歩合給制を採用する企業では、「残業代は歩合給に含まれる」「完全歩合だから成果がなければ残業代もない」などと説明されることがあります。しかし、労働基準法のルールに従えば、賃金の支払い方法が「歩合給」でも、本来の労働時間を超えて働いた場合は残業代を請求できます。
歩合給制は、労働者の成果に応じて賃金が変動する仕組みであり、固定給とは異なる点が多いため、残業代の計算方法が複雑になりやすいという特徴があります。その複雑さを悪用するブラック企業では、様々な言い分で違法な残業代の未払いが生じます。
また、そもそも業務委託の個人事業主(フリーランス)でない限り、完全歩合制は違法であり、一定の保障給を与えなければなりません。
今回は、歩合給制でも残業代を請求できる理由と、その計算方法、出来高払制の保障給の考え方などについて、弁護士が解説します。
- 「労働時間」より「成果」を重視する「歩合給」でも、残業代は請求可能
- 歩合給の残業代計算は、歩合給の金額を、働いた時間で割って計算する
- 出来高払制でも最低保障給が発生するので、完全歩合制は違法となる
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歩合給制でも残業代請求できる

はじめに、歩合給制でも残業代を請求できる理由について解説します。
歩合給制とは
歩合給制とは、売上高や利益など、労働者の業績や成果に応じて給与を支払うことを取り決める賃金体系のことを指します。例えば、販売した商品や契約件数、売上に対し、あらかじめ定めた割合を乗じて給与を決める制度であり、「インセンティブ給」と呼ぶこともあります。
労働基準法が「労働時間」について定める通り、伝統的な雇用慣行では、労働者の給与は「労働時間の長さ」で評価されていました。一方で、歩合給には成果主義的な発想が色濃く反映され、「労働の成果」によって評価される点が特徴です。
歩合給には大きく分けて、以下の2つの種類があります。
- 固定給+歩合給制
一定の基本給に加え、成果が上がった場合には追加の歩合を支払う形式です。 - 完全歩合給制
基本給がなく、成果に応じた報酬のみで構成された賃金形態で、「フルコミッション(フルコミ)」とも呼びます。成果がなければ報酬もゼロとなりますが、無収入や著しい低賃金とすることは、雇用された労働者の場合「出来高払制の保障給」(労働基準法27条)に反するため、違法です。
特に「完全歩合制」は、雇用された労働者の場合は違法である点には注意を要します。この場合、業務委託の個人事業主(フリーランス)と混同されやすいので、労働者性の判断が大きな争いとなります(労働基準法の「労働者」でなければ、そもそも残業代は発生しません)。
行き過ぎた成果主義を抑制し、歩合給で働く労働者を保護するため、出来高払の保障給は、行政通達では「通常の実収賃金と余り隔たらない程度の収入が保障されるように保障給の額を定めるべき」とされ、実務では、平均賃金の60%程度が妥当である考えられています。
歩合給制は、以下のように個人単位での成果を評価しやすい業種でよく採用されます。
- 営業職(保険営業、不動産営業、訪問販売など)
- 運送業(軽貨物配送、宅配ドライバー、タクシー運転手など)
- 小売業・販売職(顧客に販売した商品に対するインセンティブなど)
- 美容・理容業(売上高や指名数による歩合給)
これらの業種で、歩合給は「頑張った分だけ稼げる」というモチベーション維持の一環として導入される一方、成果が出ないと収入が減ってしまう不安定さを伴います。
歩合給でも残業代が発生する理由
歩合給制だと成果が給与に直結するので、「何時間働いたか」より「どれだけ成果を出したか」に焦点が当たりがちです。その結果、勤怠管理が不十分になったり、長時間働いたのに低賃金のままだったりといった不都合が生じるおそれがあります。
一方で、歩合給でも残業代がなくなるわけではないので、会社側の時間管理が曖昧だと、残業代未払いの温床となるおそれがあります。
労働基準法37条は、「1日8時間、1週40時間」の法定労働時間を超えて労働した場合、割増賃金(残業代)を支払う義務があることを定めています。これは、給与体系や賃金の計算方法がどのようなものであっても関係なく、歩合給でも残業代が発生するのは当然のルールです。
