会社(使用者)が労働者を雇用するとき、採用面接をはじめとした採用選考を行います。採用選考の結果、採用基準に満たない応募者について採用を拒否することは、会社側の判断として広く認められています。
このように、会社には労働契約締結の自由、つまり、「採用の自由」が認められており、特定の思想・信条を有する応募者の採用を拒否したとしても、それだけで違法となるわけではありません。
一般社会では思想・信条による区別は「差別」として許されませんが、採用にはそれだけの特殊性があるのです。
今回は、会社側に認められる採用の自由・調査の自由と、それらが制限されるケースなど、採用場面における労働問題について、人事労務にくわしい弁護士が解説します。
- 会社には「採用の自由」があるため、誰を採用するか(もしくは採用しないか)は企業側の自由
- 採用の自由があるため、採用時の調査も自由
- 男女差別、障害者差別、組合差別などでは、採用の自由が認められない
採用の自由とは
採用の自由は、人を雇用する企業、つまり「使用者側」に、雇用契約を結ぶときに認められる契約の自由です。採用の自由は、雇用契約の「入口」について使用者側に裁量があることを示しています。
採用の自由の具体的な内容
採用の自由の具体的な内容には、次のものが含まれます。
採用人数を決定する自由
複数の求職者がいるとき、そのうち何名を採用するか(もしくは採用しないか)は、企業の自由な裁量に委ねられています。
選択の自由
複数の求職者がいるとき、どのような基準で、どの人と雇用契約を締結するかについて、企業側が決めることができます。
契約締結の自由
各求職者と会社との間で、雇用契約を締結するか、しないかを、企業側が自由に決定することができます。
調査の自由
以上のような採用段階の選択について、企業側が有効に講師するために、考慮要素となる事情について自由に調べることができます。
具体的には、面接時の質問、採用調査などの方法で実施されます。
解雇は制限される
雇用契約の「入口」である採用時には、「採用の自由」によって企業側に裁量が認められているのに対し、雇用契約の「出口」では、企業側の裁量は非常に限定されています。
会社側から一方的に雇用契約を解約することを意味する「解雇」は、労働者にとって不利益が大きいことから、日本の労働法では厳しく制限されています。具体的には「解雇権濫用法理」のルールによって、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当なものでなければ、権利濫用の「不当解雇」となってしまいます。
会社側としては、一度会社に入社してもらうと、労働契約の解約場面において一方的に解雇することが難しいことをよく理解し、「採用の自由」のある従者段階で、十分な選考を行う必要があるのです。
採用の自由の法的根拠
採用の自由は、次のとおり、憲法、民法、労働基準法といった法律に根拠をもつ、法的に認められた権利です。
憲法上の根拠
憲法では、国民に経済的自由権が与えられています。
具体的には、次のとおり憲法22条、憲法29条で、財産権の行使、営業、その他広く経済活動の自由が基本的な人権として保障されています。
憲法22条
1. 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
2. 何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。憲法29条
財産権は、これを侵してはならない。
憲法(e-Gov法令検索)
その反面、憲法では、国民に思想・信条の自由(憲法19条)を認めています。思想・信条の自由は侵してはならず、これらの理由で差別してはなりません。そのため、労働問題の場面でも、思想・信条を理由として労働条件について差別するのは違法です。
採用選考の場面では、使用者側の経済活動の自由と、労働者側の思想・信条の自由という、憲法に根拠をもつ重要な2つの自由が対立することとなり、これらの調整をする必要があります。その調整の結果、裁判例によって示されたのが「採用の自由」という結論なのです。
民法上の根拠
民法には「契約の自由」という考え方があります。これは、契約は契約当事者の合意によって決まり、「誰と契約を締結するか」もしくは「そもそも契約自体を締結するか、しないか」は契約当事者の自由とされるというルールです。
