労働基準法は、「1日8時間、1週40時間」の法定労働時間を越えて働いたとき、残業代を請求することができると定めています。
しかし実際は、残業代を請求した際、会社から「あなたは管理職だから残業代は発生しない」と反論されることがあります。責任感が強く真面目な人ほど、昇進するにつれて「自分は管理職だから残業代を請求すべきではない」と納得してしまうことも少なくありません。
確かに、労働基準法上の「管理監督者」に該当する場合、労働時間の規制が適用されず、残業代の請求はできません。ただ、この「管理監督者」には法律上の定義があり、裁判例でも厳しく判断されます。そのため、会社が「管理職」として扱っているというだけで、残業代が支払われなくなるわけではありません。
今回は、「管理職」と労働基準法上の「管理監督者」の違いと、「名ばかり管理職」の残業代請求について、弁護士が解説します。
- 会社が「管理職」扱いしていても、実際には残業代請求が可能なケースがある
- 残業代請求できない「管理監督者」の要件は、法律上厳格に判断される
- 裁判例では「経営者と一体的な立場にある」ことが重要な要件とされる
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「管理職」でも残業代請求できる理由

残業代請求に対して、会社から「あなたは管理職だから、残業代は発生しない」と反論されることがあります。しかし、この主張は、労働基準法の「管理監督者」という専門用語の理解の不足した、誤った認識に基づくものです。
結論として、会社で「管理職」と呼ばれる立場にあっても、残業代を請求できる可能性は十分にあります。確かに、労働基準法41条2号の「管理監督者」に該当する場合、残業代の支払い義務が生じませんが、これが認められるためには、裁判例で厳格な要件が課されています。
労働者保護の観点からして、残業代が支払われなくなる「管理監督者」と認められるには、実質的に経営に関与する地位にあり、労働時間の裁量が大きく、相応の待遇が認められることなどが必要です。つまり、「管理監督者」となるのは、ごく一部の高い地位・役職にある人に限られます。
実際には、名ばかりで権限の乏しい「管理職」が、ブラック企業によって「管理職だから残業代は不要」という扱いを受けるケースは少なくありません。その多くは、労働基準法上の「管理監督者」には該当せず、法的には残業代請求できる立場にあります。
「未払い残業代請求の方法」の解説

労働基準法の「管理監督者」と、会社の言う「管理職」の違い

会社から「あなたは管理職だから残業代は支払われない」と反論を受けた方に向けて、労働基準法上の「管理監督者」と、会社が用いる「管理職」という言葉の違いについて解説します。
労働基準法の「管理監督者」とは
労働基準法では、一定の時間を超えて働いた労働者には残業代を支払う義務があります。
しかし一方で、労働時間による管理が適さない立場の労働者については、労働時間や残業代に関する規定の適用を除外することが定められています。「管理監督者」とは、経営者と一体的な立場で業務を遂行し、他の社員を管理・監督する役割を担う者のことを指し、業務の性質上、労働時間による管理になじまないと考えられています。
具体的には、労働基準法41条2号に次のように規定されています。
労働基準法41条(労働時間等に関する規定の適用除外)
この章、第六章及び第六章の二で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。
労働基準法(e-Gov法令検索)
一 別表第一第六号(林業を除く。)又は第七号に掲げる事業に従事する者
二 事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者
三 監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けたもの
このように、労働基準法上の「管理監督者」に該当するときは、労働時間に関する規制が適用されず、残業代(時間外割増賃金・休日割増賃金)を請求できません。
ただし、法律上の定義は抽象的なので、どのような場合に「管理監督者」に該当するのかは、裁判例を通じて厳格な要件が確立されています。そのため、会社が単に「管理職」として扱っているからといって、必ずしも、労働基準法上の「管理監督者」に当たるわけではありません。
会社の言う「管理職」とは
一方で、会社が用いる「管理職」という言葉は、法律的な意味合いではなく、あくまで社内での役職や肩書きを指しているにすぎません。
例えば、勤務先の就業規則が「部長以上を管理職とする」と定める場合、その役職に就けば「管理職」とされ、手当の支給などの待遇が変わることはあります。しかし、あくまで会社の定めた職責上の地位に過ぎず、そのまま法律上の「管理監督者」に該当することにはなりません。
このような違いを理解せず、または意図的に悪用し、「管理職に昇進した社員に残業代を支払う必要はない」と反論する会社は、労働法の理解が不足していると言わざるを得ません。
「名ばかり管理職」について
労働基準法の「管理監督者」として残業代の支払い義務を免れるためには、裁判例で示された厳格な要件を満たす必要があります。しかし実際は、要件を満たさないのに「管理職」という名目にして、残業代を支払わないケースが後を絶ちません。
このように、実態としては一般社員と変わらない待遇で働きながら、名前だけ「管理職」として扱われて残業代の支払いを拒絶される労働者を、「名ばかり管理職」と呼びます。
「名ばかり管理職」は、権限も裁量も与えられない一方で、残業代は支払われず、長時間労働を強いられるなどの不当な扱いを受けます。
役職名には左右されない
労働基準法上の「管理監督者」に該当するかどうかは、その人の役職名によって決まるものではありません。会社の定める部長、課長、店長、支店長といった肩書きは関係なく、実態として「管理監督者」の要件を満たさなければ、残業代の支払い義務を免れないのです。
役職名は会社が自由に定められる一方で、「管理監督者」は経営に近い立場で実質的な裁量を持っているかという実態に基づいて判断されます。そのため、役職名だけで残業代をあきらめる必要はなく、実際の業務内容や待遇に照らして判断することが重要です。
実際、次章の解説の通り、飲食店の店長や銀行の支店長代理など、一定の地位にある社員でも残業代請求が認められた裁判例は存在します。
労働基準法の「管理監督者」の判断基準

