同業他社への転職を考えるとき、法律上のリスクが気になる方も多いでしょう。
会社側でも、重要な企業秘密やノウハウを守るために、競業避止義務や秘密保持義務の誓約書を交わすなどといった対策を講じているケースが多いです。そのため、同業他社への転職そのものが違法となったり、そうでなくても慎重な配慮が必要となったりします。
一方で、労働者にとって、同業界ならではのキャリアアップのチャンスや、これまで培った経験を活かせるメリットもあります。退職後の競業避止義務を定めた誓約書についても、憲法上の「職業選択の自由」を制限するものなので、その有効性は限定的に考えられています。
今回は、同業他社への転職が違法となるケースやメリット・デメリット、転職を成功させるポイントについて、弁護士が解説します。
- 同業他社への転職は自由だが、企業は合理的な制限を加えることが可能
- 同業他社への転職だけでは違法にならないが、義務違反とならないよう注意
- 競業避止義務違反・秘密保持義務違反だと、損害賠償を請求されるリスクあり
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同業他社への転職は違法?

はじめに、同業他社への転職が違法となるかどうか、解説します。
結論としては、同業他社への転職は、「好ましくない」と評価して止めようとする企業もありますが、法的には全く問題ありません。ただし、適法な転職であっても、競業避止義務の合意をしていた場合には、例外的に禁止されるケースがあります。
同業他社への転職は原則自由
まず、同業他社への転職は自由であるのが原則です。
会社側は、企業秘密やノウハウの漏洩防止の観点から、同業他社への転職を禁止しようとします。地位や役職の高い社員ほど重要な秘密に接しており、単なる労働力の流出だけでなく、顧客や取引先の情報、取引条件、製造方法やマニュアルなどが外部に漏れるおそれがあります。
しかし、憲法に「職業選択の自由」が保障されているため、退職後にどのような会社に入社し、どのような業務を行うかは、原則として労働者の自由です。したがって、同業他社だからという理由だけで転職先を制限したり、不利益を課したりすることは許されません。
同業他社への転職が禁止されるケース
同業他社への転職は、法的には全く問題ありませんが、例外的に、競業避止義務を負っている場合には禁止されるケースがあります。
競業避止義務とは、退職後一定の期間、同業他社への転職や役員就任、競合企業の立ち上げなどを禁止する規程のことで、主に管理職や営業職、技術職など、企業秘密やノウハウを持つ職種の人からの情報漏洩を防止するために設けることが多いです。
同業他社への転職を防止しようとする会社では、入社時の雇用契約書や誓約書、就業規則、そして、退職時に別途「競業避止義務誓約書」などを記載させることで、競業避止義務を負わせようとします。適法に競業避止義務を負っている場合、同業界の企業に再就職することは制限され、違反すると違約金や損害賠償を請求されるおそれがあります。
ただし、憲法上の「職業選択の自由」も、会社側の利益との関係で一定の制限を受けます。そのため、労働者の不利益に配慮した合理的な制限なら、同業他社への転職が禁止されるケースもあります。
裁判例(東京リーガルマインド事件:東京地裁平成7年10月16日決定)は、同業他社への転職の制限が合理的かどうかについて、次の判断要素を挙げています。
- 退職後に競業避止義務を課さなければ保護されないほどの正当な利益が使用者側に存在するかどうか
- 競業禁止の期間、範囲、場所、職種などについて、必要かつ相当な範囲内であるかどうか
- 競業禁止の範囲が、必要かつ最小限度であるかどうか
- 労働者側の不利益を軽減するため、十分な代償措置をとっているかどうか
「同業他社に転職されたくない」という企業側の要望は理解できますが、労働者側の不利益を考慮した合理的な範囲の制限でなければなりません。
競業避止義務が無効とされる要件
一方で、競業避止義務は、憲法で認められた労働者の「職業選択の自由」を制限するため、裁判で無効と判断されるケースもあります。競業避止義務が無効となるかどうかは、次の事情を総合的に考慮して判断されます。
- 制限期間が長すぎないか
- 対象となる地理的範囲が広すぎないか
- 制限される業種・職種が限定的か
- 代償措置が講じられているか
経済的補償がないにもかかわらず、職業選択が不自由になるなど、労働者に著しく不利な状況であれば、競業避止義務の誓約書などに署名をしていたとしても、無効となる可能性が高いです。
同業他社への転職のメリット

