痴漢を疑われてしまったとき、特に、実際にはやってない、いわゆる痴漢冤罪のとき、どのような資料が、痴漢の証拠として役立つかを知っておくのがとても重要なポイントです。
痴漢の容疑で逮捕したり、起訴して処罰を求めたりするとき、捜査機関(警察・検察)側では証拠を準備しているのが通常です。十分な証拠なく、逮捕、起訴することはありません。
また、弁護側で、あなたが痴漢をやっていないこと、痴漢が冤罪であることを証明するためにも、証拠が重要です。裁判で執行猶予をふくむ軽い刑を求めたり無罪を求めたりするとき、裁判所が十分に価値を認めてくれるような証拠を集めておかなければなりません。
今回は、痴漢の証拠について基本的な考え方と、どのようなものが重要な証拠となるかについて、刑事事件にくわしい弁護士が解説します。
- 痴漢の証拠は、捜査機関(警察・検察)が有罪を証明するために集める
- 弁護側では、無罪を証明する必要はないが、証拠を収集する努力をするのはとても重要
- 痴漢の証拠には、物的証拠と供述証拠がある
痴漢の証拠の基本的な考え方
痴漢は、不同意わいせつ罪(刑法176条)もしくは迷惑防止条例に違反する重大な犯罪行為です(参考解説:「痴漢で成立する犯罪の種類」)。そのため、十分な証拠があるとき、逮捕、起訴され、前科がつくなど不利益を受けるおそれがあります。
痴漢を疑われてしまったとき、「疑わしきは被告人の利益に(無罪推定の原則)」というルールがあることから、処罰を求める捜査機関側があなたの痴漢行為について、証拠によって証明する必要があります。これに対して、弁護側が無罪を証明する必要はありません。
被疑者側が痴漢冤罪を主張し、痴漢をしていないと主張するときには、有罪か無罪かの最終判断は裁判で下されることとなります。このとき裁判所の審理で重要となるのが、痴漢の証拠です。
痴漢の証拠には、大きく分けて、物的証拠と供述証拠があります。
通常、物的証拠のほうが重要とされており、物的証拠と矛盾する供述証拠は価値が低いと考えられています。ただ、痴漢をはじめとした性犯罪はこっそりと行われることが多く物的証拠が残りづらいため、供述証拠が大きな役割を担います。
痴漢の証拠(物的証拠)
痴漢の証拠のうち、重要な物的証拠には次のものがあります。
繊維鑑定
繊維鑑定は、被疑者の手や指からテープで繊維を採取し、繊維の種類・性状などを検査する捜査手法です。痴漢の疑いがかかって臨場した警察官によってよく行われます。
被疑者の手や指から、被害者の衣服と同種の繊維が検出されると「少なくとも衣服に触れた」ことを示す重要な証拠となります。さらに、下着の繊維が検出されたときは「下着にも触れた」ことを示し、痴漢行為があったことを裏付ける重要な証拠になります。
ただし、触れたら必ず繊維がつくわけでもないため、繊維がまったく検出されなかったからといって「痴漢していないこと」、「無罪であること」を意味するわけではない点に注意が必要です。このような物的証拠がないとき、被害者証言、被疑者の供述などの信用性がますます重要となります。
逆に、繊維が検出されたとしてもそれが衣服のものであり、電車の混み具合などからして不可抗力で触れた可能性があるとき、それだけで痴漢の十分な証拠があるともいえません。
DNA鑑定
痴漢事件ではDNA鑑定が重要な証拠となります。DNAにより皮膚片や髪の毛などから個人を特定でき、触っていたかどうかを調べることができるからです。
例えば、あなたのDNAを含む皮膚片が被害者の下着に付着していたとき、あなたが下着に触る痴漢行為をしていた証拠になります。また、被害者が「下着に手を入れられ膣内に指を挿入された」という被害を訴えているとき、被疑者の手指から被害者のDNAを含む体液が検出されるかどうかが重要な証拠となります。
なお、微物検査と同じで、DNAがまったく検出されなかったからといって触っていない、痴漢をしていないという証拠になるとは限りません。とはいえ先ほど説明したような「性器に指を入れた」ほどの被害であれば体液がつくことが通常であり、まったく検出されなければ、痴漢で有罪とするには合理的な疑いが残り、無罪推定の原則から無罪を勝ちとることができます。
防犯カメラ映像
駅構内や路上などには多くの防犯カメラが設置されています。痴漢行為の瞬間が防犯カメラにはっきりと映っているときには、防犯カメラ映像が、痴漢したことを裏付ける重要な証拠となります。
ただ、悪質な痴漢ほど、防犯カメラの死角をついて犯行に及びますから、映像に残っていなかったからといって痴漢をやってないとは言いきれません。画質があらく、重要な動作が見づらいこともあります。
また、被疑者が被害者に近づいたことまでは防犯カメラ映像から明らかであっても、触ったかどうかまでは映像だけではわからないというとき、被害者の証言、目撃者の証言、被疑者の供述などのいずれが防犯カメラ映像と矛盾せず、自然で信用性があるかをチェックしていくこととなります。
