交通事故トラブルでは、被害者から、慰謝料をはじめとした損害賠償を請求するのが通常の流れです。
しかし、交通事故の加害者から、逆に訴訟を起こされることがあります。これが、債務不存在確認訴訟です。債務不存在確認訴訟は、被害者が請求する前に、あらかじめ、慰謝料をはじめとした損害賠償の義務がないことを加害者側で確認を求める裁判です。
自分が被害者なのにもかかわらず訴えられてしまい、突然でびっくりしてしまうかもしれません。あまりの理不尽さに、加害者の保険会社に怒りをぶつける方もいますが、起こされた裁判手続きにはしっかり対応する必要があります。交通事故の裁判という点では請求訴訟と同じですが、債務不存在確認訴訟には特有の注意点もあります。
今回は、債務不存在確認訴訟を起こされたときの対応方法について、交通事故に詳しい弁護士が解説します。
- 債務不存在確認訴訟は、請求訴訟とは逆に、交通事故の加害者から起こされる裁判のこと
- 債務不存在確認訴訟は、加害者がタイミングを決めるため、被害者に不利となってしまうことがある
- 債務不存在確認訴訟を起こされても主張をあきらめることなく、治療は継続する
債務不存在確認訴訟とは
債務不存在確認訴訟は、その名のとおり「債務が存在しないことを確認する」という判決を求める訴訟です。交通事故では、加害者から「交通事故で賠償すべき損害がないことの確認を求める」という形で、債務不存在確認訴訟が提起されます。
交通事故の裁判では、被害者が加害者に対して、治療費、休業損害、後遺障害慰謝料、後遺障害逸失利益などの損害を請求するのが通常です。そのため、加害者から逆に裁判を起こされてしまうとさぞ驚くでしょう。
しかし、裁判する権利は、国民全員に与えられており、請求する側から起こす裁判(請求訴訟)はもちろんですが、債務を負担する側から起こす裁判(債務不存在確認訴訟)も、法的に認められた訴訟類型の1つなのです。そのため、交通事故の被害者といえども、訴訟を起こされてしまったときには、適切な対応方法を知る必要があります。
債務不存在確認訴訟は、加害者が「損害を賠償する責任が一切ない」と主張するケースだけでなく、一定の責任は認める(が、それ以上の債務は存在しない)と主張するときにも起こすことができます。このとき「一定の金額は負担するが、それ以上の債務は存在しない」ことの確認を求めるという形になります。
被害者からの請求訴訟とは異なる点
交通事故についての債務不存在確認訴訟では、その争点などの多くは、被害者からの請求訴訟と共通です。
例えば、次の点は、被害者からの請求訴訟と変わりません。
- 「被害者の加害者に対する損害賠償請求が認められるかどうか」が争点となる
- 裁判で損害賠償請求を認めてもらうためには証拠による立証が必要
- 損害賠償請求についての立証責任は、被害者側が負担する
しかし、加害者から起こす債務不存在確認では、被害者が起こす請求訴訟とは異なる特有の問題点があります。以下でわかりやすく説明します。
なお、債務不存在確認では、交通事故の被害者が「被告」、加害者が「原告」と呼ばれ、請求訴訟とは逆になりますが、このことは責任の有無に関係するわけではありません。
治療が継続中で、損害が確定していない
1つ目のポイントは、債務不存在確認訴訟が起こされるとき、被害者がまだ治療中なケースがほとんどだという点です。入院・通院しながら裁判するのは、被害者にとっては大きな負担です。
債務不存在確認訴訟は、加害者が「もうこれ以上の治療は不要なはずだ」と主張して起こされます。「治療の必要がない」というのは、「完治した」という意味ではなく「これ以上治療しても改善しない」(症状固定)という意味です。
症状固定をできるだけ早めると、加害者には次のメリットがあります。
- 症状固定後は、治療費・休業損害を請求できない
- 症状固定が早く、治療期間が短いと、入通院慰謝料が低額となる
- 後遺障害等級の認定が受けづらく、後遺障害慰謝料・後遺障害の逸失利益が認められづらくなる
そのため、債務不存在確認を起こされた被害者は、まずは治療の必要性があると積極的に主張すべきです。このときにすべき被害者の主張としては、「今後も治療費がかかり、症状固定後には後遺障害慰謝料、後遺障害の逸失利益などの損害が生じるため、まだ損害は確定していない」と主張することになります。
