交通事故でケガをすると、治療を終了した後も症状が残ってしまうことがあります。このように、治療後も残存する症状のことを、法律用語で「後遺障害」といいます。一般には「後遺症」ということもあります。
交通事故で負ったケガについて、治療しても、からだが変形したままだったり、痛みが残ってしまったりするとき、自賠責保険で定められた第1級から第14級の等級に認定されると後遺障害となり、加害者(もしくはその保険会社)に後遺障害慰謝料を請求できます。
後遺障害慰謝料の金額には、等級ごとに一定の相場が定められており、重度の後遺障害ほど、高額な慰謝料を請求できます。
今回は、交通事故で後遺症が残ってしまったときに、より高額の後遺障害慰謝料を請求するために知っておきたい法律知識について、交通事故にくわしい弁護士が解説します。
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後遺障害慰謝料とは?
後遺障害慰謝料とは、交通事故によるケガで後遺症が残ってしまったとき、それによって被った精神的苦痛に対する慰謝料のことです。
後遺障害慰謝料は、残った後遺症の程度によっては相当高額となります。そのため、後遺症の残った交通事故で、より高額の請求をし、被害回復を十分に図るためには、後遺障害慰謝料についての正しい法律知識を得ておかなければなりません。
交通事故によってケガを負ってしまったとき、「治療をしても、しつこい痛みがなかなか消えない」ということはよくあります。しかし、後遺障害慰謝料を請求するためには、単に症状が残存しているというだけでなく、後遺障害等級認定の手続きで、等級認定を受けなければなりません。
そのため、より高額の後遺障害慰謝料を勝ちとるためには、次の2点のポイントが重要となります。
後遺障害慰謝料の3つの支払基準
後遺障害慰謝料の金額には、3つの支払基準があります。それが、自賠責保険基準、任意保険基準、弁護士基準の3つです。
- 自賠責保険基準
自賠法で定められた、交通事故被害者の救済を目的とした最低限の慰謝料基準 - 任意保険基準
任意保険会社が定めた支払基準 - 弁護士基準(裁判基準)
裁判で慰謝料請求をしたときに認容される慰謝料基準(過去の裁判例などの認容額)
より高額な慰謝料を獲得するためには、弁護士基準(裁判基準)で慰謝料を算出し、請求するのが重要です。
自賠責保険基準は、法律で定められた最低限度の保障であり、かなり低額なため、損害のすべてをカバーするわけではありません。任意保険基準も、任意保険会社が定めた基準にすぎません。いずれも、被害回復としてはまったく十分ではなく、裁判所で解決したとき勝ちとれるはずの基準を参考とするのが適切です。
そのため、保険会社との交渉により、自賠責保険基準や任意保険基準しか提案されず、弁護士基準(裁判基準)に達していないときは、弁護士に依頼して請求したり、裁判を提起したりする方法が有効です。
自賠責基準の慰謝料計算
自賠責保険は、法律上すべての車両に加入が義務付けられる、交通事故被害者を救済することを目的とした強制保険です。被害者救済のための最低限の保障しか与えられていないため、自賠責保険から得られる慰謝料額はかなり低額です。
自賠責は、必要最低限であり、これによっては保障しきれない損害は、任意保険でカバーすることを前提としています。
自賠責保険の支払基準は、次のとおり、自賠法(自動車賠償保障法)の表によって、賠償額の上限が定められています。この上限は後遺障害慰謝料と後遺障害逸失利益の合計額であり、これを上回る金額は自賠責保険からは払われません。
なお、自賠責基準はとても低額ではあるものの、加害者が任意保険に加入していないとか、加害者に資力がないといったケースで、最低限の保障が得られるという重要な意義があります。
<別表Ⅰ>
等級 | 支払基準 | 限度額 |
---|---|---|
第1級 | 1650万円 (1850万円) | 4000万円 |
第2級 | 1203万円 (1373万円) | 3000万円 |
<別表Ⅱ>
等級 | 支払基準 | 限度額 |
---|---|---|
第1級 | 1150万円 (1350万円) | 3000万円 |
