eスポーツ選手とは、eスポーツの大会に参加して賞金を獲得したり、スポンサーからの出資を受けたり、広告・プロモーション活動の依頼を受けたりする人のことです。eスポーツは比較的新しい分野なので、プロとアマチュアの境界は曖昧ですが、eスポーツの収入のみで生計を立てる人を「プロeスポーツ選手」「プロゲーマー」などと呼びます。
プロeスポーツ選手は、ゲームメーカーから広告収入を得たり、プロチームに所属したりしますが、このような活動には契約の締結が必要です。eスポーツビジネスは新規性の高い事業分野なので、契約関係の整備が不十分なケースも少なくありません。その反面、タレント性のある有名選手の場合、権利関係に十分な配慮が必要となります。
今回は、eスポーツ選手と、出資するゲームメーカー、プロチームなどの間で締結すべき契約について、法律面の注意点を詳しく解説します。
- eスポーツ選手契約といえど、将来の紛争を回避するために契約書は必須
- 「委任」であることを明記し、労働法の適用を排除する
- 賞金、配信収益、スポンサー料などの分配を定め、金銭トラブルを防ぐ
\ 「今すぐ」相談予約はコチラ/
eスポーツ選手契約とは

eスポーツ選手契約とは、eスポーツのプレイや啓蒙活動などによって収入を得るプロeスポーツ選手との間で、ゲームメーカーやスポンサー、プロチームなどが結ぶ契約です。単に「選手契約」と呼んだり、eスポーツ選手のマネジメント契約と呼ぶこともあります。
この契約は、芸能人やタレントと所属事務所との契約に似た側面があり、eスポーツ選手の知名度を生かしつつ、契約に基づいてゲームプレイや大会参加、広告・プロモーション活動といった業務を行う際のルールを定めるものです。
企業が選手に業務を依頼し、報酬が発生する以上、契約内容を明確にすることが将来のトラブル防止のためにも非常に重要です。
eスポーツ選手契約の法的性質
eスポーツ選手との契約は、法的性質に応じて「雇用契約」と「委任契約(準委任契約)・請負契約」の2種類に分けられます。それぞれの違いは、以下の通りです。
雇用契約
雇用契約は、労働者が使用者(企業)の指揮命令に従って労務を提供し、その対価として賃金を受け取る契約です。労働者は使用者よりも弱い立場にあるので、不当解雇の規制や残業代請求権など、労働基準法をはじめとした労働者保護の法律が適用されます。
委任契約(準委任契約)・請負契約
委任契約(準委任契約)や請負契約は、業務についての詳細な指揮命令を受けず、自分の判断で行動し、契約の目的を達成する性質があり、契約当事者は対等な立場にあります。「委任」は法律業務の遂行、「準委任」は事実行為の遂行を目的とするのに対し、「請負」は成果物の作成を目的としている点で区別されます(いずれも、実務上は「業務委託契約」と呼ぶことがあります)。
プロeスポーツ選手は、業務について逐一の指揮命令を受けることはなく、プロフェッショナルとして、ゲームプレイについての能力を提供することを内容とする契約を締結することが多いので、実務上は「委任契約(準委任契約)」であると考えるのが通常です。
eスポーツ選手契約の書式
eスポーツ選手契約にも「契約自由の原則」が適用されるので、企業と選手の双方が合意すれば、ある程度自由に契約条項を定められるのが基本です。
とはいえ、eスポーツという新しい分野において、将来のトラブルを予測し、リスクを回避するのに最適な契約書とするため、重要な条項は必ず盛り込まなければなりません。以下の通り、eスポーツ選手契約の書式例を紹介します。
プロeスポーツ選手契約書
株式会社XX(以下「甲」という)と、YY(以下「乙」という)は、甲が乙に対し、プロeスポーツ選手として活動する業務を委託するにあたり、以下の通り契約を締結した。
第1条(業務委託の範囲)
甲は乙に対し、以下の業務(以下「本件業務」という)を委託し、乙はこれを受託する。
① 甲の指定するeスポーツ大会へ出場すること
② 甲に所属するプロeスポーツ選手としてメディアへ出演すること
③ 甲の広告、宣伝活動
④ その他、上記各号に付随する業務
第2条(受託者の義務)