「採用の自由」は、この「契約の自由」を雇用契約という特殊な場面にあてはめた考え方です。
つまり、雇用契約もまた「契約」の一種であるため、その契約を結ぶか、結ばないか、そして、誰と結ぶか、といった点は、契約締結の当事者である労使の合意によるということです。そのため、会社側においても、契約締結を拒絶したり、選択したりする権利があるというわけです。
労働基準法上の根拠
民法は、対等な当事者の法律関係を前提としていますが、労使関係のように力関係に差があるとき、弱い立場の保護が必要となります。弱い立場である労働者の保護を目的として作られたのが、労働基準法をはじめとする労働法です。
労働基準法には、採用の自由を直接定める規定はありませんが、次のとおり労働条件に関する差別的待遇を禁止する規定があります。
労働基準法3条(均等待遇)
使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。
労働基準法(e-Gov法令検索)
力関係に差のある労使関係において、労働者の差別は許されていませんが、労働基準法3条はあくまでも雇用後の労働者の差別を禁止したものであり、雇い入れそのものを制限する規定ではありません。
つまり、入社後に、思想・信条などを理由として他の労働者と差別することは許されないものの、入社させるかどうかは企業の裁量、すなわち「採用の自由」というわけです。
終身雇用の慣習が長く続いていた日本社会で、企業経営の円滑な運営の妨げとならないようにするため、入社時の企業側の自由を広く認めているというわけです。
先ほど解説したとおり、解雇は「解雇権濫用法理」により厳格に制限されており、労働基準法3条によって禁止される差別的取扱に基づく解雇は、不当解雇と判断されるおそれの高いものです。
「調査の自由」により、採用時の質問が許される
「採用の自由」により、採用時の判断には企業側の裁量が認められると解説しましたが、採用選考の場面で、採用面接だけで求職者の適性を見抜くのはとても難しいです。そのため、採用の自由を実効的に行使するためには、採否の基準となる事項について質問をし、求職者に回答を求める自由が必要となります。
採用選考において企業側が労働者に質問をし、回答を求める自由が許されていることを「調査の自由」といいます。
採用時の調査方法
採用の自由と調査の自由が認められることから、企業側としては、採用時に十分な調査をすることが必要となります。
次章で解説するように、虚偽申告が解雇理由となることの裏返しとして、「調査を十分に行わなかったために、重要な事実が判明していなかった」とすればそれは採用段階の企業側の責任であり、後から発覚した事情をもとに解雇するのは難しくなってしまいます。
採用選考の主は採用面接です。採用面接では、後に発覚すれば「経歴詐称」として解雇したいと考えるような重要な事情があるのであれば、必ず質問しておくのが重要なポイントです。
採用面接で直球の質問をすることが難しいような事情でも、採用判断において重要だと考える事情については、次のような多様な調査手法を利用して求職者の問題点を明らかにしておく必要があります。
- 履歴書・職務経歴書・エントリーシートなどを提出させ、書面審査を行う
- SPIなどの試験を課す
- 回答を任意として、アンケート形式による書面調査を行う
- 採用面接において質問を行う
- 内定を出す前に、調査会社等による行動調査を行う
調査結果を証拠に残す
採用選考において調査を行ったときは、その回答を証拠化しておくのが重要なポイントです。後に労働紛争が労働審判・訴訟などの形で争いとなったとき、証拠による立証が重要となるためです。
労働者は、入社したいがあまりに嘘をつくかもしれません。しかし、「嘘をついた」という証拠を残すことにより、のちに「経歴詐称」として解雇できる可能性を残すことができるのであり、真実がわからないからといって質問すらしないと、後から判明したとしても会社から出て行ってもらうことが難しくなってしまいます。
採用面接における口頭のやり取りは、後から「言った、言わない」の水掛け論になりがちです。証拠を残すときは、次のような点に注意してください。
- 採用面接は、質問者と記録係の2名以上で行い、議事録・メモを残す
- 採用面接を担当した社員から上司への報告書を残す
- 採用選考が進んだ内定候補者については、採用面接の録音を行う
虚偽申告は解雇理由になり得る
