残業代請求をする際に、労働審判や訴訟などの法的手続きにまで移行して、長期間苦労を重ねると、「未払残業代だけ支払ってもらっても、得した気がしない」と思う労働者側のお気持ちは十分に理解できます。
長期間一生懸命頑張って、結局、法律上支払ってもらうべきお金しか支払ってもらえないのでは、「ひとまずは支払わないほうが得だ」ということになってしまいかねません。このような悪質なブラック企業の残業代未払を避けるために、残業代請求のときに追加で請求するのが、「付加金」と「遅延損害金」です。
それぞれ、遅延損害金は、支払うべき期限に遅延したことについて生じた損害にあたる金額を意味し、付加金は、残業代の未払いが悪質であった場合のペナルティ、制裁を意味する金額です。
とはいえ、交渉段階で示談をしたり、労働審判や訴訟で和解に応じたりした場合、必ずしも付加金、遅延損害金を支払ってもらえるわけではありません。また、そもそも付加金は、悪質であると裁判所が認定する場合にしか命じられません。
そこで、少しでも請求すべき金額を増額するためにも、残業代請求の際の付加金、遅延損害金の基本的な知識について、弁護士が解説します。
「残業代請求」弁護士解説まとめ
目次
付加金とは
付加金とは、会社が労働者に対して、労働基準法に定めた一定の金員を支払わなかった場合に、裁判所が労働者の請求により、未払金とは別に、未払金と同一金額を上限として支払いを命じることのできるものです(労働基準法114条)。
労働基準法114条(付加金の支払)裁判所は、第二十条、第二十六条若しくは第三十七条の規定に違反した使用者又は第三十九条第九項の規定による賃金を支払わなかつた使用者に対して、労働者の請求により、これらの規定により使用者が支払わなければならない金額についての未払金のほか、これと同一額の付加金の支払を命ずることができる。ただし、この請求は、違反のあつた時から五年以内にしなければならない。
付加金は、悪質な未払に対する制裁(ペナルティ)の意味があります。どれほど悪質な未払に対してもまったく制裁がなければ、「違法であってもひとまずは支払を拒絶しておいて、裁判で負けたら支払う」という会社側の不誠実な対応を許してしまうからです。
付加金の対象となる未払金は、次のとおりです。中でも重要なのが、割増賃金、すなわち、残業代です。
- 解雇予告手当(労働基準法20条)
- 休業手当(労働基準法26条)
- 時間外割増賃金、休日割増賃金、深夜労働割増賃金(労働基準法37条)
- 年次有給休暇中の賃金(労働基準法39条6項)
例えば、未払残業代が500万円存在するとき、裁判所が労働者の請求を認めて、付加金の支払を命じると、会社は労働者に対して1000万円を支払うこととなります。付加金が100%認められる事例だけでなく、付加金が一部のみ認められる事例もあります。
付加金の金額は、未払金と同一金を上限としますので、支払われる額が最大で2倍まで増額されることを意味しています。
付加金を請求するためのポイント
労働者側にとって、受け取れる金額を倍増させることのできる付加金ですが、どのような場合にももらえるわけではありません。
そこで次に、付加金を請求するためのポイントについて解説します。
裁判所が支払を命じる
付加金は、労働者が請求をし、裁判所が支払を命令することによってはじめて支払義務が生じます。つまり、賃金や残業代のように、労働基準法をはじめとした労働法上、必ず支払義務があるというものではありません。
また、これに関連して、労働審判では付加金の支払を命じることはできないものとされています。
ただし、労働審判に対して異議申立てをしたときには訴訟に移行することとされており、その際には労働審判申立書が訴状とみなされることとなっているため、労働審判の申立書の段階でも、付加金の請求を記載しておくことが実務上は一般的です。
「事実審の口頭弁論終結時」まで未払であることが必要
付加金の支払義務が生じるためには、裁判所が支払を命令することが必要であると解説しました。そして、裁判所が、会社に対して付加金の支払を命令するためには、会社の未払が継続している必要があります。つまり、すでに残業代などの未払い額が支払われてしまったあとでは、労働者が請求をしても、付加金の命令はなされません。
このように、付加金を命令するための未払がいつの時点まで必要であるかについては、最高裁判例(甲野堂薬局事件判決:最高裁平成26年3月6日判決)は「事実審の口頭弁論終結時まで」と判示しています。
つまり、第一審の判決で付加金の支払が命令されたとしても、控訴審の口頭弁論終結前までに、その未払残業代などが支払われた場合には、控訴審においては付加金の命令は下されなくなってしまうということです。
日本の裁判では「三審制」といって、第一審、控訴審、上告審の3度の審理が保障されていますが、このうち、第一審、控訴審を「事実審」といい、事実についての審理ができる審級となります。
これに対して、最高裁判所で行われる上告審は「法律審」といい、事実関係について争うことはできず、法律の解釈に関する争いのみが行われることとなっています。
付加金の除斥期間は2年間
付加金の請求は、違反のあった時から2年以内に行う必要があります。
つまり、例えば未払残業代請求の際にあわせて付加金請求を行うときには、各残業代の支払時期から起算して2年以内に付加金請求もあわせて行う必要があります。
この2年間の期間は「時効」ではなく「除斥期間」であるとされています。つまり、違反から2年が経過すると、会社側が援用しなくても、付加金の請求をすることができなくなります。
残業代の遅延損害金とは
遅延損害金とは、債務不履行によって発生した損害の賠償のことをいいます。
労働者が残業代請求をおこなう場合に、会社側が支払を遅延し、これによって期間が経過してしまった場合に、労働者が被る損害の賠償として遅延損害金をあわせて請求することができます。遅延損害金の利率は、次のとおりです。
