会社が、雇用関係を維持しながら他社で働くよう命じることを「出向」といい、その命令を「出向命令」といいます。
出向命令は、労働者の能力向上や経験値の蓄積、会社間の交流関係の維持など、会社側のさまざまな都合で命じられます。労働者側にとってもキャリアアップに役立つメリットもあります。しかし、遠方への転勤や賃金引き下げ、労働条件や待遇の低下などの不利益をともなう出向命令だと、労働者側としてはどうしても拒否したいものも少なくありません。
そのため、出向命令をきっかけに会社との関係が悪化し、労働トラブルの火種となってしまうことがあります。
今回は、出向命令を拒否できるケースと、違法な出向命令への対応方法について、労働問題にくわしい弁護士が解説します。
- 出向とは、現在の雇用関係を維持しながら、他社とも雇用契約を結ぶこと
- 出向命令をするためには、就業規則などの根拠が必要
- 権利濫用となる出向命令など、違法な出向命令は拒否することができる
出向命令とは
出向命令とは、雇用先の企業との雇用を維持し、在籍したまま、他社で相当長期間にわたって業務に従事することです。
出向の目的はケースによってさまざまですが、次のような会社側の都合でおこなわれることが多いです。
- 子会社や関連会社への経営指導、技術指導
- 労働者の能力開発やキャリア形成
- 雇用調整
- 中高年齢者への処遇(ポスト不足の改善など)
終身雇用を慣行としていた旧来の日本の労働慣行では、1つの会社に一生勤務することのデメリットをおぎなうため、他社との人材交流を活発にして能力や経験を蓄積したり、1社だけでは硬直的になりがちな人事管理に動きを持たせたりするため、出向が大きな役割を果たしてきました。
出向は、出向元との労働契約を解消することなく、出向先の業務に従事するものなため、法律関係が複雑化します。
出向の解消は、出向規程などにしたがって出向元が判断するのが通常です。労働は出向先でするため、服務規律など勤務のルールは「出向先の就業規則」にしたがいます。一方、出向元との契約も解消されないため、勤務を前提としないルールは「出向元の就業規則」があわせて適用されます。
賃金、残業代などの金銭支払は、
- 出向先が労働者に直接支払い、出向元が出向先に一定の金銭を補償する方法
- 出向元が支払い、出向先がその分担額を出向元に支払う方法
のいずれかとする例が多いですが、最終的には、出向元と出向先との合意で決まります。
出向と転籍の違い
出向と似た手続きに「転籍」があります。
転籍は、現在の雇用先企業との雇用契約を終了して、新たに他社との労働関係を結んで他社の業務に従事することです。
出向と転籍の違いは「現在の雇用先企業との雇用契約を維持するか、終了するか」という点にあり、この点を明らかにするために、転籍のことを「転籍出向」、出向のことを「在籍出向」と呼ぶことがあります。
出向と異動・配転の違い
出向と似た手続きに、他には「異動」、「配転(配置転換)」があります。
異動も配転も、就労場所や所属先が変更されることがある点では出向と同じですが、雇用される企業が変わらない点が出向とは異なります。
出向と異動・配転との違いは、どの会社の業務に従事するかが変わるかどうかという点です。出向の対象となると、他社の業務に従事するのに対して、異動・配転はあくまでも雇用先企業内の問題であり、その会社の業務に従事し続けることに変わりはありません。
出向命令を拒否できる3つのケース
次に、出向命令を拒否できるケースについて弁護士が解説します。
出向命令は、日本の労働慣行でよくある人材交流の方法であり、出向命令権が会社に認められているかぎりは、正当な理由なく拒否することはできません。
しかし、出向となると、相当長期間、元の会社に戻れないと予想される上、労働条件が不利益に変更されることもあります。そのため、次のような違法、不当な出向命令であれば、労働者はその出向を拒否できます。
以下では順に、どのようなケースで出向を拒否できるか、わかりやすく解説します。
転籍は、現在の雇用契約を終了し、他社と契約を結びなおす点で、労働者の個別の同意がなければ行えません。つまり、転籍であれば拒否することができます。
これに対し、異動・配転(配置転換)は、職種や就労先が労働契約(雇用契約)で限定されている場合でないかぎり、原則として拒否できません。
出向命令権がないのに命じられた出向
出向命令権は、雇用契約によって当然に生じるものではなく、権限を与える根拠が必要となります。就業規則や雇用契約書などに出向について定めた規定があれば、出向命令権の根拠となります。
そのため、出向命令を受けたらまず、就業規則や雇用契約書、労働条件通知書などを確認し、出向命令権の根拠があるかチェックしてください。
