痴漢事件の多くは、現場で取り押さえられて現行犯逮捕され、刑事裁判となって処罰が決まります。しかし、現場から逃げてしまった場合、「いつまで逃げ切れば罪に問われなくなるのか」と不安に思うのではないでしょうか。
現場から逃げ去り、犯人の割り出しがなかなか進まないケースでは、「痴漢の時効」が問題になります。痴漢の時効については、刑事事件に適用される「公訴時効」と、民事上の損害賠償請求に関わる「消滅時効」の2種類があることを知っておく必要があります。なお、民事の時効を考えるにあたり、2020年4月に施行された改正民法の影響も考慮しなければなりません。
今回は、刑事の時効(公訴時効)と民事の時効(消滅時効)の違いと、それぞれの時効期間について弁護士が解説します。
- 痴漢の公訴時効は、迷惑防止条例違反は3年間、不同意わいせつ罪は12年間
- 不法行為の消滅時効は3年間(ただし、生命・身体を害するものは5年間)
- 「時効待ち」すべきか、自首すべきかは、慎重な検討が必要となる
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痴漢の時効とは

はじめに、痴漢の時効の基本的な考え方について解説します。
時効とは、法的な責任を追及できる期間のことを指します。時効期間が過ぎると、それ以降は法的責任を追及することができなくなります。痴漢の時効には、大きく分けて「刑事の時効」と「民事の時効」の2種類があるため、それぞれの違いを理解しておくことが重要です。
刑事の時効(公訴時効)
刑事の時効とは、「公訴時効」と呼ばれ、検察官が起訴することができる期限を定めるものです。公訴時効の期間を過ぎると、検察官が起訴できなくなる結果、警察に逮捕される可能性もなくなり、処罰されて前科が付くこともありません。
民事の時効(消滅時効)
民事の時効とは、「消滅時効」と呼ばれ、損害賠償請求などの民事上の権利を、裁判によって認めてもらえる期限を定めるものです。民事の請求の多くは、主に金銭請求によって解決されます。消滅時効の期間が経過すると、民事裁判を通じた責任追及ができなくなります。
刑の時効
このほかに、判決で下された刑罰の執行に関する期限を、「刑の時効」と呼びます。
刑の時効は、言い渡された刑罰の重さに応じて決まりますが、痴漢事件では通常、刑罰が速やかに執行されるため、問題になることはほとんどありません。
痴漢の公訴時効(刑事の時効)

次に、痴漢の時効のうち刑事の時効(公訴時効)について解説します。
公訴時効とは
刑事事件において、検察官が起訴し、刑事裁判を通じて刑罰を確定させるには、法律の定める一定の期限内に手続きを進める必要があります。
検察には犯罪を起訴する権利(公訴権)がありますが、公訴時効はこの公訴権の期限を意味します。公訴時効が成立すると、たとえ犯罪を立証できる証拠があっても検察官は起訴をできません。そのため、過去の痴漢行為で、いつまでも逮捕や起訴の可能性におびえ続ける必要はありません。
痴漢の公訴時効は3年または12年
公訴時効の期間は、法律で定められた刑罰の重さ(法定刑)によって異なります。痴漢の場合には、その行為態様の悪質さによって、次のように決まっています。
- 迷惑防止条例違反(比較的軽微な痴漢)
→ 公訴時効は3年間(刑事訴訟法250条2項6号) - 不同意わいせつ罪(重度の痴漢)
→ 公訴時効は12年間(刑事訴訟法250条3項3号)
痴漢の公訴時効は、痴漢行為の終了時点から起算します。捜査が開始されたのが犯行の数年後だとしても、痴漢の時点から3年または12年が経過すれば、逮捕、起訴されることはありません。
ただし、国外にいる期間は時効の進行が停止するので(刑事訴訟法255条)、逃亡目的で海外に滞在していた場合などは、その期間が公訴時効の計算から除外されます。
罪の種類による時効期間の違いに注意
公訴時効の期間は、適用される罪の種類によって異なります。そのため、例えば「迷惑防止条例違反に過ぎない」と思い込み、3年経過して安心していたところ、実際には不同意わいせつ罪になってしまうなら、12年経過するまでは逮捕、起訴されるおそれがあります。
公訴時効の違いの点からしても、痴漢行為がどのような犯罪に該当するか、行為の態様によって区別することが重要です。
- 迷惑防止条例違反となる痴漢(比較的軽微なケース)
例:電車内で衣服の上から身体に触れる行為、路上で脚や尻をさわる行為など - 不同意わいせつ罪となる痴漢(より重度なケース)
例:着衣の中に手を入れる行為、路上で胸を強くつかむ行為など
2つの犯罪の違いは、類型的には上記の通りですが、具体的には、個別の痴漢行為の態様によって判断する必要があります。この際、不同意わいせつ罪の要件である「暴行」や「脅迫」によって被害者の意思を抑え込んだかどうかも重要なポイントとなります。
「痴漢は何罪?」の解説

痴漢の消滅時効(民事の時効)

