2020年4月に施行された改正民法では、「債権譲渡」について定めた条項の一部が変更、新設されました。
「債権譲渡」とは、ある人に対する「債権」を、同一性を保ったまま、他の人にあげることです。債権譲渡が行われると、ある債務者に対する「債権者」が変更されることになりますが、そのときのルールは、民法(債権法)に定められています。
特に、譲渡制限特約についての規定の改正は、今までの判例法理を変更した部分もあり、とても重要です。。
今回は、債権譲渡についての民法改正による変更点と、譲渡制限特約に関するテーマを中心に、企業法務にくわしい弁護士が解説します。
そもそも「債権譲渡」とは?
「債権譲渡」とは、ある債権者が、債務者に対し、契約にもとづいて有している債権を、その同一性を変えないで譲受人に移転し、譲受人の債権とすることをいいます。
「債権譲渡自由の原則」により、債権者にとって、自分の債権を他の人に譲渡したり、お金に換えたりすることは自由なのが原則です。
これに対して、「譲渡制限特約」とは、「債権の譲渡を禁止し、または制限する旨の意思表示」(民法466条2項)のことです。平たく言えば、債権者と債務者との間で、債権譲渡を制限するという特約を結ぶことです。
「債権譲渡自由の原則」に対して、その例外となるのが「譲渡制限特約」です。譲渡制限特約のメリットとしては、事務処理面での煩雑化や、過誤払いなどが回避できることが挙げられます。
「債権譲渡」に関する民法改正の内容
「債権譲渡」と「譲渡制限特約」について、基本的な考え方をご理解して頂いたところで、さっそく、「債権譲渡」に関する民法改正の具体的な内容について、特に契約書チェックで気を付けておかなければならないポイントを解説します。
改正前の民法では、「債権は原則として譲渡が有効である」ことを前提としながら、譲渡制限特約があるときは、これに違反しておこなわれた債権譲渡は、譲受人が特約の存在につき悪意(知っていること)または重過失(知らないことに関して重大な過失があること)の場合には、無効とされていました。
しかし、改正後の民法では、この取扱いを改めて、「債権の譲渡を禁止し、または制限する旨の意思表示」に反する債権譲渡も有効であるとしました。そして、債務者は、譲渡制限特約について悪意または重過失の譲受人その他の第三者に対しては、債務の履行を拒むことができ、かつ、譲渡人に対する弁済その他の債務の消滅事由をもって当該第三者に対抗できるとしました。
改正後の民法の、「債権譲渡」と「譲渡制限特約」についての条文は、次のとおりです。
民法466条(債権の譲渡性)
1. 債権は、譲り渡すことができる。ただし、その性質がこれを許さないときは、この限りでない。
2. 当事者が債権の譲渡を禁止し、又は制限する旨の意思表示(以下「譲渡制限の意思表示」という。)をしたときであっても、債権の譲渡は、その効力を妨げられない。
3. 前項に規定する場合には、譲渡制限の意思表示がされたことを知り、又は重大な過失によって知らなかった譲受人その他の第三者に対しては、債務者は、その債務の履行を拒むことができ、かつ、譲渡人に対する弁済その他の債務を消滅させる事由をもってその第三者に対抗することができる。
4. 前項の規定は、債務者が債務を履行しない場合において、同項に規定する第三者が相当の期間を定めて譲渡人への履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、その債務者については、適用しない。
民法(e-Gov法令検索)
以上をまとめると、改正前の民法では、譲受人が悪意または重過失ならば、債権譲渡自体が無効となるのに対し、改正後の民法では、債権譲渡自体は有効、譲受人が悪意または重過失ならば、債務者は、履行を拒絶でき、譲渡人に対する弁済等を対抗できます。
以下では、債権譲渡および譲渡制限特約に関する改正規定を具体的に見ていきましょう。
- 民法466条1項
本条1項は、改正前の民法466条1項と同文であり、債権譲渡自由の原則と、一身専属権などの性質上譲渡ができない例外について規定しました。 - 民法466条2項
先ほど解説したとおり、同項は、譲渡制限特約付きの債権譲渡も有効とした規定です。この条項は、改正民法における債権譲渡制度を理解する上で重要な規定となります。 - 民法466条3項
同項は、悪意又は重過失がある譲受人と債務者の関係を規律した規定です。この規定も、前項と同様に改正のポイントとなる規定です。 - 民法466条4項
譲受人は、債務者に対して譲渡人への履行を、相当期間を定めて催告することができ、その期間内に履行がない場合には、改めて譲受人が債務者に対して直接、譲受人自身に対する履行を請求できます。これは、債務者が譲渡人・譲受人の双方から履行請求を拒否できることは不当であるとの趣旨から設けられた規定です。
「債権譲渡」に関する民法改正の実務上の影響は?
