交通事故の被害者となってしまったとき、特によく生じる症状が「むちうち」です。事故でむちうちになってしまったとき、後遺障害の認定を受けることができれば、後遺障害慰謝料を請求できます。
しかし、むちうちは、痛みやシビレなど、体に不調が残ってしまっていても、それが検査結果などにはあらわれづらい性質があります。このように「むちうちで痛いのに、検査結果に出ない」ことを、「他覚所見がない」といいます。
他覚所見のないむちうちでは、痛みがつづくにもかかわらず後遺障害等級の認定を受けられず、納得のいかない結論となるおそれがあります。首や腰などに不調が残ってしまったとき後悔しないためにも、事故直後からの対応が重要なポイントです。
今回は、他覚所見のないむちうちで、適切な慰謝料をもらうための方法について、交通事故被害にくわしい弁護士が解説します。
- 他覚所見のないむちうちは、治療費のストップや、後遺障害認定がとれないなどのリスクあり
- 他覚所見のないむちうちでも十分な被害回復を得るには、事故直後からの検査が大切
- 他覚所見のないむちうちで後遺障害等級の認定を受けるには、医師の協力が必須
なお、交通事故被害にあい、後遺障害慰謝料を請求したい方に向けた知識は、次のまとめ解説をご覧ください。
まとめ 交通事故の後遺症で、後遺障害慰謝料を請求するための全知識
他覚所見のないむちうちとは
ます、交通事故でよく起こる「他覚所見のないむちうち」とはどのような意味か、どのような法律問題が生じてしまうのかといった、むちうちに関する基礎的な法律知識について解説します。
むちうちとは
むちうちとは、交通事故によって首や腰に痛みが出る症状の通称です。むちうちは正式な医学用語ではなく、診断名としては、患部が首であれば「頸椎捻挫」、「頸椎挫傷」、患部が腰であれば「腰椎捻挫」、「腰椎挫傷」と診断されます。
交通事故の被害にあうと、事故の瞬間に、首や腰に不自然な力が加わり、ムチのようにしなることがこの症状の原因となることから、一般に「むちうち」と呼ばれます。
むちうちは、交通事故被害によって生じる症状のなかでもっとも多く、交通事故被害者の約半数がむちうちに悩まされています。しかし、むちうちは、症状が目に見えづらいため、交通事故で起こる症状のなかでも軽視されがちです。被害者側としては「詐病」を疑われたように感じ、「本当に痛いのになぜわかってもらえないのか」とお怒りになる方が多いです。
他覚所見のないむちうちが、法的問題となる理由
被害者自身が痛みを感じることを自覚所見(自覚症状)というのに対し、検査結果にあらわれるなど医師が客観的に判断可能な症状のことを他覚所見(他覚症状)といいます。
むちうちが、交通事故裁判などでよく争いとなる理由は、被害者が痛みやシビレなどの自覚症状を訴えているにもかかわらず、これを裏付けるレントゲンやMRIなど画像診断における他覚所見を確認できないケースが多いためです。裁判所の審理は証拠が重視されるため、医学的証拠に症状があらわれていないと、裁判では症状を認めてもらえないおそれがあります。
同じく、保険会社からも軽視され、治療費を早めに打ち切りされてしまったり、ごく低額な慰謝料しか提示されなかったりして争いになるケースが、むちうち事例には多くあります。
他覚所見の有無により、法的にどのような違いがあるか
交通事故によるむちうちの法律問題を考えるとき、「他覚所見があるかどうか」によって、被害者側にとっては次のような大きな違いがあります。いずれの点も、被害者にとっては受け取れる賠償額が減額されるデメリットにつながります。
治療費が早期に打ち切られてしまう
むちうちは、あなたにとっては大きな症状でも、第三者(特に加害者やその保険会社)からは軽視され、ときには「詐病」と疑われてしまうおそれがあります。
交通事故で、加害者の責任が明らかなときには、加害者側の保険会社が、治療費を立替払いしてくれるのが通常です。しかし、他覚所見のないむちうちだと、その症状がつづいていることが客観的に明らかでないため、立替払いされる治療費を、早期に打ち切られてしまうケースが少なくありません。
入通院慰謝料が減額される
入通院慰謝料は、交通事故による傷害で入院・通院を要したことによる精神的苦痛に対して払われる慰謝料です。「傷害慰謝料」と呼ぶこともあります。
