事業場外労働のみなし労働時間制は、営業職などオフィス外での業務が中心となる職種で、実労働時間の正確な把握が難しい場合に、あらかじめ定めた時間の労働をしたものとみなす制度です。
この制度が適用されると、会社は労働時間を把握・管理せず、たとえ長時間働いたとしても、残業代を請求するのが難しくなる可能性があります。
そのため、労働者にとって不利益となり得る制度なので、事業場外労働のみなし労働時間制を有効に適用するには、労働基準法の定める要件を満たす必要があります。制度の設計が不適切だったり、労務管理が不十分だったりするときは、みなし制自体が無効となり、残業代請求が可能です。
今回は、事業場外労働のみなし労働時間制の内容や仕組み、有効となるケースと無効になるケース、残業代請求する際の注意点といった法律知識について、弁護士が解説します。
- 事業場外労働のみなし労働時間制は、規定の仕方によって3種類がある
- 制度の適用が有効となる要件として、労働時間の把握が困難であることが必要
- みなし制が無効となると、未払い残業代を請求できる可能性が高い
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事業場外労働のみなし労働時間制とは

事業場外労働のみなし労働時間制とは、労働者が会社の外で働く業務に従事し、その実労働時間を正確に把握するのが困難な場合に、あらかじめ定めた一定時間を労働したものとみなす制度です。この制度は、労働基準法38条の2に規定されています。
労働基準法38条の2
1. 労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。
2. 前項ただし書の場合において、当該業務に関し、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定があるときは、その協定で定める時間を同項ただし書の当該業務の遂行に通常必要とされる時間とする。
3. 使用者は、厚生労働省令で定めるところにより、前項の協定を行政官庁に届け出なければならない。
労働基準法(e-Gov法令検索)
制度の背景と目的
労働時間規制の原則として、会社が勤務時間を正確に把握し、「1日8時間、1週40時間」の法定労働時間を越えた場合には残業代を支払う義務があります。しかし、営業職や保険外交員、新聞記者など、社外での活動が日常的な職種では、労働時間の把握が現実的に困難な場合があります。
この状況に対応するために設けられたのが「事業場外労働のみなし労働時間制」です。この制度が適用されると、実労働時間にかかわらず、一定の「みなし時間」だけ働いたものと扱われるので、会社側に労働時間の把握義務がなくなり、みなされた時間以上に働いていたとしても基本的に残業代が支払われなくなります。
「みなす」とは、法律上「実際の事実にかかわらず、そのように取り扱う」という意味です。したがって、実際にみなし時間より長く働いていたことを証明できたとしても、基本的にはその影響を受けず、みなし時間通りに処理されるのが原則です。
「未払い残業代請求」の解説

事業場外労働のみなし労働時間制の種類
事業場外労働のみなし労働時間制には、みなし時間の定め方によって次の種類があります。
どの制度も、みなし時間によって残業代の発生を制限でき、労働者に不利益となる可能性があるので、適法に成立するためには法律上の厳しい条件を満たす必要があります。
所定労働時間みなし制
所定労働時間みなし制は、事業場外の労働について「所定労働時間だけ働いたもの」とみなす制度です(労働基準法38条の2第1項本文)。「所定労働時間」とは、就業規則などで定められた始業から終業までの時間(休憩時間を除く)を指します。
例えば、会社が就業規則で、所定労働時間を「始業時刻:午前9時、終業時刻:午後5時30分(うち1時間休憩)」の7時間30分と定めている場合、実際に何時間働いたかにかかわらず、所定労働時間である7時間30分勤務したものとみなされます。この場合、1日の労働時間が8時間未満となるので、残業代は発生しません。
「法定時間内残業」の解説

通常労働時間みなし制
通常労働時間みなし制とは、事業場外の労働について「その業務に通常必要とされる時間だけ労働したもの」とみなす制度です(労働基準法38条の2第1項但書)。
この制度では、対象となる業務を完了するのに、所定労働時間を超えることが一般的である場合に、所定労働時間ではなく、客観的にみて通常必要とされる時間が、みなし時間として適用されます。
例えば、所定労働時間が8時間である会社において、ある営業職の業務が通常9時間かかると認められる場合には、実際の労働時間に関係なく、9時間働いたものとみなされます。この場合、「1日8時間」を超える1時間分について、残業代を請求できます。
労使協定みなし制
労使協定みなし制は、事業場外の労働について「労使協定であらかじめ定めた時間だけ労働したもの」とみなす制度です(労働基準法38条の2第2項)。
この方式は、通常労働時間みなし制では「通常必要とされる時間」について労使対立が生じるリスクが生じる場合に、対立を防ぐことができます。労働組合または労働者の過半数代表者との間で協定を結び、労働基準監督署に届け出ることが必要です。
この場合、業務実態をよく知る労使双方が意見を出し合い、みなし時間について合意で定めることができるので、最も公正な制度運用が可能です。
事業場外労働のみなし労働時間制の要件

