
弁護士法人浅野総合法律事務所
代表弁護士
浅野英之
東京大学法学部卒、東京大学法科大学院修了。第一東京弁護士会所属(登録番号44844)。
「迅速対応、確かな解決」を理念とし、依頼者が正しいサポートを選ぶための知識を与えることを心がけています。

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代表弁護士
浅野英之
東京大学法学部卒、東京大学法科大学院修了。第一東京弁護士会所属(登録番号44844)。
「迅速対応、確かな解決」を理念とし、依頼者が正しいサポートを選ぶための知識を与えることを心がけています。
固定残業代は、残業代の支払い方法の一つとして多くの企業に利用されています。
しかし、この制度は、残業代を不当に未払いにする手段として悪用されることがあります。当事務所でも、次のような相談をいただくことがあります。
固定残業代は、労働基準法の定める残業代のうち、一定額を前払いする方法であり、正しく運用すれば決して違法ではありません。しかし、一部の企業では残業代の総額や固定残業代の金額を曖昧にして、「既に支払い済である」と反論するケースが少なくありません。この扱いは、本来支払うべき残業代を不当に免れ、結果として、労働者の権利を侵害しかねません。
今回は、固定残業代の違法性と、有効になる場合と無効になる場合に関する裁判例について、弁護士が解説します。
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はじめに、固定残業代とはどのような制度か、その意味について解説します。
固定残業代とは、実際の労働時間にかかわらず、一定時間分までの時間外・休日・深夜労働に対する割増賃金として定額で支払われる賃金を指します。「定額残業代」「みなし残業」とも呼ばれ、大きく分けて、次のような2つの種類があります。
労働基準法37条は、法律で定めた計算方法を下回らない割増賃金の支払いを義務付けるのみで、それを上回る限り、支払い方法の定めはなく、あらかじめ基本給に含めたり手当として支払ったりしても法令違反とはなりません。実際、多くの企業で、固定残業代の制度が導入されています。
しかし一方で、この制度を悪用し、「基本給に込みであると説明している」「固定残業代だから細かく計算する必要はない」といった主張をする企業も見受けられます。このような会社では、後述する「固定残業代の有効要件」を満たさないため、違法となる可能性が高いです。
労働者としては、どれだけ長時間の労働をしても「固定残業代を支払っているから」という理由だけで残業代が支払われないとき、違法の可能性を疑ってください。
「未払い残業代請求の方法」の解説

固定残業代は、しばしば人件費の不当な抑制に利用されがちです。
近年、固定残業代について争われた裁判例が数多く存在し、裁判所でも、制度が有効となるための要件が示されています。労働基準法に定めはないものの、裁判例により、通常の労働時間の賃金にあたる部分と割増賃金にあたる部分が区別されていること(明確区分性)、その支払いが時間外労働などの対価として支払われていること(対価性)が要件とされています。
これらの要件を満たさない場合、その固定残業代制は違法・無効とされ、会社は残業代を支払っていないことになります。
したがって、労働者としては、固定残業代がいくら支払われているかわからないといった場合、制度が違法・無効となるため、会社の責任を追及することを検討してください。
固定残業代の有効要件の1つ目が「明確区分性」です。
これは、通常の労働時間の賃金に当たる部分と、割増賃金に当たる部分とを判別できることが必要であるという意味です。具体的には、就業規則や賃金規程、雇用契約書、労働条件通知書、給与明細などで、固定残業代の金額、対象となる時間数などを具体的に記載することが求められます。
この要件が求められる理由は、固定残業代として支払われた金額が、労働基準法に従って計算した額を下回らないかを検証できるようにするためです。明確に区分されていなければ、労働者側は、実際に働いた時間に対し、(固定残業代に加えて)いくらの残業代を受け取れるか把握できません。その結果、不当な未払いを助長しかねないため、そのような制度は違法・無効となります。
なお、金額または時間数のいずれか一方が明らかであれば足りると考えられますが、将来のトラブルを防止するためには両方明示することが望ましいです。
固定残業代の有効要件の2つ目が「対価性」です。
