民法が120年ぶりの大改正を迎えています。今回の改正は、2020年4月1日に施行され、同日以降に締結される契約に適用されます。
この民法改正は、債権法(契約法)に関する改正ですが、企業経営における改正の影響は、取引先など社外との契約だけでなく、社内の契約、つまり、社員との雇用契約(労働契約)の内容にも及びます。そのため、人事労務分野でも、改正民法への対応が必須となります。
今回は、改正民法で変更された「保証」のルールの影響を受ける、「身元保証書」に関する対応について、企業法務にくわしい弁護士が解説します。
改正民法の身元保証への影響
はじめに「身元保証」とはどのような性質なのか、そして、民法改正がどのように影響するのかを解説します。
2020年4月1日施行の改正民法のうち、「保証」についての改正内容の趣旨は、主に「保証人の保護」です。安易な考えで連帯保証人となり、重い責任を負わされて破産せざるをえなくなってしまったなど、保証をめぐる法律問題が個人を苦しめてきたことが、その理由となっています。
「身元保証」もまた「保証」の一種です。「保証人の保護」という法改正の理由は、「身元保証」にかならずしもあてはまるわけではありませんが、人を雇用する企業としては、民法改正に沿った「身元保証書」の書式を準備しなければなりません。
身元保証とは
身元保証とは、企業が社員を雇用するときに、万が一その社員が会社に損害を与えてしまったときには、その損失の補償をしてもらうための契約です。身元保証人は、親や兄弟などの親族が選ばれるのが通常です。
このような性質の身元保証ですが、そもそも、会社と社員という上下関係があるなかで、会社が負った損失をすべて社員に責任転嫁するのは問題があります。逆を考えていただくと、会社が得た利益をすべて社員に還元するわけではない以上、損失もまた公平に分担しなければなりません。
そして、社員が一定の責任を負うときでも、その責任を無条件かつ無限定に身元保証人に負わせるとすれば、不当に重い責任ともなりかねません。そのため、身元保証人の責任には、従来から「身元保証二関スル法律」(いわゆる「身元保証法」)によって一定の制限が加えられていました。
「身元保証二関スル法律」の内容
身元保証人となった場合に、その責任に一切の制約がないと、本人である社員が会社に雇用されて働きつづけるかぎり、いつ、どんな損害が生じたとしても責任を負うこととなってしまい、不安定な立場に置かれてしまいます。無制限の責任を負担する立場だとすると、そもそも身元保証人になってくれる人自体を確保できないおそれもあります。
そこで、「身元保証二関スル法律」によって、責任の制限を定め、身元保証人のリスクを法律によって明らかにしています。この法律の趣旨からして「身元保証二関スル法律」に違反する身元保証書は、たとえ労働者本人の同意があっても無効です。
「身元保証二関スル法律」に定められた身元保証に関するルールは、主に次のとおりです。
- 身元保証人の保証期間は原則として3年とする
- 身元保証人の保証期間を合意によって定める場合には5年を上限とする
- 5年以上の期間を定めたとしてもその期間は5年に短縮される
- 身元保証契約は更新することができるが、更新後の期間の上限も5年となる
- 身元保証人の保証額は、裁判所において、使用者の当該従業員への監督状況や、身元保証人の契約締結の経緯など、さまざまな事情を総合的に考慮して判断される
民法改正前の身元保証契約
身元保証書は、入社時の必要書類としては、ごく一般的なものであり、社員から取得している会社が多いのではないでしょうか。とはいえ、実際に、身元保証書にもとづく責任追及をしたことがある会社はそれほど多くはありません。
民法改正前の身元保証契約では、「身元保証二関スル法律」による制限があるとはいえ、損害の上限額などは明示されておらず、どれほど高額な請求をしたとしても、最終的には裁判所で争うこととなっていました。
しかし、身元保証人の保護が十分ではなく、そのことから、むしろ、身元保証契約自体が形骸化してしまっていました。身元保証書を取り付けても、「親に知られると困るから気を付けよう」といった程度の、道徳的に社員の行為をしばるくらいの意味しか持たないものとなっていました。
民法改正後の身元保証契約