1. 乙は、本件業務を、善良なる管理者の注意をもって遂行するものとする。乙は、甲の求めがある場合、本件業務の進行状況について遅滞なく甲に報告するものとする。
2. 乙は、本件業務を遂行する際、甲製品を他社製品に優先して使用しなければならない。
第3条(業務委託報酬等)
1. 本件業務の対価(以下「委託報酬」という)は、月額○○万円(税込)とする。甲は乙に対し、委託報酬を、毎月○日までに、乙の指定する金融機関口座に振込送金する方法により支払う(なお、振込手数料は甲負担)。
2. 甲は、乙のプロeスポーツ選手としての活動についてスポンサー契約を取得した場合、その契約に基づいて甲が得る報酬の○%を乙に支払う。支払方法等は前項と同様とする。
第4条(賞金の分配)
甲が、本件業務の遂行としてeスポーツ大会に出場し、賞金を得た場合、その3分の1を甲が、その3分の2を乙が取得する。
第5条(経費分担)
乙が、本件業務を遂行する際にかかる経費は、原則として乙の負担とする。ただし、甲製品に限り、ゲーム機器やゲームソフトの購入費用は甲の負担とする。
第6条(肖像権及びパブリシティ権)
乙は、甲が本契約期間中に取得した乙の写真、動画その他の制作物について、甲が無償で使用することを許諾し、肖像権、パブリシティ権等の行使をしないものとする。
第7条(配信について)
甲がYoutubeその他の媒体において行う配信活動は自由とし、その収益は全て甲に帰属するものとする。
第8条(ゲームアカウントについて)
本契約の終了時、甲は乙に対し、使用したゲームアカウントに乙の負担で課金した金額について、直ちに支払うものとする。
【作成日・署名押印】
なお、プロスポーツの中には、プロ野球のように統一契約書(「統一契約書様式」日本プロ野球選手会)が存在するケースもあります。統一契約書があると、選手保護が画一的に図れるメリットがある一方、統一契約書では保護されない権利については選手の意思にかかわらず一方的に奪われるデメリットがあります。
上記の書式例は、あくまでもサンプルであり、eスポーツ選手に依頼される業務の内容・種類などに応じて適宜修正が必要です。
契約書の作成やリーガルチェックを弁護士に依頼することで、個別の事情を踏まえ、企業にとっても選手にとっても、穴のない契約書とすることができます。
eスポーツ選手契約の法律上の注意点

次に、プロeスポーツ選手の契約書について、書式や文例を示しながら、各条項の注意点やポイントを解説します。
プロeスポーツ選手と契約を締結する際には、契約書の作成が必須です。契約書を交わすことで、契約の存在や条件を明確化し、客観的な証拠として残すことができます。eスポーツは比較的新しい分野なので、選手契約書が存在しないケースや、不十分な契約書しかないケースも珍しくありません。その結果、トラブル回避という契約書本来の目的が果たせていないことがあります。
契約書の前文について
契約書の前文は、その契約の趣旨や目的を定める部分です。
契約書の前文自体に具体的な権利義務を定める効力はないものの、契約書全体の解釈指針となるため、重要な役割を果たします。プロeスポーツ選手の契約では、その趣旨が「プロ選手として活動するために、チームに所属する際の条件を定めること」であると明文化します。
企業側の立場では、契約が「雇用契約」ではなく「業務委託契約」であると明記することが重要です。これにより、プロeスポーツ選手との契約関係が、労働基準法などの労働者保護のための法規制の対象とならないよう、適切に整理できます。
例えば、次のような文例が考えられます。
【一般的な前文の例】
「本契約は、株式会社〇〇(以下「甲」という)と〇〇(以下「乙」という)が、乙をプロeスポーツ選手として甲に所属させ、甲の指定する大会やプロモーション活動等の業務を行うことについて、その条件を定めるものである。」
【業務委託契約であることを強調した前文】
「本契約は、株式会社〇〇(以下「甲」という)が、プロeスポーツ選手である〇〇(以下「乙」という)に対し、eスポーツ競技活動及び付随する業務を委託するにあたり、双方の権利義務を明確にすることを目的とする。なお、本契約は雇用契約ではなく、業務委託契約(準委任契約)であることを当事者間で確認する。」