したがって、歩合給制でも、雇用契約に基づいて労働した以上、法定労働時間を超えた分については、基本給や歩合給に加え、別途残業代を支払う必要があります。
「成果を上げること」は大切ですが、労働時間を無視してよいわけではありません。成果主義は、あくまで「働く意識」の問題であり、法規制とは別物です。歩合給制で働く営業職などが、「成果を出して会社に貢献したい」と高い意識を持つのは良いことですが、「長時間労働しても残業代請求ができない」というのは誤解です。
したがって、歩合給制であっても、残業代を支払うべき法的義務に変わりはありません。なお、残業代の計算においては、固定給だけでなく歩合給もまた基礎単価に含まれるので、会社が一切残業代を払っていなかった場合、請求すべき未払分が相当高額となる可能性もあります。
歩合給制の残業代の計算方法

次に、歩合給制における残業代の計算方法について解説します。
歩合給制でも、残業代は正しく計算して請求する必要があります。計算式は、通常の月給制の場合と変わりませんが、固定給制と比べて計算が複雑になるので注意してください。
歩合給制における基礎単価の算出
歩合給制においても、残業代は、以下の計算式で算出します。
- 残業代 = 基礎単価(基礎賃金/月平均所定労働時間) × 割増率 × 残業時間
残業代の「基礎単価」は、わかりやすく言うと「1時間あたりの賃金単価」、つまり「時給」を意味します。固定給のみなら、月の支給額全てが「時間に対する対価」を意味するので、基礎単価は、月給から除外賃金を控除し、月平均所定労働時間で割って算出できます。
これに対し、歩合給制の場合、歩合給はあくまで成果に対する報酬であって、時間に応じて支払われるわけではありません。そのため、歩合給制の残業代の「基礎単価」は、歩合給制によって払われる賃金総額を、その賃金算定期間における総労働時間数で割って算出します。
例えば、次のように計算します。
固定給20万円、歩合給10万円で、月所定労働時間が160時間の場合で、この月の総労働時間が200時間のケースでは、次のように計算されます。
- 固定給部分の基礎単価:1,250円(20万円÷160時間)
- 歩合給部分の基礎単価:500円(10万円÷200時間)
次に、割増率の計算に進んでください。
割増率を適用する
残業代の「割増率」は、残業の種類によって次のように定められています。
残業代 | 労働の種類 | 割増率 |
---|---|---|
時間外労働 | 法定労働時間(1日8時間、1週40時間)を超える労働 | 25%(月60時間超は50%) |
深夜労働 | 午後10時以降、午前5時までの労働 | 25% |
休日労働 | 法定休日(1週1日)の労働 | 35% |
重要なのは、固定給部分の割増率は「1.25」を乗じるのに対し、歩合給部分には「0.25」を乗じる点です。歩合給制では、労働者が実際に労働した全ての時間に対する対価が、既に支払済だと考えられるからです。つまり、固定給制のとき、残業時間について125%を払うのは、基本給に100%部分が含まれていないからであるのに対し、歩合給では既に100%部分が払われており、残りの25%を払えば足りるわけです。
そのため、具体的な計算は、次のようになります。
前章と同様の例だと、残業代の計算は次のようになります。
- 固定給部分について:1,250円×1.25=1,562.5円
- 歩合給部分の基礎単価:500円×0.25=125円
- 時間外労働1時間あたりの割増賃金=1,687円
このことは、裁判例(名鉄運輸事件判決:名古屋地裁平成3年9月6日判決)でも示されています。
日給制や月給制によって賃金が定められている場合には、通常の労働時間の賃金にかけるべき割増率は1.25であるのに対し、出来高払制その他の請負給制によって賃金が定められている場合には、時間外における労働に対しても通常の労働時間の賃金(右割増率の1に相当する部分)はすでに支払われているのであるから、割増部分に当たる金額、すなわち、時間当たりの賃金の2割5分以上を支給すれば足りる。
名鉄運輸事件判決(名古屋地裁平成3年9月6日判決)
歩合給制における残業時間の考え方
「労働時間」の考え方については、固定給制でも歩合給制でも共通です。そのため、「1日8時間、1週40時間」(法定労働時間)を超えた労働、「1週1日もしくは4週4日」の法定休日の労働、深夜労働(午後10時〜午前5時)については、いずれにせよ残業代が発生します。