採用の自由と調査の自由が企業側に認められているため、採用選考のとき労働者側が、採用判断に関わる重要な事情について虚偽の申告をしていたことは、入社後の解雇理由となる可能性があります。
先ほど解説したとおり「解雇権濫用法理」により解雇は制限されていますが、重要な虚偽申告であれば不当解雇とはなりません。このように解雇理由となり得る虚偽申告には次のようなものがあります。
- 前科前歴に関する虚偽申告
- 業務において必須となる能力・資格などに関する虚偽申告
- 学歴に関する虚偽申告(学歴詐称)
調査の自由が認められている趣旨からして、労働者側が虚偽の事実を伝えたり、事実を隠したり、回答を拒否したりすることが許されてしまっては、採用の自由が無意味となってしまうからです。むしろ、採用の自由を適切に行使するためには、採否決定の重要な要素となると考える事情があるのであれば、思想・信条にかかわる過去の行動についても積極的に調査を行うことが必要です。
採用の自由を認めた裁判例
採用の自由は、労使それぞれに認められた憲法上の重要な権利の調整であり、かつ、民法上の契約の自由のあらわれである、法的な根拠を備えたものであることを解説しました。重要な最高裁判例でも、採用の自由が認められたものがあります。
企業側の採用の自由を認めた有名な最高裁判例が、三菱樹脂事件判決(最高裁昭和48年12月12日判決)です。この裁判例では、次のように述べ、採用の自由を認めています。
憲法は、思想、信条の自由や法の下の平等を保障すると同時に、他方、22条、29条等において、財産権の行使、営業その他広く経済活動の自由をも基本的人権として保障している。それゆえ、企業者は、かような経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇用するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができるのであって、企業者が特定の思想・信条を有する者をそのゆえをもって雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法とすることはできないのである。
三菱樹脂事件(最高裁昭和48年12月12日判決)
この裁判例では、労働基準法3条が、思想・信条による労働条件の差別を禁じているのは雇用後のことであり、雇入れ時の規制ではないことにも言及しています。採用の自由があることから、会社が思想・信条などを理由に雇い入れを拒否したとしても、労働者側から損害賠償請求・慰謝料請求を受けることもありません。
また、採用の自由とあわせて、調査の自由についても次のとおり判示し、認めています。
企業が雇用の自由を有し、思想、信条を理由として雇入れを拒んでもこれを目して違法とすることができない以上、企業者が、労働者の採否決定にあたり、労働者の思想、信条を調査し、そのためその者からこれに関連する事項についての申告を求めることも、これを法律上禁止された違法行為とすべき理由はない。
三菱樹脂事件(最高裁昭和48年12月12日判決)
むしろ、採用時の調査で知れた事情であれば、調査が不十分で採用時には知ることができず後から判明したとしても、解雇理由とするのが難しくなってしまうおそれもあります。採用時に知り得る事情なら、その際に知って採用を拒否できたはずです。一旦採用したのであればその事情は採否を決定づけるほどに重大ではないと労働者が期待してしまうためです。
なお、三菱樹脂事件の最高裁判決に対し、控訴審判決では、採用の自由について限定的に判断し、企業側敗訴となっています。
控訴審判決は、労働者側が秘匿していた事実が、政治的な思想・信条であったことから、これを理由とする差別が平等原則(憲法14条)、均等待遇(労働基準法3条)に違反すると判断しました。そして、採用選考で、政治的な思想・信条について申告を求めることが公序良俗に反し、秘匿による不利益を労働者に課すことはできないとし、採用の拒否は無効だと判断しました。
このように、企業の採用の自由よりも、労働者の思想・信条の自由を優先し、企業側の敗訴と判断した控訴審と比較して、最高裁判断のポイントを理解しておいてください。
採用の自由の限界
採用の自由にもまた限界があります。というのも、採用の自由は、憲法上認められた重要な自由について、労使の調整の結果として認められたものです。そのため、労働者の権利・自由のほうが重視すべきとき、逆に、企業の採用の自由が制限されるべきと考えられているからです。