乗車記録
交通系ICカードや定期券で改札を通過したときには、その記録が残っています。乗車記録は、あなたが痴漢したと疑われたが、その場から逃げ去ったとき、重要な証拠となります。
痴漢の疑いが冤罪だったとしても、その場から逃げることはおすすめできない対応です。痴漢をやっていないからこそ、きちんと証拠収集(微物検査など)に協力し、あなたにとって有利な証拠を残すこと、できる限り逮捕を回避することといった対応が重要となります。
痴漢の証拠(供述証拠)
痴漢の証拠のうち、重要な供述証拠には次のものがあります。
被害者の証言
被害者の証言は、供述証拠のなかでも特に重要な証拠です。電車内での痴漢では、被害者の証言しか有力な証拠がないことも少なくありませんが、被害者の証言だけでも有罪となる例はあります。
被害者の証言では、虚偽供述の動機があるかという点がとても重要です。痴漢の被害にあって冷静になれていなかったり、あなたがやったと思い込んでいたりするとき、あえて嘘をつこうとしなくても、虚偽供述に走ってしまうことがあります。
そのため、被害者の証言の信用性は、次の事情を考慮して検討する必要があります。
- 証言が具体的で、迫真性があるかどうか
- 証言が一貫していて、変遷していないかどうか
- 証言に不合理な点がないかどうか
- 物的証拠と矛盾し、不自然な点がないかどうか
- 他の目撃者などの証言、被疑者の供述と矛盾しないかどうか
なお、痴漢事件では、被疑者と被害者に面識がないことが多く、人間関係や怨恨からおとしめようとして虚偽供述をする動機はないと考えられることが多いです。
他に目撃者がいないことも多く、そのようなケースではなおさら被害者の証言が重要視されますが、被害者の証言に頼りすぎると、痴漢冤罪が生まれやすくなってしまいます。痴漢冤罪の理由となるような被害者の証言の問題点には、次のようなものがあります。
- 不可抗力で偶然に触れてしまったのを痴漢被害だと思いこむ
- 振り向いて後ろにいた人を犯人だと思いこむ
- 捜査段階で何度も警察・検察に話すうちに、誤った被害の記憶が固定される
目撃者の証言
痴漢の現場を目撃していた人がいるときには、目撃者の証言がとても重要な証拠となります。目撃者は当事者ではないため、嘘をつく動機がないという点で、信用性が高いと判断されます。
目撃者の証言が信用できるものかどうかは、具体性・迫真性・合理性といった被害者の証言の信用性と同じ要素に加えて、次の事情を考慮して判断します。
- 犯行当時に目撃者がいた場所(犯行を視認できる位置関係かどうか)
- 目撃者と被害者の人間関係
- 目撃者の視力や、注視していたかどうか
嘘をつく動機がないとはいえ、電車内が混み合っているなど、位置関係によっては、痴漢があったかどうかをはっきりと見ることまでは難しいこともあります。被害者の友人などの場合、被害者の証言に引きずられてしまっていることもあります。
被疑者ないし被告人の供述
犯人自身の供述もまた、重要な証拠となります(捜査段階では「被疑者」、裁判段階では「被告人」と呼ばれます)。捜査段階で警察、検察により取調べが行われ、その調書が証拠となるほか、裁判でも当事者尋問の機会があります。
犯人自身が、罪の内容を認めることを「自白」といい、自白があることはとても強い証拠となります。自白が重要な証拠であるために捜査機関は自白するよう強く求めてきますが、痴漢をしていないのであれば否認をしつづけることが大切です。
やってないことを自白したり、自白したという調書にサインしたりすると、後から裁判でその信用性を争うのはとてもハードルの高いことです。冤罪なのであれば、自白強要に屈してはなりません。
なお、自白を過大視すると自白強要のおそれがあるため、自白しか証拠がないとき、自白だけで有罪にすることはできません(憲法38条3項、刑事訴訟法319条2項)。そのため、自白があっても、これを補強する証拠がほかに必要となります。
弁護側は、裁判になるまで痴漢の証拠を見せてもらえない
以上のような痴漢の重要な証拠には、捜査機関(警察・検察)が収集するものが多く、いずれも捜査機関が保管しています。
警察は「逮捕をするかどうか」の判断に、検察は「勾留請求するかどうか」、「起訴するかどうか」の判断に、これらの証拠を利用することができますが、一方で、弁護側では、起訴されて裁判となるまでは、痴漢の物的証拠にどのようなものがあるかを見せてもらうことができず、被害者の証言を具体的に聞かせてもらうこともできません。
