自転車通勤を会社が認めることは、社員にオフィスの近くに住んでもらうように推奨したり、満員電車での通勤を回避したりといった利点があります。ストレスをためなくて済むうえ、通勤時に運動をすることで健康増進や仕事の生産性の向上につながります。
自転車通勤を推奨する企業は増えていますが、これにともない、自転車通勤に伴う法的リスクも顕在化します。自転車通勤中に事故にあったり、不適切な運転により他人に迷惑をかけてしまったりなど法的リスクを回避するためには、社員に自転車通勤を許すときは、企業側で注意しなければならない労務管理上のポイントが多くあります。
企業側でリスクをきちんとコントロールするためには、自転車通勤を許可制にし、適正なルールを定め、運用を徹底するといった管理が重要となります。
今回は、自転車通勤を導入する企業側のメリット・デメリットと、自転車通勤を導入するとき企業が注意しておくべき労務管理上のポイントについて、人事労務にくわしい弁護士が解説します。
- 自転車通勤の導入は、企業にとってメリットもあるが、デメリット、リスクもある
- 自転車通勤のリスクを企業側でコントロールするためには、事前のルールづくりが大切
- 社員が自転車通勤中に、事故の被害者・加害者になると、会社に責任が生ずるおそれあり
自転車通勤を導入する企業側のメリット・デメリット
まず、企業側の立場で、自転車通勤を導入することのメリット・デメリットを解説します。
自転車通勤を社員に認めることは労務管理の点からみると一長一短です。メリットとデメリットを比較し、メリットが上回ると考えるときはじめて導入すべきであり、かつ、デメリットやリスクが最小限となるようルール整備など、対策しなければなりません。
なお、各メリット・デメリットは、会社の場所(都心部かどうか)や利用できる交通機関、周辺の環境などによっても異なるため、個別の判断が必要です。
メリット
自転車通勤では、通勤のための往復がそのまま運動となるため、「社員の健康増進」というメリットがあります。事務仕事のオフィスワーカーは運動不足で健康を損ないがちです。また、昨今の新型コロナ禍では、満員電車の密を避け、感染リスクを低減させることにもつながります。
自転車通勤により満員電車を避けられることで、「生産性の向上」というメリットもあります。自転車通勤とあわせ、フレックスタイム制や裁量労働制など柔軟な労働時間の考え方を導入することで、通勤ラッシュを避け、更に効率的に働くことができるようになります。
デメリット
自転車通勤では、通勤時に事故に遭う危険が高まるデメリットがあります。交通事故の被害者になり社員の命が脅かされるおそれがあることはもちろん、逆に加害者側になり損害賠償請求を受けるおそれもあります。特にロードレーサーなど速度の出る自転車では事故の危険が増します。
警視庁の統計によれば、都内で発生した事故に占める自転車事故の割合は、年々増え続けています。
通勤時の事故によって傷害を負うと、通勤災害となります。自転車通勤を認めたにもかかわらず安全の確保を怠ったとき、会社の安全配慮義務違反の責任を追及されるおそれもあります。
企業が、自転車通勤を導入する方法
以上の自転車通勤のメリット・デメリットがあることを踏まえ、自転車通勤を導入することを決定した場合に、企業側が行うべき導入の方法について解説します。
自転車通勤を導入する方法は、就業規則や特別な規程(自転車通勤規程など)を作ることで、ルールづくりするのが重要なポイントです。この際、前章の自転車通勤のデメリットやリスクを解消できるよう、十分配慮するようにしてください。
自転車通勤を許可する基準を作る
自転車通勤は、通勤中の事故などの問題を引き起こしてしまう危険を内在しているため、誰しも自由に認めるのではなく、許可制とするのが重要なポイントです。
許可制とすることで、危険運転のおそれのある社員や遠距離の社員、高齢者など、自転車通勤にふさわしくない社員には利用できないようにしましょう。自転車通勤に潜む危険やリスクを会社のコントロールが及ぶよう管理する必要があります。
このとき、会社が恣意的に許可するかどうかを決めていて不公平だといわれないよう、客観的な基準を設けて、その基準に基づいて許可制を運用することが大切です。許可基準としては、次のような例が考えられます。
- 自転車通勤にふさわしくない人物ではない
(危険運転の疑い、障害者、高齢者、遠距離通勤者など) - 会社の指定する安全運転講習を受ける
- 損害保険への加入を義務付ける
- 使用する自転車(危険性の少ないものに限る)を届け出る
- 駐輪場所を届け出る
- 自転車通勤するルートと走行距離、通勤時間の目安を届け出る
これらの基準は、会社が恣意的に決めているといわれないよう、「自転車通勤の危険を減少させる」という観点から決めるべきです。例えば、通勤経路や使用する自転車の種類などにより、自転車通勤の危険度は大きく変わります。ロードレーサーのような速度が出やすい自転車や改造自転車などは危険度が高いといえます。