働き方の多様化にともない、正社員でも就労場所や職種が限定された「限定正社員」も増加しています。就労場所や職種が限定されているときは、出向の対象にもならないと合意していることもあり、この場合には出向を拒否できます。
以上のことから、次のような出向は、拒否することができます。
- 就業規則、雇用契約書の根拠がないのに出向を命じられた場合
- 雇用契約書で就労先を特定され、そこ以外で働かないことを合意しているのに出向を命じられた場合
労働者の承諾がない出向
出向は、労務提供の相手を変更することを意味するので、出向を命じるためには原則として労働者の承諾が必要です
民法にも、次のとおり、労働者の承諾なく、雇用契約上の権利を譲渡できないと定められています。
民法625条(使用者の権利の譲渡の制限等)
1. 使用者は、労働者の承諾を得なければ、その権利を第三者に譲り渡すことができない。
民法(e-Gov法令検索)
2. (略)
3. (略)
裁判例(新日本製鐵事件:福岡高裁平成12年11月28日)では、出向についての労働者の承諾は、個別具体的な承諾でなくても、出向の時期や期間について包括的な事前承諾や、それと同視しうるものでよいと判断されています。
出向(在籍出向、以下同じ)は労務提供の相手方の変更、すなわち、使用者の権利の全部ないし一部の出向先への譲渡を意味するから、使用者がこれを命じるためには、原則として、労働者の承諾を要するものというべきである。そして、右承諾は、労働者の不利益防止を目的とするものであることからすると、事前の無限定の包括的同意のような労働力の処分を使用者に委ねてしまうような承諾は、右規定の趣旨に沿った承諾とは言い難いと評すべきである。
福岡高裁平成12年11月28日(新日本製鐵事件)
ただし、民法625条1項が、労働者の権利保護のために、労務の提供先が変更されるときの承諾を必要とした趣旨からして、、この趣旨を失わせる無限定な事前同意は違法です。つまり、就業規則などで「出向を命じることがある」と定めただけでは承諾があったとはいえません。少なくとも、出向規程などで出向後の地位や役職、賃金などの労働条件が明らかにされていなければ違法のおそれがあります。
以上のことから、次のような出向は拒否することができます。
- 出向について定めた規程類が全くないのに出向を命じられた場合
- 就業規則に出向規定があるが、「出向を命じることがある」と定めているだけである場合
- 就業規則に出向規定があるが、実際には社内で出向が行われた実績が全くない場合
- 出向後の労働条件について大きな不利益があることが明らかな場合
出向命令権の濫用となる出向
出向についての根拠規定が適切に定められ、労働者の承諾が得られていたと考えられる場合でも、会社側は、出向命令権を濫用してはなりません。
そのため、権利濫用となる出向命令は拒否できます。労働契約法でも、権利濫用となる出向命令が違法、無効となると定められています。
労働契約法14条(出向)
使用者が労働者に出向を命ずることができる場合において、当該出向の命令が、その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、当該命令は、無効とする。
労働契約法(e-Gov法令検索)
出向命令権の濫用となる出向には、次の3つがあります。
必要性のない出向
権利濫用となる出向の1つ目は、出向の必要性のない出向です。
出向の目的には、技術援助や経営支援、労働者のキャリア形成、能力開発、人材交流の活発化やポスト不足の解消などさまざまありますが、まったく必要性のない出向は、権利濫用として違法、無効です。
出向の必要性とは、言いかえると「会社が目的を具体的に説明できるかどうか」ということです。したがって、出向を命じられたら、目的について会社に開示を求めるのがおすすめです。まったく目的の説明がされないとき、その裏には、次に解説する不当な動機・目的があるおそれもあります。
不当な動機・目的による出向
権利濫用となる出向の2つ目は、不当な動機・目的による出向です。
労働者に不利益を与えて退職を強要しようといったものは、不当な動機・目的による出向であり、権利濫用として違法、無効です。セクハラ、パワハラなどの内部告発した社員、労働組合に加入した組合員への報復として行う出向も違法、無効です。
このような不当な動機・目的による違法な出向は、パワハラ行為と評価されるため、慰謝料を請求できます。
人選の合理性のない出向
権利濫用となる出向の3つ目は、人選の合理性のない出向です。
会社側として、出向を行う必要性が十分あったとしても、その目的にあった出向対象者の選定を行わなければ、出向目的を実現できません。この点で、人選の合理性がまったくない出向は、権利濫用として違法、無効です。
他に適任者がいるのに、育児や介護など、深刻な家庭事情のある労働者に、あえて単身赴任などの不利益を課す出向は、違法の可能性が高いといえます。
