痴漢をしてしまったが、逮捕されずに家に帰ることができたときでも、それですべて解決したわけではありません。今後は在宅事件として捜査が進むと、捜査の結果、起訴され、有罪となり、前科がついてしまうおそれがあります。
最近では、痴漢の容疑を受けても、かならず逮捕・勾留されるわけではなく、仕事や家族など身元がしっかりしている場合には、在宅事件扱いとなっているケースも増えています。在宅事件扱いとなると、取調べの必要があるごとに呼び出され、これに応じながら捜査が進みます。
しかし、在宅事件は、逮捕・勾留される身柄事件とは違って、捜査機関側に時間制限がないため、捜査がなかなか進まず、取調べの呼出が来なくいまま時間が経って、不安にかられてしまっている相談者も多くいます。
今回は、痴漢で在宅事件となるケースにおいて、捜査から基礎までの流れと、かかる期間、在宅事件となる痴漢で行うべき弁護活動について、刑事弁護にくわしい弁護士が解説します。
- 痴漢を犯してしまっても、逮捕の要件を満たしていなければ在宅事件となる
- 在宅事件になったとき、犯罪時から在宅起訴までの期間は決まっていない
- 痴漢の在宅事件では、逮捕や起訴を回避するために、被害者と示談するのが大切
在宅事件となる痴漢の特徴
在宅事件となる痴漢とは
在宅事件とは、罪を犯したが逮捕・勾留などの身柄拘束を受けないまま、捜査が継続されることをいいます。
痴漢行為は、着衣の上から身体にさわるなどその行為態様が軽微なときは迷惑防止条例違反、着衣の中に手を入れて性器をさわるなど重度なときは不同意わいせつ罪(刑法176条)にあたります(参考解説:「痴漢行為で成立する犯罪の種類」)。
このうち、軽微な迷惑防止条例違反であり、初犯で、かつ、同居の家族が監督を誓っており、定職について安定した収入を得ているといった事情があるときには、在宅事件となりやすくなります。
在宅事件と身柄事件の違い
「在宅事件」に対して、逮捕・勾留された状態で捜査が進む事件を「身柄事件」といいます。
身柄事件では、逮捕で72時間、勾留で最大20日間、合計で23日間の身柄拘束を受けますが、在宅事件であれば家に帰宅することができます。ただし、時間制限がない分、在宅事件では、解決までの期間が長くなってしまいがちです。身柄事件では、時間制限のなかで解決しようと捜査機関が急ぎますが、在宅事件では優先度が落ちたり、後回しにされたりしがちだからです。
そのため、在宅事件の解決は、数ヶ月〜半年程度かかることが通常です。
逮捕・勾留されると当番弁護士、国選弁護士に依頼する機会がありますが、在宅事件ではこれらの制度が適用されません。在宅事件でも示談が重要な弁護活動ですが、痴漢事件の性質上、示談交渉は弁護士に任せるしかありません。そのため、在宅事件となったときは、刑事事件を得意とする弁護士を自分で探して依頼する必要があります。
痴漢で、在宅事件となる3つのケース
痴漢をしてしまい、在宅事件となるケースには、大きく分けて3つのパターンがあります。
以下では、逮捕・勾留などの身柄拘束を受けてしまうタイミングごとに、痴漢が在宅事件となる3つのケースについて解説していきます。
痴漢現場で逮捕されなかったケース
まず、痴漢現場で即座に逮捕されてしまうと現行犯逮捕となり、その後は身柄事件として捜査が開始されます。即座に逮捕されなくても、警察が家にきて、後日逮捕されるケースもあります。逮捕されると、72時間の身柄拘束を受けます。
電車内の痴漢では、駅員から警察に引き渡され、繊維鑑定、DNA鑑定などの取調べがその場で執り行われることが通常ですが、これらに協力的な態度を示した結果、逮捕されずに家に帰れるケースがあります。
現場で現行犯逮捕されず、後日の逮捕もされないときには、在宅事件となります。
逮捕されたが勾留されなかったケース
現行犯逮捕されたり後日逮捕されたりしても、痴漢を認めて自白し、取調べにきちんと対応しており、かつ、仕事や家庭など身元もはっきりしていて初犯であるといったケースでは、勾留まではされないこともあります。
