正社員転換措置の義務化とは、企業に対し、パートタイム・有期雇用労働法に基づき、非正規を正社員へ転換する措置を設けることを求めるものです。非正規社員の待遇改善を図るため、企業が講じるべき措置として法律で義務付けられています。
「同一労働同一賃金」の考え方が広まり、非正規社員と、正社員との待遇差の是正が、企業の課題となっています。2020年10月13日及び15日に、同一労働同一賃金に関する重要な最高裁判決(大阪医科薬科大学事件、メトロコマース事件、日本郵便・佐賀事件、日本郵便・東京事件、日本郵便・大阪事件の5判決)が立て続けに下されました。これらの判決で、労働契約法20条(現はパートタイム・有期雇用労働法8条)における「その他の事情」として、企業が講じる正社員転換措置が考慮された点が注目されています。
このような背景から、パートタイム・有期雇用労働法に定められた正社員転換措置の義務化では、非正規社員の待遇の改善を目指した一定の制度を設けることが、使用者の義務とされました。
今回は、正社員転換の義務化の具体的な内容と、実務上の注意点を解説します。
- 非正規から正社員への転換をする措置を設けることが義務化された
- 大企業では2020年4月、中小企業では2021年4月1日より施行された
- 正社員転換措置を設けることが、同一労働同一賃金の判断に有利に働く
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非正規社員の正社員転換措置の義務化とは

非正規社員の正社員転換措置の義務化とは、短時間労働者(アルバイト、パートタイマーなど)や有期雇用労働者(契約社員など)に対し、正社員への転換を推進するための措置を企業が講じることを義務付ける制度です。
この制度は、パートタイム・有期雇用労働法(正式名称:「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」)で、以下のように定められています。
パートタイム・有期雇用労働法13条(通常の労働者への転換)
事業主は、通常の労働者への転換を推進するため、その雇用する短時間・有期雇用労働者について、次の各号のいずれかの措置を講じなければならない。
一 通常の労働者の募集を行う場合において、当該募集に係る事業所に掲示すること等により、その者が従事すべき業務の内容、賃金、労働時間その他の当該募集に係る事項を当該事業所において雇用する短時間・有期雇用労働者に周知すること。
パートタイム・有期雇用労働法(e-Gov法令検索)
二 通常の労働者の配置を新たに行う場合において、当該配置の希望を申し出る機会を当該配置に係る事業所において雇用する短時間・有期雇用労働者に対して与えること。
三 一定の資格を有する短時間・有期雇用労働者を対象とした通常の労働者への転換のための試験制度を設けることその他の通常の労働者への転換を推進するための措置を講ずること。
どのような雇用形態で社員を雇うかは、本来、労使の合意で決まります。しかし、企業が利益を追求し、コスト削減を目的に、非正規社員に対して一方的で不当な処遇を押し付けることのないよう、不安定な地位に置かれやすい非正規の保護が必要となります。
そのため、一定の要件を満たす非正規社員の地位を向上させ、安定した雇用を目指せる制度を整備することが義務化されました。以下では、非正規社員の正社員転換措置の義務化が、どのような制度なのか、わかりやすく解説します。
正社員転換措置の内容
パートタイム・有期雇用労働法13条に基づき、企業は次の3つのうちいずれかの措置を講じる必要があります。
- 正社員募集時の情報周知
通常の労働者の募集をする際、その雇用条件を非正規社員にも周知すること - 希望申出の機会提供
通常の労働者の配置を新たに行う際、非正規社員にもその希望を申し出る機会を与えること - 転換試験制度などの導入
通常の労働者へ転換するための試験制度、その他の転換推進措置を講じること
つまり、正社員の募集や登用に関して、非正規社員にも平等に情報や機会を提供し、能力や意欲のある労働者が正社員として働けるような制度を整えることが求められます。
なお、法律上の義務は「転換措置の導入」までであり、実際に非正規社員を正社員へ転換させることまでは求められていません。そのため、結果的に転換措置に基づいて正社員になれなかったとしても、それ自体は違法ではありません。ただし、制度が形骸化している場合、義務を果たしていないと評価される可能性があります。
正社員転換措置の周知方法
正社員転換措置を実効性あるものとするには、非正規社員に対し、その内容を事前に周知することが重要です。周知が不十分だと、制度を設けても活用されず、形だけのものとなってしまいます。
