近年、職場内での受動喫煙対策が話題となっています。一方で、喫煙者にとってみれば、仕事を効率的に進めるためにも喫煙休憩は必須だという考えもあることでしょう。
受動喫煙対策として、オフィス全体を禁煙するか、喫煙室を設置するなどの方法のいずれかが、法律上必要とされていますので、喫煙者がタバコを吸おうとすれば、その休憩時間はますます長くなってしまいます。
この点で、会社側の人事労務管理において問題となるのが、「喫煙休憩の時間を労働時間にしなければならないのか」という点です。非喫煙者からすれば、喫煙休憩ばかりとっている喫煙者は「仕事をしていないではないか」、「不公平だ」という気持ちもあり、公平な処遇のために会社が対策を練らなければなりません。
今回は、喫煙休憩が「労働時間」にあたるかどうか、喫煙休憩ばかりで仕事をしない社員への対応といった喫煙にまつわる法律問題について、人事労務にくわしい弁護士が解説します。
- 喫煙休憩でも、使用者の指揮命令下に置かれていれば「労働時間」にあたる
- 喫煙休憩の多すぎる社員には、注意指導し、改善がなければ懲戒処分する
- 喫煙休憩によって社員の公平を損なわないよう、非喫煙者への優遇措置を検討する
喫煙休憩と、労働基準法の「労働時間」の問題
喫煙者にとって、タバコを吸う時間は、日常生活に必要不可欠な時間なことでしょう。
しかし、プライベートでは自由でも、会社ではたらいている間は一定の制約を受けざるをえません。喫煙休憩が頻繁にとられたり、その時間が長かったりすると、企業内では次の問題が生じます。
- 仕事が中断されてしまい、効率的に進まない
- 喫煙休憩をとらない社員との、仕事上必要なコミュニケーションがとれない
- 喫煙休憩のついでにスマホをいじったりコーヒーを飲んだりといったサボりにつながる
- 喫煙休憩で長時間離席したことで残業が増え、無駄な残業代が発生する
会社側で対策をしなければ、非喫煙者の社員からは、喫煙休憩のために離席している時間は喫煙者は仕事をしていないのだから、公平に扱ってほしいという不平・不満が出ると予想されます。
はじめに、喫煙休憩が「労働時間」にあたるのかどうかについて、労働基準法上の「労働時間」の考え方と、この問題について判断した裁判例を参考にして解説します。
労働時間とは
労働基準法に定められる「労働時間」とは、「使用者の指揮命令下に置かれている時間」のことです。「労働時間」について判断した有名な裁判例に、三菱重工業長崎造船所事件(最高裁平成12年3月9日判決)があります。
労働時間(以下「労働基準法上の労働時間」という。)とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではないと解するのが相当である。
三菱重工業長崎造船所事件(最高裁平成12年3月9日判決)
そして、指揮命令下におかれているかどうかは客観的に決められるもので、労働契約、就業規則などの定めによって決まるものではありません。つまり、たとえ会社が「喫煙している時間は労働時間とはしない」と決めていても、実際には、その実質が指揮命令下に置かれているかどうかで判断されます。
その逆に、休憩時間とは、労働者が自由利用を保証されており、仕事から離れることができる時間のことです。
喫煙休憩が労働時間にあたるか
したがって、「喫煙休憩は、労働時間にあたりますか」という質問は、その喫煙休憩が、使用者の指揮命令下に置かれていると評価できるかどうかによって判断すべきです。
判断基準としては次のような事情を総合的に考慮します。
- 喫煙休憩の回数・頻度
- 喫煙休憩の時間
- 喫煙休憩中に業務指示が行われた回数・頻度
- 喫煙休憩の場所が会社に近いか、遠いか
なお、労働時間にあたるかどうかがよく問題となるものに「手待ち時間」がありますが、これもまた喫煙休憩と同じように考えます。つまり、手待ち時間は、作業の合間に発生する、実作業をしていない時間のことですが、その間も使用者の指揮命令下に置かれていると判断できるならば、手待ち時間もまた「労働時間」となります。