第2級 | 998万円 (1168万円) | 2590万円 |
第3級 | 861万円 (1105万円) | 2219万円 |
第4級 | 737万円 | 1889万円 |
第5級 | 618万円 | 1574万円 |
第6級 | 512万円 | 1296万円 |
第7級 | 419万円 | 1051万円 |
第8級 | 331万円 | 819万円 |
第9級 | 249万円 | 616万円 |
第10級 | 190万円 | 461万円 |
第11級 | 136万円 | 331万円 |
第12級 | 94万円 | 224万円 |
第13級 | 57万円 | 139万円 |
第14級 | 32万円 | 75万円 |
※()内は、被扶養者が存在する場合の金額です。
※後遺障害等級表には、別表Ⅰと別表Ⅱがあります。別表Ⅰは後遺障害によって日常的な介護を要する場合、別表Ⅱは日常的な介護までは不要な場合に適用されます。
任意保険基準の慰謝料計算
任意保険基準は、交通事故の加害者が加入する保険から支払われる慰謝料の基準のことです。
自賠責保険は強制加入ですが、任意保険はその名のとおり「加入は任意」とされています。ただし、任意とはいえ、自賠責基準と弁護士基準(裁判基準)には大きな開きがあるため、これを補うために任意保険に加入している人が大半です。
交通事故のときに、その被害額を填補し、慰謝料の支払いを行うために加入しているはずの任意保険ですが、残念ながら任意保険基準もまた、弁護士基準(裁判基準)より、かなり低額なのが通常です。
そのため、重度の後遺症を負った被害者が、後遺障害慰謝料をできるだけ増額するためには、任意保険会社の提案する示談金をそのまま受け入れてしまうのではなく、弁護士基準(裁判基準)によって算出した適正額を支払ってもらうよう交渉しなければなりません。
弁護士基準(裁判基準)の慰謝料計算
弁護士基準(裁判基準)とは、弁護士に依頼して裁判で請求をするとき、認容される金額のことです。交通事故の裁判は過去にも数多く起こっていることから、過去の判決を参考にして一定の相場が形成されています。
裁判をされたら慰謝料を増額できるにもかかわらず、保険会社が、より低額な自賠責基準、任意保険基準を提案する理由は、
- 交通事故の被害者の多くは「3つの支払基準」があることを知らない
- 交渉を継続したり裁判したりするのが面倒であきらめてしまう
- 「保険会社は専門家だから、正しい」と誤解してくれる
といった事情があるからです。確かに、保険会社は数多くの交通事故を処理しており、専門知識がありますが、被害者の利益になる提案をするかどうかは別問題です。保険会社はあなたの味方となって動いてくれているわけではありません。
弁護士基準(裁判基準)は、いわゆる「赤い本」(正式名称:「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準」日弁連交通事故センター東京支部)に、次のとおり定められています。
等級 | 支払基準 |
---|---|
第1級 | 2800万円 |
第2級 | 2370万円 |
第3級 | 1990万円 |
第4級 | 1670万円 |
第5級 | 1400万円 |
第6級 | 1180万円 |
第7級 | 1000万円 |
第8級 | 830万円 |
第9級 | 690万円 |
第10級 | 550万円 |
第11級 | 420万円 |
第12級 | 290万円 |
第13級 | 180万円 |
第14級 | 110万円 |
後遺障害等級の認定を受けるための方法
交通事故の被害者が、より高額な後遺障害慰謝料を得るためには、有利な等級認定を受けるのが重要なポイントです。
そのため、後遺障害等級の認定を受けるための方法について理解しておく必要があります。
後遺障害等級認定を受けるための要件
まず、後遺障害等級認定を受けるためには、次の5つの要件を満たさなければなりません。
- 症状固定していること
- 交通事故とケガに因果関係があること
- 後遺障害等級認定表に記載された症状があること
- 労働能力が低下していること
- 医師による医学的な証明があること