【チームへの貢献や広報を重視する前文】
「本契約は、株式会社〇〇(以下「甲」という)が運営するプロeスポーツチーム〇〇(以下「チーム」という)に〇〇(以下「乙」という)を所属選手として迎え入れ、eスポーツ競技活動、チームのブランド向上、スポンサー契約に関連するプロモーション活動等について、双方の権利義務を定めることを目的とする。」
【選手育成や教育を重視した前文(未成年選手向け)】
「本契約は、株式会社〇〇(以下「甲」という)と〇〇(以下「乙」という)が、乙をプロeスポーツ選手として活動させるにあたり、競技活動のほか、トレーニングや教育機会の提供など、乙の成長支援を目的として締結されるものである。なお、乙が未成年であるため、本契約は法定代理人の同意を得た上で締結されるものとする。」
委託業務に関する条項
プロeスポーツ選手と所属チームや所属企業との関係は「委任契約(準委任契約)」に該当するため、チームが選手にどのような業務を委託するか、明確に定めることが重要です。
委託業務の内容を具体的に定めないと、所属チーム側は依頼したかった業務を選手に任せられないというデメリットが生じるおそれがあります。一方、選手側でも、本来契約に含まれていなかった業務まで、報酬の範囲内で対応しなければならなくなるリスクがあります。
そのため、契約締結時には、選手が行う業務内容を具体的に規定し、双方の認識を一致させておくことが、トラブルを防ぐ上で不可欠です。
【一般的な委託業務に関する条項例】
「甲は乙に対し、以下の業務(以下「本件業務」という)を委託した。
① 甲が指定するeスポーツ大会への出場
② 甲の指示に基づくメディア・イベント出演
③ 甲の広告宣伝活動への協力
④ その他、甲が別途指定する付随業務」
※ 他に考えられる業務としては、トレーニングへの参加、広報・PR活動、SNS運用や配信活動などを列挙する例があります。
委託業務の遂行に伴う義務
プロeスポーツ選手として活動する際、選手が遵守すべき義務を契約で定める場合があります。業務委託契約で通常定められる善管注意義務(善良なる管理者の注意をもって業務を遂行する義務)や報告義務は、eスポーツ選手契約でも重要です。
これに加え、eスポーツ特有の義務として、以下の内容を盛り込む例があります。
- チームやスポンサー企業のロゴをユニフォームに表示して活動する義務
- 契約企業の製品(ゲームデバイス・ソフトウェアなど)を優先的に使用する義務
ゲームメーカーなどの企業がプロeスポーツ選手と契約を締結する目的は、企業のブランド価値の向上や製品の認知度向上にあります。そのため、選手の活動が企業のマーケティング戦略と連動するよう、契約書に適切な義務を規定することが重要です。
【一般的な善管注意義務の条項例】
「乙(選手)は、本業務の遂行にあたり、善良なる管理者の注意(善管注意義務)をもって誠実に業務を遂行するものとする。また、乙は、プロeスポーツ選手としての品位を保持し、チームの名誉やブランド価値を損なわないよう節度ある行動をする責任を負う。」
【スポンサー製品の使用義務を定めた文例】
「1. 乙は、本業務の遂行において、甲又は甲のスポンサーが提供する製品を優先的に使用するものとする。
2. 乙は、試合・配信・イベント等において、競合他社の製品を意図的に宣伝、推奨してはならず、乙が競合製品を使用する場合には事前に甲の承諾を得るものとする。」
【SNS・配信活動における行動規範の文例】
「1. 乙は、YouTube、Twitch、X(旧Twitter)等のSNSや配信プラットフォームにおいて、甲のブランドイメージを損なう発言・行動を行わないものとする。
2. 乙は、配信やSNS投稿において、以下の行為を行ってはならない。
① 差別的・侮辱的な発言や、暴力・違法行為を助長する内容の発信
② 甲又は甲のスポンサー企業を誹謗中傷する発言
③ 試合や練習に関する機密情報の漏洩
3. 乙が本条に違反した場合、甲は違約金の請求、契約の解除、または一定期間の活動停止措置を行うことができる。」
報酬などの収入に関する条項