違法な出向命令への対応方法
最後に、違法な出向命令を受けてしまった労働者がおこなうべき適切な対応について、弁護士が解説します。
出向命令は、会社にとって組織上の重要な目的があることも多く、拒否する社員に対しては、懲戒処分・解雇を含めた厳しい対応をされるケースもあります。そのため、労働審判・訴訟などの法的手続きに移行する可能性も見すえた対応が必要です。
出向命令の根拠を確認する
違法の疑いのある出向命令を受けたとき、まず出向命令の根拠を確認してください。入社時の雇用契約書や誓約書を確認し、あわせて就業規則、出向規程などの会社の規定があるかどうか、会社に開示を求めます。
出向命令の根拠が存在していたときは、出向命令を拒否するかどうかの方針を決めるため、あわせて次の点がどのように定められているかも確認してください。
- 出向先での労働条件
- 出向命令の人選の基準
- 出向対象となるにあたって受けられる配慮措置
- 出向が解除される時期の目安
就業規則は、労働基準法によって、労働者に周知することが義務付けられているため、もし見ることができないとすれば、その点にも違法性があります。
出向命令を拒否する
出向が違法となることが確認できたら、出向命令を拒否しましょう。
出向のルールが事前に定められていないとき、労働者の個別の同意がなければ出向命令は違法となる可能性が高いです。
納得をしないまま、安易に出向命令に同意してしまわないようにするのが大切です。そして、出向命令を拒否することを明確しないまま出向先で働きはじめると、同意したと評価されてしまうおそれがあるため、書面やメールなど、証拠に残る形で拒否の意思を伝えることがおすすめです。
会社が違法な出向命令に固執するときには、これに従わず、出向先での労務提供も行わないようにします。
異議をとどめて出向する
出向を完全に拒否して労務提供を行わないという対策以外に、異議をとどめて出向するという方法があります。
これは、出向命令は違法の疑いが強いが、会社はやめたくないというときに、ひとまず出向にしたがって就労はするけれども「出向命令は違法であるから、後から争う可能性がある」という異議はとどめておくやり方です。
この方法をとるためには、出向にしたがって働いたことが、「出向を認めた」と評価されないよう、出向先での就労よりも前に、出向命令の違法性について会社に異議をとどめる文書を送付しておくようにします。
出向命令の違法性を争う
出向命令を拒否すると明示した結果、交渉によって出向命令を撤回させることができれば、その後もかわらず会社で働き続けることができます。
しかし、出向を拒否した結果、会社から懲戒処分・解雇といった厳しい処分を受けてしまったとき、それ以上の交渉や、話し合いによる解決は困難であるといってよいでしょう。
このような場合には、違法な出向命令を拒否したことによって受けた不利益もまた違法となるため、労働審判・訴訟といった法的手続きで、会社の処分の違法性を争うようにしてください。
まとめ
今回は、出向命令が違法となるケースと、違法な出向命令への対応方法について、弁護士が解説しました。
長期雇用の慣行がある日本では、出向命令はよくおこなわれます。労働者側でも、組織における必要性に配慮して、我慢してしまいがちです。
しかし近年では、働き方の多様化にともない、終身雇用の崩壊が叫ばれています。違法な出向に対しては、拒否の意思表示を明確にするのが重要なポイントです。
当事務所のサポート
弁護士法人浅野総合法律事務所では、労働問題を得意として、豊富な経験があります。出向命令の拒否についてお、多くの取り扱い実績があります。
違法な出向命令にお悩みの方は、ぜひ一度当事務所にご相談ください。
出向についてよくある質問
- 出向命令を拒否できるのはどのようなケースですか?
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出向を命じるためには、その根拠があり、労働者の承諾が必要となります。そのため、就業規則などの根拠がない場合には出向命令を拒否できます。また、出向命令が権利濫用となるケースも違法なため、出向命令を拒否できます。もっと詳しく知りたい方は「出向命令を拒否できる3つのケース」をご覧ください。
- 違法な出向命令を受けてしまったら、どう対応したらよいですか?
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違法な出向命令を受けてしまったときは、出向命令を拒否するという意思を明確にしてください。内容証明で証拠化しておくのがポイントです。違法性について判断に迷うときは、異議をとどめて出向にしたがうという方法も有効です。詳しくは「違法な出向命令への対応方法」をご覧ください。