今回の「債権譲渡」と「譲渡制限特約」についての民法改正によって、債務者と譲受人、債務者と譲渡人との関係において実務上大きな影響が出ることが予想されます。
そこで、以下では、各当事者間の法律関係をまとめて、各当事者ごとの立場から、民法改正の実務上の影響や対応方法について、弁護士が解説します。
債務者と、悪意・重過失の譲受人の関係
1つ目のケースは、債権の譲受人に「譲渡制限特約」があることについての悪意または重過失がある場合(譲渡が禁止されていることを知っているか、知らないことに重大な過失がある場合)の、債務者と、債権の譲受人との関係についてです。
このとき、債務者は、悪意または重過失ある譲受人に対して履行を拒むことができますし、拒んだとしても履行遅滞に陥ることもありません。「譲渡制限特約」について知りながら違反した譲受人を保護する必要性は低いと考えられるからです。
ただし、債務者は、悪意・重過失の譲受人に対して、債務の履行を拒むことが「できる」にすぎませんので、悪意・重過失の譲受人であっても、債務者が譲受人に任意に弁済を行う場合にはその弁済を受領することができます。
債務者が、任意の弁済を拒絶するときには、悪意・重過失の譲受人は、債務者に対して、直接、譲受人自身への履行を請求することはできません。
譲受人が悪意・重過失の場合の債務者と譲渡人の関係
次に2つ目のケースは、債権の譲受人が悪意または重過失のあるとき(譲渡が禁止されていることを知っているか、知らないことに重大な過失がある場合)の、債務者と、債権の譲渡人との関係についてです。
債権の譲渡人は、すでに債権を譲渡してしまった以上、債務者に対して積極的に譲渡人自身への履行を請求することはできません。
もっとも、改正民法466条3項が「譲渡人に対する弁済」をもって債務者が悪意・重過失の譲受人に対抗できるとしていることの裏返しとして、譲受人が悪意・重過失の場合、譲渡人は、債務者が任意に弁済を行う場合にはその弁済を受領することができます。
弁済を受けた譲渡人と悪意・重過失の譲受人の関係
最後に3つ目のケースは、「譲渡制限特約」について悪意または重過失のある譲受人と、弁済を受けた譲渡人との関係についてです。
譲受人が「譲渡制限特約」を知っていたり、知らないことに重過失がある場合であっても、債務者が譲渡人に任意に弁済を行った場合、譲受人は、譲渡人に対して弁済金相当額の引渡しを求めることができます。
「異議をとどめない承諾」についての改正(規定の削除)
改正前の民法では、債務者が異議をとどめない承諾(債務者が債権譲渡について承諾すること)をしたときは、譲渡人に主張できた事由(抗弁)を譲受人に対しては主張できなくなるという考え方がとられていました。これを、法律用語で「異議をとどめない承諾」による「抗弁の切断」と呼びます。
「抗弁」というのは、債務者が、債権者の請求に対して主張できる事由のことです。例えば、弁済の抗弁(債務が既に弁済済みという主張)、相殺の抗弁(債権者に対して相殺可能な反対債権があるという主張)などがあります。
しかし、改正民法では、この「抗弁の切断」ルールは廃止されました。「債務者が承諾したというだけで喪失を予定していない抗弁まで主張できなくなってしまう危険があり、債務者保護に欠ける」というのが、改正のおもな理由です。
「抗弁の切断」についてのルールは廃止されたものの、債務者が債権譲渡のときに抗弁を放棄することは妨げられず、その有効性については意思表示の一般規定(錯誤、詐欺等)に委ねられることになりました。そのため、三者間で後日の紛争を防止するために、抗弁の内容を特定した上で、合意書等を作成することも有効な方法です。
「将来債権の譲渡」についての明文化
「将来債権の譲渡」とは、将来発生予定である債権を有する者が、その債権を譲受人に譲渡することをいいます。
改正前の民法では、「将来債権の譲渡」についての規定はありませんでしたが、判例(最高裁平成19年2月15日判決)は、将来債権を譲渡するという契約が有効であることを認めていました。
したがって、改正民法では、将来債権の譲渡が有効であることおよび将来債権譲渡についても対抗要件具備が可能であることを明文化されました(民法466条の6第1項、第2項、467条1項)。
まとめ
今回は、債権譲渡・譲渡制限特約に関する改正点を中心に弁護士が解説しました。
改正のポイントとしては、譲渡制限特約に関する従来の判例・実務における基本的な考え方が大きく変わりました。解説しましたように当事者相互間において主張できる内容も従来の民法とは変わる部分があります。
加えて、抗弁の放棄との関係で、合意書を作成する必要性が高まりました。
当事務所のサポート
弁護士法人浅野総合法律事務所では、企業法務の分野を得意として、契約法務について豊富な経験があります。
弁護士に相談をして、書面の作成やチェックをし、後の紛争をあらかじめ回避することが重要です。