これは、固定残業代として支払われた手当が、実際に、時間外労働や休日労働、深夜労働の「対価」としての性質を有して支払われていることを必要とするというものです。対価とされているかどうかは、就業規則や賃金規程、雇用契約書の記載(例:「◯◯手当は、割増賃金の対価として支払う」など)、使用者から労働者への説明内容、実際の勤務状況、賃金体系全体における手当の位置付けなどを考慮して判断されます。
「固定残業手当」といった一見して残業代見合いであることが明らかな名称であれば、対価性は認められやすいです。一方で、「業務手当」「職務手当」「精勤手当」といった必ずしも残業代とは関連しないように見える手当が「固定残業代」の意味があると主張されるケースもありますが、その他の事情を加味し、対価性を欠く無効な制度であると判断される可能性があります。
なお、形式的な名称だけでなく、実質を考慮して判断されるため、仮に「残業手当」と名付けても、実態として対価性が否定されることもあります。
差額清算の義務と合意についても検討しておく必要があります。
労働基準法37条は、法律に定めた額を超える支払いを義務付けているため、実労働時間に基づいて計算した残業代が固定残業代を上回る場合、使用者はその不足分を支払う義務を負います。これにより、「固定残業代が支払われているから、追加の支払いは不要である」という会社の主張が、明らかに誤りであることは理解できるでしょう。
一方、差額清算は法律上当然の義務であるものの、固定残業代の制度そのものの有効性を左右する「要件」ではないと考えられています。とはいえ、労働トラブルに発展しないよう、就業規則などで「差額を追加で支払う」と明記しておくことは、労働者の理解を促進するためにも重要です。
なお、差額清算の義務を果たしていなかった企業では、そもそも実労働時間の把握や管理が行われていないことも多く、労働者が提出した証拠に基づいて残業時間が認定されると、相当高額な残業代の支払いを命じられる可能性があります。

固定残業代の違法性、有効性を理解するには、実際の裁判例の理解が重要です。
固定残業代については近年、不適切な制度そのものを違法・無効であると判断する裁判例が相次いでいるため、有効要件について裁判所の基準を知っておく必要があります。
小里機材事件判決(最高裁昭和63年7月14日判決)では「1ヶ月15時間の時間外労働に対する割増賃金を基本給に含める」旨の固定残業代の有効性が争われました。一審では「固定残業代の有効要件」に基づき、明確区分性を満たし、かつ、差額の清算合意もあったことから制度は有効と判断され、控訴審・上告審でもこの判断が是認されました。
実務上、基本給と残業代の区別が不明確であるとして無効とされた事例が多く見られます。
高知県観光事件判決(最高裁平成6年6月13日判決)は、タクシー運転手について、会社が「歩合給の中に時間外・深夜労働に対する割増賃金が含まれる」と主張した事案です。歩合給の額が時間外労働や深夜労働を行っても増額されていないため通常の賃金との区分がなされていないため、制度は無効であると判断しました。
テックジャパン事件(最高裁平成24年3月8日判決)では、基本給を月額41万円とし、月の総労働時間が180時間を超える場合は1時間あたり2560円を加算し、140時間に満たない場合は1時間あたり2920円を控除するという制度について、こうした複雑な定め方では明確区分性を満たさないとし、制度は無効であると判断されました。
クルーガーグループ事件(東京地裁平成30年3月16日判決)では、営業手当を廃止して導入されたみなし残業代には、営業手当の趣旨も含まれており、基本給の一部を残業代扱いしていたに過ぎないと疑わせる事情もあったことなどから、金額と時間の対応も明確でないとして明確区分性が否定されました。
染谷梱包事件(東京地裁令和5年3月29日判決)では、トラック運転手の「残業手当」について、基本給のみでは最低賃金を下回ることなどから、手当の中にも通常の賃金部分が含まれると考えられ、残業代部分の判別が不能であるとして明確区分性を否定しました。
対価性が否定された事例も存在します。この判断では、手当の名称にかかわらず、実質的に残業代としての性格を有するかどうかが重視されます。
イーライフ事件(東京地裁平成25年2月28日判決)では、割増賃金に代えて一定額の「精勤手当」を支払うという合意があったとは認められないとし、仮に合意が成立していたとしても時間外労働の対価としての性格を有しないこと、差額清算もされていなかったことから無効とされました。
固定残業代の対象となる時間数が極端に長い場合、無効となる可能性があります。
