2020年4月1日に施行された民法改正(債権法改正)にともない、従来の書式・ひな形を使いまわしていた企業は、2020年4月1日以降、改正民法に適合した内容の契約書などを準備する必要があります。
改正後の民法に適合しない契約書、利用規約などの書式・ひな形を利用した場合、予想していなかった損失を被るおそれがあります。
今回は、民法改正の経緯を解説するとともに、改正民法であらたに定められた「契約不適合責任」の考え方について、企業法務にくわしい弁護士が解説します。
改正の経緯等
民法改正における概要
民法は、1896年以降、長らく改正がなされていませんでした。そのため、条文が古いもので一般の方にはわかりづらかったり、新しく生まれた判例法理が反映されていなかったりなど、改正の必要が叫ばれていました。
判例法理の蓄積や、実務上の運用を、法律の条文に反映し、国民に分かりやすい民法とするために、民法のうち債権法に関する部分の改正が進められていました。
今回話題となっている民法(債権法)の改正は、2020年4月1日から施行(一部の規定を除く)されました。主な改正対象の範囲は、「第3篇 債権」を中心に、「第5章 法律行為」「第7章 時効」(取得時効を除く)です。
重要なポイント
改正後の民法(債権法)の施行は2020年4月1日からですので、これまで利用してきた契約書の書式・ひな形などを再確認し、改正法に対応したものに修正、変更することが求められています。
民法のうち、「債権」や「時効」の分野が改正されたことにより、様々な契約類型に改正法が適用されることになります。特に個人間の売買などに関しては大きな影響があります。
契約実務に影響ある主な改正ポイント
今回の民法改正で、実務上、大きな影響がある点は、次のとおりです。
特に、売買に関する契約不適合責任の新設は、実務に与える影響が大きく、契約書作成・チェックの際に注意が必要です。そこで今回は、この契約不適合責任について解説します。
契約不適合責任制度(改正民法562条1項)とは?
まずは、改正された「契約不適合責任制度」について、改正後の民法の条文をご覧ください。
民法562条1項
引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるときは、買主は、売主に対し、目的物の修補、代替物の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完を請求することができる。ただし、売主は、買主に不相当な負担を課すものでないときは、買主が請求した方法と異なる方法による履行の追完をすることができる。
民法(e-Gov法令検索)
改正民法で導入される「契約不適合責任制度」とは、わかりやすくいうと、買主が契約内容と違う物を受け取ったときに、売主に対して、契約内容に合った物の履行を請求できる制度のことです。
例えばリンゴ2個について売買契約を締結したが、リンゴ1個が腐っていた場合を考えてみましょう。
この場合、売主は、買主に対し、腐っていたリンゴと新しいリンゴを交換するよう請求できます。これが、契約不適合責任制度です。
「契約不適合責任」創設の経緯
改正民法で、「契約不適合責任制度」がつくられた経緯について解説します。現在の民法にも、これと似た「瑕疵担保責任」という制度がありました。
「契約不適合責任制度」と「瑕疵担保責任制度」とは、使われている法律用語が次のように異なります。
- 改正前の民法→目的物に「隠れた瑕疵」(改正前の民法570条)
- 改正後の民法→「契約の内容に適合しないもの」
では、なぜ、「瑕疵担保責任制度」がなくなり、新たに「契約不適合責任」という新しい制度が導入されたのでしょうか?
