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退職金から、損害賠償を一方的に相殺することは違法!【弁護士解説】

会社が、労働者の同意なく、退職金から相殺をしてしまうことがあります。退職金は、退職時に受け取れる金銭ですが、在職時の労使トラブルについて「退職金から相殺して金銭的に解決しよう」と考える会社が多いからです。

しかし、退職金は、在職期間中の貢献に対して払われる重要な金銭であり、「賃金の後払い」的な性格も持っています。そのため、会社の一方的な都合によって退職金を減らすことはできません。

なお、労働者の同意があり、かつ、損害賠償請求権、不当利得返還請求権などの債務があるときは、退職金から相殺することもできます。ただし、この場合にも、退職金の重要性を考慮して、労働者の同意が真意からなされていなければなりません。

今回は、退職金からの相殺が違法となる理由と、違法な相殺をされたときの対処法について、労働問題にくわしい弁護士が解説します。

この解説でわかること
  • 退職金から一方的に相殺されるのは違法となる
  • 会社は労働者に対して、発生した賃金を全額支払わなければならない
  • 退職金からの違法な相殺が行われそうになったとき同意してはならず、差額を請求する

なお、自分の意思に反して、退職を強要されてしまった方に理解しておいてほしい知識は、次のまとめ解説をご覧ください。

まとめ 退職強要に関するトラブルを弁護士に相談するときの全知識

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解説の執筆者

弁護士 浅野英之

弁護士法人浅野総合法律事務所 代表弁護士(第一東京弁護士会所属、登録番号44844)。東京大学法学部卒、東京大学法科大学院修了。

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賃金全額払いの原則

お金

労働基準法では、「賃金全額払いの原則」が定められています。これは、賃金の全額が、会社から労働者に直接払われなければならないことを定めるものです。

労働者の生活の糧である重要な賃金について、中抜きされることなく、全額を労働者の手元に直接届けられるよう保証することで、労働者の生活の安定を守るのがこの原則の目的です。これは、労働基準法24条に定められた、次の「賃金支払いの5原則」のうちの1つです。

  • 通貨払いの原則
    賃金は法定通貨で支払わなければならないという原則。賃金を現物払いすることは、この原則によって禁止される。
  • 直接払いの原則
    賃金は労働者に直接払わなければならないという原則。たとえ家族、親族であっても代理受領は禁止される。
  • 全額払いの原則
    賃金はその全額を労働者に払わなければならないとする原則。控除、相殺、中間搾取が原則として禁止される。
  • 毎月1回以上払いの原則
    賃金を毎月1回以上払わなければならないとする原則。労働者の生活の安定を目的とし、たとえ年俸制であっても総額を年に1回支払うなどの方法は禁止される。
  • 一定期日払いの原則
    賃金を一定の期日に支払わなければならないとする原則。月ごとに賃金の支払日が変動することが禁止される。

ただし、賃金全額払いの原則は、あくまでも「原則」であり、原則には「例外」があります。

そのため、労働者の生活の安定を崩すことのない次のような場合には、例外的に賃金からの控除が認められています。

  • 法令に別段の定めのある場合
    ① 給与所得税の源泉徴収(所得税法)
    ② 社会保険料の控除(厚生年金保険法など)
    ③ 財形貯蓄金の控除(勤労者財産形成促進法)
  • 労働者の過半数代表(もしくは労働組合)との書面による協定がある場合

退職金からの損害賠償の相殺は違法!

バツ

賃金全額払いの原則のもと、会社が一方的に、労働者の賃金からの控除、相殺をすることは、労働基準法24条によって禁止される違法行為です。そして、月額賃金はもちろんのこと、退職金もまた「賃金」に含まれる重要な支給です。

退職金からの相殺が許されないことは、最高裁判例でも明らかにされています。最高裁昭和31年11月2日判決では、「損害賠償請求権」のケースについて、賃金からの相殺を禁止するという判断がされています。

労働基準法24条1項は、賃金は原則としてその全額を支払わなければならない旨を規定し、これによれば、賃金債権に対しては損害賠償債権をもつて相殺をすることも許されないと解するのが相当である。

最高裁昭和31年11月2日判決

最高裁昭和36年5月31日では「不法行為債権」のケースについて、賃金からの相殺を禁止すると判断しました。

労働者の賃金は、労働者の生活を支える重要な財源で、日常必要とするものであるから、これを労働者に確実に受領させ、その生活に不安のないようにすることは、労働政策の上から極めて必要なことであり、労働基準法24条1項が、賃金は同項但書の場合を除きその全額を直接労働者に支払わねばならない旨を規定しているのも、右にのべた趣旨を、その法意とするものというべきである。しからば同条項は、労働者の賃金債権に対しては、使用者は、使用者が労働者に対して有する債権をもって相殺することを許されないとの趣旨を包含するものと解するのが相当である。このことは、その債権が不法行為を原因としたものであつても変りはない。

最高裁昭和36年5月31日判決

なお、その他に、退職金からの相殺がよく問題となる金銭には、在職時に会社負担で行われた留学費用、研修費用、資格取得費用などの返還請求があります。これらの費用は、業務との関連性がどの程度あるかが重要であり、業務に関連するものである限り会社が負担すべきであり、返還請求は許されないと判断される傾向にあります。詳しくは、下記解説をご参照ください。

退職金からの違法な相殺をされたときの対応

お金

一定の場合には賃金からの相殺が認められるものの、原則としては労働者の同意なく相殺は許されません。このことから、会社側から賃金の相殺を一方的に受けてしまった場合の、労働者側の適切な対応について弁護士が解説します。

差額賃金を請求する

退職金などの賃金から、損害賠償請求権などを一方的に相殺することが無効となりますので、会社が相殺を主張し、相殺後の賃金しか支払ってこない場合には、労働者側としては差額賃金を請求するようにしてください。