次に、同業他社に転職することのメリットについて解説します。
同業他社への転職だからこそ、これまでの経験やスキルを最大限活かし、キャリアアップや待遇改善を図りやすいメリットがあります。慎重に転職先を選べば、即戦力として高評価を得るチャンスですが、前職で得た情報や人脈の取り扱いには特に注意が必要で、競業避止義務や秘密保持義務への違反となるリスクと隣合わせです。
転職前に、リスクとメリットを比較して、適切な対応を心がけてください。
経験やスキルを活かして即戦力になれる
同業他社への転職では、既に業界知識や経験があるため、入社後すぐに戦力として活躍できるメリットがあります。採用側も、同業他社からの転職だと「この程度の業務は身についているだろう」など、教育コストも少ないと予想するため、採用されやすいメリットもあります。
顧客ニーズや市場動向を把握していれば、早期に成果を上げられるので、評価も得やすいです。
年収アップや待遇改善が期待できる
同業界での実績を評価されれば、より良いポジションや条件で入社できるメリットがあります。例えば、前職の経験をもとに管理職ポジションで採用されたり、前職の年収からアップする内容のオファーを受けられたりといった好待遇が期待できます。
特に、業界内で良い評価を受けていることは、転職でも有利に働きます。競合他社から複数のオファーを受けていると待遇が上乗せされやすいです。その分、転職後に求められる成果は高く設定されるので、準備を怠らず、企業側の期待値を明らかにしておくことが重要です。
入社後の成果を上げやすい
異業種への転職と比べて、同業種だと職場環境や業務の進め方が似ていて、スムーズに適用できることも大きなメリットです。業界特有の文化や風習を理解していたり、顧客対応に慣れていたりすれば、人間関係の構築がスムーズで、信頼も勝ち取りやすいです。
また、同業他社への転職なら、これまでの人脈を活用して、成果を上げられるメリットもあります。特に営業職は、前職の経験で得た人脈を活用できる強みは大きいです。ただし、前職の顧客の引き抜きはトラブルとなりやすく、不適切な方法で行うと違法行為となり、損害賠償を請求されるリスクもあるので慎重に対応しなければなりません。
同業他社に転職する際の注意点

次に、同業他社に転職する労働者が注意すべきポイントを解説しておきます。
同業他社への転職には多くのメリットがある一方で、主に前職との間でトラブルとなるリスクもあります。特に、前職で得た情報の扱いには注意が必要です。
前職の情報漏洩は守秘義務違反
同業他社への転職では、前職で得た情報の不正利用をしてはなりません。
退職後の競業避止義務が、労働者の不利益が大きいために制限されるのに対し、守秘義務については、労働契約に付随する義務として当然に負います。就業規則、雇用契約書などに定めがなくても、企業秘密やノウハウについての守秘義務が課されています(退職時の誓約書における守秘義務の定めは、確認的なものに過ぎません)。
また、不正競争防止法の「営業秘密」に該当する場合、違反すると差止請求(不正競争防止法3条)、損害賠償請求(同4条)、信用回復措置請求(同14条)などの対象となるほか、営業秘密の侵害について10年以下の懲役又は2000万円以下の罰金の刑が科されます(同21条1項、3項)。なお、「営業秘密」として保護されるには、秘密として管理され(秘密管理性)、事業活動に有用であり(有用性)、公然と知られていない(非公知性)という厳しい要件を満たす必要があります(同2条5項)。
社員の引き抜きは制限される
同業他社に転職した社員が、前職の社員の引き抜きを画策するケースがあります。
社員の引き抜きは、それだけで違法となるわけではなく、単なる転職の勧誘に過ぎないなら、これを禁止したり不利益な処分を下したり、損害賠償を請求したりすることはできません。一方で、一斉に大量の社員を引き抜いて会社に損害を与えたり、前職の誹謗中傷を振りまいたりなど、社会的相当性を逸脱する背信的な方法で行われる場合、違法性が認められるおそれがあります(東京地裁平成3年2月25日判決など)。
「引き抜き行為」の解説