症状固定とは「これ以上治療を続けても症状の改善が見込めない状態」という意味です。つまり「これ以上、良くも悪くもならない」という意味であり、「治った」、「完治した」という意味ではありません。
症状固定後に残存した症状が、後遺障害となりますが、次に、その症状が「交通事故によってケガが生じた」といえる必要があります。これが「因果関係」の問題です。そして、後遺障害の等級認定を受けるためには、各等級ごとに定められた具体的な症状に該当する必要があります(等級は第1級〜第14級。第1級が最も重度で、第14級が最も軽度です)。
最後に、これらの症状について、医師による医学的な証明がなければなりません。医学的な証明として重要なのが「後遺障害診断書」です。「なんとなく、痛い気がする」という本人の主観だけでは後遺障害の認定を受けることはできません。重要です。「なんとなく、まだ痛い気がする」というだけでは後遺障害とはいえません。
例えば、交通事故でよく発生する「むち打ち」症状の場合、第12級の認定基準である「局部に頑固な神経症状を残すもの」、もしくは、第14級の認定基準である「局部に神経症状を残すもの」にあたります。
後遺遺障害等級認定の流れ
後遺障害等級認定の流れを理解し、できるだけ有利な認定を得ることが、慰謝料増額の近道です。
まず、後遺障害等級認定の流れがスタートするのが、「症状固定時」です。症状が固定しなければ等級認定の申請をすることができませんから、事故発生直後は、まずは治療に専念することとなります。治療は、入院・通院をふくめ、医師の医学的な判断にしっかり従って行うようにしてください。
主治医から「これ以上治療を続けても症状は変わらない」という判断を受けた時点が、「症状固定」のタイミングです。
症状固定時に、まだケガの症状が残存しているときには、医師に後遺障害診断書の作成を依頼してください。そして、後遺障害診断書を自賠責保険会社に提出すると、「損害保険料率算出機構」で等級認定を判断してもらうことができます。
事前認定と被害者請求の違い
後遺障害等級認定の申請の際、その方法には、事前認定と被害者請求の2つの種類があります。
- 事前認定
加害者側の任意保険会社が必要書類をまとめて申請してくれる方法 - 被害者請求
被害者自らが必要書類をとりまとめ、自賠責保険会社に申請する方法
事前認定のほうが手間が少なくて済みますが、相手方保険会社は、被害者にとって本当に有利な主張をすべてしてくれるとは限りません。
被害者請求だと、手間がかかりますが、十分な証拠を添付し、有利な主張ができるため、納得のいく申請ができます。その結果、等級認定を受けやすくなり、慰謝料の増額が見込めることがあります。
被害者請求に要する手間や専門知識は、弁護士に依頼して代わりにやってもらうことで、補うことができます。
等級認定に不服があるときの争い方
後遺障害等級認定の最後に、等級認定に対して納得がいかないときには、異議申立をすることができます。
等級認定に不服があるときの、異議申立の方法には、次の3つがあります。
- 自賠責保険へ異議申立する方法
- 紛争処理申請をする方法
- 裁判を起こして争う方法
自賠責保険へ異議申立する方法は、費用がかからず回数制限もない代わりに、等級認定の結果が変更されない可能性があります。これに対して、最終解決である裁判では、中立的な機関である裁判所により、等級認定の結果にかかわらず、法的な判断を下してもらうことができます。
事故態様や過失割合にも大きな争いがあるなど、証拠によって白黒はっきりつけなければ有利な解決が見込めないようなケースでは、裁判を起こして争う方法がおすすめです。
(参考)後遺障害の逸失利益
最後に、後遺症を負ってしまった交通事故で、他に加害者に請求できる金額として、後遺障害の逸失利益についても解説しておきます。
後遺障害の逸失利益とは
後遺障害の逸失利益とは、交通事故で残ってしまった後遺症によって、労働能力が減少、喪失したとき、将来得られるはずであった利益を得られなくなってしまうことを理由に、加害者に請求すべき金額です。手足の痛み、腕の可動域制限などの後遺症が残ってしまうと、事故前と同じように働くのは難しく、収入が下がるおそれがあることから認められる請求です。