入通院慰謝料の算定基準は、いわゆる「赤い本」(正式名称:「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準」日弁連交通事故センター東京支部)の表で定められています。他の傷害による入通院では「別表Ⅰ」を用いるのに対し、他覚所見のないむちうちでは「別表Ⅱ」を用いて算出します(別表Ⅱは、別表Ⅱと比較して3分の2程度の金額となっており、他覚所見のないむちうちでは、入通院慰謝料の目安が3分の2程度に抑えられてしまいます)。
また、他覚所見のないむちうちでは、症状が客観的に明らかでないため、治療の必要性を証明しづらく、入通院期間が短くなったり、通院頻度が少なくなったりすることがあります。入通院慰謝料は、その期間によって決まるため、このこともまた他覚所見のないむちうちの入通院慰謝料を低める原因となります。
後遺障害慰謝料が減額される
他覚所見のないむちうちでは、後遺障害等級の認定が「局部に頑固な神経症状を残すもの」(12級13号)ではなく「局部に神経症状を残すもの」(14級9号)しか認められないケースが多いです。もしくは、等級認定が認められず、後遺障害とならないこともあります。
後遺障害等級が高いほど得られる慰謝料、逸失利益は増額されるため、低い等級しか認定されないと、後遺障害慰謝料、後遺障害の逸失利益が低額となってしまいます。
後遺障害逸失利益が減額される
後遺障害逸失利益とは、後遺症によって労働能力が喪失して、将来の収入が下がる可能性のある分の賠償請求です。後遺障害逸失利益もまた、前章で解説のとおり、認定される後遺障害等級が低いほど、低額になります。さらに、他覚所見のないむちうちでは、時間の経過とともに症状に慣れると想定されており、労働能力が失われる期間の上限を、5年程度に限定するのが実務です。
そのため、他の症状と異なり、働ける期間分すべての逸失利益の賠償を求めることができず、得られる後遺障害逸失利益の金額が減額されてしまいます。
他覚所見のないむちうちで、十分な被害回復を得るためのポイント
最後に、他覚所見のないむちうちで、十分な被害回復を得るために行っておくべき準備や対処法について解説します。
他覚所見のないむちうちは、客観的に症状が明らかでないことを理由に軽視されがちですが、痛みやシビレなどの自覚症状にしたがって適切な治療を継続し、できるだけ高い後遺障害等級認定を得る努力をするのが、加害者に請求する金額を増額するためのポイントです。
医師の意見に従った治療を継続する
第1のポイントは、適切な治療を継続することです。
むちうちの治療で重要なのは、医師の意見を聞き、医学的に治療の必要があることを明らかにしながら治療を継続することです。医師の指示する頻度で通院せず、途中でやめてしまったり、多忙をいいわけに頻度を下げてしまったりすると、他覚所見がないだけに「症状がないのではないか」と疑われ、後遺障害等級の認定を得づらくなります。
仮に保険会社から治療費の立替払いを打ち切られても、医師が治療の必要性を認めるうちは治療を継続することが、将来獲得できる賠償額を上げることにつながります。立替払いされなかった治療費も、加害者の責任を裁判などで認めてもらえれば、すべて支払ってもらえます。
医療の専門的判断や治療は、医師(整形外科など)の専門領域とされており、症状の緩和を目的とした整骨院とは区別する必要があります。他覚所見のないむちうちで、整骨院に通うことはありますが、「継続的に治療していた」と主張するためにも整形外科の治療を中止してはなりません。
事故直後からの症状の連続性を主張する
第2のポイントは、事故直後から一貫して、連続性のある症状を主張し続けることです。
他覚所見のないむちうちでは、あなたの主張する自覚症状もまた、後遺障害等級認定などの判断の参考になります。このとき、痛みやシビレが続いているという自覚症状を信用してもらうためには、治療が継続して行われ、その間、症状が矛盾なく連続していることが大切です。
このことは、治療や検査の記録を、正確に医療記録に残して証拠化ため、医師に対して、正確に症状を伝えなければなりません。「一旦消えた痛みがぶり返した」、「事故態様からして不自然な箇所に痛みが生じている」といった主張は信用されず、後遺障害が認められないおそれがあります。