2020年4月1日に施行された民法改正により、民法の債権法(契約法)について、歴史的な大改正がなされました。そのなかで、身元保証契約にかかわるものとして「個人根保証については、極度額(上限額)を定めなければならない」という改正があります。
「根保証」とは、ある金額に対して保証をするのではなく、一定の範囲に属する不特定の債務を包括的に保証する契約のことです。身元保証契約は、雇用関係から発生する将来の損害賠償責任などを包括的に保証するものであり、まさにこの「個人根保証」の典型例ですから、この改正が適用されます。
民法改正で追加された条項は、次のとおりです。
民法456条の2(個人根保証契約の保証人の責任等)
1. 一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約(以下「根保証契約」という。)であって保証人が法人でないもの(以下「個人根保証契約」という。)の保証人は、主たる債務の元本、主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他の債務に従たるすべての者及びその保証債務について約定された違約金又は損害賠償の額について、その全部に係る極度額を限度として、その履行をする責任を負う。
2. 個人根保証契約は、前項に規定する極度額を定めなければ、その効力を生じない。
この民法の条項からもわかるとおり、個人の根保証契約について、極度額(上限額)を定めておかなければ、その契約自体が無効となります。
したがって、身元保証契約についても、身元保証契約書に極度額(上限額)を定めておかなければ無効となります。
身元保証書を見直すポイントと書式例【民法改正対応】
次に、2020年4月施行の民法で、保証について大幅な改正がされたことに関連して、民法改正に対応した身元保証書の書式例と、見直しのポイントを解説します。
法改正に対応しなければ無効となってしまう身元保証書ですが、社員を雇用する際には、かならず必ず取得しておくのがおすすめです。
ここまで解説してきたとおり、身元保証書は、「親などの親族に連帯して損害賠償権を保証してもらう」という実質的な意味では形骸化していますが、「親に知られると困るから、会社に損害を与える不用意な行為はしない」という牽制としての意味を持っているからです。
身元保証書に上限額(極度額)を必ず記載する
さきほど解説をしたとおり、2020年4月1日より施行される民法改正において、個人根保証契約では、保証の上限額(極度額)を記載しなければ無効となることと定められました。
そのため、2020年4月1日以降に取得する身元保証書では、身元保証人が賠償責任を負うこととなったときの上限額(極度額)を記載しておかなければなりません。そして、上限額(極度額)が記載されていなければ、身元保証契約それ自体が無効となります。
このため、今回の民法改正に当たって準備する身元保証書には、上限額を記載する欄を設けておくと安心です。
民法改正に対応した身元保証書【書式・ひな形】
そこで、次に、新しく準備すべき身元保証書の書式・ひな形をご紹介します。
2020年4月1日以降に取得する身元保証書の書式・ひな形の例は、次のとおりです。
本人氏名 ○○○○
現住所 ○○県○○市○○町△―△―△
生年月日 ○○年○○月○○日
上記の者が、この度貴社に入社するにあたり、今後本人の身元は勿論、その雇用契約より生ずる一切の義務に対して、本人と連帯して保証の責めに任じ、本人の故意、過失により貴社の被った損害を賠償する旨を確約いたします。その際、お支払いすることとなる賠償の上限額は金〇〇円といたします。なお、催告の抗弁権を放棄いたします。
保証期間は、20XX年XX月XX日から20XX年XX月XX日までのX年間とし、期間満了のXヶ月前までに書面をもって更新しない旨の申し出をしなかった場合は、満了日の翌日から引き続きX年間同一条件にて更新することを了承します。
20XX年XX月XX日
〇〇会社
代表取締役 〇〇〇〇 殿
身元保証人 ○○○○ 印
(本人との続柄: )
現住所 ○○県○○市○○町△―△―△
生年月日 ○○年○○月○○日
TEL XX-XXXX-XXXX
上記の身元保証書の記載例のうち、今回の民法改正で重要なのは、保証の上限額(極度額)を記載している部分です。この一部がなければ、身元保証書自体が無効となりますので、かならず記載をするようにします。