事業場外労働のみなし労働時間制が適用されると、会社は労働時間を把握する義務を負わなくなり、結果として残業代が支払われない可能性があります。この制度は、営業職などにとって有用である反面、悪用されると労働者の権利を不当に損なうおそれがあるため、労働基準法では制度の適用について厳格な要件が定められています。
これらの要件を満たさない場合、制度は無効と判断され、未払い残業代を請求できます。
事業場外での労働であること
まず、対象となる労働が事業場外で行われていることが必要です。
これは、業務の全部または一部が、会社の外で行われている場合を指します。例えば、営業職による外回り、顧客訪問、出張や外交活動などが挙げられます。また、ここでいう「事業場」とは、会社の業務が行われる場所を指すので、自宅での在宅業務、リモート作業、テレワークもまた、事業場外に該当する場合があります。
労働時間の算定が困難であること
次の要件が、「労働時間の算定が困難であること」です。
この要件は、みなし労働時間制の有効性を判断する上で、最も争点となりやすいポイントです。みなし制度の趣旨は、「労働時間を正確に把握できない状況下で、労働時間をあらかじめ定めた時間で処理する」というものです。したがって、十分な管理をすれば労働時間を把握できるなら、みなし制を適用することはできません。
行政通達(昭和63年1月1日基発1号)によると、以下の3つのケースは、会社の具体的な指揮監督が及んでおり、労働時間の算定が困難とはいえないとされています。
- グループで行動し、その中に労働時間を管理する者がいる場合
グループ内に社長や上司など、労働時間を管理する権限を有する者がいる場合、労働時間の把握は可能であり、社外の労働でもみなし制の要件を満たしません。 - 通信機器などを通じて常時指示を受けられる状態にある場合
携帯電話やチャット、ビデオ会議などで随時連絡が取れる状況では、労働時間の把握が可能であると判断されます。 - 業務内容やスケジュールを細かく定められ、報告を義務付けられている場合
行動が計画的であれば、管理可能な範囲にあると評価できる場合には、労働時間の算定は容易であると考えられます。
このように、現代の技術の進歩によって、労働時間の把握は比較的容易になっており、事業場外労働のみなし労働時間制が認められる場面は、以前より限定的になっています。
みなし労働時間の定め方が適切であること
最後に、「みなし労働時間を適切に定めていること」も要件となります。
適切なみなし時間の設定がされていない場合、労働者に不利益が生じる可能性があり、制度の適用自体が無効となることがあります。それぞれの制度の種類ごとの注意点は、次の通りです。
- 所定労働時間みなし制
所定労働時間は、会社の就業規則などで定められ、法定労働時間(1日8時間、1週40時間)を越えない範囲で設定する必要があります。 - 通常労働時間みなし制
あらかじめ具体的なみなし時間を定めるのでなく、業務の性質上「通常必要とされる時間」に基づいて労働時間をみなします。そのため、「何時間が通常必要か」が争われることが多いので、証拠の収集や労働実態の分析が欠かせません。 - 労使協定みなし制
過半数労組または過半数代表者との間で労使協定を締結し、労働基準監督署の届出をする必要があります。
なお、いずれの種類であっても、事業場外労働のみなし労働時間制を導入するには、就業規則に定めを置く必要があります。また、みなし時間が実態と比べて不当に長時間とならないよう配慮する必要があります。
事業場外労働のみなし労働時間制でも残業代請求できるケース