勾留の要件は、住所不定、逃亡のおそれ、罪証隠滅のおそれのいずれかに該当する必要があります。なお、警察段階では罪を認める態度を明らかにしなかったり、現場から逃げる素振りしていたりといった理由で逮捕されてしまったケースでも、検察段階で罪を認めて反省の態度を示せば、勾留請求まではされないケースもあります。
逮捕されても勾留されず、在宅事件へ移行するケースは次の2つです。
- 逮捕されたが、検察が勾留請求しなかった場合
- 検察が勾留請求したが、裁判官が却下した場合
勾留は、逮捕から72時間以内に検察が裁判所に勾留請求し、裁判官が勾留決定をすることで開始されます。勾留決定がなされると10日間の身柄拘束を受け、期間満了しても最大10日間延長することができ、合計で最大20日間拘束されます。
勾留されたが釈放されたケース
一旦裁判所で勾留決定がなされたとしても、準抗告、勾留取消請求、勾留執行停止の申立といった方法によって争うことができます。
- 準抗告
裁判所の行った勾留決定に対して、不服を申し立てる手続き - 勾留取消請求
裁判所の行った勾留決定後に、勾留の必要性がなくなったことを理由として勾留を取り消すよう求める手続き - 勾留執行停止の申立
重大な病気にかかり入院の必要があるなど、特別な理由があるとき勾留を一旦ストップするよう求める手続き
したがって、裁判官が勾留決定をしたけど準抗告などが認められた場合には、在宅事件に移行します。
また、勾留の最大20日間の拘束のなかで、検察は起訴をするか釈放するかを決めることとなります。20日内に起訴されなければ釈放されますが、このとき必ずしも不起訴処分となるわけではなく、まだ捜査が必要なときは在宅事件として捜査が継続されます。
在宅事件の捜査から起訴までの流れと、かかる期間
次に、在宅事件となる痴漢で、捜査から起訴までどのように進むのか、通常の流れとかかる期間について解説します。
身柄事件では、逮捕につき72時間、勾留につき最大20日間という時間制限があることから、この時間内で捜査を終了できるよう速やかに進みますが、これに対して在宅事件では制限がなく、捜査はゆっくりと進みます。検察の手持ち事件の状況や優先度によっては、なかなか連絡が来ず不安に思う方も多いでしょう。
警察の取調べ
まず、在宅事件の痴漢では、警察から呼出があり、取調べを受けるのが通常です。呼出は携帯電話にかかってくることが多いですが、すでに弁護士を依頼しているときは、弁護士に連絡してもらうようお願いすることもできます。
警察から電話で呼出があったら、日程調整をして警察に出頭します。在宅事件の場合には、取調べの日にちは、平日であればある程度柔軟に希望を聞いてくれるケースが多いです。痴漢の行為態様などによりますが、在宅事件となる軽微なケースで、あなたが痴漢を認めているのであれば、取調べは1,2回程度が通常です。
なお、痴漢の事実について否認したり、再犯のおそれがあると考えられたりすると、逮捕されるおそれがあるため、正直に話すようにしてください。当然ながら、予定の日時に出頭しない、連絡を無視するといった対応は、逮捕される可能性を上げるため、やってはいけません。
書類送検
警察での取調べが終了すると、検察に送致します。在宅事件で、事件記録を検察に送ることを「書類送検」と呼びます。
警察は多くの事件を扱っており、在宅事件は身柄事件に比べて後回しにされがちです。そのため、書類送検までには2,3ヶ月、長いときは半年以上かかることがあります。不安で進捗を確認したいときでも、あまり頻繁に問い合わせすることはおすすめできません。心配であれば、弁護士経由で警察に確認してもらう方法が有効です。
検察の取調べ
書類送検されると、検察でも少なくとも1度は取調べが行われることが通常です。検察の取り調べについても、送致からすぐに呼び出されるとは限らず、1ヶ月程度かかることがあります。
検察の取調べでも警察と同様に、日程調整の上で検察庁に出頭し、警察での捜査の結果などを踏まえて質問に応答します。呼出に応じなければ逮捕されてしまうことがあるため、かならず出頭するようにしてください。
処分の決定
在宅事件となるような痴漢のケースで、検察が行う処分には、大きく分けて次の3つがあります。
- 不起訴処分(起訴猶予・嫌疑不十分)
- 正式起訴(在宅起訴)
- 略式起訴
