2020年4月1日から施行された民法では、「消滅時効」についての規定が大幅に改正されることとなりました。
「消滅時効」とは、権利を行使せずに一定期間が経過した場合に、権利が消滅し、その後はその権利を行使できなくなるという制度のことです。
消滅時効制度についての変更点は、主に次のとおりです。
消滅時効を定めている法律には、民法以外に、商法、製造物責任法、労働基準法などがあり、他の法律にまで影響を与えてる可能性のある点は、注意が必要です。
今回は、「民法改正によって、消滅時効制度がどのように変わったか」について、企業法務にくわしい弁護士が解説します。
【改正①】主観的起算点の導入
これまでの時効の考え方では、債権者が、権利を行使できることを知っていても、知らなくても、消滅時効は進行しました。しかし、今回の民法改正では、「主観的起算点」の考え方が導入されました。つまり、債権者が、権利行使できるかを知っているか知らなかったかによって、時効期間が異なるケースがあるということです。
改正内容
改正前の民法では、「客観的起算点」のみによって消滅時効の起算点は決められていました。具体的には、消滅時効は「客観的起算点から10年」でした。しかし、改正後は、「主観的起算点から5年、客観的起算点から10年」のいずれかによって消滅時効が完成することとなりました。
つまり、「主観的起算点」の考え方が導入されたことで、消滅時効が「5年」と、改正前(10年)よりも短い期間が設定されているものの、債権者が気づいていないうちに「5年」経ってしまって消滅時効が完成するという事態にはならないということです。
主観的起算点による時効、客観的起算点による時効のどちらかが完成していれば、権利行使はもはやできなくなりますが、起算点が2つあり、2つの起算点がずれる場合があることに注意が必要です。
主観的起算点とは?
この度の民法改正で、あらたに導入された「主観的起算点」とは、債権者が、債務者や権利の発生、履行期の到来などを認識した時点のことをいいます。
例えば、債権者が債務者に対してお金を貸しました例で考えてみましょう。このとき、返済期限を平成31年2月1日までと決め、契約書にそのとおり記載したケースを想定してください。
この場合、債権者(貸主)は、債務者(借主)、貸金返還請求権の発生原因となった消費貸借契約締結の事実、および弁済期の到来を知っていることが通常ですので、同月2日が貸金債権の主観的起算点となります
客観的起算点とは?
さきほど解説した「主観的起算点」の対義語として、「客観的起算点」についても説明します。今回の改正民法でも、「客観的起算点から10年」が経過すれば、消滅時効が完成します。
「客観的起算点」とは、債権者が法律上の障害がなく権利行使できる状態となった時点のことをいいます。つまり、平たく言えば、法律上、適切に権利行使ができるようになった時点のことです。
さきほどの例と同様、債権者が債務者に対してお金を貸したケースを考えてください。
返済期限が平成31年2月1日だとすると、契約で決めた返済期限が到来するまでは、貸金の返還を請求することができません。返済期限が到来すれば、その後は、貸金返還請求権を行使し、お金を返すよう求めることができます。
このとき、権利を行使することができる客観的起算点は、返済期限が到来したときに、同時に到来するということです。
【改正②】職業別の短期消滅時効の廃止
現在の民法では、原則的な債権の消滅時効(権利行使可能時から10年)に加えて、職業別に、これよりも短期間のさまざまな消滅時効期間が定められていました。職業別に定められた時効には、次のものがあります。
職業別の消滅時効は、改正前後で、次のように変わります。
- 改正前の民法
医師:3年、弁護士:2年、飲食店:1年 - 改正後の民法
職業別の消滅時効は廃止
改正民法では、これらの債権の種類ごとに定められた消滅時効期間が廃止され、これまで債権の種類によってバラバラであった消滅時効に関する内容が統一されることになりました。
例えば、改正前の民法で、短期消滅時効が定められている、飲食店のいわゆる「ツケ払い」についてのケースを想定してください。
改正前の民法のもとでは、飲食店の債権については、1年間の短期消滅時効が定められていたため、ツケ払いについて、1年請求されなければ支払義務がなくなってしまうこととなっていました。
改正後の民法では、飲食店の債権債務関係であっても、少なくとも「主観的起算点から5年間」の支払義務を負うこととなるため、契約書などを作成しないことが通常である飲食店の飲み食いの支払債務について、飲食店側に有利になります。
【改正③】商事消滅時効の廃止
改正前の民法では、ビジネス上の取引によって生じた債権債務関係には、民法ではなく「商法」が適用される結果、「商事消滅時効」という、民法の消滅時効よりも期間が短いもの(5年)が適用されていました。
一般人の法律行為よりも、企業間の法律行為のほうが、法律に詳しく、消滅時効に敏感なのが当然だと考えられるためです。