事業場外労働のみなし労働時間制が適用される場合でも、残業代を請求できるケースがあります。したがって、会社から「みなし労働時間制の対象だから残業代は発生しない」と拒否されても、すぐにあきらめてはいけません。
特に、営業職に代表されるように、成果主義の発想が根づきやすく、長時間労働に見合った対価が支払われないまま働かされていることもあります。しかし、制度の運用が適切でない場合は、みなし労働時間制そのものが違法、無効と判断され、残業代の請求が可能です。
制度が違法・無効と判断される場合
事業場外労働のみなし労働時間制であっても、労働基準法の定める要件を満たしていない場合、その制度は違法・無効とされます。この場合は、通常の労働時間管理の原則に戻り、会社は実際の労働時間を把握し、残業代を支払う義務を負います。
「みなし制の要件を満たしていないのではないか」と疑われる場合、まずは就業規則や労使協定など、制度の根拠となる文書を確認することが重要です。
なお、就業規則や労使協定は、労働者に周知されていなければなりません。規定が存在しない、または閲覧できない場合、それだけで制度が無効と判断される可能性があります。実際には、「営業職だから労働時間の管理ができない」といった安易な考えで、制度の要件を精査せずに残業代の支払いを怠っている企業も多く存在します。
「残業代の計算方法」の解説

みなし時間が法定労働時間を超える場合
通常労働時間みなし制や労使協定みなし制では、設定されたみなし労働時間が法定労働時間(1日8時間、1週40時間)を超える場合、その超過分について残業代を請求できます。
- 通常労働時間みなし制
業務の遂行に通常9時間かかるとすれば、1日8時間を超える1時間分について残業代が発生します。 - 労使協定みなし制
労使協定で「1日9時間」と定めていれば、法定労働時間を超える1時間分の残業代が必要となります。
一方で、所定労働時間みなし制では、所定労働時間だけ働いたものとみなされるので、法定労働時間(1日8時間、1週40時間)を超えることはなく、通常は残業代が生じません。ただし、業務量が過大で、所定労働時間では到底終わらない場合、そもそも制度の要件を満たさない可能性があります。
休日や深夜の労働がある場合
事業場外労働のみなし労働時間制の対象とならない休日労働や深夜労働がある場合は、それぞれ割増賃金(休日割増・深夜割増)を請求することが可能です。
みなし制の適用範囲(どの労働者、どの業務、どの時間帯に適用されるか)は、会社の制度設計によって異なります。したがって、自分が「どの時間帯の労働についてみなし制度の対象となっているのか」を確認するため、就業規則、雇用契約書、労働条件通知書などを見直す必要があります。
みなし時間以外の労働がある場合
事業場外労働のみなし労働時間制が適用されていても、みなし時間以外に行った労働については、当然ながら残業代を請求することができます。
例えば、営業職として日中は事業場外で活動し、みなし労働時間制の適用を受けていても、帰社後に日報の作成や会議、報告書の作成などの事務作業を行うケースが該当します。この場合、事業場外労働のみなし労働時間制によるみなし時間に、事務作業に要した労働時間を加算した合計労働時間が「1日8時間」を越えている場合、残業代が発生します。
みなし労働時間制が適用されているからといって、全ての残業代請求が認められないわけではありません。疑問がある場合、労働条件を確認し、弁護士に相談するのがお勧めです。
事業場外労働のみなし労働時間制に関する裁判例

