会社に雇用される社員の中には、様々な雇用形態があります。雇用形態でもっとも多いのが「正社員」ですが、アルバイト、契約社員、派遣社員など、正社員以外の雇用形態を「非正規」ということがあります。
会社の中には、正社員には残業代を支払っていても、アルバイト、契約社員、派遣社員などの非正規社員に対しては残業代を支払っていない、もしくは、支払っているけれども法律にしたがった正しい計算方法で算出していないといった会社があります。
労働者側から「どのような雇用形態であれば、残業代を支払ってもらう権利があるのでしょうか」「アルバイトは残業代請求をすることができないのでしょうか」といった法律相談をいただくことがあります。結論から申し上げると、アルバイト、契約社員、派遣社員などの非正規社員であっても、問題なく残業代請求をすることができます。
残業代を請求する権利は、正社員のみに許された特権ではありません。
そこで今回は、アルバイト、契約社員、派遣社員などの、非正規社員の雇用形態ごとに、残業代請求の際に知っておくべきポイントを弁護士が解説します。
「残業代請求」弁護士解説まとめ
目次
どの雇用形態なら残業代請求できる?
残業代を満足に支払っていないブラック企業がニュースなどで報道されるにつけても、アルバイトや契約社員、派遣社員の方の中には、「自分は正社員ではないから、残業代請求は関係がない」とあきらめてしまっている人もいるかもしれません。
しかし、そもそも残業代とは、労働基準法に定められた、超過して労働した時間に対して支払われる対価のことです。そして、この残業代は、正社員でなくても当然に発生します。
そこで、どの雇用形態であっても残業代請求できる理由として、まずはじめに「残業代とは、そもそもどのような賃金なのか」を解説した上で、正社員と非正規社員という雇用形態の違いについて解説していきます。
そもそも残業代とは
そもそも残業代とは、会社があらかじめ定めた労働時間を超えて働いた場合に、働いた時間に応じた対価として支払われる賃金のことをいいます。
正社員であっても、アルバイト、契約社員、派遣社員などの非正規社員であっても、「1日8時間、1週40時間」という法定労働時間を超えて働いた場合には残業代が発生すること、その他、法定休日の労働、深夜時間(午後10時から午前5時まで)の労働に対して残業代(割増賃金)が発生することは変わりありません。
むしろ、残業代を発生させることによって、定められた以上の労働に対して適正な対価を与え、かつ、健康を害するような長時間労働を抑制する、という残業代の趣旨は、弱い立場にある非正規社員にこそあてはまるとすらいえます。
残業代(割増賃金)は、「月額賃金(残業代の基礎単価)÷月平均所定労働時間×割増率×労働時間」という計算式で算出されます。その割増率は、次のとおりです。
残業代 | 労働の種類 | 割増率 |
---|---|---|
時間外労働 | 法定労働時間(1日8時間、1週40時間)を超える労働 | 25% (月60時間を超える場合50%) |
深夜労働 | 午後10時以降、午前5時までの労働 | 25% |
休日労働 | 法定休日(1週1日)の労働 | 35% |
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正社員とアルバイトの違い
正社員であっても非正規社員であっても残業代は請求できることを解説しました。つまり、正社員と非正規社員という雇用形態の違いは、「残業代が発生するかどうか」という点にあるのではありません。
第一に、正社員とアルバイトの違いは、1週間にどの程度の労働時間だけ働くかの違いです。いわゆるアルバイト労働者は、法律の専門用語でいう「短時間労働者」にあてはまります。
短時間労働者、有期雇用労働者についてのルールを定めた短時間労働者・有期雇用労働法では、短時間労働者の雇用形態にあてはまるための要件として、次の6つを定めています。
そして、アルバイト社員であっても、時間外労働割増賃金、休日労働割増賃金、深夜労働割増賃金などの残業代が発生します。
正社員と契約社員の違い
次に、正社員と契約社員との違いは、雇用期間の制限があるかどうか、という点です。つまり、無期雇用である正社員に対して、有期雇用の社員を契約社員と呼ぶことが多いです。