法律上の上限があるわけではないものの、労働者の健康を確保する観点から、過度な長時間労働を助長しかねない制度は、公序良俗違反として無効になるからです。
ザ・ウィンザーホテルズインターナショナル事件:札幌高裁平成24年10月19日判決)では、月95時間分に相当する固定残業代について、公序良俗に反するおそれがあると指摘し、月45時間の範囲に限定して有効であると判断しました。
イクヌーザ事件(東京高裁平成30年10月4日判決)では、月80時間相当の固定残業代を定めることは、労働者の健康を損なう危険のある長時間労働を恒常化させるものであり、公序良俗に違反するとし、その定め全体が無効であると判断されました。
固定残業代には、労使いずれにとってもメリットとデメリットがあります。
ただし、企業側のメリットが不当に強調されて悪用されるケースが後を絶たず、この場合、労働者にとってはデメリットしかありません。したがって、労働者側としては、制度が適正に運用されているかどうかを精査しておかなければなりません。
固定残業代制のメリットとして、次のようなものがあります。
企業側にとって、固定残業代により給与計算を簡略化できるメリットがあります。
あらかじめ一定額の残業代を支払っておけば、それを上回る残業が生じない限り、全社員の残業代を一律に管理することができます。ただし、差額の清算は必要となるため、労働時間の把握が不要となるわけではない点に注意が必要となります。また、一定の時間までは追加の支払いが生じないため、労働者の業務効率を上げるインセンティブとしても機能します。
なお、「給料を高く見せられる」という理由で固定残業代を設ける会社もありますが、適切な動機とは言えません。求人や入社の際、固定残業代は通常の賃金と区別して示す必要があり、見せかけの高収入で労働者の誤解を誘うような表記は許されません。
労働者としても、残業の有無にかかわらず一定の収入を確保できるメリットがあります。
固定残業代があれば、毎月の収入を安定的に確保することができ、生活設計を立てやすくなります。ローンの返済や家計にも寄与することが期待できます。効率的に働き、業務を早く終わらせることができてもなお、一定額の残業代が支払われるため、「生活のために残業せざるを得ない(いわゆる生活残業)」という事態を回避できます。
固定残業代制にはメリットがある一方、デメリットやリスクも存在します。
特に、悪用されると労働者にとってデメリットが非常に大きいため、「定残業代について判断した裁判例」で前述のように、多くの裁判例で制度が無効であると判断されています。
企業側にとって、固定残業代を導入することでかえって手間が増える可能性もあります。
少なくとも、制度を導入したとしても労働時間を把握・管理する義務はなくならず、固定残業代を超える残業が生じた場合は差額を清算しなければなりません。したがって、「面倒だから」「楽だから」といった安易な考えで導入するのは不適切です。
正しく理解せずに運用していると、労働者から未払い残業代の請求を受けるおそれがあります。そして、裁判で制度が無効であると判断されれば、残業代の支払いを命じられることとなり、企業の社会的信用にも影響を与えかねません。
未払いであった期間の遅延損害金のほか、悪質と評価されると付加金の支払いを命じられることもあるため、企業にとっては極めて大きなリスクとなります。
労働者としても、制度が悪用されることで残業代が未払いとなるリスクがあります。
特に、固定残業代を導入する場合、全社的に適用される制度として実施されるため、未払い残業代の請求は相当高額となるケースも少なくありません。交渉では折り合いが付かず、労働審判や訴訟といった法的手続きで長期間争わなければならないおそれもあります。
「付加金と遅延損害金」の解説

「差額清算の義務と合意」の通り、固定残業代として設定された時間を超えて働いた場合、会社は超過した分の残業代を別途支払う義務があります。以下では、その計算手順を解説します。自身の受け取るべき金額を把握するときの参考にしてください。
残業代を計算するには、まず1時間あたりの基礎賃金を算出します。
基礎賃金は「時給」を意味するもので、月給制の場合には総支給額から除外賃金を差し引き、1ヶ月の平均所定労働時間で割ることで算出します。除外賃金とは、家族手当や通勤手当など、時間の対価としての意味合いを持たない手当のことです。
算出した基礎賃金に、労働基準法で定められた割増率を掛け合わせます。
割増率は、法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超える時間外労働の場合は1.25倍以上(月60時間を超える場合は1.5倍以上)、深夜労働(午後10時から午前5時まで)にあたる場合は0.25倍以上が加算され、法定休日の労働の場合は1.35倍以上となります。
