退職強要とは、会社が、労働者の意思に反して、自主退職するよう強要することです。
退職強要が違法なのは、社員をやめさせることが本来は「不当解雇」として許されないにもかかわらず、自主退職の形式をとって無理やり追い出す卑劣な行為だからです。そのため、労働者保護からして、解雇が制限されているのと同じく、退職強要は違法となります。
退職強要の違法性は、民事的には不法行為(民法709条)の責任であり、慰謝料をはじめとした損害賠償を請求できます。そればかりでなく、暴力などパワハラをともなう強要行為があったときは、暴行罪、脅迫罪といった刑事責任を追及すべきケースもあります。違法性ある退職強要を、執拗に受けたときは、まずは退職を断るとともに、会社の責任を厳しく追及するのが適切です。
今回は、退職強要の民事上・形而上の違法性と、違法な退職強要を受けたときの対応方法について、労働問題にくわしい弁護士が解説します。
- 退職強要は、その程度に応じて、不法行為となるほか、刑事責任を負うケースもある
- 違法な退職強要を受けたとき、拒否するのが適切な対応。迷うときは、回答を保留することもできる
なお、退職強要に関して、深く知りたい方は、次のまとめ解説も参考にしてみてください。
まとめ 退職強要に関するトラブルを弁護士に相談するときの全知識
退職強要の違法性
労働者が、その意思に反して会社をやめざるをえないとき、それは「解雇」であり、労働契約法16条に定められた解雇権濫用法理による保護を受けられます。そのため、解雇の要件を満たさないかぎり、労働者が一方的に会社をやめさせられることはありません。
このとき、解雇権濫用法理にしたがい、客観的に合理的な理由があり、社会通念上の相当性あるケースでなければ、不当解雇として無効となります。
一方で、労働者は、いつでも退職できる「退職の自由」があり、会社が労働者に対して、自主退職を「勧める」行為は適法です。これを「退職勧奨」といいます。あくまで「勧める」だけなので、労働者は拒否することもできます。しかし、この退職勧奨が、労働者へのお願いを超えて、労働者の自由な意思を制圧するほどになると、退職強要として違法性が認められます。
民事上の違法性(不法行為責任)
本来、会社をやめなくてもよいのに、不当な圧力を加えることでストレスを与え、退職に追い込む行為は、労働者の権利を侵害しています。そのため、退職強要が不法行為(民法709条)にあたるときには、民事上、違法な行為となります。
また、会社が、ある労働者を解雇したいと考えるときに、「客観的に合理的な理由」や「社会通念上の相当性」を欠いて不当解雇と思われるケースであるにもかかわらず、退職強要によって会社から追い出すことは、解雇権濫用法理に違反するという点でも違法性があります。
民事上の違法性が認められるとき、不法行為責任が会社に認められることから、労働者は会社に対して、退職強要を理由とした慰謝料などの損害賠償請求をすることができます。退職強要が執拗に行われるほど、違法性が強くなり、請求すべき慰謝料が増額されます。
刑事上の違法性(刑事罰)
退職のはたらきかけとして行われた行為が犯罪にあたるとき、退職強要は刑事上も違法性が認められます。退職強要のプレッシャーを強めようとするほど、その行為は暴行、脅迫といった犯罪につながりやすくなります。
このとき、退職強要を実際に行った社長や上司には、刑事罰が科せられる可能性があります。直接的に暴力を振るう場合だけでなく、面談時間が長時間に及び、「自主退職するまで会議室から出さない」と発言するなど監禁状態になることも、逮捕監禁罪という犯罪にあたります。
退職強要において行われるおそれのある犯罪行為と刑事罰には、次のものがあります。
- 暴行罪(刑法208条)
「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったとき」
2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料 - 傷害罪(刑法204条)
「人の身体を傷害した」
15年以下の懲役又は50万円以下の罰金 - 脅迫罪(刑法222条)
「生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者」、「親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者」
2年以下の懲役又は30万円以下の罰金 - 逮捕監禁罪(刑法220条)
「不法に人を逮捕し、又は監禁した者」
3月以上7年以下の懲役 - 名誉毀損罪(刑法230条)
「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者」
3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金 - 侮辱罪(231条)
「事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者」
1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料
退職強要の違法性を判断する基準
労働者保護のための解雇の制限を回避しようとして、自主退職の体裁をとりながら、実際には不要と考える社員を追い出そうとするところに違法性の根本的な問題があります。
このとき、会社のはたらきかけに乗って損をしてしまわないよう、退職強要の違法性を判断するための基準を知っておく必要があります。違法性の基準は、次のような点が考慮要素となります。
- 退職強要の時間