周知の方法としては、以下のようなものが考えられます。
- 就業規則などの社内規程に明記し、事業場に備え置く。
- 雇用契約書や労働条件通知書に記載し、入社時に交付する。
- 事業場内の掲示板、社内イントラネット上に掲載する。
- 社内メールや回覧板で周知する。
- 給与明細に資料を同封する。
- 人事考課の面談で説明し、希望を聴取する。
いずれの方法にせよ、制度内容がわかりやすく周知されていないと、非正規社員から「制度があるのか分からない」「どうすれば正社員になれるのか基準が不明」といった不平不満が生じ、職場の士気低下に繋がるおそれがあります。
義務違反に対する制裁と企業のリスク
パートタイム・有期雇用労働法に基づく正社員転換措置の義務に違反しても、刑事罰などの直接的な罰則は設けられていません。ただし、義務違反には様々なリスクがあります。
具体的には、厚生労働大臣は、義務に違反した事業者に対して報告を求めたり、助言、指導、勧告といった行政処分を行うことができます(同法18条1項)。また、勧告に従わない事業者名を公表することができます(同条第2項)。
法違反があるという事実を知られると、コンプライアンス意識に疑問を生じさせ、企業イメージや社員のモチベーションの低下、新規人材の採用難など、経営上のリスクに繋がります。
施行日:大企業は2020年4月1日、中小企業は2021年4月1日
パートタイム・有期雇用労働法の正社員転換措置の義務化が施行されるのは、大企業については2020年4月1日、中小企業については2021年4月1日となります。ただし、施行日前でも、改正前のパートタイム労働法による短時間労働者についての転換措置の規定が適用されます。
法律によって義務付けられた正社員転換措置を正しく準備し、運用するためには、就業規則や賃金規程の見直し、社内の労務管理の整備や労使の話し合いなど、多くのプロセスを踏む必要があります。そのため、準備には早めに着手しておくようにしてください。
正社員転換措置を運用する時の注意点

次に、正社員転換措置を適切に制度化し、実効性のある運用をするために、特に注意すべきポイントを解説します。非正規社員の正社員転換措置は、パートタイム・有期雇用労働法に基づく法的義務なので、実際に制度を導入・運用するにあたっては細心の注意が必要です。
企業実態に即した制度設計とする
正社員転換措置を導入する際は、法律に定められた範囲内で、どのような制度とするかについて企業側に一定の裁量が認められます。そのため、自社の業種や規模、雇用形態の実態に即した制度設計となるよう工夫することが、長く運用していくための重要なポイントです。
例えば、次のような制度設計が考えられます。
- パートタイマーを登用試験により契約社員とし、一定の勤続年数を経た後に正社員へと登用する制度
- 契約社員から正社員へ登用するにあたり、フルタイム勤務と短時間勤務(いわゆる「限定正社員」)のいずれかを選択できる制度
- 社内公募制度を活用し、正社員の募集情報を社内イントラネットなどに常時公開し、正規・非正規を問わず誰でも応募可能とする制度
昨今では、多様な働き方を尊重する観点から、一言で「正社員」と言っても、必ずしもフルタイムばかりではありません。働く時間・場所・業務内容に制限を設けた「限定正社員」の制度を導入する企業も増加しています。
このような柔軟な制度設計により、育児や介護を担う労働者、高齢者なども含め、多様な人材が活躍できる環境を整備すれば、優秀な人材の確保や人手不足の解消にも繋がります。
応募条件を設ける際の注意点
正社員転換措置への応募に、一定の条件を付すことも可能です。例えば「勤続年数3年以上のパートタイマーに登用試験の受験資格を与える」といったケースです。
ただし、応募者を限定する正社員転換措置は、その制度の実質を損わないよう注意が必要です。実際に転換の機会がほとんど与えられないなど、名ばかりで形骸化してしまうと、法律上の義務を果たしていないと判断されるおそれがあります。
例えば、以下の制度設計は、正社員転換措置の義務に違反しているおそれがあります。
- 正社員への転用を「新卒者」などごく一部の者に限定する。
- 転換試験の難易度が高く、ほとんどの受験者が不合格となる。
- 一部の非正規社員には、制度の利用そのものが事実上認められていない。
正社員転換措置に応募するための要件として、勤続年数や職務経験など、本人の努力や実績によっては達成できない基準を設けるのは不適切です。あまりに厳しい条件を課す制度だと、実効性のある措置とは認められず、法的義務を果たしていないと評価される可能性があります。
制度を設計する際には、自社の実情に即した条件を検討し、全ての対象者にとって公平で透明性のあるものとする努力が不可欠です。
