歩合給制で働く労働者でも、残業代請求をすることができます。歩合給制は、労働時間ではなく、売上や利益などの成果に応じて給与が払われる制度であり、営業職やタクシードライバーなど、成果を重視する職種でよく導入されるています。
歩合給制で働いていると、成果主義的な発想から、たとえ長時間がんばって働いても、成果を出さないかぎりは評価が上がらないこともあるかもしれません。しかし、歩合給制といえど、あくまで会社に雇用される労働者である以上、労働基準法で定められた労働時間の規制は適用されます。
そもそも、業務委託の個人事業主(フリーランス)でもない限り、「完全に成果だけで評価する」という方法(完全歩合)は違法で、「1日8時間、1週40時間」(法定労働時間)を超えて働けば残業代が請求できます。健康を害するほどの長時間労働を抑制するという点でも、残業代請求は重要です。
今回は、歩合給制の労働者が残業代請求できる理由と、歩合給制の残業代の計算方法、出来高払制の最低保障給などについて、労働問題にくわしい弁護士が解説します。
- 歩合給は、働いた時間より成果を重視する考え方だが、残業代は請求できる
- 歩合給の残業代計算は、歩合給でもらった給与を、歩合給で働いた時間で割って計算する
- 出来高払制の最低保障給を払わなければならないので、完全歩合制は違法
なお、残業代請求をする方に知っておいてほしい法律知識は、次の解説をご覧ください。
まとめ 未払い残業代を請求する労働者側が理解すべき全知識【弁護士解説】
歩合給制でも残業代請求できる
歩合給制でも残業代請求することができます。ここでは、歩合給制とはどのようなものかについて解説した上で、歩合給制でも残業代請求できる理由について弁護士が解説します。
歩合給制とは
歩合給制とは、売上高や利益など、労働の成果に応じた給与を払うことを取りきめた賃金体系です。得られた売上、利益に対して、あらかじめ定めておいた割合を乗じた金額を、給与として支給するというルールが典型です。
略して「歩合制」、「歩合」といったり、インセンティブ制と呼ぶこともあります。歩合給制は、労働基準法では「出来高払制」と呼ばれています。
労働基準法に、労働時間と残業代の定めがあるとおり、伝統的には、労働者の給与は「労働時間の長さ」で決められてきました。これに対して、歩合給制の労働者は、成果主義的な発想が色濃く反映されており、その稼いだ金額に応じて給与が決められます。
例えば、歩合給の例には次のようなものがあります。
- 営業職:新規に獲得した契約金額に一定の割合をかけた営業手当が支給される例
- タクシードライバー:走行距離で算出された運賃から経費を控除した分を賃金とする例
- トラックドライバー:積荷の数と走行距離に連動した運行手当が支給される例
歩合給制は、労働者の評価を「成果」によって行うべきと考える「成果主義」の考え方と親和的です。成果主義で評価をされる労働者は、その給与の一部が歩合給となっていることが多いです。そのため、上記の例のように、労働者の働きが会社の売上や利益に直結しやすい職種によく採用されています。
残業代請求できる理由
労働基準法では、「1日8時間、1週40時間」(法定労働時間)を超えて労働したときには残業代請求することができると定められています。そして、これは給与体系がどのようなものであっても変わりません。そのため、歩合給制でも残業代請求できるのは、しごく当然のことです。
むしろ、「歩合給制では残業代請求はできない」という誤解が生まれてしまったのは、歩合給制のもとには成果主義の発想があるために、「労働時間を気にせず努力をしなければならない」という誤解が広まってしまったからです。
しかし、たしかに成果をあげるのは大切で、そのためには労働時間ばかり気にすべきでないときもありますが、これはあくまでも「意識」の問題で、法規制とは別の問題です。歩合給制で働く営業職が、「成果を出して会社に貢献しなければ」と高い意識を持つのはよいことですが、だからといって「長時間労働しても残業代請求できない」というわけではありません。
歩合給制をとる会社では、「どれほど長時間働いても、成果を出さなければ評価は低い」、「短時間で、最高の結果を出す人ほど優秀」という根性論の押し付けにだまされ、残業代請求をしない人もいるため、注意が必要です。
完全歩合は違法
歩合給制について定める労働基準法27条では、次のとおり、「出来高払制の保障給」が必要と定めていることから、「成果がでなければ給与を全く支払わない」という、いわゆる「完全歩合」、「フルコミッション」の給与体系は違法です。
これは、行きすぎた成果主義を抑制して、歩合給制で働く労働者の賃金が下がりすぎないように保護する目的です。
労働基準法27条(出来高払制の保障給)
出来高払制その他の請負制で使用する労働者については、使用者は、労働時間に応じ一定額の賃金の保障をしなければならない。
労働基準法(e-Gov法令検索)
保障される「一定額の賃金」について、労働基準法には具体的な定めがありませんが、行政通達では「通常の実収賃金と余り隔たらない程度の収入が保障されるように保障給の額を定めるべき」とされています。実務では、平均賃金の60%は保障すべきと考えられています。
多くの会社では、業績手当、精勤手当などさまざまな名称の手当をつけて、給与の一部を歩合給とする例がよくあります。しかし、この場合も、手当が給与全体に占める割合が大きすぎると「出来高払制の保障給」が払われていないと評価されるおそれがあります。