後遺障害により労働能力が減少すると、会社からの評価が下がったり、就労できる業種が制限されてしまったりといった結果、収入が減少したり、まったく失われたりすると予想されます。この収入減少を補うのが、後遺障害の逸失利益です。
後遺障害の逸失利益の計算方法
後遺障害の逸失利益は、次の計算式で計算されます。
後遺障害の逸失利益=基礎収入×労働能力喪失率×中間利息控除
自賠責保険基準の場合、後遺障害の慰謝料と逸失利益をあわせた上限が定められていますが、弁護士基準(裁判基準)であれば、それぞれ裁判例に基づいて計算した金額を請求することができます。
以下では、計算式にある基礎収入、労働能力喪失率、中間利息控除についての考え方を解説します。
基礎収入
後遺障害逸失利益の計算式における「基礎収入」とは、交通事故前に得ていた収入のことをいいます。「事故前に得ていた収入が、交通事故によって減少してしまった」ことが、逸失利益を請求する理由となるからです。
被害者が、給与所得者の場合には、会社から得ていた給与の金額、自営業者の場合には、申告所得額を基準に計算します。
なお、主婦(家事従事者)、学生、年金生活者など、所得を計算するのが難しい方は、賃金構造基本統計調査(いわゆる「賃金センサス」、厚労省)という統計データを参考にして算出します。
労働能力喪失率
後遺障害の逸失利益の計算式にいう「労働能力喪失率」とは、すなわち、「後遺障害によって、どの程度労働能力が失われたか」を示す割合のことをいいます。
そして、後遺障害の等級に応じて、労働能力喪失率は次のとおり通達で定められています(労働省労働基準局長通牒・昭和32年7月2日基発第551号)。
等級 | 喪失率 |
---|---|
第1級 | 100% |
第2級 | 100% |
第3級 | 100% |
第4級 | 92% |
第5級 | 79% |
第6級 | 67% |
第7級 | 56% |
第8級 | 45% |
第9級 | 35% |
第10級 | 27% |
第11級 | 20% |
第12級 | 14% |
第13級 | 9% |
第14級 | 5% |
中間利息控除(ライプニッツ係数)
最後に、「中間利息控除(ライプニッツ係数)」とは、将来にわたって生じる損失(労働能力喪失によって減る収入)を、現在一括でもらうことから、その時間的価値(利息)を割り戻して計算する必要があるということです。
ライプニッツ係数もまた、次のとおりです。なお、2020年4月1日施行の改正民法により、法定利息が改正されたことから、ライプニッツ係数が変更されました(下記表は、変更後のもの)。
期間(年) | 法定利息3%の場合 |
---|---|
1 | 0.971 |
2 | 1.913 |
3 | 2.829 |
4 | 3.717 |
5 | 4.580 |
6 | 5.417 |
7 | 6.230 |
8 | 7.020 |
9 | 7.786 |
10 | 8.530 |
まとめ
今回は、交通事故被害者が、適正な後遺障害慰謝料を獲得する方法を解説しました。
より高額な慰謝料を獲得するためには、保険会社からの提案を鵜呑みにするのではなく、今回の解説を参考に「弁護士基準(裁判基準)」で慰謝料額を算出してください。保険会社がどれほど親身になっているように見えても、慰謝料を支払う側である保険会社にとっては、できるだけ低額に済ませたいのは当然です。被害者側としては、保険会社としっかり交渉し、戦わなかればなりません。
なお、後遺障害慰謝料をより多く獲得するためには、有利な等級認定を得ることも重要です。そのためには、事故直後から、交通事故を得意とする弁護士のアドバイスにしたがい、正しい方法で治療を受けるのが大切です。
当事務所のサポート
弁護士法人浅野総合法律事務所では、交通事故について、豊富な解決実績を有しています。
後遺障害慰謝料を弁護士基準に基づいて計算し、支払われないときには裁判を提起することで、慰謝料の増額を目指してサポートします。不幸にも交通事故の被害者となり、後遺障害が残ってしまった被害者の方は、ぜひ一度ご相談ください。