プロeスポーツ選手といっても、プロ野球選手のように高額な年俸を得られる人は少数派です。チームから定額の報酬が支払われるとしても少額にとどまるか、報酬がない代わりにプレイ環境や設備の提供を受けるという契約内容も多いです。
報酬を定める際は、金額と共に、支払時期、支払方法を定めることで、報酬の未払いトラブルを防げます。eスポーツ選手の収入源は報酬だけでなく、以下のような収益が発生する可能性があるため、所属チームとの間で事前に配分ルールを取り決めておかなければなりません。
- eスポーツ大会の賞金(優勝・入賞で得られる金銭)
- スポンサーからの協賛金(ユニフォーム広告や製品PRなど)
- ゲーム配信や動画の使用許諾による収益(Youtube、Twitchその他のメディア収入)
- Youtuber活動による広告収入
- ファンからの投げ銭
金銭面に関することは、契約の中でも特に揉めやすいので、できるだけ具体的に条項に定める必要があります。
賞金の分配に関する条項
プロeスポーツの所属契約で定めるべき金銭面の取り決めのうち、特に重要なのが「賞金の分配」に関する条項です。近年、eスポーツ大会の賞金も高額化する傾向にあり、活躍している選手ほど、チームと選手とで獲得した賞金をどのように分配するかが重要な問題となります。
賞金の分配について明確なルールはありませんが、以下のような要素を考慮して、チームと選手の間で十分に協議し、納得のいく取り決めとする必要があります。
- 大会参加費・活動費の負担者
チームが負担する場合、一定割合をチームが取得するのが一般的です。 - 選手個人の貢献度
個人戦かチーム戦か、チーム戦の場合には個々の成績に応じた配分とする例があります。入賞が予想される有名選手か、育成選手かによっても扱いは異なります。 - 契約の性質
賞金以外に固定報酬が存在しているかも影響します。
賞金の分配割合を明確にしておけば後のトラブルを回避でき、双方が納得できる形で賞金を活用することが可能となります。契約書の中で、分配基準や支払い方法を具体的に定めるのがお勧めです。
経費に関する条項
プロeスポーツ選手としての活動には、多くの経費がかかります。必須の費用としてゲーム機やゲームソフトの購入費、ゲーム内での課金などがありますが、それに加え、大会参加費や交通費、遠征費、海外渡航費なども発生します。
プロeスポーツ選手と所属チームとの契約が「委任契約(準委任契約)」なら、選手は個人事業主として扱われるので、経費は自己負担が基本です。ただし、以下のような状況で、所属チームやスポンサーが経費の一部を負担するケースがあります。
- 海外大会への参加など、高額の経費がかかる場合
- 活躍が予想される人気選手など、チームの利益になる活動
- メーカーとスポンサー契約を締結して製品の無償提供を受ける場合
経費負担に関するルールを契約書に明記することで、選手とチームの双方にとって公平な取り決めとなり、将来的なトラブルを防ぐことができます。
【経費は選手負担とする原則の場合】
「乙(選手)は、本業務の遂行するにあたり必要な一切の費用(ゲーム機・ゲームソフトの購入費、ゲーム内課金、大会参加費、交通費、遠征費、通信費等)を自己負担で支払う。」
【チームが一部の経費を負担する場合】
「1. 乙の必要な経費のうち、以下のものは甲負担とする。
① 大会参加費(エントリー費用)
② 公式戦・遠征にかかる交通費および宿泊費の○%
③ 甲が指定するゲーム機・ソフトの購入費用
2. 甲が負担する費用は、乙が事前に領収書等の証拠を提出し、甲の承認を受けた場合に限って支払われるものとする。」
肖像権・パブリシティ権に関する条項
eスポーツでは、選手が有名になるほど、ゲームプレイだけでなく選手自体のブランドにも経済的価値が生まれます。その結果、選手の写真や名前を活用した広告・プロモーション活動や、グッズ販売によって収益を得るケースが増えています。このような状況を踏まえ、肖像権やパブリシティ権の扱いについても、契約書で明確に定めることが重要です。
チームの広報活動やスポンサー契約の観点から、所属するプロeスポーツ選手の肖像権を一括管理することを求める企業もあります。しかし、選手に適切な利益配分がない場合、契約が無効と判断されるおそれがあるので、慎重な設計が求められます。