被害者が起こす請求訴訟は、損害が確定してから訴えるのはもちろんなのですが、加害者による債務不存在確認訴訟は、損害の確定を待たずに起こされてしまうのです。
示談交渉が十分になされていない
2つ目のポイントは、示談交渉が十分になされていないという点です。
交通事故被害者による請求訴訟は、事前に示談交渉して、合意できないときに起こします。これに対して、債務不存在確認訴訟のタイミングは加害者が決めるため、請求訴訟よりも早めに起こされるケースが多いです。そのため、示談交渉が十分になされていないことがあります。
交通事故の損害額は、過去の裁判例をもとにいわゆる「赤い本」(正式名称:「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準」日弁連交通事故センター東京支部)を相場に決めるのが実務であり、十分な示談交渉をしておけば、訴訟することにはある程度争点を限定することができます。
しかし、十分な示談交渉がなされていない債務不存在確認訴訟のケースでは、裁判で決めなければならない争点が多く積み残されていて、争いが長期化するおそれがあります。
債務不存在確認訴訟を起こされる原因と理由
交通事故被害にあってしまったのに、加害者側から債務不存在確認訴訟を起こされてしまうには原因と理由があります。原因と理由を知ることで、債務不存在確認訴訟を起こされてしまう事態をできるだけ回避できます。
以下では、債務不存在確認訴訟を起こされてしまう被害者側の原因と、加害者側の理由にわけて解説します。
被害者側の原因
被害者側の原因・理由は、被害者が法律知識を知らないことや、被害感情が大きすぎることから来ています。
当事者間の主張に大きな開きがあると、争いが激化してしまいがちです。そのようなとき、交渉で強引に解決しようとするのではなく、症状固定を待って、被害者から請求訴訟を起こすほうが、被害者にとって有利な解決になりやすいです。
債務不存在確認を起こされてしまう被害者側の原因・理由は、次のとおりです。
被害者の交渉態度が悪質
感情的になって怒鳴ったり、強い口調で主張をつたえたり、しつように電話したり、法的義務のない行動を求めたりといった言動をすると、悪質な交渉態度と評価され、債務不存在確認訴訟を起こされてしまうおそれがあります。
被害者の請求額が過大
交通事故の賠償額には、過去の裁判例をもとにした一定の相場があります。
被害者の請求がこれより明らかに過大なとき、債務不存在確認訴訟を起こされる理由となります。
治療の必要性が疑わしい
事故態様が軽微なのに長期間治療しているなど、治療の必要性が疑わしいときは、債務不存在確認を起こされてしまいます。
治療の必要性が争いとなるときには、医師の協力を求め、診断書・カルテに基づいて医学的に証明するのが重要です。
加害者側の理由
加害者が債務不存在確認を起こすのは、加害者本人の意向でなく、保険会社や弁護士のアドバイスによることが多いです。保険会社や弁護士から債務不存在確認を要すると思われないためにも、弁護士を交渉窓口とするなど適切な交渉が大切です。
被害者の治療や交渉態度に問題がないのに、治療を中止させたり請求をあきらめさせたりしようと債務不存在確認請求訴訟を起こすのは、被害者の権利を不当に奪ってしまいます。
債務不存在確認を起こされてしまう、加害者側の理由は、次のとおりです。
治療を終了させたい
治療期間が長期になるほど、賠償額が増える傾向にあります。
そのため、加害者側では、早く治療を終了させようとして、債務不存在確認訴訟を起こすことがあります。
損害の拡大を防ぎたい
交通事故の示談交渉が長引くと、損害が拡大する傾向にあります。
そのため、損害の拡大を防ごうとすることが、加害者側で債務不存在確認訴訟を起こす理由となります。
被害者からの請求をあきらめさせたい
多くの人にとって、訴訟は未知の世界でしょう。債務不存在確認訴訟を起こされてしまうと、驚いて正当な主張をあきらめてしまう方も少なくありません。
このような狙いから、被害者が請求をあきらめてくれるよう、債務不存在確認訴訟を起こす加害者の例があります。
債務不存在確認訴訟への被害者側の適切な対応