その理由は、①文言のわかりにくさと、②裁判所による判断の不統一性が問題でした。
つまり、「文言のわかりにくさ」について、そもそも「瑕疵」とは何なのか、「裁判所による判断の不統一性」については、何を基準に「瑕疵」であるかどうかを判断するのかというルールが、民法に存在しないことが問題となっていました。
例えば、次の裁判例のとおり、裁判所においても、同一の事例ですら、「瑕疵」であるかどうかの基準がまちまちで、判断の予測がつかない状態となっていました。
足立区土地開発公社フッ素事件(最高裁平成22年6月1日判決)では、売買契約締結時点においては規制対象とされていなかったが、その後規制の対象となった物質が混入されていた土地の売買について、その物質の混入が「瑕疵」にあたるかどうか争われました。
この事件では、第一審裁判所は瑕疵にはあたらないと判断しましたが、控訴審で覆され瑕疵に該当するとされました。もっとも、最終的には最高裁判所において瑕疵に該当しないと判断されました。
そこで、文言自体の抽象性の解消や、国民に分かりやすい民法の創設のため、新たに「契約不適合責任」という概念が創設されました。
「契約不適合責任」の要件
改正民法の「契約不適合責任」と、現在の民法にある「瑕疵担保責任」の要件は、次のように異なります。
- 改正前の民法の瑕疵担保責任→瑕疵+買主の善意無過失
- 改正後の民法の契約不適合責任→「契約の内容に適合しない」ことのみ
そして、「契約不適合責任」の要件である、「契約の内容に適合しない」かどうかは、契約の内容などを総合的に考慮して判断されることとされています。この際には、次の点が、重要な判断要素となります。
- 当事者の合意
- 契約の趣旨
- 契約の性質
- 契約の目的
- 契約に至る経緯
例えば、さきほどの裁判例のリンゴの例でいうと、契約を定めた目的、リンゴの品質、リンゴの形状、リンゴの産地等が契約書に書いてあればそれを基準に「契約内容に適合しない」か否かをまず判断することになります。
「契約不適合責任」の効果
改正民法であらたに導入された「契約不適合責任制度」では、その効果もまた、現在の民法における「瑕疵担保責任」とは次のように異なります。
- 改正前の民法の瑕疵担保責任→解除、損害賠償
- 改正後の民法の契約不適合責任→追完請求権、代替物提供請求権、買主の代金減額請求権、解除等
つまり、「契約内容に適合しない」と判断できる場合に、解除や損害賠償請求だけでなく、その他の解決方法も柔軟に検討可能であることとなります。
新設された「契約不適合責任」の具体的内容
追完請求権・代替物提供請求権(民法562条1項、同項但書)
「契約不適合責任」で、「契約内容に適合しない」と認められたときの効果のうち、「追完請求権」は、買主側の権利であり、「代替物提供請求権」は売主側の権利です。
つまり、例えば、先ほどの例で、売主と買主間で青森のリンゴ2個を売買し、1個が腐っていたとします。先ほどと同様に買主は、青森のリンゴ1個と交換するよう請求できます。これが、追完請求権です。
一方、売主は、青森のリンゴは手元になかったため、同価格の秋田のリンゴを替わりに提供することができます。これが、代替物提供請求権です。
もっとも、売主は、明らかに価値が違う製品を替わりに渡す等「買主に不相当な負担」を課してはいけません。
買主の代金減額請求権(民法563条)
買主が、追完請求権を行使できる場合で、相当の期間を定めて催告し、その期間内に履行の追完がないときには、買主側は、代金減額請求権を行使することができます。
民法563条
前条1項本文に規定する場合において、買主が相当期間を定めて履行の追完の催告をし、その期間内に履行の追完がないときは、買主は、その不適合の程度に応じて代金の減額を請求できる。
民法(e-Gov法令検索)
例えば、先ほどの例でリンゴが1個100円だったとします。その場合に、買主は、売主に対し相当期間を定め、新しいリンゴと交換するように請求し、それでも売主が応じない場合においては不適合分(100円)について減額するように請求できます。
これが、買主の代金減額請求権です。
なお、この権利は、契約を有効とすることを前提とした権利ですので、契約の解除と同時には行使できません。
存続期間(民法566条)
改正民法で導入された「契約不適合責任」には、存続期間が設定されています。放置しておくと、「契約内容に適合しない」というケースでも、責任の追及が難しくなるため、注意が必要です。
買主が契約内容に適合しないことを知った時から1年以内に売主に通知する義務で、買主は、期間を過ぎれば追完請求権や代金減額請求権の行使ができなくなります。
民法566条
売主が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない目的物を買主に引き渡した場合において、買主がその不適合を知った時から1年以内にその旨を売主に通知しないときは、買主は、その不適合を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。
民法(e-Gov法令検索)
現在の民法にある「瑕疵担保責任」では、買主は、「瑕疵の事実を知ったときから1年以内」に瑕疵担保責任の追及をしなければならないとされていました。これに対して、改正民法の「契約不適合責任」では、買主は契約不適合の事実を知った時から1年以内にその旨を売主に「通知」すれば足りることとされています。
つまり、責任追及の権利を行使するのではなく「通知」するだけで、権利が保全できるということです。
商法上の責任との関係は?