ゲームやカードにおけるプロ野球選手の肖像権を、球団が一括管理することの不当性を争った訴訟(最高裁平成22年6月15日判決)が参考になります。本裁判例は、統一契約書による肖像権の一括管理を認める判断が下されましたが、前提として、球団が選手に利益配分をしていた点が考慮されました。
この裁判例を踏まえると、eスポーツにおいても、選手の肖像権を一括管理する場合には、適正な報酬や利益の分配を契約書で規定することが不可欠と考えられます。
配信に関する条項
eスポーツでは、大会のプレイ映像がインターネットを通じて全世界に配信されることがあります。また、選手自身がYoutuberやストリーマーとして活動し、プレイ動画を公開することで広告収益や投げ銭による収入を得るケースも増えています。
そのため、配信による収益を誰が得るか(または、どのように分配するか)を、契約書に明記しておくことが重要です。特に、知名度の高い人気選手だと、配信収益の取り決めは金銭面の条件に大きく影響を与えます。
配信収益の決め方は、次のように様々なパターンがあります。
【配信は自由で、収益は全て選手が取得する場合】
「乙(選手)は、自身の配信プラットフォーム(YouTube、Twitch等)においてゲーム配信を自由に行うことができ、その収益(広告収入、投げ銭、スポンサー契約等)は全て乙に帰属する。ただし、乙の配信活動において甲(チーム)のロゴや名称を使用する場合、そのブランドイメージを損なわないよう注意しなければならない。」
【配信の収益をチームと分配する場合】
「乙が甲のチーム名やスポンサーのブランドを活用して配信を行う場合、収益の分配比率は甲が60%、乙が40%を取得するものとする。」
【チームが配信を管理し、出演料を払う場合】
「1. 乙が行うゲーム配信については、甲の事前承認を得るものとする。
2. 乙の配信による収益は、全て甲に帰属する。甲は乙に対し、Youtube動画での配信1本につき◯◯万円の出演料を支払う。」
なお、eスポーツ大会の映像は、主催者が権利を管理している場合が多く、別途権利調整が必要となる点にも注意してください。
大会映像の使用条件は、大会規約や出演契約書で定められていて、チームや選手が独自に利用する際は事前許可を要することもあります。
アカウント所有権に関する条項
eスポーツ特有の問題として、ゲームアカウントの所有権があります。
家庭用ゲーム機、PCゲームやスマホゲームなど、近年はアカウント制が主流であり、プレイヤーごとにアカウントを作成し、キャラクターやアイテムと紐づけて管理される仕組みが一般的です。アカウントには、課金によるアイテム購入や経験値の蓄積など、プレイヤーの努力や投資が反映されます。
チーム側が選手のプレイ環境を整えるために課金費用を負担した場合、アカウントの所有権が誰にあるかが争いになります。例えば、チームが資金を投じて選手のゲームアカウントを成長させたにもかかわらず、選手が移籍した際にアカウントを持ち出されると、大きな損失となります。選手側も、長年使用し、プレイデータを蓄積したアカウントを自由に利用できないリスクがあります。
このようなトラブルを防ぐため、ゲームアカウントの所有権について契約書に明記しておくことが重要です。契約における所有権の取り決めには、以下のようなパターンが考えられます。
【チームがアカウントを所有する場合(移籍時に返還義務あり)】
「1. 本契約において、乙(選手)が業務遂行に使用するゲームアカウントの所有権は甲(チーム)に帰属する。乙は、本アカウントを本業務の範囲内でのみ使用できるものとし、個人的な目的での使用や第三者への譲渡・貸与をしてはならない。
2. 乙が契約期間中に行った課金やゲーム内資産の増加もまた、甲に帰属するものとし、乙は本契約終了後、本アカウント及び関連する全データを甲に返還する義務を負う。」
【選手がアカウントを所有するが、チームの投資分は精算する場合】
「乙が本業務の遂行に使用するアカウントの所有権は、乙に帰属する。ただし、甲が乙の競技活動のために支出した課金費用及び関連する投資は、契約終了時に清算するものとし、乙は甲に対し、契約終了時点での支出額について甲の指定する方法で支払いを行う。」