ただし、成果主義を重視した歩合給制のとき、労働基準法に定められた特殊な労働時間制を導入している会社も少なくないため、注意が必要です。
歩合給制と併用される労働時間制として、例えば、外回りの多い営業職について「事業場外労働のみなし労働時間制」、高度な専門的業務について「裁量労働制」などが適用される例があります。
歩合給制の残業代について具体例で解説

次に、以上の計算方法に従って、歩合給の残業代について具体例で解説します。
給与の全部が歩合給のケース
例えば、「1ヶ月の個人営業成績を合計し、その10%を給与とする」というケース。
給与の全部が歩合給の場合、1ヶ月の個人営業成績が800万円だとすると、月額給与は80万円です。そして、当月の総労働時間が220時間であれば、この80万円が、総労働時間220時間の対価となります。「1日8時間、1週40時間」を超える労働時間は、およそ45時間程度となるとき、残業代の計算は次のような流れとなります。
- 残業代の基礎単価を算出する
80万円÷220時間=3,636円 - 割増率を乗じる
3,636円×0.25=909円(残業1時間あたりの残業代) - 残業時間をかける
909円×45時間=4万0,909円
前章で「完全歩合」「フルコミッション」は違法と説明しましたが、労働基準法27条に定められる「出来高払制の保障給」(平均賃金の6割程度)が結果的に支払われていれば、「給与の全部が歩合給である」というだけで違法なわけではありません。
給与の一部が歩合給のケース
給与のうち、一部が歩合給、残部が固定給の場合、残業代計算では、歩合給部分と固定給部分とを分けて計算する必要があります。このとき、固定給部分について1時間あたりの基礎単価に「125%」の割増率をかけ、歩合給部分について1時間あたりの基礎単価に「25%」の割増率をかけ、それぞれ足し合わせた金額に残業時間をかけるという計算方法です。
例えば、「固定給30万円に加え、インセンティブとして個人営業成績の5%を歩合として支給する」という例だと、計算方法は以下の通りです(上記の例と同じく、月の個人営業成績が800万円、月の法定時間を超過する残業が45時間と想定します)。
- 固定給部分の基礎単価を算出し、125%の割増率をかける
30万円×170時間(所定労働時間)×1.25=2,206円 - 歩合給部分の基礎単価を算出し、25%の割増率をかける
(800万円×5%)÷220時間×0.25=455円 - 残業時間をかける
(2,205円+455円)×45時間=11万9,745円
歩合給の残業代について違法となるケースは?

最後に、歩合給制にありがちな、違法となるケースについて解説します。
歩合給制度は、成果が上がれば報酬が増える一方で、労働時間の把握・管理を怠るなど、違法な運用がされることも少なくありません。
「歩合に残業代が含まれている」と説明される
企業側が「歩合給の中に残業代も含まれているから、別途の支払いはない」と主張するケースがあります。特に、歩合給では、労働時間と賃金の関係が曖昧になりがちなので問題になります。
しかし、給与の中に、あらかじめ残業代を含む方法について、有効な残業代の支払いとするには、歩合給のうち、残業代に充当される部分とその他の部分が明確に区別されていなければなりません。また、残業代として支払われた分を超える労働があれば、差額の支払いを要します。
更に、歩合給は、成果に連動して月の支払額が変動することが予定されているので、固定残業代の額や時間数を決めるにあたっては、相当緻密に計算する必要があります。
最高裁判例(高知県観光事件:最高裁平成6年6月13日判決)でも、次のように述べ、「歩合給にはあらかじめ残業代が含まれる」という会社側の主張を認めなかったケースがあります。
本件請求期間に上告人らに支給された前記の歩合給の額が、上告人らが時間外及び深夜の労働を行った場合においても増額されるものではなく、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別することもできないものであったことからして、この歩合給の支給によって、上告人らに対して法37条の規定する時間外及び深夜の割増賃金が支払われたとすることは困難なものというべきであり、被上告人は、上告人らに対し、本件請求期間における上告人らの時間外及び深夜の労働について、法37条及び労働基準法施行規則19条1項6号の規定に従って計算した額の割増賃金を支払う義務があることになる。