「契約社員」の法律上の定義はなく、の雇用形態の内容については会社によって異なるため、必ずしも有期雇用に限られるわけではありませんが、一般的には、契約社員は有期雇用であり、一時的な労働力の調整弁として用いられることが多いです。
アルバイトとは異なり、雇用契約期間中は、正社員と同程度の労働時間、労働日数とされていることが一般的です。そして、正社員と同様に、所定労働時間を超えて働くときには、契約社員であっても残業代が発生します。
正社員と派遣社員の違い
最後に、正社員と派遣社員との違いは、使用者が誰か、という点です。
正社員の場合には、使用者は雇用契約を締結した一方当事者である会社であり、業務上の指揮命令もまた、使用者である会社が行います。これに対して、派遣社員は、派遣会社(派遣元)に雇用されて、派遣先に派遣され、派遣先の指揮命令を受けながら労働をします。
つまり、派遣社員は、雇用契約を締結している会社とは、別の会社の指示を受けて働くこととなります。
そして、雇用契約を締結している会社とは別の会社の指示を受けているとしても、労働時間が長くなれば残業代が発生することについては、派遣社員といえども変わりはありません。
非正規社員(アルバイト・契約社員・派遣社員)の残業代請求のポイント
アルバイト、契約社員、派遣社員などの非正規社員であっても残業代請求が可能ですが、その場合に、正社員とは異なって気を付けなければならないポイントを弁護士が解説します。
「1日8時間、1週40時間」の法定労働時間を超える時間に対する時間外割増賃金、「1週1日」の法定休日の労働に対する休日労働割増賃金、深夜時間(午後10時から午前5時まで)の労働に対する深夜労働割増賃金が残業代の種類ですが、これらの計算方法は、正社員を対象として説明されることが多いです。
そのため、労働時間、労働日数の少ない非正規社員の場合には、異なった計算が必要となる場合があります。
アルバイトの残業代請求
「アルバイトなのに残業を指示された」という法律相談が来ることがあります。意外と、アルバイト社員側でも、アルバイトでは残業代請求ができないと考えていることも多いですが、しかし、アルバイトであっても残業の指示がなされることがあり、残業代請求が可能です。
会社が、「アルバイトには残業代を支払う必要がない」と考えていることがありますが、それは一般的にアルバイトがシフトを超えて働くことがそれほど多くないためであって、決められた労働時間を超えて働いた場合には、アルバイトといえども残業代が発生することとなります。
特に、少し早く来て準備をしなければならなかったり、後片付けが必要であったりする場合、これにかかった時間も残業時間となります。
一方で、会社が、残業代の必要性を認識していない場合、労働時間の管理が十分でなく、残業時間の証拠が十分に残されていないおそれがあります。そのため、アルバイトの残業代請求を行う場合には、アルバイト社員側でも積極的に収集していかなければなりません。
アルバイト社員が収集しておいたほうがよい残業代請求に役立つ証拠は、例えば次のようなものです。
- 労働条件通知書、雇用契約書
- アルバイト就業規則
- 給与明細
- シフト表、業務カレンダー
- メールやLINEなどによる連絡、報告、店長やリーダーからの指示、命令
- タイムカードのコピー
契約社員の残業代請求
契約社員は、一般的に、1年もしくは2年程度の期限付きの雇用契約を締結しています。しかし、それ以外は正社員と変わらないような働き方をしている人が多く、労働時間、労働日数についても大差ないことが多いです。
そのため、契約社員の残業代請求は、正社員と大きく変わることはなく、超過して労働した時間に対して残業代請求を行うことができます。
なお、期間の定めのある契約社員の場合には、契約期間中の解雇は、やむを得ない理由に基づくものでない限り違法であり、不当解雇となります。また、契約を継続して更新されていたり、契約の更新を期待させるような言動があったりするなど、契約社員の期待を保護すべき場合には、雇止め(更新拒絶)が違法、無効となることがあります。
このように、契約社員であっても蔑ろにしてよいわけではなく、正社員と同程度に、社員としての安定した地位を保障されることも少なくありません。
派遣社員の残業代請求