一方で、痴漢の時効のうち、慰謝料その他の損害賠償請求があるかどうかについては、民事の時効(消滅時効)に注意しなければなりません。
消滅時効とは
刑事事件が犯罪に対する処罰を目的とするのに対し、民事事件は私人間の責任の問題です。民事事件の解決は、金銭の支払いによって行われるのが通常です。
痴漢は、犯罪であると共に、民法上の不法行為(民法709条)にも該当するので、被害者は慰謝料をはじめとした損害賠償を請求できます。しかし、消滅時効が成立すると、損害賠償請求をすることができなくなります。
痴漢の消滅時効は3年または5年
民法724条は、不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効を以下のように定めています。
- 原則:損害および加害者を知った時から3年間
- 例外:「人の生命又は身体を害する不法行為」の場合は5年間
- いずれの場合も、不法行為の時点から20年間経過すると請求不可
以上の消滅時効の期間が経過した後は、慰謝料その他の損害賠償請求をすることはできなくなります。不同意わいせつ罪に該当する重度の痴漢のケースは、暴行や脅迫を伴う例も多く、「身体を害する不法行為」として5年間の時効が適用される可能性が高いと考えられます。
民事の時効は、「損害及び加害者を知った時」から起算されるので、刑事の時効が痴漢行為の時点から進行するのとは異なる点に注意してください。「損害及び加害者を知った時」と言えるには、加害者について、賠償請求が可能な程度の情報を知っている必要があります。「痴漢の被害届を出したが、犯人は分からない」という状態だと、民事の時効は進行しません。
消滅時効の完成後も示談・被害弁償は可能
消滅時効が成立し、損害賠償請求が法的に認められなくなった後でも、加害者が自発的に被害弁償することは可能です。特に、刑事の時効はまだ経過しておらず、逮捕や起訴のリスクがある場合、民事の時効成立後でも、示談金を払って早期釈放や不起訴を目指すのが有益です。
例えば、不同意わいせつ罪に該当する痴漢の場合、刑事の時効は12年間なので、民事の時効である3年または5年の方が先に来る可能性があります。それでもなお、刑事処分の回避を目的として示談交渉を進めることは、有効な弁護活動といえます。
「起訴前弁護」の解説

時効完成を待つことにはリスクがある

最後に、痴漢事件において時効完成を待つことのリスクについて解説します。
以上の通り、刑事の時効(公訴時効)が成立すれば検察が公訴権を失うため逮捕・起訴のおそれはなく、民事の時効(消滅時効)が成立すれば損害賠償請求を受けることもなくなります。
しかし、だからといって単に「時効待ち」をして逃げ切ろうとする方針はお勧めできません。適切な弁護活動をせず、時間の経過を待つだけでは、被害者が被害届を提出したり、告訴したりする可能性があり、結果としてより大きなリスクを負うおそれがあるからです。
痴漢事件の被害者が告訴をあきらめる可能性は低い
痴漢事件では、被害者が強い処罰感情を抱いているケースが少なくありません。
単に時間が経過するのを漫然と待っていても、捜査が開始されないことや、被害者が告訴をあきらめてくれるとは期待できないのが現実です。早急に示談交渉を進める、または自首を検討するといった積極的な弁護活動を行うことが、逮捕や起訴のリスクを減らすのに有効です。
示談や自首によるリスク軽減
時効の完成までに期間があるとき、その間に検討すべき弁護活動が、示談と自首です。いずれの方法がよいか、もしくは両方同時に進めるべきかは状況によって異なるので、刑事事件に精通した弁護士のアドバイスを聞くのがよいでしょう。
一般には、次のような考慮要素を比較して決めることができます。
- 示談のメリット
示談が成立すれば、初犯の痴漢であれば不起訴処分となる可能性が高いです。万が一起訴されても、執行猶予付き判決など、軽い刑罰となることを目指せます。 - 自首のメリット
自首をすれば、法律上、刑が減軽される可能性があります。捜査機関に対する協力が評価され、より軽い処分としてもらうことができるからです。
時効の成立を待つより積極的な対応を
「時効まで逃げ切る」という考え方には大きなリスクが伴います。
時効が成立する前に逮捕・起訴される可能性があるだけでなく、長期間にわたり精神的な不安を抱え続けることにもなります。そして、いざ逮捕されたり起訴されたりしたときには、そのときまでに十分な準備をしていなかったことがマイナスに影響してしまいます。
適切な弁護活動を行い、被害者との示談や自首といった対策を講じておくことが、結果的には最も負担を軽減する方法となります。
「痴漢の示談金の相場」の解説

まとめ

今回は、痴漢事件における時効について、刑事・民事の両面から解説しました。
たとえ痴漢行為をしてしまったとしても、いつまでも逮捕や起訴の恐怖におびえ続ける必要はなく、一定の期間が経過すれば処罰されず、刑事責任を問われることはなくなります。
ただし、単に時効期間の経過を待つだけではなく、その間にできる対策を講じることが重要です。具体的には、示談交渉を進めたり自首したりなど、適切な弁護活動を行うことで、万が一逮捕や起訴に至った場合のリスクを軽減できる可能性があります。
自分が犯した痴漢について不安を抱いている方は、ぜひ一度弁護士にご相談ください。
- 痴漢の公訴時効は、迷惑防止条例違反は3年間、不同意わいせつ罪は12年間
- 不法行為の消滅時効は3年間(ただし、生命・身体を害するものは5年間)
- 「時効待ち」すべきか、自首すべきかは、慎重な検討が必要となる
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性犯罪の事件では、その重大性や社会的な影響を理解し、適切な対応をする必要があります。被疑者・被告人側、被害者側のいずれであっても、決して軽んじることなく慎重に対応しなければなりません。
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