民事法定利率 (2020年4月1日改正民法施行前) |
年5% |
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商事法定利率 (2020年4月1日改正民法施行前) |
年5% |
民事法定利率 (2020年4月1日改正民法施行後) |
年3% |
退職後の賃金請求 (賃金支払確保法6条1項) |
年14.6% |
2020年4月1日、民法の債権法部分に関する大改正が施行されました。
民法の改正以前は、使用者が会社や商人の場合には、遅延損害金の利率は商事法定利率として6%、使用者が公益法人など営利を目的としない場合には民事法定利率として5%とされていました。しかし、改正後の民法では、法定利率を一律に年3%として、3年ごとに見直しを行う変動利率を採用し、商事法定利率は廃止されました。
民法改正前後の遅延損害金の利率については、「債務者が遅滞の責任を負った最初の時点」を利率決定の基準とすることとなっています。したがって、2020年3月31日以前に未払となった残業代については改正前の民法、2020年4月1日以降に未払となった残業代については改正後の民法にもとづいて、遅延損害金の利息が決まります。
賃金の支払の確保等に関する法律(賃金支払確保法)では、退職した労働者が、退職後に賃金(退職手当を除く)を請求する場合には、遅延損害金の利率を年14.6%とすることを定めています。この賃金には、基本給だけでなく、残業代や賞与などが含まれます。
これは、退職後まで未払となってしまった場合に、労働者を救済するためです。なお、賃金の支払遅滞に天災地変などのやむを得ない理由がある場合には、適用が除外されることとなっています。
残業代の遅延損害金を請求するためのポイント
残業代をはじめとする賃金に、遅延損害金が定められていること、賃金支払確保法に年14.6%の高率の遅延損害金が定められていることは、これによって賃金の支払を促進し、未払賃金が生じないようにすることで、ひいては労働者の生活を安定させることにあります。
したがって、支払期限どおりに残業代を支払わない会社に対しては、請求時に遅延損害金を過不足なく請求しなければなりませんから、そのポイントについて最後に解説をします。
年14.6%の遅延損害金を認めてもらうためには
賃金支払確保法は、退職者の賃金才ケインに対する遅延損害金を年14.6%と高率に設定しています。これは、低金利が一般的となった現在においては十分な制裁として機能し、未払残業代の支払を促進する効果が大いにあります。
しかし一方で、支払遅延について合理的な理由がある場合には、賃金支払確保法は適用されません。
この点について裁判例は、「天災地変と同視し得るような合理的かつやむを得ない事由に基づくものと認められた場合に限る」というように厳格にみる裁判例がある一方、「必ずしも合理的な理由がないとはいえない理由に基づき賃金の全部又は一部を争っている場合も含まれる」というように緩やかにみる裁判例もあります。
- 医療法人大寿会事件判決(大阪地裁平成22年7月15日判決)
:「単に事業主が裁判所において退職労働者の賃金請求を争っているというのでは足りず、事業主の賃金支払い拒絶が天災地変と同視し得るような合理的かつやむを得ない事由に基づくものと認められた場合に限ると解するべきである」 - レガシィほか1社事件(東京地裁平成25年9月26日判決)
:「事業主の賃金支払拒絶が天変地異と同視しうるような合理的かつやむを得ない事由に基づくものと認められる場合に限り、同法6条1項の適用を除外したものと解するのが相当である」 - 十象舎事件判決(東京地裁平成23年9月9日判決)
:「裁判所又は労働委員会において、事業主が、確実かつ合理的な根拠資料が存する場合だけでなく、必ずしも合理的な理由がないとはいえない理由に基づき賃金の全部又は一部の存否を争っている場合も含まれているものと解するのが相当である」 - オリエンタルモーター事件(長野地裁松本支部平成25年5月24日判決)
:「「合理的な理由は余り限定されるべきでないといえ、合理的な理由には、合理的な理由がないとはいえない場合も含まれるものと解するのが妥当である」
したがって、労働者側としては、単に退職後まで残業代が支払われていないことを示すだけでなく、会社側が残業代請求について反論をしてくるときには、その反論に十分な根拠がないこともあわせて主張することが重要なポイントとなります。
付加金に対する遅延損害金
残業代請求などについて付加金の支払が命じられた場合に、その支払を怠った場合には、付加金に対しても遅延損害金を請求することができます。
付加金は裁判所の命令により支払義務が生じるものであり、商行為によるものではないため、改正民法の施行される前(2020年3月31日以前)であっても民事法定利率5%、改正民法の施行後(2020年4月1日以降)は3%が、遅延損害金の利率となります。
また、付加金に対する遅延損害金が発生するのは、付加金の支払を命じる判決が確定した日の翌日からです。
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今回は、残業代請求をより確実に行い、かつ、より高額の請求を実現するために理解しておきたい、付加金と遅延損害金の基礎知識、請求時のポイントについて弁護士が解説しました。
残業代請求を、交渉中の和解によって終了する場合には、付加金や遅延損害金などは支払われないことが通常ですが、労働審判、訴訟などの法的手続きに移行しなければ支払ってもらえないような悪質なブラック企業を相手にしたとき、付加金、遅延損害金の請求はとても重要です。
少しでも有利な請求を行うためにも、弁護士のサポートをお受けください。残業代請求を検討している労働者の方は、ぜひ一度、当事務所へ法律相談をご依頼ください。
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