていると考えられることが多いため、その研修・教育訓練は「労働時間」と評価される傾向にあります。

研修・教育訓練にかかる費用としては、研修講師費用のほか、最中に出される飲食の費用、外部研修費用などがあります。

有名な研修講師を採用したり、高額な外部研修を受けさせたりといったケースでは、会社が事業利益を追求して行うのでなければ、善意に支出するとは到底思えず、このようなとき、やはり「労働時間」と評価されやすいと考えられます。

【判断基準4】参加が強制か、任意か

強制参加の研修・教育訓練が「労働時間」にあたるのは当然ですが、任意参加とされていても、事実上は参加せざるをえない状況になっていることがあります。

参加しないことにより、労働者にとって事実上の不利益があるとき、結局は強制参加とかわりありません。研修・教育研修に参加しない不利益の例には次のようなものがあります。

  • 参加しないと注意されたり叱責を受けたりする
  • 参加しないことが人事評価でマイナス要素となる
  • 参加しないと重要な仕事を任せてもらえない
  • 参加しないと欠勤扱いとして給与を引かれる
  • 参加しないと社長の機嫌が悪くなり嫌がらせをされる

このような事実上の強制参加とされている研修・教育訓練もまた、労働基準法の「労働時間」にあたり、残業代請求の対象となります。

【判断基準5】業務との関連性が強いか

会社の業務分野と密接に関係しており、業務を円滑に遂行するための研修・教育訓練だと考えられるとき、労働基準法の「労働時間」と評価されやすい傾向にあります。

これに対して、英会話レッスン、一般的なパソコンスキル、マナー講習、ヨガなど、勤務している会社でなくても使えるスキルや、労働者の息抜きと考えられるような研修・教育訓練は、会社の業務との関連性が弱く、「労働時間」とはなりません。

【判断基準6】報告・課題があるか

研修・教育訓練が行われた後に、会社に対して詳細な報告をすることが求められていたり、課題の提出や試験の合格などが要件とされていたりするとき、「使用者の指揮命令下に置かれている」と考えられます。

このようなとき、その課題や試験を行っている時間が「使用者の指揮命令下」にあることは当然のこと、その前提として受けている研修・教育訓練の時間もまた同様といえ、いずれも「労働時間」となります。

【判断基準7】法令で義務付けられているか

社員が受ける研修の中には、法令により受講が義務付けられているものがあります。

職場の安全を守るための労働安全衛生法に定められた「安全衛生教育」や、消防法に定められた「消火訓練」、「避難訓練」などは、法令上の義務であることから、当然「労働時間」内に行うものとされており、法定労働時間外に行うときには残業代が請求できるとされています。

「研修・教育訓練が『労働時間』にあたるかどうか」の具体例

研修・教育訓練と労働時間・残業代請求

最後に、ここまで解説してきた判断基準をもとに、研修・教育訓練が、労働基準法の「労働時間」にあたるかどうかについての具体例を解説します。

労働時間にあたる例

研修・教育訓練の時間が、労働基準法の「労働時間」にあたる例とは、明示の指示があるときのほか、黙示の指示があると評価できるケースです。不参加の社員に対して事実上不利益な扱いがされるときには、「労働時間」にあたり、残業代請求できます。

次のように、裁判例(大坂地裁平成22年10月29日判決)では、明示的なペナルティが課せられていなかったとしても、課題があったり、遅刻・欠席したときに指導がなされたりといった事情のある勉強会は「労働時間」にあたると判断した事例があります。

大阪地裁平成22年10月29日判決

被告は、勉強会への参加は、共同経営者として広く社会状況をつかむための場であり、業務とは直接関連性・対応性がない小(ママ)参加者による自主的サークル活動であって、仮に欠席したり成果が出なくとも、業務に支障が一切ない活動であり、何らペナルティが課されることはないことから、労働時間には該当しないと主張する。…(略)…勉強会は、被告によって、予め参加者が割り振られており、日時及び場所が決められていたこと、被告従業員には、勉強会に参加した後にその内容に沿った「投稿(感想文のようなもの)」を起案して被告の掲示板へ投稿するよう求められていたこと、勉強会に遅刻したり、欠席すれば、上長から指導を受けたこと、以上の点が認められ、これらの点からすると、勉強会は、たとえ、参加しなかったからといって何らかのペナルティを課せられるものではなかったとしても、自主的なサークル活動であるとは認め難く、結局のところ、被告の指揮命令下において実施されていたと認めるのが相当である。そうすると、原告が勉強会に参加した時間は、労働時間であると認めるのが相当である。

労働時間にあたらない例

これに対して、労働者が自発的に望んで参加した研修・教育訓練や、会社の業務とは直接の関連性のないものについては、労働基準法の「労働時間」にはあたりません。

会社が善意で提供してくれる研修がとても魅力的なもので、自分の時間を使ってでも学びたいと考えるのであれば、このような研修・教育訓練について賃金・残業代は発生しません。

次のように、裁判例(大阪高裁平成22年11月19日判決)でも、労働者個人のスキルアップとなるようなWEB学習について、「労働時間」にはあたらないとして残業代請求を認めなかった事例があります。

大阪地裁平成22年11月19日判決

WEB学習は、パソコンを操作してその作業をすること自体が、控訴人が利潤を得るための業務ではなく、むしろ、控訴人が、各従業員個人個人のスキルアップのための材料や機会を提供し、各従業員がその自主的な意思によって作業をすることによってスキルアップを図るものであるといえる。…(略)…そのような試験が行われているわけでもない。…(略)…WEB学習の量のみを捉えて、従業員の評価をすることに意味はないのであって、WEB学習の推奨は,まさに従業員各人に対し自己研鑽するた(ママ)のツールを提供して推奨しているにすぎず、これを業務の指示とみることもできないというべきである。

(2) したがって、WEB学習の上記のような性質・内容によれば、これに従事した時間を、労務の提供とみることはできないというべきであり、これを業務の一環として実施するよう業務上の指示がなされていたとも評価できないことから、被控訴人がWEB学習に従事した時間があったとしても、それを控訴人の指揮命令下においてなされた労働時間と認めることができない。

残業代請求は浅野総合法律事務所にお任せください!

今回は、研修・教育訓練の時間であっても、労働基準法の「労働時間」にあたり未払い残業代を請求することができる場合があることについて解説しました。

社会人として仕事を円滑に続けていく以上、継続的な勉強が必要なことは当然です。しかし、研修・教育訓練のなかには、会社がその利益の追求のために社員に受けさせているものも多く、労働者個人にとっては将来あまり役立たないものもあります。

このように、会社が業務上の目的をもって受けさせている研修・教育訓練について、積極的に参加して活躍するためにも、その時間を「労働時間」と評価してもらい、残業代をもらうことは労働者の当然の権利です。

残業代請求をはじめとした労働問題にお悩みの方は、ぜひ一度当事務所へご相談ください。

解説の執筆者:弁護士 浅野 英之

弁護士法人浅野総合法律事務所、代表弁護士の浅野英之(第一東京弁護士会所属)です。当事務所は「労働問題」に注力し、豊富な実績を有しています。労働は人の生活に密接に関わる重要な法律問題です。

一人で会社と戦うのが難しいとき、法律の専門知識を活用することで速やかに解決できることがあります。ぜひ一度当事務所へご相談ください。

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