たとえ会社から「管理職」に任命されても、労働基準法上の「管理監督者」に該当しなければ、残業代を請求することができます。
そこで次に、実際に「管理監督者」に該当するかどうかを判断する際に参考となる基準について解説します。特に、「残業代を払いたくないから管理職にしよう」というブラック企業による不当な動機では、裁判例で示される判断基準に違反する点が重要です。
以下、「行政通達」と「裁判例」に基づく判断基準を見ていきます。
行政通達による判断基準
労働基準法41条2号の「監督若しくは管理の地位にある者」について、厚生労働省から重要な行政通達(昭和22年9月13日基発17号、昭和63年3月14日基発150号)が出されています。この通達によれば、「管理監督者」とは、経営者と一体的な立場にある者」とされ、相当重要な権限を与えられている社員が想定されています。
単に役職者であるだけでは足りず、次のような要素が総合的に判断されます。
- 重要な職務と責任
会社経営に関与するような責任を負っているかどうか。 - 労働時間の裁量
出退勤や勤務時間について、本人の裁量があるか。 - 待遇面
役職手当や報酬が一般社員と比較して十分な水準であるか。
「管理監督者」に該当するには、これらの要素を満たす必要です。通達では、労働時間規制の適用除外は単なる残業代の削減ではなく、重大な職責と裁量を伴う地位にのみ適用されるべきであると示されています。
裁判例による判断基準
「管理監督者」に該当するかどうかの最終判断は裁判所が行います。そのため、過去の裁判例で示された判断基準が重要です。以下では、主な裁判例を紹介します。
東京地裁平成20年1月28日判決(日本マクドナルド事件)
「管理職」に任命された社員の「管理監督者」性を否定し、「名ばかり管理職」であると判断した裁判例に、東京地裁平成20年1月28日判決(日本マクドナルド事件)があります。
本裁判例では、マクドナルドハンバーガーの店長の残業代請求が争点となり、その職務内容、責任と権限、労働時間管理、待遇を考慮した結果、店長は労働基準法の「管理監督者」に該当しないと判断されました。
日本マクドナルド事件で考慮された重要な要素は、次の通りです。
- 職務内容・責任と権限について
店舗の責任者として、アルバイトの採用、勤務シフトの決定などの権限があり、営業方針や営業戦略に即した店舗運営を遂行すべき立場にあったことから、「店舗運営において重要な職責を負っていることは明らか」と判断。しかし、店長の職務や権限が店舗内に限られ、「経営者と一体的な立場にあり労働基準法の労働時間の枠を超えて事業活動することを要請される」というほどの重要な職務と権限はないと判断しました。 - 労働時間管理について
自らスケジュールを決定し、早退や遅刻について上司の許可を得る必要がないなどの裁量があるものの、実際は、店長としての固有の業務を遂行するだけで相応の時間がかかること、自らシフトマネージャーとして勤務することで法定労働時間を超える長時間の残業を余儀なくされていたことなどから、時間的裁量はないと判断されました。 - 待遇について