最後に、固定残業時間を超えて実際に働いた残業時間を掛け合わせます。
これにより、追加で支払われるべき残業代の具体的な金額を確定させることができます。固定残業代が支払われていても、会社がこの超過分を支払わない場合には法令違反となります。未払い分を正確に請求するには、日頃からタイムカードや業務日報などで自身の労働時間を記録しておくことが大切です。
「残業代の計算方法」の解説


実際に、当事務所の弁護士が、固定残業代に関するトラブルに対応した解決事例を紹介します。
当事務所で解決した事例に、警備員として夜勤を含む過酷な勤務に従事していた方の残業代請求があります。この事案では、長時間の拘束が常態化しているにもかかわらず、勤務中の仮眠時間が労働時間として扱われず、かつ、計算根拠が不明確な固定残業代が設定されていました。
当初、会社側は支払いを拒絶する姿勢を崩さなかったため、労働審判を経て訴訟へと移行しました。裁判では、合計6種類もの手当について、固定残業代の有効要件である明確区分性が満たされているかを賃金規程に基づき精査しました。さらに、通話記録の分析などから、仮眠中も労働からの解放が保障されていない実態を詳細に主張しました。
結果として、第一審で約700万円の認容判決を得た後、控訴審において最終的に850万円の支払いを前提とする和解が成立しました。
解決事例の詳細は、こちらをご参照ください。


最後に、固定残業代について当事務所に相談すべき理由を解説しておきます。
固定残業代は、制度の不適切な運用によって未払い残業代が発生している可能性があるため、専門知識を持たない労働者が一人で会社と交渉するのは困難なケースが少なくありません。未払い残業代の請求権には3年の時効があるため、早期に弁護士に相談することが重要です。
固定残業代に関する問題では、労働基準法に照らした判断が必要となります。
当事務所では、数多くの案件において、固定残業代の有効性を判断してきました。そのため、現在の給与体系を就業規則や雇用契約書などの資料から分析し、実際の運用について相談時にヒアリングすることで、固定残業代が有効かどうかを正確に見極めることができます。
また、この分野については数多くの裁判例が出ているため、自身にとって有利な主張を組み立てるには、裁判例で考慮された事情を知る必要があります。
未払い残業代の金額を正確に割り出すには、法律に基づく複雑な計算が必要となります。
特に、固定残業代が関連するケースでは、会社が複雑な制度を採用していることも多いため、毎日の労働時間の集計、基礎賃金の算出、時間帯ごとの割増率の適用などを長期間にわたって詳細に計算する必要があり、非常に手間のかかる作業となります。
当事務所に依頼すれば、タイムカードや業務メールといった客観的な証拠をもとに、複雑な残業代の請求について、知識と経験に基づいて速やかに研鑽することができます。これにより、労働者自身の負担を大きく軽減しつつ、取りこぼしのない適正な金額を算出することが可能です。
残業代の請求は、労働者一人で交渉するのは非常に大きなストレスとなります。
会社と対等に戦うのは、労働者としては困難なことが多いでしょう。特に、固定残業代が関連するケースでは、会社側が「固定残業代があれば、追加で残業代は支払う必要はない」という誤った主張に固執したり、不当な丸め込みを図ったりすることが少なくありません。
当事務所では、長年にわたって労働問題の交渉を担当してきた経験から、法律と裁判例に基づき、毅然とした態度で正当な権利を主張することを徹底しています。
今回は、固定残業代の違法性について解説しました。
固定残業代を導入することは、メリットがある一方でデメリットもあります。特に企業側にとって、相当慎重に設計しなければ、制度そのものが違法・無効となるおそれがあります。
労働者側では、「固定残業代で支払い済みである」といった反論を受けた場合、制度の有効要件である「明確区分性」「対価性」をよく確認し、差額清算が適切かどうかを精査してください。不適切な運用が疑われる場合、弁護士に相談し、裁判で未払い残業代を請求することを検討しましょう。
たとえ固定残業代が支払われていたとしても、それによって残業代が一切請求できないわけではありません。正当な残業代を受け取っていない方は、ぜひ弁護士に相談してください。
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