債務不存在確認訴訟を起こされてしまった被害者側の適切な対応について、弁護士が解説します。
債務不存在確認訴訟は、加害者にとっては起こす理由が十分にある一方で、被害者側にとってはマイナス面が大きく、できれば避けたい手続きです。
しかし、債務不存在確認訴訟を起こされてしまったときには、不満だからといって放置しておけば、判決となってしまい、被害者にとって重要な損害が認められなかったり、債務がないと判断されてしまったりするおそれもあります。
弁護士に依頼する
債務不存在確認訴訟を提起されてしまったときは、今後の対応を弁護士に依頼することを検討してください。
加害者から債務不存在確認訴訟を起こされたケースでは、被害者が感情にまかせて不適切な交渉態度をとってしまっているおそれがあります。自分にそのつもりがなくても、保険会社からモンスタークレーマー扱いされているかもしれません。交通事故被害がつらく、保険会社の態度に腹を立てる気持ちはよくわかりますが、債務不存在確認訴訟を起こされると立場が悪くなってしまいます。
弁護士に依頼することで、加害者や保険会社、裁判所との直接の連絡をせずに済み、感情的な対立やストレスを減らすことができます。
なお、正当な治療、正当な請求をあきらめさせようとして債務不存在確認請求訴訟を提起してくる加害者に対しては、被害者が譲歩する理由はありません(そのため、債務不存在確認請求の内容についても精査が必要です)。
弁護士費用特約に加入しているときは、弁護士費用の実質的な負担は0です。
まだ裁判する時期でないと主張する
債務不存在確認は、まだ治療が継続しているうちに加害者側から起こされることがよくあります。
治療の必要性があり、損害がまだ確定していないなど、紛争が成熟していないタイミングで行われる訴訟提起は、裁判所でも不当なものと判断される可能性があります。実際、治療継続中に加害者から起こされた債務不存在確認について、訴えを却下した裁判例(横浜地裁小田原支部平成28年5月25日判決)があります。
交通事故における債務不存在確認の訴えには、被害者である被告に損害賠償請求訴訟を提起させることを強いる機能がある。ところで、被告においては、これから脳脊髄液減少症の診療を受けるものとしているが、現段階で被告に損害賠償請求訴訟を提起させたとしても、同訴訟は、被告主張における症状が固定し、損害が確定するまで継続し…(略)…後遺障害による損害を除く一部請求となり後遺障害についての最終的な紛争解決に至らないことになり得る。そのため、本件訴えは、成熟性に欠け、現存する原告の法的地位の不安や危険を解消するために適切であるとはいえない。
横浜地裁小田原支部平成28年5月25日判決
このように、「まだ裁判する時期ではない」という主張を、法律用語で「確認の利益がない」といいます。確認の利益がないのに起こされた債務不存在確認訴訟は、権利濫用として不適法であり、却下されます。
上記裁判例のように、まだ症状が固定しておらず、相当長期間の治療継続が予想されるようなときに起こされた債務不存在確認訴訟では、「確認の利益がない」ことを主張して訴えの却下を目指すようにしてください。
反訴を提起する
加害者から債務不存在確認訴訟を起こされたとき、すでに確定している損害があるならば、その損害について反訴を起こすようにしてください。反訴は、現在起こっている裁判に関連する請求について被告が原告を逆に訴える手続きで、本訴と同じ手続で審理してもらえます。反訴の請求内容、争点や注意点は、被害者からの請求訴訟とまったく同じです。
すべての損害が確定してはいないものの、債務不存在確認訴訟の審理中には確定する可能性が高いときは、裁判所に「後に反訴を予定している」とつたえることも有効です。
債務不存在確認訴訟が起こされた後も治療を継続するときには、裁判官の心証に特に注意して進めなければなりません。
症状固定の判断は、医学的判断を参考にするものの、最終的には裁判所が判断します。そのため、裁判所が症状固定したという心証を抱いていたときは、早めに反訴して後遺障害についての損害を請求しておかなければ、後遺障害についての主張が裁判で認められなくなるおそれがあります。
症状固定していないと主張する