評価が低い場合には平均年収が下位の職種よりも低額になり、評価が高い場合でも残業時間を加味すると「管理監督者」の待遇として十分とは言いがたいと判断されました。
東京地裁平成29年10月6日(コナミスポーツクラブ事件)
東京地裁平成29年10月6日判決(コナミスポーツクラブ事件)は、スポーツクラブの支店長とエリアマネージャーについて、労働基準法の「管理監督者」に該当しないと判断し、残業代の請求を認めました。
本裁判例では、支店長について「職責及び権限」「労働時間の裁量」「待遇」の3つの観点から検討されました。そして、支店長の裁量や権限が「実質的に経営者と一体的な立場にある」というほど重要なものでなく、経営への影響力もないこと、労働時間の裁量が少なく、むしろ忙しいときは長時間残業が必要であったこと、少額の役職手当のみでは待遇が不十分であることなどを考慮し、「管理監督者」にはあたらないと判断しました。
エリアマネージャーも同じく、一定の権限はあるものの、支店長を超えるものではないとし、「管理監督者」にはあたらないと判断しました。
東京高裁平成21年12月25日(東和システム事件)
東京高裁平成21年12月25日判決(東和システム事件)では、システム開発会社の課長代理が起こした残業代請求について、労働基準法の「管理監督者」にはあたらないと判断し、請求を認めました。
本裁判例では、職務内容が少なくとも部門全体を統括する立場にあること、一定の裁量を有すること、管理職手当など十分な待遇がなされていること、自己の出退勤について決定権限があることなどが「管理監督者」と認められるための要件とし、これらを満たさない課長代理は「管理監督者」ではないと判断した一審判断を維持しました。
大阪地判昭和61年7月30日
大阪地裁昭和61年7月30日判決(レストラン「ビュッフェ」事件)は、飲食店の店長について、次のように述べて「管理監督者」に該当しないとし、残業代請求を認めました。
本件店舗の店長として、本件店舖で勤務しているコック、ウエイター等の従業員六、七名程度を統轄し、右ウエイターの採用にも一部関与したことがあり、材料の仕入れ、店の売上金の管理等を任せられ、店長手当として月額金二万円ないし三万円の支給を受けていたことが認められるけれども(…(略)…)、他方、原告は、本件店舖の営業時間である午前一一時から午後一〇時までは完全に拘束されていて出退勤の自由はなく、むしろ、タイムレコーダーにより出退勤の時間を管理されており、仕事の内容も、店長としての右のような職務にとどまらず、コックはもとよりウエイター、レジ係、掃除等の全般に及んでおり、原告が採用したウエイ夕ーの賃金等の労働条件は、最終的に被告が決定したことが認められるところであり、これら原告の労働の実態を彼此勘案すれば、原告は、本件店舗の経営者である被告と一体的な立場にあるとはいえず、前記「監督若しくは管理の地位にある者」には該らない…(略)…
大阪地裁昭和61年7月30日判決
「管理職」が残業代請求する時の注意点

