2020年4月に施行された改正民法(債権法)では、解除に関する規定が変更されます。
「解除」は、契約に拘束された状態から解き放たれ、契約によって負った債務(義務)を履行しなくてもよいようにするための、とても重要な手続きです。
今回は、解除に関する改正民法(債権法)の基本的な変更点などについて、企業法務にくわしい弁護士が解説します。
解除制度の「趣旨」の変更
まず、改正前の民法と、改正後の民法の、解除制度の趣旨の違いについて解説します。改正後の民法(債権法)では、法定解除制度の趣旨や枠組みが、大きく変化しています。改正前後の考え方の変化は、条文を解釈する上で、とても重要な影響を与えます。
改正前の民法では、解除制度は「債務者に対して、債務不履行の責任(損害賠償請求等)を追及するための制度」だと考えられていました。
これに対して、改正後の民法では、解除制度は「債権者を契約の拘束力から解放するための制度」だと考えられています。ここでは、債務不履行の責任追及といった要素はありません。
考え方の変化によって、民法改正後は、解除権の行使を、より認めやすい方向に解釈することとなりました。後ほど解説するとおり、債務者の帰責性は、解除の要件として不要になりましたし、無催告解除が許容される範囲が明文化されたのもそのあらわれです。
解除に関する民法の改正ポイント4つ
では、解除制度の改正の背景にある、根本的な考え方の変更を理解していただいたところで、次に、実際に民法改正によって、解除制度のどのような点が変わったかを、ポイントごとに弁護士が解説していきます。
解除要件から「債務者の帰責性」が不要となった
改正前の民法では、債権者が契約を解除するためには、裁判例や実務における解釈において、「債務者の帰責性(落ち度)」が必要とされていました。
このことは、改正前の民法543条の但し書きに、次のように規定されていたことからも明らかです。
改正前の民法543条(履行不能による解除権)
履行の全部又は一部が不能となったときは、債権者は、契約の解除をすることができる。ただし、その債務の不履行が債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
しかし、民法改正により、解除制度の趣旨が、「債権者を契約の拘束力から解放すること」に変更され、もはや解除要件として「債務者の帰責性」は要求されないこととなりました。つまり、債務者の帰責性がなくても、解除することができるようになったわけです。
民法の条文上も、改正民法(債権法)では、改正前の民法543条但し書きの規定は削除されました。
解除事由が重大な契約違反に限定された
債権者が、債務者に対して契約上の債務の履行をうながした後、一定期間、履行がない場合に解除をすることを、「催告解除」といいます。
改正後の民法では、この「催告解除」について、次の通り、改正前の民法541条本文の規定をそのまま受けつぎながら、但し書きで、債務不履行が「軽微」な場合には解除できないことを定めています。
民法541条
当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。ただし、その期間を経過した時における債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、この限りでない。
民法(e-Gov法令検索)
さきほど解説したとおり、「債務者の帰責性」が、解除するためには不要となったこととのバランスをとるため、債務不履行された債権者を契約の拘束力から解放して保護を図ることと、契約の拘束力の尊重・債務者利益との調和を図るためです。
解除が許されない「軽微であるとき」の要件とは、契約不履行の部分が数量的にわずかであるケースだけでなく、付随的な債務の不履行に過ぎない場合などをいいます。
裁判例(最高裁昭和36年11月21日)では、土地の売買契約後、代金の支払いも引渡しも終えたが、買主が、売主が負担した土地の租税を償還しなかったという事案で、「当事者が契約をなした主たる目的の達成に必須的でない付随的義務の履行を怠ったにすぎないような場合には、特段の事情の存しない限り、相手方は当該契約を解除することができない。」と判断しました。
「軽微」であるかどうかの判断は、契約書の文言だけではなく、取引上の社会通念も考慮して総合的に判断されます。このとき、契約書の解除事由に該当していても、契約の性質、契約をした目的、契約締結の至る経緯などから「軽微」と判断されると、解除は認められません。
「軽微」であるかどうかの判断時期は、催告期間を経過した時点を基準に判断されます。催告時には債務不履行が軽微ではなかったが、債務者が債務の一部の履行をしたため、催告期間経過時には不履行の程度が軽微となった場合には、もはや催告解除できません。
無催告解除の範囲が明文化された
改正前の民法では、無催告解除についての規定は、次の2つにしかありませんでした。
- 定期行為の履行遅滞による無催告解除(改正前の民法542条)
- 履行不能による無催告解除(改正前の民法543条)
しかし、実務上は、無催告解除を契約書に定める場合も多く、実際にも無催告解除を認めるべきケースも多くあります。この点について解釈上争いとならないよう、今回の民法改正では、無催告解除をできる範囲が明文化されました。
改正後の民法542条は、1項で、契約を全部解除できる場合を、2項で契約を一部解除できる場合をそれぞれ規定しました。
- 1項2号・2項2号