しかし、民法改正により、民法上の消滅時効も「主観的起算点から5年」と、商事消滅時効と同じ「5年」の期間に変わったため、民法改正にあわせて商事消滅時効は廃止され、企業間の取引にもまた、民法の消滅時効が適用されることとなります。
もっとも、会社の業務上生じた債権の消滅時効期間は、今までも5年間ですし、会社間の取引における客観的起算点と主観的起算点は通常、一致しますので、実務上、それほど大きな変化はないものと考えられます。
【改正④】不法行為の消滅時効
改正後の民法では、不法行為による損害賠償請求権の消滅時効についての規定も変更されています。
改正前の民法は、一般的な不法行為に基づく損害賠償請求権に関する規定しかありませんでしたが、改正後の民法には、①一般的な不法行為に基づく損害賠償請求権の規定と、②人の生命身体の侵害に基づく損害賠償請求権の規定に分けて規定されます。
また、改正民法は、現在「除斥期間」とされていた、「不法行為時から20年」という権利消滅に関する規定が、「除斥期間」ではなく「消滅時効期間」と変更されました。
改正前の民法の消滅時効に関する規定と改正民法の消滅時効に関する規定の違いは、以下の表のようになります
改正前 | 改正後 | |
---|---|---|
一般的な不法行為に基づく損害賠償請求権の時効 | 主観的起算点から3年、客観的起算点から20年(除斥期間) | 主観的起算点から3年、客観的起算点から20年(時効) |
生命・身体の侵害による不法行為に基づく損害賠償請求権の時効 | 同上(特段の定めなし) | 主観的起算点から5年、客観的起算点から20年(時効) |
人の生命・身体への損害賠償請求権の消滅時効
一般的な不法行為に関しては、民法改正後であっても、起算点も期間も従前のとおりです。
これに加えて、改正民法では、人の生命身体への損害賠償請求権の消滅時効が新設され、除斥期間が廃止され、消滅時効に変更されています。
例えば、加害行為の時から何年か経過した後に精神的な機能障害に至った場合、改正前の民法では被害者が機能障害を知った時から3年間で損害賠償請求権は時効により消滅します。
改正民法では、権利行使できることを知った時から5年間で消滅することとなり、時効期間が2年間伸長されることになります。そのため、生命身体に対する加害行為に関しては、改正民法の方が、被害者が保護されます。
除斥期間の廃止
除斥期間とは、法律が定める、権利の存続期間のことをいいます。権利を行使しないまま除斥期間が経過すると、その権利は法律上当然に消滅します。
除斥期間の目的は、権利義務関係を速やかに確定させることにあります。
除斥期間は、一定期間が経過した後に権利が消滅するという点で消滅時効と似ていますが、次の点で、消滅時効とは大きく異なります。
消滅時効 | 除斥期間 | |
---|---|---|
中断・更新 | あり | なし |
当事者の援用 | 必要 | 不要 |
遡及効 | あり | なし |
【改正⑤】時効の「更新」、「完成猶予」
改正前の民法では、時効の進行がストップする考え方について「時効の停止」と「時効の中断」という考え方がありました。
「時効の停止」は、一旦時効期間の進行が止まり、その後、停止事由がなくなると時効期間が進行するというもの、「時効の中断」は、一旦時効期間がゼロに戻るもののことをいいますが、「停止」「中断」という用語の一般的な用法とは異なり、わかりづらい状態でした。
改正民法では、「時効の完成猶予」、「時効の更新」という用語に置きかわり、それぞれの事由についても整理されました。
仮差押えや仮処分など、これまでは時効の中断事由にあたるとして規定されていた事由が、改正民法では、時効の完成猶予事由にとどまることとなったなど、企業が債権管理を行う際に注意が必要となります。
改正民法の消滅時効はいつから適用?(経過措置)
ここまで、改正民法の消滅時効について解説してきましたが、改正される新しい消滅時効は、いつから適用されるのでしょうか。この点について、民法改正附則では、民法改正の施行日よりも前に生じた債権については、改正前の民法の消滅時効期間によるものと定められています。
「施行日前に債権が生じた場合」とは、債権の原因となった法律行為が施行日前にされた場合も含むものされている点には注意が必要です。
例えば、弁済期が施行後であっても債権の発生原因となる契約が施行日前になされている場合には改正前の民法が適用されます。また、施行日前にされた商行為によって生じた債権も現行商法が適用されます。
まとめ
今回は、2020年4月施行の民法(債権法)改正と、これに対応した契約書チェックのポイントのうち、消滅時効の改正について、弁護士が解説してきました。
契約書の専門家である弁護士は、常に最新の裁判例や実務の動向をチェックし、契約書等に反映していけるよう、勉強会などを通じてノウハウの蓄積に努めております。
自己の会社に対応した内容の就業規則や契約書を弁護士などの専門家に相談して、作成、修正し、民法の改正に備えることをお勧めします。消滅時効の改正は、特に多くの債権管理をしなければならない企業ではおろそかになりがちです。
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