最後に、「管理職」が残業代を請求するにあたっての注意点を解説します。
管理職の残業代の計算方法と証拠収集
管理職であっても、残業代の計算方法は、一般の社員と同じです。
- 残業代 = 基礎単価(基礎賃金/月平均所定労働時間) × 割増率 × 残業時間
「管理職は残業代が不要」と誤解している会社は、そもそも管理職の労働時間を正確に記録・把握していないこともあります。そのため、残業代を請求したいと考える方は、自身で勤務時間に関する証拠をできる限り集める努力をしてください。
労働時間の証拠となる資料には、次の例があります。
- タイムカードや勤怠管理システム
- セキュリティカード・スマートロックの入退室記録
- 業務用PCのログイン・ログアウト履歴
- チャットツールの会話記録
- 交通系ICカードの利用履歴
- 上司からのメールや電話による業務指示
- 業務報告や退勤報告のメール
- 社内の防犯カメラの映像
「残業代の計算方法」の解説

労働基準法の「管理監督者」でも請求できる金銭
実態としても労働基準法の「管理監督者」に該当する場合でも、全ての残業代が請求できないわけではありません。時間規制が適用されないだけで、午後10時から午前5時までの深夜労働については、「管理監督者」であっても深夜労働割増賃金(25%以上)を請求できます。
また、「管理監督者」であっても、長時間労働によって心身の健康を害した場合は、会社に対して安全配慮義務違反の責任を追及し、損害賠償を求めることができます。会社としては、管理監督者であっても、健康状態への配慮から、労働時間を把握すべきです。
管理職手当と固定残業代の扱い
「管理職」になると、管理職手当や役職手当などが支給されることがあります。
これらの手当に残業代が含まれているという扱いをされ、「残業代は管理職手当で既に支払い済みである」などと主張する企業もあります。あらかじめ見込まれる残業時間を基本給や手当に含む方法を「固定残業代」と呼びますが、この方法にも厳格な要件が課されています。
- 残業代に相当する部分とその他の手当が明確に区別されていること
- 実際の残業時間が固定時間を超えた場合に、差額を支払うこと
これらの条件を満たさなければ、固定残業代は無効と判断される可能性があります。
特に「名ばかり管理職」問題において、会社が後付け的に「手当の中に残業代が含まれていた」と主張する場合、要件を満たさないケースがほとんどです。
そもそも、「残業代は出ない」と主張していた企業が、後に「実は手当の中に含まれていた」と言い出すのは矛盾しています。適正な手続きや説明がなされていないなら、管理職手当も含めた金額を基礎として、未払い残業代を計算し、請求することができます。
取締役を兼務する場合の注意点
昇進により「管理職」を超えて「取締役」になることもあります。取締役と会社の関係は「雇用」ではなく「委任(業務委託)」なので、労働基準法の適用される「労働者」ではありません。そのため、管理職以上に労働時間により管理になじまず、残業代請求はできません。
取締役と社員には、次のような違いがあります。
- 「賃金」ではなく「報酬」が対価となる。
- 最低賃金の適用がない。
- 労働時間の規制が適用されない。
- 業務について会社から直接的な指揮命令を受けない。
これを悪用して、残業代を回避するために、あえて取締役に就任させる会社もあります。
ただし、実態として一般の社員と同様に勤務しており、厳しい時間的拘束や業務指示を受ける場合、「労働者」に当たると判断されることがあります。このとき、形式上は取締役であっても、労働基準法に基づき残業代を請求できるケースもあります。
まとめ

今回は、会社から「管理職」とされても、労働基準法上の「管理監督者」に該当しない限り、残業代の請求は法律上可能であることについて解説しました。
労働基準法に定める「管理監督者」に当たらないのに、会社から形式的に「管理職」扱いされることで残業代を支払ってもらえないケースは少なくありません。いわゆる「名ばかり管理職」の方は、ぜひ法律知識を理解し、残業代の請求をあきらめないでください。
実際には、会社が「管理職だから残業代は払わない」と主張する場合も、法的には残業代の支払い義務があることが多くあります。そのため、「管理職だから仕方ない」とあきらめる前に、会社の説明が労働基準法上の要件を満たしているか、十分に検討することが重要です。
会社の説明に納得がいかない、あるいは「管理監督者」の要件を満たさない疑いがあるなら、一人で悩まず、ぜひ弁護士に相談してください。
- 会社が「管理職」扱いしていても、実際には残業代請求が可能なケースがある
- 残業代請求できない「管理監督者」の要件は、法律上厳格に判断される
- 裁判例では「経営者と一体的な立場にある」ことが重要な要件とされる
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