不起訴処分となるケースとは、嫌疑が不十分な場合と、被害者と示談が成立しているなどの情状を加味して起訴猶予する場合です。不起訴処分となるとき、不起訴処分通知書をもらうことができますが、検察に問い合わせなければ連絡が来ないことが多いため、検察の取調べから1ヶ月程度経過したら、弁護士に確認してもらうようにしてください。
在宅事件のまま起訴されることを「在宅起訴」といいますが、正式に起訴されると、そのす週間後に公判期日が設定され、裁判所に出廷して審理を受けます。通常は、1回の期日で終結し、2回目の期日で判決が下されます。
なお、略式起訴は、被告人の同意を得て進める簡易な制度で、無罪を争うことはできない代わりに、懲役刑はなく、罰金もしくは科料の刑罰となります(罰金刑・科料も前科にはなります)。略式起訴の場合には、書面の審理のみで判断され、口頭弁論は開かれません。痴漢事件のうち、軽微なケースで迷惑防止条例違反となるときには、略式起訴となることがありますが、不同意わいせつ罪となるときは罰金刑がないため略式起訴にはなりません。
在宅事件となる痴漢で行うべき弁護活動
在宅事件となるようなケースだからといって、痴漢事件を甘くみてはいけません。弁護活動を行わずに放置して、在宅起訴されれば、前科がつくこととなります。また、否認する場合には、どれほど軽微な行為態様だったとしても逮捕・勾留される危険があります。
そこで次に、痴漢で在宅事件扱いとなったときに、今のうちにやっておいたほうがよい弁護活動について解説します。
痴漢を否認する場合
痴漢を否認する場合には、逃亡のおそれ、罪証隠滅のおそれがあると判断される可能性が高く、逮捕されてしまい、勾留請求をされる流れが通常です。本来であれば在宅事件にすべきような軽微な迷惑防止条例違反のケースでも、罪を認めず否認すると、身柄拘束の可能性が高まります。
そのため、痴漢を否認するときには、検察の勾留請求に対して、裁判所に意見書を提出したり裁判官面接を求めたりして、勾留請求を却下するよう求めるのが重要なポイントです。勾留請求が却下されれば、在宅事件に移行させることができます。
勾留決定が下されても、なお準抗告、勾留取消請求、勾留執行停止の申立といった方法により、身柄拘束の必要性を争い、在宅事件となるよう尽力します。
痴漢を認める場合
痴漢を認める場合には、痴漢直後の現場での捜査について協力的な態度をとり、逃亡のおそれ、罪証隠滅のおそれがないことを示すことにより、身柄拘束を受けず、在宅事件にしてもらいやすくなります。初犯で、仕事と家族がきちんとしていて生活が安定していれば、逮捕・勾留されないケースも増加しています。
そして、在宅事件となったとしても、痴漢事件において被害者との示談交渉が最重要となることに変わりはありません。示談に成功すれば、在宅事件のまま捜査が進んでも、不起訴となり前科がつかなくて済む可能性が高まります。
なお、在宅事件で捜査が進む場合には、よほど悪質な痴漢や、有名人、公務員などでない限り、報道として取り上げるほどの社会的関心時ではなく、実名報道されるリスクは高くありません。
否認したが、実は痴漢していた場合
取調べなどで一旦は否認して、その結果、身柄拘束を受けずに在宅事件となったけれども、「実は痴漢をしていた」というケースでは、早めに警察署にいき、正直に罪を認めるのがおすすめです。まだ犯罪や犯人が発覚していないうちに、罪を告白することを「自首」といい、刑の減軽をしてもらえる可能性が上がるからです。
在宅のまま捜査が進み、捜査機関によって罪があばかれたとき、情状が悪質であると判断され、逮捕・勾留を受けてしまい、起訴されたときにもより厳しい処罰となるおそれがあります。
出頭したことでかえって逮捕されてしまう可能性を下げるため、弁護士が同行して出頭し、身柄拘束が不要であることについて意見書を提出してもらうのが有効です。弁護士は取調べには立ち会えませんが、家族の身元引受書や弁護士の意見書などの必要書類を提出するほか、捜査機関に対して法律を守った適切な手続きをするようプレッシャーを与えられます。
在宅事件となったときの注意点
最後に、痴漢をしてしまって、在宅事件となったときの注意点について解説します。