【チームがアカウントを所有し、選手に使用権を付与する場合】
「1. 本契約において、乙が業務遂行に使用するゲームアカウントの所有権は甲に帰属する。
2. 甲は乙に対し、本業務の遂行に必要な範囲で、本アカウントを使用する権利を付与する。乙は、本アカウントを使用する際は甲の指示に従うものとし、契約終了後は本アカウントにログインしてはならない。」
【共同所有として、清算条件を定める場合】
「本契約において、乙が使用するゲームアカウントの所有権は甲及び乙の双方に帰属する。本アカウントへの課金費用は、甲が60%、乙が40%を負担する。乙が契約終了後も本アカウントを継続使用する場合は、甲に対し、甲の負担した課金費用及び関連費用を支払うことで、完全な所有権を取得することができる。」
専属・移籍に関する条項
eスポーツでは、プロ野球のような移籍に関する統一ルールが存在しないため、優れたプレイヤーはより良い条件を求めて移籍が頻繁に行われています。所属チーム側も、優秀な選手を確保するために積極的に移籍を受け入れています。
しかし、チームとしては、費用や時間をかけて育成した選手が、大会で結果を残したり知名度が上がったりした段階で他チームに移籍すると、投資を回収できなくなるという問題があります。そのため、選手の移籍に一定の制限を設ける必要が出てきます。また、移籍を一切許さない契約を「専属契約」と呼ぶことがあります。
ただし、スポーツ分野における移籍制限については、「(令和元年6月17日)スポーツ事業分野における移籍制限ルールに関する独占禁止法上の考え方について」(公正取引委員会)において、移籍制限が独占禁止法に違反する可能性があり、移籍制限により達成しようとする目的の合理性と、達成のための手段の相当性の確保が求められることが示唆されています。
そのため、移籍制限を課すとしても、移籍金や移籍の条件を設定するなど、あらかじめ移籍のルールをチームと選手の間で合意し、契約書に定めておくのが大切です。
これにより、選手が自由にキャリアを選択できる一方、チームも適正な補償を受けられる仕組みを構築することが可能になります。
未成年者と契約する際の注意点
反射神経や動体視力が求められる競技特性から、プロeスポーツ選手は若年層が中心となり、未成年の選手も多く存在します。
民法5条では、未成年者が法律行為を行うには法定代理人(通常は親権者)の同意が必要とされ、法定代理人の同意なしに行った法律行為は取り消しが可能とされています。なお、2022年4月1日施行の改正民法により、成年年齢は満20歳から満18歳に引き下げられました。
したがって、プロeスポーツ選手契約でも、契約当事者が未成年である場合は、親の同意を得ていることを契約書上に明記する必要があります。これにより、後になって取り消されるリスクを回避し、契約の安定性を確保することができます。
まとめ

今回は、プロeスポーツ選手と所属チームとの契約時に作成すべき契約書(選手契約・マネジメント契約)について、その内容や注意点を弁護士が解説しました。
eスポーツは発展途上の分野であり、契約書の参考となる書式やひな形が十分に整備されていません。また、eスポーツ選手契約をめぐる裁判例も少ないのが現状です。しかし、野球やサッカーなど、他のプロスポーツで議論された法的論点を応用できる部分もあり、経済活動と密接に関わる以上、eスポーツでも、法律に基づいた適切な契約書の整備を進めるべきです。
eスポーツはビジネスとしての側面も強く、競技の発展と選手の権利保護のためにも、契約書をしっかりと作成し、法的リスクを未然に防がなければなりません。
プロeスポーツ選手契約の作成にあたっては、チーム側の投資を適切に保護しながら、選手の権利を不当に侵害しないことが求められます。そのため、契約の締結や見直しの際には、弁護士のサポートを受けることで適切な契約書とすることが有益です。
- eスポーツ選手契約といえど、将来の紛争を回避するために契約書は必須
- 「委任」であることを明記し、労働法の適用を排除する
- 賞金、配信収益、スポンサー料などの分配を定め、金銭トラブルを防ぐ
\ 「今すぐ」相談予約はコチラ/