債務不存在確認請求訴訟を起こされたとき、まだ治療中であり、症状固定していないと主張すべきケースが多くあります。
交通事故によって負った傷害が症状固定しているかどうかを判断するときは、医師による医学的判断が重視されます。そのため、被害者の対応としては、症状固定していないという証拠を裁判所に提出するのが重要なポイントです。
症状固定は「これ以上治療しても改善が見込めない」という意味ですから、その逆に「治療経過を見れば、症状の改善が継続的に見込めている」ことを主張するようにしてください。
カルテ・診断書、主治医の意見書といった重要な医療記録を精査し、次のポイントを検討するようにしてください。
- 画像診断(レントゲン、CT、MRI)に症状の改善が見られるか
- 治療内容に変更があったか
- 処方される薬に変更があったか
- 主観的な症状の訴えの内容に継続的な変化があったかどうか
裁判されても治療費は請求し続ける
債務不存在確認訴訟を起こされてしまったときでも、その後も治療費の請求を続けるようにします。
症状固定後にかかった治療費は被害者の負担とされ、あとは後遺症の問題が残るのみとするのが原則です。しかし、債務不存在確認訴訟を起こすタイミングは、加害者が決めるものです。また、裁判例でも、症状固定を認めながら、症状固定後の治療費の一部を加害者に請求できると認めた例もあります。
裁判を起こされた後も治療費を負担してもらうよう交渉するためには、後遺障害等級認定の手続きで、できるだけ高度な等級が認められる可能性があることを主張立証するのが大切です。なお、自己負担となってしまう可能性があることを考え、健康保険を利用することも可能です。
最終的な解決に注意する
被害者としては不本意なタイミングで訴訟になってしまっても、裁判所が審理を進めるときには、その手続き内で最終解決に至ってしまうおそれがあります。そのため、債務不存在確認訴訟であっても、被害者側にとって有利な主張はきちんとする必要があります。
債務不存在確認訴訟のなかで和解するときは、清算条項(当事者間に債権債務がないことを確認する条項)がつけられるのが通常です。そのため、将来おこなおうと考えていた請求がすべてなされているか、解決前に確認しておいてください。
まとめ
交通事故の被害者が、加害者から債務不存在確認訴訟を起こされてしまったときとるべき対応について解説しました。
被害にあってしまったにもかかわらず、加害者から裁判を起こされると、突然のことに驚き、理不尽だと腹を立てるのも無理はありません。しかし、債務不存在確認訴訟を起こしたからといって加害者に有利になるわけではありません。交通事故の被害者に有利な判断をした裁判例は多いため、あきらめてはいけません。
一方で、交渉段階における被害者の交渉態度や、主張内容のまずさが、加害者からの債務不存在確認訴訟という手間のかかるトラブルをまねいているおそれもあるため、弁護士に相談する良いタイミングともいえます。
当事務所のサポート
弁護士法人浅野総合法律事務所では、交通事故被害について多数の解決実績を蓄積しています。
加害者から債務不存在確認訴訟を起こされてしまったとき、裁判への対応のために、ぜひ弁護士への相談をご検討ください。
交通事故被害のよくある質問
- 交通事故被害で、債務不存在確認訴訟が起こされるのはどんなケースですか?
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交通事故被害で、債務不存在確認訴訟が起こされるのは、被害者の交渉態度、請求に問題があると思われてしまったケースや、加害者が請求をあきらめさせたいと思っている例などです。もっと詳しく知りたい方は「債務不存在確認訴訟を起こされる原因と理由」をご覧ください。
- 債務不存在確認訴訟を起こされてしまった被害者の、適切な対応はどんなものですか?
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債務不存在確認訴訟を起こされてしまっても、被害者側に有利な主張をあきらめてはいけません。また、治療の必要性があると考えるときは、治療をストップする必要もありません。必要に応じて、反訴を提起するのも有効です。詳しくは「債務不存在確認訴訟への被害者側の適切な対応」をご覧ください。