「労働時間にあたるか」で何が変わるか
「喫煙時間が労働時間にあたるのかどうか」という問題を考えるにあたって、これによってどんな影響があるかを知っておくのが重要なポイントです。
「労働時間」にあたるときには、労働基準法に定められた次のような規制を受けます。これらの労働時間について定められた規制は、長時間労働を抑止し、労働者の健康を守るためのものです。
- 労働時間は、1日8時間、1週40時間を超えてはならない(労働基準法32条)
- 上記の労働時間を超えて働かせるためには、労使協定を締結しなければならない(労働基準法36条)
- 上記の労働時間を超えて働かせるためには、割増賃金(いわゆる「残業代」)を支払わなければならない(労働基準法37条)
したがって、喫煙休憩が、例えば1日に合計して1時間程度あるような場合には、これが休憩時間なのか、労働時間なのかによって、労働時間規制についての管理のしかたが大幅に変わってきてしまいます。
喫煙休憩は「労働時間」でないとした裁判例
喫煙休憩が、労働基準法にいう「労働時間」にあたるかどうかは、裁判例に照らせば、使用者の指揮命令下に置かれていると評価できるかが重要だと解説しました。しかし、このことは、個別の事情によって、喫煙休憩が労働時間にあたる場合もあれば、あたらない場合もあることを示しています。
裁判例で、喫煙休憩を労働時間にあたるとしたものには、東京地裁平成30年3月9日判決があります。
原告が作業と作業との間に休息したり、喫煙したりできても、当座従事すべき作業がないために過ぎず、作業の必要が生じれば直ちに作業を再開すべき手待時間に当たるときは、原告は依然として被告の指揮命令下に置かれており、労働から離れることが保障されているとはいえないから、労働時間に当たる…(略)
東京地裁平成30年3月9日判決
喫煙休憩が「労働時間」だとした裁判例
これに対して、他の裁判例では、喫煙休憩を労働時間にはあたらないと判断したものもあります。つまり、裁判例も、喫煙休憩について一律の判断はしていないということです。
労働時間とは認めなかった裁判例には、大阪地裁令和1年12月20日決定などがあります。
…(略)…休憩時間がなかったとするものであるが、喫煙という行動の性質上、これらの日程のみ喫煙をしなかったということはおよそ想定し難いところであり、休憩時間がなかったとする日程については、原告の主張時間を基準として、被告事務所での在室時間が4時間未満(ただし,30分以下の日程を除く。)のものについては30分、それを超える在室時間のものについては1時間の休憩時間があったと認めることが相当である。
大阪地裁令和1年12月20日決定
会社側で人事労務管理を行うにあたって重要なのは、これらの裁判例における肯定例、否定例を比較して、自社のケースがどちらに近いかを判断し、結論を予測して対策をとっていくことです。
喫煙休憩ばかりで仕事をしない社員への対応
受動喫煙対策によって屋内禁煙となっている会社が多いでしょう。このとき、喫煙を社外でしなければならない社員にとって、さらに多くの時間を喫煙休憩に費やすこととなります。
企業秩序を維持するため、喫煙休憩ばかりで仕事をしない社員には、会社がしっかり指導していかなければなりません。対応が不公平だと、非喫煙者から不満の声があがり、社内全体の士気や業務効率が落ちてしまうおそれもあるからです。
なお、どの解決策をとるにせよ、まずは喫煙休憩がどれほど長いか、どれほど頻繁かを会社が把握するのが重要です。状況を把握せず、事案の解決として重すぎる処分をするなど、あやまった解決策を選んでしまうと、逆に、喫煙者側から、その処分の不当性を訴えられるおそれもあります。
給与を控除する
喫煙休憩の時間が、使用者の指揮命令下に置かれた時間ではないとき、つまり、「労働時間」ではなく「休憩時間」だと判断できるとき、その時間は仕事をしていないわけですから、その分の給与を控除することができます。喫煙休憩している時間分の賃金をカットするという対策です。