1項2号では履行期前・履行期後の履行拒絶による全部解除を、2項2号では一部解除を規定しています。
履行期前後において、債務者が、債務の全部について履行拒絶の意思を明確に表示した場合、催告によって履行を促しても意味がありませんので無催告解除が認められます。
もっとも、履行不能と同程度の状況が必要ですので、単に交渉過程で債務者が債務の履行を拒絶する趣旨の言葉を発しただけでは「明確に表示した」とはいえません。 - 1項3号
1項3号は、履行の一部の不能により、契約を全部解除する場合について規定しています。 - 1項4号
1項4号は、改正前の民法542条の内容と同じです。 - 1項5号
1項5号は、同項1号から4号に該当する場合のほか、債務者がその債務の履行をせず、債権者が履行の催告をしても契約をした目的を達成するのに足りる履行がされる見込みがないことが明らかであるときに無催告解除を認めています。 - 2項1号
2項1号では、履行の一部不能により、契約の一部を解除する場合について規定しており、改正前の民法543条をより明確にして条文化しました。
債権者に帰責事由(落ち度)がないこと
改正後の民法543条では、債務不履行が、債権者の帰責事由による場合には解除は認められないと規定しています。
さきほど解説しましたとおり、改正後の民法では、解除権行使の要件として「債務者の帰責性」は要求されないこととなりましたが、その分解除がしやすくなってしまうため、何らかの手当をしなければ債務者の保護が欠けてしまう危険があります。
債権者に帰責性があり、債務者には帰責性がないという場合にも債権者から解除できてしまうと不当な場面もあるため、このような債権者の帰責性(「落ち度」)による解除が、条文上限定されました。
なお、債権者、債務者双方に落ち度がある場合に解除ができるかは、民法には規定されておらず契約の解釈に委ねられているため、要望がある場合には、契約書に明記しておくべきです。契約書チェックの際、ご注意ください。
「解除」の民法改正で、契約書チェックの注意ポイントは?
最後に、解除に関する民法改正(債権法改正)の全容をご理解いただいたところで、実際に、契約書チェックをするとき、どんな点に気を付けなければならないのかを、弁護士が解説します。
取引先の企業から契約書案を受け取ったときはもちろんのこと、契約書案を作成して送るときにも、改正民法に適合した条文を規定するよう、ご注意ください。
債務者の帰責性が不要とされた改正の影響
改正民法では、解除するにあたって債務者に帰責性があることは要件でなくなりました。
したがって、契約書の条項が「相手方が故意または過失により本契約の定めに違反した場合には(解除できる)」となっている場合には、契約書チェック時に、修正、追記などが必要となります。
具体的な契約書の変更ポイントとしては、「故意または過失により」という債務者の帰責性に関する文言を削除した上で、それでも債権者と債務者との利益のバランスがとれているかどうか、再検討する必要があります。
軽微な場合に解除できない改正の影響
改正民法では、債務不履行が軽微な場合には、たとえ契約違反があっても解除できないという条文が追加されました(民法541条但し書き)。
これとの関係で、契約を解除する側の立場からすれば、契約の目的や締結の経緯等から、本契約にとって重要な事項とは何かということをできる限り分かり易く規定しておかなければなりません。
一般論はともかくとしても、この契約において特に重要な判断要素となった事実が、契約書上もできる限り明らかにすることによって、「不履行はあるが、軽微なため解除はできない」という判断をされることを回避できます。
債権者の帰責性があると解除できないことの影響
改正民法は、債権者に帰責性がある場合には解除できないこととしました。
そのため、自分が契約を解除するケースを想定した場合には、自分(債権者)と相手(債務者)との双方に帰責性があると疑われてしまうケースにおいても、相手の帰責性を理由に解除することができるよう、契約書に明記しておくことがお勧めです。
具体的には、「債務不履行が自ら(=債権者)の責めに帰すべき事由によるときでも解除は妨げられない」旨を定めて、仮に債権者に落ち度がある場合でも解除できるようにしておきます。
一方、自分のほうが契約を解除されることが多いケースを想定した場合には、債権者に帰責性がある場合には解除できないとの条項を規定するかどうか検討が必要です。
まとめ
今回は、民法改正で変わる「解除」に関する変更点・改正点と企業における契約書への影響について、企業法務・契約法務を取り扱う弁護士が解説しました。
改正後の解除制度の大きなポイントとしては、解除制度の趣旨が変わったことです。この考え方が根本にあってこそ、債務者の帰責性要件が不要となり、債権者の帰責性がある場合に解除できない旨の規定が加わるなど、債権者と債務者の間のバランスが修正されました。
加えて、解除事由も重大な契約違反に限られることとなり、軽微な違反では解除することができなくなりますので、今一度、契約書チェックの際には、契約書に定められた解除事由が、その契約にとって重大なものであるとの理由付けが十分されているかどうか、検討が必要です。
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弁護士法人浅野総合法律事務所では、企業法務に精通し、契約法務について豊富な実績があります。
民法改正に対応した契約書をまだ揃えていない会社では、ぜひ一度、当事務所へご相談ください。