残業代請求をめぐる裁判例で、事業場外労働のみなし労働時間制の有効性がよく争点となります。
以下では、みなし制の有効性を判断するにあたり、裁判例がどのような事情を重視しているかを解説します。なお、近年は、情報技術の進歩やリモートワークの普及によって労働時間の把握がしやすくなり、みなし労働時間制の適用が以前より厳しく判断される傾向にあります。
旅行会社の添乗員に関する裁判例
阪急トラベルサポート(第2)事件(最高裁平成26年1月24日判決)では、旅行会社の添乗員について、「労働時間を算定し難いとき」(労働基準法38条の2)の要件を満たすかが争われました。
最高裁は、①「業務の性質、内容やその遂行の態様等」、②「旅行会社と乗務員間の業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等」を考慮し、「勤務の状況等を具体的に把握することが困難であったとはいえない」として、事業場外労働のみなし労働時間制の適用を否定し、残業代請求を認めました。
本裁判例では、次の事情が考慮されています。
- 旅行日程があらかじめ詳細に定められて、添乗員が業務内容を自由に決定できる余地が少なかった。
- 添乗員用のマニュアルで具体的な業務内容が決められていた。
- 携帯電話に常時電源を入れ、会社に報告し、指示を受けていた。
営業職社員のケース
ワークスアプリケーション事件(東京地裁平成26年8月20日判決)では、顧客企業に対する営業活動が主な業務であった新入社員が、退職後に残業代請求をした事例で、事業場外労働のみなし労働時間制が争点となりました。
最高裁は、阪急トラベルサポート(第2)事件判決を引用し、次の事情を考慮の上、「労働時間を算定し難い」(労働基準法38条の2)の要件を満たさないとし、残業代請求を認めました。
- 顧客訪問のための外出頻度はそれほど多くなかった(約6か月間に24回)。
- 直行直帰は少なかった。
- 訪問先を必ず上司に報告していた。
- 新入社員であり、先輩社員が同行していた。
直行直帰を含む出張労働のケース
ヒロセ電機事件(東京地裁平成25年5月22日判決)では、直行直帰を含む出張中の労働時間について、事業場外労働のみなし労働時間制が適用されるかが争われました。
最高裁は、次の事情を考慮し、事業場外労働のみなし労働時間制の適用を認めました。
- 時間管理を行う者が同行していなかった。
- 訪問先が明示されているが、行う業務について詳細な指示はなかった。
- 事後的にも具体的な報告をさせていなかった。
- 携帯を所持していたが、随時会社から指示を受けてはいなかった。
事業場外労働のみなし労働時間制の注意点

最後に、事業場外労働のみなし労働時間制が適用される会社で働く労働者が、特に注意すべきポイントについて解説します。
残業代請求の証拠収集について
事業場外労働のみなし労働時間制が採用された職場で、残業代の請求を検討する場合、特に重要となるのが労働時間を示す証拠の確保です。
この制度が適用されていると、会社が労働時間を管理していないケースが多く、証拠も十分に保存されていないおそれがあります。また、外回りなどオフィスの外で勤務することが多いので、自分でも意識的に記録を残さなければ、労働時間を示す証拠が残らなくなってしまいます。
事業場外労働のみなし労働時間制で、残業代請求をしたいとき、特に次の証拠を入手しておくようにしてください。
- 移動時に使用した交通系ICカードの履歴、タクシーの領収書
- 会社の出入りがわかるセキュリティカード、社員カードの履歴
- 業務日誌、日報、週報などの報告書
これらは、出退勤や業務遂行の実態を示す客観的資料として、残業代請求において重要な役割を果たします。
在宅勤務とみなし労働時間制の関係
近年の働き方の多様化により、在宅勤務やリモートワークが普及しています。
在宅勤務は、業務が、私生活の場である自宅という事業場外で行われるため、形式的には「事業場外の労働」に該当し、みなし労働時間制を適用するケースがあります。しかし実際は、次のような事情があれば、労働時間の把握が可能であると判断されるので、その場合にはみなし労働時間制の要件を満たさないおそれがあります。
- チャットツールやテレビ会議ツールで、会社と頻繁に業務連絡を行っている。
- 業務の開始・終了時刻を定期的に報告している。
- パソコンの操作状況やログイン時間が会社にモニタリングされている。
- 携帯電話を常時所持し、上司の指示に即時対応する体制が整っている。
情報通信技術の進歩によって、業務内容や時間の管理が可能な場合、「労働時間の算定が困難」とは評価されにくく、制度の適用を否定される可能性があります。その結果、残業代請求が可能となるケースも少なくありません。
まとめ

今回は、事業場外労働のみなし労働時間制(労働基準法38条の2)について、その基本的な知識を解説すると共に、有効性の判断方法や要件、残業代請求のポイントなどを解説しました。
この制度は、主に営業職など、オフィス外での業務が多く、労働時間の把握が難しい職種において、適正に労働時間を評価するための仕組みです。しかしその一方で、「残業代を発生させない」という側面があるため、制度が悪用されると、労働者の正当な権利が損なわれてしまいます。
「営業職だから残業代は出ない」「みなし労働時間制だから残業代を支払う必要はない」などと説明され、残業代の支払いを拒否された場合、事業場外労働のみなし労働時間制が適切に運用されているかを検討することが重要です。
- 事業場外労働のみなし労働時間制は、規定の仕方によって3種類がある
- 制度の適用が有効となる要件として、労働時間の把握が困難であることが必要
- みなし制が無効となると、未払い残業代を請求できる可能性が高い
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