むちうちに適した検査手法を活用する
第3のポイントは、むちうちに適した検査手法を活用することです。
むちうちでよく利用される検査手法は、レントゲン、MRI、CTです。これらの手法は画像診断といってレントゲンやCTでは主に骨の異常、MRIでは軟部組織(靭帯・脊髄・神経根など)の異常を画像により検知できます。
しかし、他覚所見のないむちうちでは、画像では特に異常がなくても痛みやシビレが消えないことも少なくありません。このようなとき、画像診断のみにこだわることなく、他の検査手法を組み合わせて活用することで、被害を客観的に明らかにすることができます。
むちうちに適した、画像診断以外の検査手法には次のものがあります。
- スパーリングテスト・ジャクソンテスト
医師の指示に従って患部を動かすことで、痛みやシビレが生じているかを確認する検査手法。
被害者の主観を完全に排除できないが、他の証拠と組み合わせ、一定の証明力が認められる。 - 筋萎縮テスト
患部周辺の筋萎縮の程度から、むちうちの症状の有無を調べる検査手法。
痛みやシビレを回避するために不自然な動きをし、周辺の筋肉が萎縮することがあるため、自覚症状のある箇所とその他の箇所の筋萎縮を比較することで、症状の有無を検査できる。被害者の主観が入りづらいため、裁判所でも一定の証明力が認められる。
事故態様の程度が大きいことを証明する
第4のポイントは、事故態様の程度が大きいことを証明することです。そのためには、証拠の準備が大切です。
事故態様の程度が大きいほど、むちうちをはじめとした「人身傷害を負っても当然だ」といえます。逆に、軽微な事故だと、むちうちの被害を負うのは不自然ではないかと疑われてしまう可能性があります。
他覚所見のないむちうちのときには、事故態様と症状が整合していなければ、後遺障害等級の認定を得られません。そのため、むちうちになっても当然なほどのひどい事故態様であり、かつ、損傷の部位や程度と整合のとれた事故であることを証明するため、客観的証拠を残しておくのが重要なポイントです。
まとめ
今回は、交通事故被害のなかで、特に紛争化しやすい「他覚所見のないむちうち」の問題で、できるだけ高額な慰謝料を勝ちとるために知っておきたいポイントを弁護士が解説しました。
できるだけ多くの慰謝料を請求するためのポイントは、事故態様、事故状況、被害の程度や症状などによってもケースバイケースですが、交通事故被害を有利に解決するためには、交通事故直後の対応が重要なポイントです。
他覚所見のないむちうちで、後遺障害等級認定を受け、後遺障害慰謝料を請求するためには、事故直後からの継続的な努力が欠かせません。
当事務所のサポート
弁護士法人浅野総合法律事務所では、交通事故のトラブルについて、多数の相談実績があります。もちろん、むちうちのケースでも当事務所のアドバイスによって後遺障害等級の認定を勝ちとった例が多くあります。
交通事故被害にお悩みの方は、ぜひ一度当事務所へご相談ください。
むちうちのよくある質問
- 他覚所見のないむちうちとはどのようなものですか?
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交通事故で生じるむちうち症状のうち、痛みやシビレなどの自覚症状がつづくのに、CT・MRI・レントゲンなどの画像診断にその証拠があらわれないのが、他覚所見のないむちうちです。裁判では証拠が重視されるため、十分な準備をしなければ、請求できる損害額が減ってしまうおそれがあります。詳しくは「他覚所見のないむちうちとは」をご覧ください。
- 他覚所見のないむちうちで、慰謝料を増額する方法はありますか?
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他覚所見のないむちうちでも、後遺障害等級の認定を勝ちとり、十分な慰謝料をもらうためには、画像診断以外の証拠を準備するのがポイントです。自覚症状が、事故直後から連続していることが必要なため、証拠については事故直後から集めておくのが大切です。もっと詳しく知りたい方は「他覚所見のないむちうちで、十分な被害回復を得るためのポイント」をご覧ください。