通勤費のルールを決める
次に、通勤費についてのルールを決め、会社の賃金についてのルールを定める賃金規程などを改定する必要があります。自転車通勤をしているにもかかわらず、従前の交通費を受領したままの社員がいると、不公平であるばかりか、通勤費の横領となってしまうからです。
このような事態を避けるため、自転車通勤を許可する際には、いつから自転車通勤するかを確認し、通勤費をその日以降支給しないなどの取り扱いを徹底する必要があります。あわせて、自転車通勤に適しているかどうかを判断するため、通勤費を支給しないとしても、住所変更をしたときには通勤ルートともに届出させるようにします。
自転車通勤でも、自転車の購入や消耗品の交換などのため一定の費用がかかります。そのため、公共交通機関で通勤する人との不公平にならない程度で、一定の手当(「自転車通勤手当」など)を支給する方法も検討してください。なお、1ヶ月の通勤手当について、非課税限度額は片道の通勤距離に応じて定められているので注意が必要です(参考:国税庁「通勤手当の非課税限度額の引上げについて」)
駐輪のルールを決める
特に自転車通勤の増加しつつある都心部では、駐輪場所の確保にも注意を払わなければなりません。路駐や放置自転車、違法駐輪となって他人に迷惑をかければ、企業イメージが低下するおそれもあります。
会社側で駐輪場が確保できる場合にはそこに駐輪することをルールとすることで足りますが、自社内に駐輪場を確保できないときは、どの駐輪場を使うか、費用負担を会社と社員のいずれが行うかといった点もあらかじめ決めておく必要があります。
社員側で駐輪場を確保するときには、利用する駐輪場を届出させるようにしましょう。
規程と書式を作成し、周知する
会社が社員に自転車通勤を認めるときには、許可基準をはじめとした様々なルールをつくり、社員に周知しなければなりません。自転車通勤のルールのように多くの社員に統一的に適用される取り決めは、社内規程を作る方法がおすすめです。
就業規則の付則規程として、自転車通勤規程を作成するようにしてください。
あわせて、自転車通勤について許可制とするときは許可申請書、届出制とするときは届出書などの関連する書式を準備してください。許可申請書や届出書には、自転車の種類、通勤経路・通勤時間・通勤距離、駐輪場所、保険の有無など、確認する必要がある情報をもれなく記載できるようにしておく必要があります。
ルール違反の制裁を定める
自転車通勤規程には、会社の定めるルールに違反したときや、届出内容と異なる自転車通勤をしたときの制裁(ペナルティ)についても定めておきます。通常は、自転車通勤の取消、注意指導、その他、悪質な場合には懲戒処分といった制裁を定めることが多いです。
自転車通勤の内容について、違反がないか、届出内容から変更がないか(住所変更、ルートの変更など)などを定期的にチェックするようにしてください。チェックは、年1回程度がおすすめです。
安全運転を社員に周知する
自転車通勤をさせることで社員に危険が及んでしまわないよう、安全運転について社員に啓発し、講習を受けさせるなどの対策を企業側で行っておくのがおすすめです。
会社には、社員が安全に働けるよう配慮する義務(安全配慮義務)があり、自転車通勤を許可するときには、自転車通勤の安全を確保することもまた会社の義務となります。夜間のライト灯火、夜間に光るシール、ヘルメットやサポーターなどの安全対策についても会社が一定の基準を示すことが大切です。
なお、自転車事故に備え、損害保険への加入を義務付けておくべきです。その場合、保険料の負担についてもどのようにするか取り決めておくようにしてください。自転車事故でも、加害者となってしまうと高額な賠償を要求されることがあります。自転車事故を甘くみていると、重い後遺症を負わせてしまうおそれもあります。
損害保険の中には、自転車事故に特化したサービスが用意されています。自転車通勤の増加する都市部では、条例で自転車利用時の保険加入を義務付ける動きも広がっています。
自転車通勤を認めるとき、企業側が注意すべき労務管理上のポイント
最後に、自転車通勤を導入する企業が注意しておくべき労務管理上のポイントについて弁護士が解説します。
自転車通勤を認めることにはメリットがある一方、デメリットもあるため、実際に自転車通勤を導入するとき、企業側では慎重に注意して進める必要があります。
自転車通勤中の事故は、通勤災害か
自転車で通勤中の社員が事故にあってしまったとき、「通勤災害」にあたる可能性があります。労災保険法では「労働者の通勤による負傷、疾病、障害又は死亡」(労災保険法7条1項2号)について労災認定され、保険給付がなされると定められているからです。