退職のはたらきかけをする面談時間が長いほど、労働者に与える精神的苦痛が大きいため、違法性が認められやすくなります。 - 退職強要の回数・頻度
退職のはたらきかけをする回数が多いほど、また、頻度が多いほど、違法性が認められやすくなります。 - 退職強要の期間
退職強要を継続していた期間が長いと、ずっと強要を受け続けたことになるため、違法性が認められやすくなります。なお、逆に、短期間で何度も強要行為をすることも違法となります。 - 退職強要時の言動
退職のはたらきかけをするとき、人格否定や威圧的な発言をしたり、大声で怒鳴ったり机を叩いて威圧したりといったパワハラがあると、違法性が認められやすくなります。 - 虚偽の説明
退職のはたらきかけの際、「自主退職しなければ懲戒解雇となる」など、虚偽の説明をしているとき、違法な退職強要です。 - 拒否した後も退職の働きかけが続いたか
労働者が退職強要を拒否した後も、応じるまで退職強要を継続するとき、違法性が認められやすい傾向にあります。
退職強要の違法性を認めた裁判例として有名な下関商業高校事件(最高裁昭和55年7月10日判決)では、退職強要を違法なものと判断し、損害賠償請求を認めました。この裁判例で、強要行為の違法性を基礎づけたのは、次の事情です。
- 例年は年度内で打ち切っていた退職勧奨が、本事案では年度を超えて引き続き行われた
- 「退職するまで勧奨を続ける」旨の発言を繰り返し、退職勧奨が際限なく続くのではないかとの不安感を与え、心理的に圧迫した
- 講習期間中も、労働者側の要請を無視して呼び出すなど、終始高圧的な態度をとり続けた
- 組合が要求していた宿直廃止、欠員補充問題など、退職とは無関係の問題についても、退職しない限り要求には応じないとの態度をとった
- 不必要なレポート、研究物の提出を命令した
違法な退職強要を受けたときの対応方法
退職強要の違法性について理解していただき、違法な退職強要を受けてしまったときに備え、退職を拒否するための対応方法について、労働者側の立場から解説します。
退職強要を拒否する
退職強要を受けたとしても、退職したくないのであれば、即座に拒否するのが大切です。不当な要求に応じる必要ありませんから、執拗に退職強要を受けつづけても、冷静に拒否をくり返してください。
「退職を勧める」というのにとどまる退職勧奨は違法ではないところ、退職勧奨と退職強要を分けるポイントは、「労働者が拒否した後、どれほど執拗にはたらきかけが続いたか」という点にあります。そのため、すみやかに拒否することが、退職強要の違法性を早く認めてもらうために重要です。
明確に拒否をしなければ、会社にも退職のはたらきかけをし続けてもよいのかと思われてしまいます。拒否したにもかからず、執拗に退職のはたらきかけが続くとき、違法な退職強要の状態になったといえます。
面談時に会社から示される合意書、誓約書などは、退職したくないときには絶対サインをしないよう注意してください。
拒否したことを証拠化する
退職強要は、面談で行われるのが基本です。特に、パワハラをともなう違法な退職強要は、会社としても証拠に残したくないため口頭で行うことが通常であり、仮に議事録などを作っていたとしても、会社に著しく有利な内容となっているおそれがあります。
そのため、退職強要の違法性について責任追及をしたいときには、労働者側で証拠化しておく必要があります。
退職強要のやりとりをボイスレコーダーやスマホなどで録音し、証拠化しておくことが役立ちます。また、退職強要を拒否する意思を伝えるときは、内容証明を会社に送付する方法で行うようにします。内容証明を使えば、いつ、どのような内容で会社に意思を伝えたか、郵便局が保存し、証拠化してくれます。
回答を保留してもよい
会社からの退職の働きかけには、すぐその場で回答しなければならないわけではありません。「すぐにこの場で判断するように」、「自主退職しない限り帰さない」といった態様は、退職勧奨ではなく、退職強要であり、違法性があります。
退職に応じるかどうか迷い、すぐ答えが出せないときは、回答を保留してください。
「数日検討させてほしい」と伝えても面談を終了してもらえないときや、罵倒されたり懲戒解雇を示唆されたりといったとき、自由な意思を制圧するための圧力が加えられたといえますから、違法な退職強要が行われたと考えてよいでしょう。
社内の人間関係に配慮して回答を保留しづらいときは、「妻の意見を聞かなければならない」など家族を言い訳するのがおすすめです。まずはその場を立ち去り、ストレスから逃れることを優先してください。
退職強要された理由を聞く
今後も会社で働き続けたいならば、退職を拒否するとともに、退職強要をされてしまった理由を聞いておくのが大切です。
退職強要に従わなければならない義務はありませんが、会社から「辞めてほしい」と思われてしまっている以上、その理由を確認し、改善できるものであれば改善の努力をしておいたほうがよいでしょう。また、何ら理由がないとか、「あなたのことが嫌いだ」といったパワハラ的な理不尽な理由だったとき、退職強要の違法性はより強くなります。
次章で解説するように、退職強要の違法性が強度であり、実質は解雇だとすれば、解雇の対象となった労働者は、その理由を書面で説明するよう求めることもできます(労働基準法22条)。
実質は解雇だと主張して争う
違法な退職強要による強いプレッシャーを受けた結果、自由な意思決定ができないときには、もはやその会社の行為は、退職強要を超えて、実質的には解雇となっているといえます。