円満退職のために社内外に配慮する
同業他社への転職は、隠しているつもりでも思わぬ形でバレてしまいます。例えば、次のような場面で発覚するため、退職前後の行動には特に注意してください。
- SNSでの情報発信が原因
退職と転職の前後で、仕事に関するSNS投稿をしたことで、前職の同僚や取引先を経由して発覚するケースがあります。SNSのプロフィール更新にも注意してください。 - 同業者間の情報共有で発覚
業界内のつながりの強い企業の場合、取引先や業界関係者との情報交換で転職が判明することがあります。特に、役員や管理職など、重要性の高いポジションに就いていた場合、話題に上がりやすいです。 - 前職の同僚に告げ口される
自分としては「仲の良い友人だから」と思っていても、まだ前職に就労中の同僚に伝えれば、そのまま前職の社長に告げ口される危険があると考えた方がよいでしょう。
同業他社への転職がトラブルに発展しないようにするには、前職の社長や上司、同僚との人間関係に配慮することが大切です。辞める会社といえど、感謝の気持ちはしっかりと伝え、関係を悪化させない工夫をする方がスムーズです。
「裏切り」と批判されると、今後のキャリアにとって思わぬマイナスとなる可能性もあります。キャリアアップや新しい挑戦など、退職理由は明確に伝え、間違っても前職への不満を全面に出さないことが、円満退職のためのポイントです。
同業他社へ転職する際のよくある質問
最後に、同業他社へ転職する際のよくある質問に回答しておきます。
退職時の誓約書は拒否できる?
退職時に企業から誓約書の提出を求められることがありますが、必ずしも署名する義務があるわけではありません。特に、退職後に競業避止義務を負わせる内容の誓約書は、過度な制約となっている場合に無効と判断される可能性もあります。
法律上、労働者には職業選択の自由が保障されているので、厳しすぎる制限は問題となるからです。就業規則や雇用契約書であらかじめ合意していたとしても、あきらめず、不当な内容の誓約書への署名は拒否すべきです。
面接や履歴書、志望動機のポイントは?
同業他社への転職の場合、「即戦力」をアピールできます。面接や履歴書、職務経歴書では、前職で得た経験やスキルを具体的に示し、どのように貢献できるかを強調するのがお勧めです。
志望動機において前職批判をすると、「会社を批判する人」というネガティブな印象を与えるので、同業他社への転職理由は、あくまでキャリアアップや成長など、前向きな内容にすべきです。企業側が、秘密保持義務を負っていることを懸念するケースが多いので、前職に対しても誠実な姿勢を示すことが、かえって信頼感を増します。
同業他社への転職は裏切り行為?
同業他社への転職は、会社の経営者や残る社員にとっては「裏切り」と感じられることがあり、しばしば管理職や上司から批判を受けます。しかし、労働者には職業選択の自由が補償されており、より良い環境を求めて転職することは正当な権利です。
激しく対立することは自分にとっても損になるので、やんわりと感謝の気持ちを伝え、トラブルを最小限に抑えるのがよいでしょう。
同業他社への転職で退職金を不支給・減額とすることは許される?
同業他社に転職した場合に退職金を不支給または減額されるケースがあります。
しかし、このような扱いは違法の可能性があります。退職金の性質として、「賃金の後払い的性格」や「功労報償的性格」がありますが、前者からすれば、既に労働した対価として受け取る退職金は、同業他社に転職するからといって減らされる理由にはなりません。特に「ポイント制退職金」など、労働の対価であることが明らかであれば、合理的な理由なく退職金を減らすことは違法となる可能性が高いです。
一方、「功労報償的性格」の側面からしても、在職中の貢献に対する報奨として支払われる退職金は、労働者に問題行為がなければ減額、不支給とすることはできず、同業他社への転職は、情報漏洩や不当な引き抜きなどによって企業秩序を乱す例外的なケースを除き、退職金を減らす理由にはならないと考えるべきです。
したがって、同業他社に転職することを理由に退職金を不当に減額された場合には、労働審判や訴訟で争うことを検討すべきです。
まとめ

今回は、同業他社への転職にまつわる法律知識を解説しました。
同業他社への転職には、キャリアアップや待遇改善といったメリットがある一方、法律面のリスクは無視できません。競業避止義務や秘密保持義務を負う場合、転職そのものが違法となったり、転職時の情報漏洩が理由で損害賠償請求をされたりといったトラブルに発展するおそれもあります。
そのため、転職を考えた際には、雇用契約書や就業規則をしっかりと確認し、必要に応じて弁護士に相談することが大切です。円満退職を実現するには、事前準備を丁寧に行うことが重要です。また、退職時に、誓約書や合意書、覚書などにサインを求められたときは、その内容を慎重に確認して、不当な義務を負わされないよう注意してください。
退職と転職のタイミングは、特に大きな労働問題が起こりやすいタイミングです。お悩みの方は、ぜひ一度弁護士にご相談ください。
- 同業他社への転職は自由だが、企業は合理的な制限を加えることが可能
- 同業他社への転職だけでは違法にならないが、義務違反とならないよう注意
- 競業避止義務違反・秘密保持義務違反だと、損害賠償を請求されるリスクあり
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