通勤災害と認められるためには、その移動が「住居と就業場所の往復」、「就業場所から他の就業場所への移動」といった「通勤」にあてはまる性質であり、かつ、合理的な経路及び方法で行われていることが要件となります。そのため、途中で通勤経路を逸脱して買い物にいくなどの私用を済ませたときには、その際の事故は通勤災害にはあたりません。
なお、通勤中ではなく、業務中に自転車を利用して事故にあったときは、業務災害、すなわち「労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡」(労災保険法7条1項1号)となり同様に労災認定され、保険給付がなされます。
一方で、会社に届け出ていた経路でなくても、合理的な経路である限り、通勤災害にあたるおそれがあるため、できるだけ会社のほうでリスクをコントロールするためにも、定期的に通勤経路の確認をしておくのが重要なポイントです。
社員が事故加害者となったときの会社の責任
自転車通勤中の事故では、社員が被害者となることもあれば加害者となってしまうこともあります。事故により他人をケガさせたり死亡させたりしたとき、その社員が責任を負うのは当然ですが、会社もまた責任を負わざるを得ないことがあります。
会社は社員を雇用する立場にあり、その「事業の執行について第三者に加えた損害」については会社もまた賠償する責任を負うからです(民法715条)。これを「使用者責任」といいます。
使用者責任は「使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったとき」には免責されますが、この免責が許されることは多くはなく、十分な安全対策を施すとともに、損害保険への加入を義務付けるなどの対応をしておくのが大切です。
自転車通勤を禁止する方法
社員に自転車通勤させることにはデメリットもあるため「自転車通勤は禁止」という方針の会社もあります。公共交通機関が十分に確保されているなど他に移動手段があるときは、自転車通勤を一律に禁止するのも違法ではありません。
ただし、自転車通勤を禁止するときは、社員に周知するとともに、その理由を説得的に説明し、納得を得て、反発を防ぐことが大切です。また、新しく入る社員にも入社前にかならず伝えるようにしてください。
社員の十分な納得が得られていないと、無断での自転車通勤を助長し、会社のコントロール下に置かれていない自転車利用によって思わぬ危険、リスクが生じてしまうおそれがあります。なお、きちんとルール化し周知していたときは、これに違反して許されない自転車通勤をした社員には就業規則に基づいて懲戒処分を下すことができます。
まとめ
今回は、会社で自転車通勤を導入するときの企業側の注意点について解説しました。社会情勢などを反映して増加中の自転車通勤ですが、法的リスクを理解せずに導入してしまうと、通勤災害の発生、安全配慮義務違反の責任追及など、会社にとって思わぬ不利益が生じるおそれがあります。
そのため、自転車通勤を導入するときは、就業規則、賃金規程のほか、自転車通勤規程や許可申請書の作成など、ルールづくりに必要となる準備をしっかりと行い、自転車通勤の導入にともなうデメリットを解消するよう心がけてください。
自転車通勤を認めるときは、社員の生命・身体の安全に十分配慮し、安全配慮義務を果たす対応が必要です。このとき、同業他社で同規模程度の企業の労務管理を参考にするのがおすすめです。
当事務所のサポート
弁護士法人浅野総合法律事務所では、人事労務管理について豊富な経験を有しています。
自転車通勤の導入など、社内制度の変化のタイミングでは、法的な配慮が欠かせません。人事労務管理について不安のある会社は、ぜひ一度、当事務所へご相談ください。
人事労務のよくある質問
- 自転車通勤を導入することは、企業側にメリットがありますか?
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自転車通勤を導入するのは、社員の通勤が楽になるといった社員側のメリットだけでなく、社員の健康増進、生産性の向上、感染症リスクの防止、柔軟な労働時間制の導入といった企業側にも大きなメリットが期待できます。もっと詳しく知りたい方は「自転車通勤を導入する企業側のメリット・デメリット」をご覧ください。
- 自転車通勤を導入する際の具体的な流れはどんなものですか?
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自転車通勤を導入するとき、事前にルール作りを徹底し、リスクを回避する必要があります。具体的には、就業規則をはじめとした会社規程類に、自転車通勤の対象者を定め、許可制・届出制とするときは、手続きに関する書面を整備し、社員に周知します。詳しくは「企業が、自転車通勤を導入する方法」をご覧ください。