例えば、退職強要を受け、出社すら許してもらえないようなとき、解雇通告を受けたに等しい状況といえます。そのような会社のやり口は、明示的に「解雇」と言ってしまうと、解雇権濫用法理の適用を受け、不当解雇として違法、無効となってしまうため「解雇」という言葉を使っていないに過ぎません。
違法な退職強要をしてくる会社は、「解雇」と明言することを避けるため、「事実上どのような意味かはわかりますね」、「他に選択肢はない」など、曖昧な言い方をして逃げることがあります。このようなとき、会社に忖度して黙ってしまうのではなく、「解雇ということでしょうか」というように、面談者の発言の意図について直接的に問いただしてください。
退職強要の違法性が強く、実質的には解雇だといえるとき、労働者保護のために法律で認められた次のような主張をしておくことが重要です。
- 解雇権濫用法理
「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」は不当解雇として違法、無効となる(労働契約法16条) - 解雇予告
解雇日の30日前に解雇予告をするか、不足する日数分の解雇予告手当が必要となる(労働基準法20条) - 解雇理由書
労働者が求めたときは、解雇の理由を書面で明示しなければならない(労働基準法22条)
慰謝料請求する
退職強要の態様が、社会的に相当な限度を逸脱し、違法なとき、不法行為(民法709条)にあたるとして、これによって被った精神的苦痛について慰謝料を請求することができます。
また、不法行為となる退職強要によって精神疾患(メンタルヘルス)にり患し、治療が必要となった場合には治療費や交通費などの実費も請求が可能です。争った結果、退職を撤回ないし取消できたときには、その間の未払い賃金も請求できます。
弁護士に相談する
退職強要をされたとき、会社はあなたのことを問題社員と認識しているか、少なくとも、戦力として不要だと考えている可能性が高いです。そのため、労使トラブルは顕在化しており、もはや当事者間のまともな話し合いはできない危険があります。
自分一人では、会社という組織と戦うのが難しいときは、早期に弁護士へご相談ください。意に反して退職してしまい、その後で争うことは、退職前に会社と争うよりもハードルが高くなってしまいます。退職強要を受けたら、会社を辞めてしまう前に、ぜひ一度弁護士のアドバイスを聞いてください。
まだ退職強要を受けはじめた段階でご相談いただければ、これを拒否して慰謝料請求をしたり、有利な条件を勝ちとって退職したりなど、多くの方針からあなたの希望に合ったものを選ぶことができます。
退職に応じるときの対応方法
退職するよう会社からはたらきかけを受けたとき、拒否するのは自由です。一方で、違法性を有するほどの退職強要をしてくる会社は、明らかにブラック企業でしょうから、これ以上その会社で働きたくないというケースもよくあります。
そこで最後に、退職に応じるときの対応方法について、解説します。
会社都合退職とする
失業保険の関係では、会社のはたらきかけに応じて退職するのであれば「会社都合」としておくのが重要なポイントです。
会社都合の退職では、労働者保護のため、自己都合に比べて、3ヶ月間の給付制限期間がなく、失業保険の受給期間も、自己都合の90日〜150日間に比べて、会社都合は90日〜330日と、長く設定されているからです。
会社から離職票をもらったときはよく確認し、もし自己都合となっていたときには訂正するよう要求する必要があります。会社がどうしても訂正に応じてくれないときは、ハローワークに異議申し立てすることが可能です。
納得のいく退職条件を合意する
退職強要に応じる義務はなく、退職するかどうかは自由意思で決定してよいのですから、退職に応じるときの退職条件についても、自分の要望はしっかり伝えましょう。
退職に応じるときによく条件とされるのは、例えば次の事項です。
- 退職金の増額
- 会社都合を前提とした退職金の支払い
- 未消化の有給休暇の買上げ
- 在籍の延長と、その間の賃金保障
納得いく条件が勝ち取れるまでは、退職に応じないよう注意してください。少なくとも、実質的には解雇と評価される可能性が高いのであれば、解雇予告手当相当分(平均賃金1ヶ月分)程度のメリットは、交渉してみることがおすすめです。
有利な条件と引換えに退職に応じたとき、その約束がきちんと履行されるよう、退職合意書などの書面を締結しておく必要があります。
未払い賃金、残業代を請求しておく
未払い賃金や、残業代があるときには、かならず、退職に応じるより前に請求しておくのが重要なポイントです。
退職強要をされている方にとって、退職に応じてあげることが強い交渉のカードとなる分、退職に応じてしまった後だと、会社が支払いに応じてくれなかったり、減額の交渉をされてしまったりするおそれがあります。まして、退職の合意書にサインしてしまうと、清算条項によって未払い賃金、残業代を請求できなくなってしまいます。
まとめ
今回は、違法な退職強要を受けてしまったときに、労働者側で行うべき適切な対応方法について解説しました。
本来、会社が行ってよい退職のはたらきかけは、あくまで「退職を勧める」という退職勧奨の範囲に限られています。このとき、労働者は、はたらきかけを受け入れて退職するかどうか、自由に決めることができます。
しかし、辞めてほしいという目的を達成するために、これを超えて不当な圧力をかけてくるとき、退職強要として違法性が認められます。違法な退職強要のプレッシャーに屈せず、意に反した退職をしないよう、慎重に対応してください。
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