採用の自由が法的に制限されている場合があり、次のような特定の理由での採用拒否が違法となります。
- 男女雇用機会均等法による制限
事業主は、労働者の募集及び採用について、その性別にかかわりなく均等な機会を与える必要がある(男女雇用機会均等法5条)。
男女差別は明確に禁止される。ただし、均等な機会を与えればよいのであって「男女同数の採用としなければならない」などの意味ではない。 - 障害者雇用促進法による制限
会社は、障害者をすすんで雇用する努力義務を負う。また、一定の雇用率に達する障害者の雇用を義務として、これを満たさない場合には、障害者雇用納付金が必要となる。 - 労働組合法による制限
労働組合法7条1項では、労働者が労働組合に加入せず、もしくは労働組合から脱退することを雇用条件とするなどは禁止される。組合員であることを理由として採用を拒否することは、労働組合法に定められた「不当労働行為」という違法行為となる。 - 雇用対策法による制限
雇用対策法10条で、募集・採用において、年齢に関わりなく均等な機会を付与すべき義務がある。
ただし、期間の定めのない労働者を定年年齢を下回ることを条件として募集・採用する場合、新規学卒者を長期雇用のために募集・採用する場合、特定職種において特定年齢層の労働者が少ない場合にその年齢層の者を補うための募集・採用である場合などは例外となる。 - 「労働者の個人情報保護に関する行動指針」(厚生労働省)による制限
使用者の採用選考時における行動指針。使用者は原則として、労働者の人種、民族、社会的身分、門地、本籍、出生地その他社会的差別の原因となるおそれのある事項、思想、信条及び信仰といった個人情報を収集してはならない。 - 「HIV指針」(厚生労働省)による制限
HIV(いわゆる「エイズ」)にり患した患者の差別を禁止し、HIV感染のみを理由とした採用拒否、労働条件に関する差別、不利益な取扱いを禁止する。裁判例でも、本人の同意なくHIV抗体検査やB型肝炎ウイルス検査を行ったケースで、企業側の違法性を認めたものあり。
採用の自由の限度は、これらの法律に禁止された違反行為以外でも問題となることがあり、不当な差別は、労働審判・裁判などの法的手続きで、のちに違法と判断されてしまうリスクがあります。
重要なことは、労働者のある性質や事実、行為に着目して採用を拒否するときに、その「業務上の必要性」があるかどうかを立ち止まってよく検討することです。その採用拒否の理由が、純粋に業務上の必要性があるものであり、このまま採用して入社させてしまうと業務に大きな支障が生じることが説明できれば、後日紛争になったとしても十分戦える材料があることを意味しているからです。
まとめ
今回は「採用の自由」が会社にどの程度認められるのかについて、弁護士が解説しました。
採用の自由が問題になるとき、採用選考で会社が労働者に対して聞く質問は、とてもデリケートなものとなることが多く、会社側が遠慮してしまって、あとから会社の期待していた人物ではなかったことが判明して争いとなることがあります。
会社側に採用の自由が認められ、これに基づく調査の自由があることをきちんと理解し、採用面接段階において適切な対応をすることが、後の労働紛争を未然に防止するのに有効です。
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人事労務のよくある質問
- 採用の自由とはどのようなものですか?
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採用の自由とは、企業側に認められた、採用時にどのような人を採用するか(もしくは、採用しないか)などを自由に決めてよい権利のことです。解雇が厳しく制限されているため、採用時にしっかりと検討する必要があります。詳しくは「採用の自由とは」をご覧ください。
- 採用の自由に限界はありますか?
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採用の自由は、労使の憲法上の権利の調整から生まれたものですので、労働者の権利のほうが優先すべきケースでは制限されます。例えば、男女差別、人種差別、組合差別などは、採用時といえど許されません。もっと詳しく知りたい方は「採用の自由の限界」をご覧ください。