ここまで解説してきたことは、「民法の改正」の話です。しかし、会社間の売買契約や一方が会社の場合における売買契約の場合には、民法の規定よりも優先して、商法の規定が適用されます。
商法にも、「瑕疵担保責任」が定められていましたが、今回の民法改正にともない、「瑕疵」という用語が、「契約の内容に適合しないこと」と変更されます。
そこで、契約書においては、「瑕疵」文言を改訂することが必要です。また、文言が変更になるため、改正民法のところで述べたように、今まで以上に目的物の性質等を詳細に契約書に記載することが求められます・
存続期間については、商法の適用が優先されますので、この点について従来の契約書の内容を大きく変更する必要はないと思われます。
瑕疵担保条項の損害賠償規定に関しては、「なお、この場合には履行利益を含む」、「直接的及び間接的損害」という文言を用いている契約書が多いです。
もっとも、改正民法において契約不適合責任は契約責任ですので、そのような規定を削除し、「損害(特別事情によって生じた損害であっても売主がその事情を予見すべきであった時も含む)」といった、契約責任を前提とした条項に改訂する必要があります。
契約不適合責任の契約実務への影響・チェックポイント
最後に、今回解説した、民法(債権法)の改正点について、契約書をどのようにチェックしたり、修正したらよいか、弁護士が解説します。
「瑕疵担保責任」から「契約不適合責任」へと概念が変わりますが、その影響は、売買契約だけでなく、請負契約などその他の契約にも及びます。契約実務に与える影響は大きいと考えられます。
従来の契約書を維持する場合においても、改訂する場合においても、専門家の視点で以下の点を中心に従来の契約書を見直す必要性が高いと考えられます。
「契約内容に適合しない」か否かの要件該当性
まず、契約書の文言に「瑕疵」と書いてあるものは、民法改正前の契約書を使いまわしていることが明らかです。全て「契約不適合」と修正しておくのがよいでしょう。
「契約内容に適合しない」か否かは、当事者の合意や契約の趣旨を重視し判断されるため、契約書の前文、確認規定、表明保証規定及び契約不適合責任規定自体において
- 売買契約対象物に求められている性質とは何か?
- そのような性質に反する欠陥とは何か?
という点を今まで以上に意識して、売主・買主の立場に応じて契約書に明記する必要があります。
例えば、さきほどのリンゴの例で言えば、単に「青森県で採れたリンゴ以外は本件売買契約の目的物とはしない」という契約書の記載だけに留まらず、収穫場所、収穫時期、生産者などをより詳細に記載し、目的物の性質をより契約書において記載しておくことは後のトラブルを予防する点からしても有効です。
追完請求権・代替物提供請求権・代金減額請求権
新たに導入された「契約不適合責任」のうち、追完請求権、代替物提供請求権についての条文は、「任意規定」とされています。
「任意規定」とは、必ず守らなければならないわけではなく、当事者の合意によって、規定を変更したり、排除したりすることができるルールのことをいいます。
例えば、契約書をチェックするときに、これらの「任意規定」について、買主側優位に、逆に、売主側優位に修正、変更するための方法は、次のような例があります。
- 買主優位の修正
買主が請求した方法と異なる方法による履行の追完権を売主に認めない旨の規定を、契約書に追加する - 売主優位の修正
「買主に不相当な負担を課するものでないとき」を売主側に有利に解釈できるような規定を、契約書に追加する
- 買主優位の修正
相当期間の催告を経ずに、ただちに減額請求できる旨の規定を定める、報酬減額割合の基準時を定める規定を、契約書に追加する - 売主優位の修正
「買主の代金減額請求権」の適用事態をなくす規定を、契約書に追加する
存続期間
改正前の民法に比べ、改正後の民法の規定は、買主に有利になっているため状況に応じて、売主は、このような規定を排除したり、特約を規定したりすることを検討することも必要と考えられます。
消費者契約法との関係
消費者を相手とする事業者の方は、民法だけでなく、消費者契約法に違反する契約書とならないように注意が必要となります。
つまり、消費者契約法10条において「消費者の利益を一方的に害するもの」は無効であると定められていることから、この規定に違反しないよう、契約を作成する際には十分注意してください。
具体的には、買主の追完請求権や代金減額請求権を一切認めない条項や認めたとしても買主の権利行使期間を著しく短くしたりする条項などは無効となる可能性があります。
まとめ
今回は、2020年4月1日より施行された民法(債権法)改正と、これに対応した契約書チェックのポイントについて、弁護士が解説してきました。
特に不動産や高額な目的物を売買される方、継続的に特定の相手方と売買される方にとっては、契約書を改正民法に対応させていなかったというだけで多額の損失が生じる危険があり得ます。
当事務所のサポート
契約書の専門家である弁護士は、常に最新の裁判例や実務の動向をチェックし、契約書等に反映していけるよう、勉強会などを通じてノウハウの蓄積に努めております。
以前の契約書チェックから時間が経っておられる方は、損失を避け、急な変化にも柔軟に対応できるよう、契約書のチェックを弁護士に依頼することをご検討ください。