非喫煙者からしても、離席せずまじめに仕事をつづけた努力が報われたと感じることでしょう。喫煙者側からしても、喫煙をしている最中は仕事をしていないのは明らかですから、文句は出づらいと考えられます。
一方で、喫煙している時間を休憩時間として扱うとすると、その間、喫煙者が使用者の指揮命令から解放されることを保証することになります。喫煙者としては、給与が減る代わりに大手を振ってタバコを吸いに出ることができ、この間、会社から業務上の指示を行うことができません。
注意指導する
前章のように、喫煙について一律に休憩時間と扱ってしまうと、「給与は減ってもとにかくタバコが吸いたい」と開き直った喫煙者が、いままでより頻繁に休憩をとるかもしれません。喫煙による業務の中断が頻発して、仕事に悪影響となるおそれもあります。
そこで、喫煙時間を「休憩時間」として賃金をカットするケースでも、その回数・頻度についてルールを定め、ルール違反の喫煙者には注意指導しておくのが重要です。
まして、喫煙時間を労働時間として扱う場合にはなおさら、非喫煙者に不公平感を抱かせないよう、次のようなことをルール化しておきましょう。
- 喫煙休憩の頻度・一日の上限回数
- 喫煙休憩をとってよい時間帯
- 喫煙休憩をとるときの報告義務
- 行ってよい(最寄りの)喫煙場所
- 行ってよい残業時間の上限、もしくは、残業許可制
定めたルールは、就業規則に記載するなどして社員に周知徹底するのが重要なポイントです。あわせて、厳しい注意指導によってそのルールを運用すべき責任が会社にはあります。残業許可制をはじめ、労働者側に不利益の大きい制度を定めたときは、運用まできちんと徹底しておかなければ、裁判所で無効だと判断されるリスクがあります。
懲戒処分とする
喫煙休憩についてルールを作り、注意指導によって遵守させる方法は、その喫煙者の行為の問題性と、行う注意指導の程度がつりあっている必要があります。
常識的な範囲の喫煙休憩であれば、そこまで重度の処罰をするのは適切ではありません。他方で、あまりにも常識を外れた不適切な喫煙休憩がとられていたり、注意指導してもまったくなおらない問題社員に対しては、懲戒処分を検討するようにします。社員は、会社の業務を集中して行う「職務専念義務」を負っており、この義務に違反すると考えられるからです。
不適切な喫煙休憩に対して懲戒処分を下そうとするときは、就業規則上の規定にのっとって行うことが必要です。あわせて、就業規則上の懲戒処分に関する根拠規定を確認しておいてください。
懲戒処分の程度には、譴責・戒告のような軽度のものから、減給・降格、出勤停止、諭旨解雇、懲戒解雇といった重度のものまであります。一度目の喫煙休憩のルール違反であれば、譴責・戒告などの軽度の懲戒処分が適切です。懲戒解雇など、重すぎる処分をしないよう注意が必要です。
また、休憩時間も含めて、一切の喫煙を禁止することを命じる例は、「休憩の自由利用」に反し、また、行動を強要する点で人権侵害になるおそれもあります。
喫煙問題について会社が検討すべき対策
ここまで、喫煙休憩が労働時間にあたるかどうかはケースに応じて対応すべきこと、また、いずれにせよ、問題のある喫煙者に対しては、会社がその是正を図る必要があることを解説してきました。
最後に、喫煙問題に関して、会社側が検討すべきその他の対策について弁護士が解説します。
非喫煙者にメリットを与える
ここまで解説したような喫煙者に対して処罰を下す方法ではなく、非喫煙者に対してメリットを与える方法もご紹介します。
非喫煙者の不公平感は、タバコ休憩が許されていることによって喫煙者だけが仕事から頻繁に解放されている、と感じる点にあります。この点の不公平感を解消するために、非喫煙者に対してもメリットを与える方法が有効です。
具体的には、次のような例があります。
- 非喫煙者に対して、1日に10分×2回の自由利用できる休憩を追加で与える
- 非喫煙者に対して、年間数日の有給休暇を与える
- 非喫煙者に対して、非喫煙手当を給付する