なお、給与全体が歩合によって決まるとしても、実際には労働基準法に定める保障が支払われているような場合には、ただちに違法となるわけではありません。
歩合給制の残業代の計算方法
歩合給制の残業代の計算方法とは、毎月固定給をもらえる月給制とは違った注意点があります。
まず、基本の残業代の計算式は、歩合給制であっても変わらず、「残業代=基礎単価×割増率×残業時間」という計算式で算出されます。
残業代=基礎単価×割増率×残業時間
未払い残業代の基本的な計算方法については、次の解説もあわせて参考にしてください。
上記計算式のうち、「基礎単価」、「割増率」、「残業時間」のそれぞれについて、特に歩合給制で気をつけておきたいポイントを解説します。
歩合給制の「基礎単価」の計算
残業代の「基礎単価」は、わかりやすくいうと「時給」を意味しています。固定給制のとき、基礎単価は、基礎賃金(月給から、法律で定められた「除外賃金」を引いたもの)を、月平均所定労働時間数で割って算出します。
これに対して、歩合給制の残業代の「基礎単価」は、歩合給制によって支払われる賃金総額を、その賃金算定期間における総労働時間数で割って算出します。
この違いは、固定給制で支払われる月給は、1ヶ月の所定労働時間の対価であるのに対して、歩合給制で支払われる賃金は、労働者がその算定期間中にしたすべての労働に対して支払われていると考えられているからです。
歩合給制の「割増率」の計算
残業代の「割増率」とは、残業が追加の労働であることから、通常の賃金よりも多く払われる賃金の割合のことです。割増率は、次のように定められています。
残業代 | 労働の種類 | 割増率 |
---|---|---|
時間外労働 | 法定労働時間(1日8時間、1週40時間)を超える労働 | 25% (月60時間超は50%) |
深夜労働 | 午後10時以降、午前5時までの労働 | 25% |
休日労働 | 法定休日(1週1日)の労働 | 35% |
重要なポイントは、固定給制のときは、残業をした時間についての割増率は「1.25」をかけるのに対して、歩合給制のときは、「0.25」をかけるようにする点です。
これは、先ほど解説したとおり、歩合給制では、労働者が実際に労働したすべての時間に対する対価が、すでに支払い済みだと考えられているからです。つまり、固定給制のとき、残業時間について125%を払うのは、基本給のなかに100%部分が含まれていないのに対して、歩合給制では100%部分はすでに支払われており、残り25%部分を払えば足りるということです。
裁判例(名鉄運輸事件判決:名古屋地裁平成3年9月6日判決)でも示されています。
日給制や月給制によって賃金が定められている場合には、通常の労働時間の賃金にかけるべき割増率は1.25であるのに対し、出来高払制その他の請負給制によって賃金が定められている場合には、時間外における労働に対しても通常の労働時間の賃金(右割増率の1に相当する部分)はすでに支払われているのであるから、割増部分に当たる金額、すなわち、時間当たりの賃金の2割5分以上を支給すれば足りる。
名鉄運輸事件判決(名古屋地裁平成3年9月6日判決)
歩合給制の「残業時間」の考え方
「労働時間」の考え方については、固定給制でも歩合給制でもかわりはありません。そのため、「1日8時間、1週40時間」(法定労働時間)を超えた労働、「1週1日もしくは4週4日」の法定休日の労働、深夜労働(午後10時〜午前5時)については、いずれにせよ残業代が発生します。
ただし、成果主義を重視した歩合給制のとき、労働基準法に定められた特殊な労働時間制を導入している会社も少なくないため、注意が必要です。
歩合給制と併用される労働時間制として、例えば、外回りの多い営業職について「事業場外労働のみなし労働時間制」、高度な専門的業務について「裁量労働制」などを適用する例があります。
歩合給制の残業代の計算方法について、具体例で解説
最後に、ここまで解説してきた歩合給制の残業代の計算方法にしたがって、実際の具体例にあてはめて、残業代をどのように計算するかを、わかりやすく説明します。
給与の全部が歩合給のとき
例えば、「1ヶ月の個人営業成績を合計して、その10%を給与とする」という労働者の例で、給与の全部が歩合給のときの残業代の計算方法について説明していきます。このとき、1ヶ月の個人営業成績が800万円だと、月額給与は80万円になります。そして、当月の総労働時間が220時間だったとすると、この80万円が、総労働時間220時間に対する対価となります。
この場合には、「1日8時間」を超える労働時間と、「1週40時間」を超える労働時間を足し合わせると、超過する労働時間はおよそ45時間ほどとなると考えられます。したがって、残業代については次のように計算します。
- 残業代の基礎単価を算出する
80万円÷220時間=3636円 - 割増率をかける
3636円×0.25=909円(残業1時間あたりの残業代) - 残業時間をかける
909円×45時間=4万0909円
なお、前章で「完全歩合」、「フルコミッション」は違法という説明をしました。
ただし、実際には労働基準法27条に定められる「出来高払制の最低保障」(平均賃金の6割程度)が支払われているのであれば、「給与の全部が歩合給である」というだけで違法になるわけではありません。