派遣社員は、派遣先の会社から指示を受けて働きますが、給与は、雇用契約を締結している派遣元の会社から受領しています。そのため、残業代請求をするときには、派遣元の会社に対して請求をするようにします。
ただし、残業代請求をする際に必要となる労働時間の証拠(タイムカード、業務日誌、日報、業務管理ソフトのデータなど)は、派遣先が管理していることが多いため、証拠収集、証拠保全については、派遣先に働きかける必要がある場合があります。
このように、派遣社員の残業代請求では、派遣元、派遣先、派遣社員の複雑な三角関係を理解しながら交渉を有利に進めていかなければなりません。この点が、使用者である会社との2者間で交渉をすればよい正社員の場合と大きく異なる点です。
なお、派遣社員の場合には、労働時間は正社員と変わらない程度働いている人も多いですから、この場合、派遣社員であっても「1日8時間、1週40時間」の法定労働時間を超える時間、「1週1日」の法定休日の労働、深夜労働に対して残業代を請求できるということに変わりはありません。
残業代が発生しない雇用形態とは
ここまで解説したとおり、「残業代が発生するかどうか」は、「正社員か、非正規社員(アルバイト、契約社員、派遣社員など正社員以外の雇用形態か)」という、雇用形態の区別とは関係がありません。残業代は、雇用形態にかかわらず当然に発生するものです。
しかし一方で、残業代が発生しないケースがあります。それは、「そもそも雇用ではない」というケースです。
ある会社の指示にしたがって働いている人の中にも、会社と雇用契約を結んでおらず、請負契約、業務委託契約、委任契約、準委任契約などの「雇用」以外の契約形態で働いているスタッフがいます。このような人たちは、厳密には「社員」ではなく、それぞれが個人事業主、フリーランスとして独立した立場にあります。
会社に雇用されておらず、独立した個人事業主、フリーランスであるということは、労働基準法の適用される「労働者」にはあてはまらず、残業代を請求することはできません。
雇用契約ではなく、請負契約、業務委託契約、委任契約、準委任契約などに基づいて働いている場合に、残業代は発生しないという説明をしました。しかし、これは会社と締結している契約書の名称によって決まるわけでは必ずしもありません。
つまり、会社が残業代を支払いたくないからといって、社員に対して「委任契約」「業務委託契約」を締結して働くことを強要したとしても、実態が「雇用」であれば、残業代を請求できる場合があります。
「雇用」であるか「請負」などの他の契約形態であるかの差は、さまざまな事情の総合考慮によって決まりますが、特に重要となるのは「使用者の指揮監督を受けているかどうか」という点です。
働く時間、働く場所を強制的に決められ、業務のやり方、進め方について逐一指示を受けながら働いている場合、たとえ契約書に「業務委託契約」と記載されていても、実態は「雇用」であるとして残業代請求できる可能性が高いです。
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今回は、アルバイト、契約社員、派遣社員などの非正規社員であっても残業代請求ができること、そして、残業代請求の際に気を付けておくべきポイントについて、雇用形態ごとに解説をしました。
「アルバイトだから、残業代請求はできない」というように会社から言われたとしても、あきらめてはいけません。労働者側で、むしろ、残業代が発生しないのが当然と考えて請求すらしない場合もありますが、残業代は、当初の契約で支払われる賃金には含まれていない時間に働いた分の対価であり、労働者が当然有する正当な権利です。
なお、固定残業代、裁量労働制、事業場外労働みなし制、管理監督者といった、残業代を生じさせないための会社の反論がなされることがありますが、いずれも厳しい要件を満たす必要があり、アルバイト、契約社員、派遣社員などの非正規社員がその要件を満たしていることは多くないと考えられます。
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「残業代請求」弁護士解説まとめ
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