特に被疑者が無罪を主張するような痴漢冤罪のケースでは、被疑者の言い分を信じるしかなく、他によりどころとなる証拠のないまま弁護活動をしなければなりません。「やってないのにどうして身柄拘束されるのか、証拠があるのか」と憤る気持ちは理解できますが、証拠が示されるのは裁判になってからです。
そのため、痴漢を疑われた人は、弁護士に対して、その記憶している事実や警察・検察からの取調べの内容について、できる限り具体的かつ詳細に伝えておくことが大切です。また、痴漢冤罪で無罪を主張するときには、弁護側からも無用な情報を与えて準備を進められてしまわないためにも、黙秘すべきだとアドバイスするケースもあります。
痴漢と疑われたとき、証拠収集が大切な理由
痴漢と疑われたとき、証拠収集が特に重要です。証拠収集の重要性は、痴漢をしてしまったときでも、実際には痴漢をしていないとき(痴漢冤罪のとき)でも同じです。
証拠収集が大切な理由について、弁護士が解説します。
痴漢をしてしまったとき
痴漢をしてしまったときは、できるだけ逮捕を回避することがまずは大切です。その上で、被害者との示談交渉をして不起訴を目指し、もしくは、仮に起訴されてしまっても執行猶予を含む軽い刑罰を目指すのが最適な弁護方針です。
証拠によって行為の態様を明らかにすることは、示談交渉を誠実に進める前提として大切です。また、痴漢したこと自体は認めるとしても、衣服の上から触ったのか、下着に手を入れたのかなど、その悪質性によって刑罰の重さが変わりますから、証拠によって証明したり、捜査機関の嫌疑に対して反論したりする必要は依然としてあります。
痴漢が冤罪のとき
まして、痴漢と疑われたけど、実際には痴漢をしていない、触ってもいないというとき、裁判で争い、無罪を勝ちとるためには、証拠がとても重要です。
捜査機関は、あなたを処罰するための証拠集めをしているのであって、無罪とするためにいるのではありません。そのため、痴漢を冤罪として争うときには、被疑者(やその弁護人)の側でも、証拠収集を積極的に行わなければなりません。
弁護側で行っておくべき証拠収集には、例えば次のようなものがあります。なお、警察や検察に比べて捜査能力や捜査権限に限界があるため、捜査機関による捜査を有効に利用することも大切です。
- 逃げずに、否認しつづける
- やりとりを録音する
- 微物検査・DNA鑑定を積極的に求める
- 自白強要には屈しない
被害者の証言だけでも有罪となる
痴漢をはじめとした性犯罪は、こっそり行われることが多いです。公共の場である電車内で行われる痴漢でも、バレないように行われるとき、証拠が十分には残っていないことはよくあります。
そのため、痴漢のケースの多くは、被害者の証言しか証拠がないことがありますが、それでもなお、有罪となってしまう例は多くあります。このとき、被害者の証言が信用できるものであるかどうか、が重要なポイントとなります。
被疑者ないし被告人の自白はそれだけでは有罪にすることができませんが、被害者の証言はそれだけでも有罪とすることができます。「痴漢といわれているだけで、証拠もないから逮捕や処罰はされないはず」と甘くみることなく、逮捕・起訴などのおそれのあるときはお早めに弁護士にご相談ください。
まとめ
今回は、痴漢の疑いをかけられた方の弁護活動に重要となる、痴漢の証拠について弁護士が解説しました。
つい出来心で痴漢をしてしまったとか、不可抗力で触れてしまったのに痴漢と疑われてしまったといったケースで、逮捕や起訴を防いだり、前科がつくことを回避したりするためには、速やかに弁護活動を開始するのが重要なポイントです。
当事務所のサポート
弁護士法人浅野総合法律事務所では、刑事事件について多数の解決実績があります。
痴漢冤罪をはじめ、刑事事件にお悩みの方、家族が逮捕されてお困りの方は、ぜひ一度、当事務所へご相談ください。
- 痴漢の証拠で重要なものには、どんなものがありますか?
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痴漢の証拠には、物的証拠と供述証拠があります。物的証拠は、繊維鑑定、DNA鑑定の結果や乗車履歴、防犯カメラ映像など、供述証拠は目的者や被害者の証言などです。もっと詳しく知りたい方は「痴漢の証拠の基本的な考え方」をご覧ください。
- 痴漢していないのに、痴漢を疑われたとき、どう証拠収集したらよいですか?
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痴漢の冤罪のときには、特に証拠収集が大切になります。その場にとどまって無実を主張した上で、繊維鑑定、DNA鑑定など、痴漢をしていないのであれば有利な結果が出るであろう鑑定を実施してもらいます。あわせて、目撃者がいる場合には、証言をとれるよう、連絡先を聞いておくようにしてください。詳しくは「痴漢と疑われたとき、証拠収集が大切な理由」をご覧ください。