その他の部分については、民法改正前に使用していた書式・ひな形がある場合には、そのまま変更せずに利用してかまいません。ただし、「身元保証二関スル法律」にしたがい、5年以内の期限を設定しているかどうか、注意が必要です。
なお、改正民法は、2020年4月1日以降に締結された契約についてのみ適用されますので、これ以前に取得した身元保証書を変更したり、再度取りつけたりする必要はありません。
上限額(極度額)の決め方
改正民法に対応した身元引受書を作成するときに、注意しておかなければならないポイントは、「身元保証書に定める保証の上限額(極度額)をいくらに設定したらよいのか」という点です。
会社側としては、上限額(極度額)が高ければ高いほど安心かと思います。しかし、高額すぎる保証を設定すると、そもそも身元保証をする人を探すのが困難となってしまいます。さらには、高額すぎる保証は「公の秩序又は善良な風俗に反する法律行為」(民法90条)に該当して、身元保証書自体が無効となるおそれもあります。
一方で、少額すぎる保証を定めると、従業員の悪質な行為により会社が多大な損害を被ったケースで、身元保証人からの賠償だけではその損害を十分に補填できなくなります。
民法改正以前の裁判例では、身元保証人の保証額が争われた際には、会社の社員に対する監督状況、身元保証書の締結の経緯など、さまざまな事情が総合的に考慮されてきました。これを参考にすると、民法改正後の保証の上限額(極度額)の決め方は、次の2点を参考に決めることが重要です。
- 身元保証人があらかじめ予見することができ、納得のできる合理的な金額であるかどうか
- 会社側(企業側)のリスクマネジメントの観点から、実効性のある最低限度の金額であるかどうか
まず、身元保証書の上限額(極度額)について身元保証人となる予定の人から説明を求められたとき、どんな理由でその上限額になっているのか、きちんと理由を説明できる金額とするのが大切です。この際の説明からして、業種・業態や企業規模、担当させる業務や役職などによって、適切な上限額は変わります。
次に、会社の規模や事業形態からみて、将来的にどういった損害が予測されるかを検討します。この際、自社における過去の事例で、従業員に対して損害賠償をおこなったケースを類型化して分析すると、適切な上限額をより明確に知ることができます。
身元保証人の制度自体を廃止する
以上のとおり、民法改正に対応するためには身元保証書に上限額(極度額)を記載しなければならず、かつ、その上限額(極度額)として適切な金額がどの程度であるかをあわせて検討しなければなりません。この点で、さまざまな見直しや修正が必要です。
そこで、会社側(企業側)としては、いっそのこと見直しの手間を省くため、身元保証人の制度自体を廃止することも検討に値します。
そもそも、身元保証人の制度は法律上の義務ではなく、社員が提出を拒否したとしても、強制することはできません。慣例化、形式化しており、実際には大きな意味をもたないものとなっている会社では、民法改正をきっかけとして、今後は身元保証人を求めないこととする手もあります。
一方で、身元保証人には、「親などの親族に知られるのは困るから、会社に迷惑をかける行為はしない」というけん制の効果は一定程度ありましたから、身元保証書をとらないことを選択するのであれば、この機能を代替する手段が、会社側(企業側)としては必要となってきます。
その場合の考え得る手として、従業員自身の「誓約書」を取得するとともに、「緊急連絡先」として、これまで身元保証人となることが考えられた親や家族などの連絡先を確保しておくのがおすすめです。
まとめ
今回は、企業にとって採用時に取り交わすことが慣例化している「身元保証書」に基づく身元保証契約について、2020年4月1日に施行された改正民法を踏まえ、どのように変更したらよいのか、対応のポイントを解説しました。
「万が一のとき役に立つかもしれない」「顧問弁護士に言われてなんとなく」と、これまで深く考えずに身元保証書への署名を求めている会社も多かったのではないでしょうか。しかし、民法改正により、これまでの書式・ひな形は不十分となります。
当事務所のサポート
弁護士法人浅野総合法律事務所では、企業の人事労務に精通し、豊富な解決実績を有しています。
民法改正にともない、改正法に適合する身元保証書の書式・ひな形を提供し、企業の人事労務を適正化するサポートをおこなうことが可能です。ぜひ一度、当事務所へご相談ください。