高知県観光事件:最高裁平成6年6月13日判決
「完全歩合だから残業代は発生しない」と言われる
会社から「完全歩合制だから、残業代は出ません」と説明を受けるケースもあります。しかし、前述の通り、雇用契約に基づく労働者であれば、完全歩合制はそもそも違法です。労働基準法27条により保障給を払う必要があり、「成果がないから給料はゼロ」とはできないからです。
したがって、成果報酬型の給与体系だったとしても、働いた時間に対して正当な賃金や残業代を払う義務があるので、「完全歩合=残業代不要」という主張は法的に許されません。
管理職扱いされて残業代が払われない
歩合給制が適用される労働者は、成果を出すことが求められます。その分、高い地位や役職を与えられ、社内では管理職扱いされていることも多いものです。
しかし実際は、名称に関わらず、実態として労働基準法41条2号の定める「管理監督者」に該当しない場合には、残業代を請求することができます。
労働基準法上の管理監督者は、経営者と一体的な立場で経営に関与しており、労働時間に裁量があり、かつ、相当な処遇を与えられている必要があります。歩合給制で給与が変動し、成果が出ないと低賃金で働かざるを得ない月もある状態では、到底「管理監督者」とは言えません。
「業績が悪いから残業代なし」と言われる
歩合給制では、成果と連動して給与が決まることから、会社から「今月は会社の業績が悪いから」「ノルマ未達だから歩合も残業代もゼロ」といった説明を受けるケースもあります。しかし、本解説の通り、歩合給制でも一定の保障給は払わなければならず、かつ、働いた時間が長い場合には残業代を支払う義務はなくなりません。
したがって、会社の業績が悪いとしても、残業代は支払う必要があります。歩合給制の労働者ほど、成果主義的な発想から我慢してしまいがちですが、泣き寝入りする必要はありません。
勤怠管理がそもそもされていない
歩合制の職場では「成果が全て」とされ、労働時間や出退勤の記録すらないケースもあります。しかし、労働時間を把握・記録するのは使用者の法的義務であり、歩合給制でも変わりありません。
会社がすべき勤怠管理を怠る場合は、残業代請求に必要となる証拠は、労働者側が収集する必要があります。タイムカードや勤怠管理システムといった会社側が用意すべき証拠がそもそも存在しない場合でも、次のような資料が役立ちます。
- 自身でメモやスケジュール帳に記録する。
- メールや業務アプリのログを取得する。
- GPS記録や家族とのLINEのやり取りを保存する。
- 職場を離れるときに時計の写真を撮影する。
労働時間の把握は会社の義務なので、「記録がないから」という理由で残業代を払わないのは違法です。労働時間を立証する準備を、常日頃から怠らないようにしてください。
まとめ

今回は、歩合給制でも残業代請求できる理由と、計算方法について解説しました。
歩合給制であっても、労働時間に応じた残業代を支払う義務は、法律で明確に定められています。会社から「歩合給に残業代が含まれている」といった曖昧な説明をされたとしても、それは労働基準法に反する違法な対応である可能性が高いので、泣き寝入りしてはなりません。
終身雇用・年功序列の慣習が薄れ、成果主義に移行するにあたり、歩合給制を導入する会社は増えています。成果主義的な文化の中では、長時間労働をする労働者の努力は軽視されがちです。しかし、残業代には、「努力に対する評価」の側面だけでなく、長時間労働の抑止、安全配慮義務の遵守といった重要な目的があり、労働者保護のためにも必ず請求しておかなければなりません。
歩合給で、残業代の未払が疑われる場合には、証拠を集めて会社に請求する必要があります。会社の反論に対抗するには法律知識が必要なので、ぜひ弁護士に相談してください。
- 「労働時間」より「成果」を重視する「歩合給」でも、残業代は請求可能
- 歩合給の残業代計算は、歩合給の金額を、働いた時間で割って計算する
- 出来高払制でも最低保障給が発生するので、完全歩合制は違法となる
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