この場合、まずは、内容証明によって通知書を送付し、差額賃金の金額、支払期限を伝えます。内容証明郵便の形式で送付することにより、差額賃金の請求を行ったこと、及び、その通知日を客観的に証明することができます。

内容証明とは
内容証明とは

あわせて、期限までに支払いがない場合に労働審判、訴訟などの法的手続きを辞さないこと、その場合には未払の日から発生する利息、遅延損害金などを合わせて請求することを記載します。

万が一、通知書に記載した期限までに賃金が支払われないときには、労働審判、訴訟などの法的手続きによって賃金請求を行います。会社の経営状況が悪化しているなど、支払い能力に疑問のある場合には、労働審判、訴訟に先行して会社の財産を仮に差押えておく手続き(仮差押手続)を踏むことで、会社財産を保全することができます。

賃金からの相殺に同意しない

労働者保護のために定められた労働基準法により禁止される賃金からの相殺ですが、労働者が自由な意思によって同意するときは適法だとされています。このことは最高裁判例(日新製鋼事件:最高裁平成2年11月26日判決)でも判示されています。

労働基準法24条1項本文の定めるいわゆる賃金全額払の原則の趣旨とするところは、使用者が一方的に賃金を控除することを禁止し、もって労働者に賃金の全額を確実に受領させ、労働者の経済生活を脅かすことのないようにしてその保護を図ろうとするものというべき…(中略)…労働者がその自由な意思に基づき右相殺に同意した場合においては、右同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは、右同意を得てした相殺は右規程に違反するものとはいえないものと解するのが相当である。

日新製鋼事件(最高裁平成2年11月26日判決)

つまり、賃金全額払いの原則は労働者保護が目的のため、労働者自身が同意するならば相殺が可能だということです。そのため、会社から相殺の同意書などに署名を求められたとしても、これに応じてはいけません。賃金の重要性からして、会社が「書面はないが、口頭で相殺に同意していた」と主張しても、退職金などの賃金からの相殺は違法とされる可能性が高いです。

賃金から相殺する合意があるか
賃金から相殺する合意があるか

賃金債権との相殺に同意することは、労働者にとって、賃金を放棄するに等しいといえます。確かに、相殺であれば会社から労働者に対する反対債権から逃れることができますが、そもそも会社の主張する反対債権が正当なものであるかどうか、疑ってかかるべきです。

というのも、在職中のミスを理由に損害賠償請求をされているとき、そのミスは必ずしもあなただけの責任ではなく、会社にも監督責任があるからです。

労使関係において、事業から生じる利益を受け取る使用者が、そのリスクも負担すべきであるという「報償責任の原則」があり、仮に労働者にミスがあり、会社に損失を与えてしなっても、そのすべてを賠償しなければならないわけではありません。

自発的でない同意の無効を主張する

賃金全額払いの原則があっても、同意のある相殺は有効であると解説しました。そのため、会社側は労働者の同意をとろうと、相殺合意書に署名をさせようとしたり、その際に、署名をしない場合の不利益をつたえてきたりします。

「退職金からの損害賠償請求権の相殺に合意しないと、懲戒解雇とする」などの厳しい脅しを受けた結果、つい同意をしてしまうケースがありますが、これは労働者が真意でした同意とは評価できません。

自由な意思に基づかずに同意をしてしまったときは、その同意の有効性について、会社と争うことができます。自由な意思に基づく同意かどうかは、次のような基準で判断されます。

  • 相殺合意書など、賃金相殺に同意した旨の客観的な証拠が存在すること
  • 労働者が、相殺する反対債務の存在とその金額を認識していること
  • 労働者が、相殺に近接した時期に賃金相殺に同意していること
  • 反対債務を免れることが、労働者にとって利益になること

相殺の制限

最後に、合意による相殺が認められるケースでも、賃金が労働者の生活の糧となる重要な金銭であることから、法律上の相殺制限が定められています(民法510条,民事執行法152条)。

相殺が禁止される賃金の範囲
相殺が禁止される賃金の範囲

具体的には、賃金および退職金は、4分の3相当額については相殺が禁じられています(月額支給額については、相殺の禁じられる額は4分の3もしくは33万円のいずれか低い金額とされます)。つまり、その4分の1までしか相殺することができません。

まとめ

今回は、退職金から、損害賠償請求権などを相殺するといわれたとき、労働者側の立場で理解しておくべき適切な対応を弁護士が解説しました。

退職金は、賃金の後払い的性格をも有する重要な賃金の一種です。転職が一般化し、かならずしも1つの会社に勤続しつづけるわけではない人が多くなった昨今、退職時にどれだけ退職金がもらえるかは、ますます重大な関心事となっています。

原則として退職金をはじめとした賃金からの相殺が禁じられていること、また、在職中のミスを理由とした損害賠償について必ずしもすべて労働者の責任ではないことを理解し、相殺によって減らされた退職金の請求を検討してください。

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労働問題のよくある質問

退職金から損害賠償を相殺するのは違法ですか?

退職金から損害賠償請求などの金銭を相殺することは、労働基準法に定められた「賃金全額払いの原則」という基本的ルールに反するものです。そのため、同意なく相殺をされたときは違法です。もっと詳しく知りたい方は「退職金からの損害賠償の相殺は違法!」をご覧ください。

違法な相殺をされてしまったら、どう対応したらよいですか?

退職金をはじめとした賃金から、違法な相殺をされてしまったとき、会社に対して差額を請求するようにします。まずは内容証明で請求して交渉をスタートさせ、話し合いが決裂するときは、労働審判を申し立てるのがおすすめです。もっと詳しく知りたい方は「退職金からの違法な相殺をされたときの対応」をご覧ください。

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