重要なことは、「給与アップ」のようにメリットを大きくしすぎると逆に非喫煙者に対する害が強すぎるため、喫煙休憩と同じように労働時間の調整で解決したり、金銭的な解決にする場合には金額を小さめに調整することです。
なお、有給休暇を与える解決による場合、そもそも法律で与えられた有給休暇すら消化できていないようではあまりメリットを感じられないため、休暇の管理にも配慮しなければなりません。
喫煙者は採用しない
喫煙は、会社の業務に影響しない限りは個人の自由であり、会社といえども禁煙の強要はできません。
一方で、会社には「採用の自由」があり、どの人をどのような条件で採用するかは会社の自由であるため、「喫煙者は採用しない」という採用方針をとることも可能です。
会社に非喫煙者が多い、これまでに長い喫煙休憩が問題となったなど、喫煙者を採用することで労務トラブルを招くおそれがあると考える場合には、「喫煙者は採用しない」と決断することも選択肢の1つです。
受動喫煙の対策について
労働安全衛生法の改正により、2020年4月1日より、事業者に対して労働者の受動喫煙を防止するための措置を講じるよう努力義務が定められました。
労働安全衛生法68条の2(受動喫煙の防止)
事業者は、室内又はこれに準ずる環境における労働者の受動喫煙(健康増進法(平成十四年法律第百三号)第二十八条第三号に規定する受動喫煙をいう。第七十一条第一項において同じ。)を防止するため、当該事業者及び事業場の実情に応じ適切な措置を講ずるよう努めるものとする。
労働安全衛生法(e-Gov法令検索)
2020年4月1日からは、多数の者が利用する施設(第二種施設)では屋内禁煙が原則となりました(健康増進法30条)。そのため、オフィス内は原則として禁煙となります。努力義務であり、違反しても罰則はありませんが、都道府県知事からの勧告・命令を受けるおそれがあり、命令に違反した場合には50万円以下の過料の制裁があります。
非喫煙者にとって、受動喫煙をせずに済むというメリットがある一方で、屋内の喫煙スペースが廃止されることにともない、喫煙者の仕事の能率が悪くなってしまうという仕事への悪影響が心配されています。
まとめ
今回は、喫煙休憩に関する労務管理について解説しました。喫煙休憩が、労働基準法の「労働時間」にあたるかどうかは、使用者の指揮命令下に置かれているかどうかを、個別の事情に照らして判断しなければなりません。
ただ、労働時間と判断するにせよ、休憩時間と判断するにせよ、いずれにしても、非喫煙者との間の不公平感を払拭するためには、会社側がしっかりと対策していかなければなりません。また、喫煙者の中に問題社員がいるときは、ルール作りを徹底し、注意指導を行っていなければ、厳しい処分を下すことはできません。
当事務所のサポート
弁護士法人浅野総合法律事務所では、企業内の人事労務管理や、体制づくりについて、専門的な知見を有しています。
社内の人事労務の問題にお悩みの方は、ぜひ一度、当事務所へご相談ください。
人事労務のよくある質問
- 喫煙休憩は、労働時間になりますか?
-
喫煙休憩は、その内容や拘束の程度によって、労働時間になるケースと、ならないケースとがあります。労働基準法にいう「労働時間」は、使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、喫煙休憩でも仕事をしていたり、呼ばれてすぐに戻らなければならなかったりするとき、労働時間を評価される可能性があります。詳しくは「喫煙休憩と、労働基準法の「労働時間」の問題」をご覧ください。
- 喫煙休憩ばかりとって労務提供に支障のある社員をどうしたらよいですか?
-
喫煙休憩が労働時間であっても、休憩時間であっても、非常識な頻度でとっていれば、労務提供に差し障ります。問題社員に対しては、まずは注意指導し、改善が見られないときは、軽度の懲戒処分を下すようにしてください。もっと詳しく知りたい方は「喫煙休憩ばかりで仕事をしない社員への対応」をご覧ください。