在宅事件となったことによって最悪のケースはまぬがれ、社会復帰しやすくなったとはいえ、注意点をよく守らなければ、結局は身柄拘束を受けてしまったり、重い刑罰を受けてしまったりするおそれがあります。
取調べ、呼出には必ず応じる
在宅事件となると、捜査機関の捜査は続いているものの、取調べなどのないときには普通の生活を送れます。仕事にいくこともできますし、旅行にいっても問題ありません。
ただ、逃亡のおそれがあると判断されると、逮捕されてしまう可能性があります。逮捕の要件には、犯罪を行ったと十分に疑わしいという嫌疑の相当性とともに、逮捕の必要性(逃亡のおそれ、証拠隠滅のおそれのいずれかが認められること)が要件となっているからです。
そのため、警察もしくは検察から取調べの呼出があるときは、必ず出頭しなければなりません。呼出は電話で来るため、無視しないよう注意が必要です。
日中は仕事をしている方も多いでしょうが、誠意をもって話せば日程調整にはある程度応じてくれることが一般的です。忙しいことは取調べに応じない言い訳にはなりません。うまく進めれば、家族にもバレない可能性が高いです。
被害者と接触しない
在宅事件となったとき、行動は制限されないため、被害者と接触しようとする方がいます。例えば、罪を認めているケースで「直接会って謝罪し、穏便に済ませたい」とか、痴漢冤罪のケースで「直接話せば、誤解が解けるのではないか」といった相談例がこれにあたります。
しかし、被害者の証言は最重要の証拠ですから、被害者に接触しようとすると、罪証隠滅のおそれがあるとして逮捕される危険があります。また、上記のような理由があれど、加害者、被害者の関係になった当事者が接触することは、再犯の危険があるといわれてもしかたありません。
なお、通勤経路で痴漢をしたケースのように、自分が会おうとしていなくても被害者と会ってしまう可能性があるときは、路線を変更するなどして、万一のリスクを回避するのがおすすめです。痴漢を認めているときには示談交渉の必要がありますが、直接接触しないよう、弁護士を通じてはたらきかけを行うようにしてください。
まとめ
今回は、痴漢で在宅事件となるケースについて、捜査から起訴までの流れと、その間にやっておくべき弁護活動などを解説しました。
在宅事件では、捜査がゆっくり進むため、なにをしてよいかわからず、いつ連絡が来るのか不安に思う方も多いでしょう。突然不利益な扱いを受けてしまうのではないかと心配なときは、今できる弁護活動に集中するのが大切なポイントです
警察や検察から取調べのための呼出を受けたときには、弁護士を依頼していることを捜査機関に伝えるとともに、可能であれば弁護士に同行してもらうのがおすすめです。あわせて、被害者への謝罪や示談は、身柄事件と同様にとても重要です。
当事務所のサポート
弁護士法人浅野総合法律事務所では、痴漢事件をはじめとした性犯罪について、多数の弁護実績を有しています。
逮捕されず在宅事件になったとしてもそれで終わりではなく、弁護活動の必要性は変わりません。刑事事件にお悩みの方は、ぜひ一度当事務所へご相談ください。
刑事弁護のよくある質問
- 在宅事件になる痴漢とは、どんなケースですか?
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在宅事件とは、逮捕・勾留といった身柄拘束を受けずに捜査が続くことで、痴漢であっても、軽微な迷惑防止条例違反のケースで、悪質でなく、かつ、逃亡のおそれ、証拠隠滅のおそれもないようなとき、在宅事件となる可能性があります。もっと詳しく知りたい方は「在宅事件となる痴漢の特徴」をご覧ください。
- 在宅捜査が進み、起訴されるまで、どれくらい期間がかかりますか?
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痴漢が在宅事件となって捜査が進むとき、在宅起訴となることがあります。しかし、このときには、身柄拘束を受けている場合と異なり、時間制限がないため、長期間かかってしまうことがあります。およそ2,3ヶ月程度が通常ですが、ケースによっては半年以上かかることもあります。詳しくは「在宅事件の捜査から起訴までの流れと、かかる期間」をご覧ください。