給与の一部が歩合給のとき
給与のうち、一部が歩合給、残部が固定給のときには、残業代計算では、歩合給部分と固定給部分とを分けて計算する必要があります。
このとき、固定給部分について1時間あたりの基礎単価に「125%」の割増率をかけ、歩合給部分について1時間あたりの基礎単価に「25%」の割増率をかけ、それぞれ足し合わせた金額に残業時間をかけるという計算方法です。
例えば、「固定給30万円に加えて、インセンティブとして個人営業成績の5%を歩合として支給する」という労働者の例で、計算方法を説明していきます。上記の例と同様に、付きの個人営業成績が800万円、月の法定時間を超過する残業が45時間と想定すると、残業代の計算は次のようになります。
- 固定給部分の基礎単価を算出し、125%の割増率をかける
30万円×170時間(所定労働時間)×1.25=2206円 - 歩合給部分の基礎単価を算出し、25%の割増率をかける
(800万円×5%)÷220時間×0.25=455円 - 残業時間をかける
(2205円+455円)×45時間=11万9745円
「歩合給で、残業代は支払い済み」という会社側の反論について
「歩合給(の全部または一部)について、あらかじめ残業代として支払う」という定めをする会社があります。特に、運送会社やタクシー会社でよく問題になる定め方です。予定される残業代についてあらかじめ払っておく方法を「固定残業代」、「固定残業手当」、「みなし残業代」などと呼びますが、この一種といってよいでしょう。
このような制度をとる会社では、歩合給制の残業代請求に対して「残業代は、すでに歩合給に含んで支払い済みだ」と反論するわけですが、裁判例では、このような支払い方が認められるためには厳しい要件が課されています。
具体的には、次の2つの要件を備えていない限り、歩合給に残業代を含んで支払う方法では、残業代の支払いがあったとは認められません。
- 歩合給のうち、残業代に充当される部分とそれ以外とを明確に区別することができる。
- あらかじめ支払われた残業代を超えて労働したとき、差額が支払われる。
そして、歩合給制というのは売上や利益などの成果に連動して給与を決めているのに対して、固定残業代制であれば残業時間に連動して給与を決めなければなりませんから、「歩合給制に残業代が含まれている」とするのであれば、かなりち密に計算されない限り、制度自体が無効と判断される可能性が高いです。
最高裁判例(高知県観光事件:最高裁平成6年6月13日判決)でも、次のように述べ、「歩合給にはあらかじめ残業代が含まれている」という会社側の主張を認めませんでした。
本件請求期間に上告人らに支給された前記の歩合給の額が、上告人らが時間外及び深夜の労働を行った場合においても増額されるものではなく、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別することもできないものであったことからして、この歩合給の支給によって、上告人らに対して法37条の規定する時間外及び深夜の割増賃金が支払われたとすることは困難なものというべきであり、被上告人は、上告人らに対し、本件請求期間における上告人らの時間外及び深夜の労働について、法37条及び労働基準法施行規則19条1項6号の規定に従って計算した額の割増賃金を支払う義務があることになる。
高知県観光事件:最高裁平成6年6月13日判決
まとめ
今回は、歩合給制の労働者でも残業代請求できる理由と、歩合給制の残業代の計算方法について弁護士が解説しました。
年功序列型賃金という慣習が薄れて、成果主義型賃金へと移行するにつれ、歩合給制を導入する会社は増えています。そして、成果主義的な文化の中では、長時間労働をして少しでも成果をあげようという労働者の努力は、軽視されがちです。
しかし、残業代請求には、「努力に対する評価」という側面だけでなく、長時間労働の抑止、安全配慮義務の遵守といった目的があります。完全に成果のみで評価することは、雇用する労働者については許されていません。
当事務所のサポート
弁護士法人浅野総合法律事務所では、労働問題について多数の解決事例があり、残業代請求についても多くのケースを担当しています。
歩合給制で働く労働者は、少しでも多くの残業代請求をするためにも、ぜひ一度当事務所へご相談ください。
残業代請求のよくある質問
- 歩合給制でも、残業代は請求できますか?
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歩合給制でも、問題なく残業代を請求できます。残業代は、「長く働いたこと」の対価なので、歩合給のもとにある成果主義的な発想から「成果を出していなければ長時間労働しても無意味」と考え、残業代が発生しないのではと考えるのは誤りです。もっと詳しく知りたい方は「歩合給制でも残業代請求できる」をご覧ください。
- 歩合給制の残業代は、どう計算したらよいですか?
-
歩合給制でも、基本的な計算方法は、固定給と変わらず、「基礎単価×割増率×残業時間」で計算します。ただし、歩合給では、すでに労働時間全体に対する賃金が払われていると考えられるので、割増分の25%のみを払えば足ります。もっと詳しく知りたい方は「歩合給制の残業代の計算方法」をご覧ください。