その他の法制度との関係
最後に、非正規社員の保護という観点から、非正規社員の正社員転換措置の義務化と関連するその他の法制度についても解説しておきます。
同一労働同一賃金との関係
同一労働同一賃金とは、同じ価値の労働を提供する社員に対して、賃金や処遇などで差別することを禁止するルールであり、非正規社員の保護を目的としたものです。この原則は、パートタイム・有期雇用労働法8条で、次のように定められています。
パートタイム・有期雇用労働法8条(不合理な待遇の禁止)
事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。
パートタイム・有期雇用労働法(e-Gov法令検索)
同一労働同一賃金の考え方は、2020年10月に言い渡された一連の最高裁判決(大阪医科薬科大学事件、メトロコマース事件、日本郵便の各事件)により、更に注目を集めました。
同じ価値の労働を提供する社員の均等・均衡を保つべきとする反面、「業務の内容」「責任の程度」「職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情」が異なるときは、これに応じた処遇差を設けてよいこととされます。このうち、上記最高裁判決において、「その他の事情」として「正社員転換措置が設けられているかどうか」が重要な要素となることが指摘されました。この点からも、正社員転換措置義務を果たすことの重要性は増しています。
したがって、正社員転換措置を制度として整え、その利用が非正規社員にとっても現実的なものである場合、同一労働同一賃金の観点からも「均衡ある処遇」と評価されやすくなります。
有期雇用社員の無期転換権との関係
正社員転換措置と似た法制度に、「有期雇用社員の無期転換権」があります。
これは、いわゆる「無期転換ルール」と呼ばれるもので、有期契約を繰り返して5年を超えて勤務した労働者が、本人の申し出によって期間の定めのない契約に転換できるという制度です。
この無期転換ルールは、労働契約法18条で、次のように定められています。
労働契約法18条
1. 同一の使用者との間で締結された二以上の有期労働契約(契約期間の始期の到来前のものを除く。以下この条において同じ。)の契約期間を通算した期間(次項において「通算契約期間」という。)が五年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。この場合において、当該申込みに係る期間の定めのない労働契約の内容である労働条件は、現に締結している有期労働契約の内容である労働条件(契約期間を除く。)と同一の労働条件(当該労働条件(契約期間を除く。)について別段の定めがある部分を除く。)とする。
2. (略)
労働契約法(e-Gov法令検索)
したがって、非正規社員であっても、一定の期間だけ継続して働くと、無期社員へと転換する権利を得ることとなります。不安定な地位に置かれやすい非正規社員を保護するという必要性のもと、長期的に働くほど、正社員と似た処遇をしなければならないこととなります。
無期転換ルールにより、長期間勤続すれば正社員と同等の処遇を要するので、むしろ正社員転換措置を定めることで、企業主導で一定の条件を備えた人を積極的に正社員に登用する方が社員の活躍しやすい職場にすることができます。
まとめ

今回は、パートタイム・有期雇用労働法により企業に義務付けられた「正社員転換措置」について、その具体的な内容や周知方法、運用上の注意点を解説しました。
非正規社員の正社員転換措置の義務化をはじめ、「同一労働同一賃金」や、有期雇用社員の無期転換権など、重要な法改正や裁判例を通じて、非正規の保護を強化する方向性が明確に示されています。企業にとって、法令遵守(コンプライアンス)は当然のこと、社会的責任を果たし、企業価値やブランドイメージを向上させるためにも、正社員転換措置の義務化への対応が不可欠です。
加えて、正社員転換措置を積極的に労務管理の手段として活用すれば、意欲ある人材に社内での成長機会を提供し、組織全体の活性化に繋げることも期待できます。
人事・労務管理に関してご不安やご相談がある場合は、お気軽に弁護士に相談してください。専門家が状況に応じた的確なアドバイスを提供します。
- 非正規から正社員への転換をする措置を設けることが義務化された
- 大企業では2020年4月、中小企業では2021年4月1日より施行される
- 正社員転換措置を設けることが、同一労働同一賃金の判断に有利に働く
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