正社員として雇用されると、異動、配置転換などの命令を受けることがあります。人材活用、多様な経験の蓄積など、異動、配置転換にはメリットもあるため、雇用契約(労働契約)の内容となっているときは、その命令にしたがう必要があります。
しかし、異動、配置転換の命令にともなって賃金を大幅に切り下げられてしまったとき、つまり、「減給をともなう異動、配置転換の命令」のときには、労働者側の不利益がとても大きく、ただちに応じられないのは当然です。
異動、配置転換の命令は、会社の人事権にもとづくものなので、会社側(使用者側)に幅広い裁量が与えられています。しかし、賃金の大幅な引き下げをともなうケースでは、労働者保護の観点から、会社の人事権による裁量は制限されます。
今回は、賃金の引下げをともなう移動・配置転換の命令が違法・無効となるケースと、その判断基準について、労働問題にくわしい弁護士が解説します。
異動命令・配転命令とは
異動命令、配転命令とは、会社が、その雇用する労働者に対して、人事権の行使として配置の転換を命じる命令のことです。
異動命令、配転命令には、その変更される労働条件によって、次のような種類があります。
- 就業場所の変更をともなう命令(転勤)
- 就業場所は変更されず、部署や配属が変わる命令(異動・配置転換)
また、類似の業務命令に、就業場所とともに就労する会社も変更される出向命令などがあります。
異動命令・配転命令の根拠
異動命令・配転命令は、会社の人事権の行使として認められる業務命令の一種です。そのため、原則として、会社側(使用者側)に一定の裁量があります。
業務命令は、労働契約(雇用契約)に基づいて認められているものなので、その命令の内容や範囲は、労働契約(雇用契約)によって定められます。
労使間の契約内容は、労働契約書(雇用契約書)に定められますが、異動命令・配転命令のように多くの社員に適用されるルールは、就業規則などの会社規程に、統一的な定めがおかれるのが通常です。
異動命令・配転命令の限界
異動命令・配転命令には、会社側に一定の裁量が認められますが、働き方の多様化にともなって、労働契約(雇用契約)で職種や就業場所を限定するという約束をしている社員もいます。
正社員でありながら、労働契約(雇用契約)において職種や就業場所について一定の制限を合意している雇用形態を「限定正社員」といいます。限定正社員は、育児や介護の必要があるため転勤できない女性や高齢者など、多様な労働力の活用のために利用されます。
このように、労働契約(雇用契約)において職種や就業場所が限定されているときには、異動命令・配転命令もまた、その範囲に制限され、これを超えた命令をすることはできません。
また、会社に一定の裁量が認められる人事権の行使といえども、その裁量の範囲を逸脱するときは、異動命令・配転命令が、権利濫用として違法、無効となります。裁量の範囲を逸脱する例とは、次の3つです。
- 業務上の必要性が存在しない場合
- (業務上の必要性が存在しても)不当な動機、目的でなされた場合
- (業務上の必要性が存在しても)労働者が通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものである場合
異動命令・配転命令の違法性について争われた裁判例(東亜ペイント事件:最高裁昭和61年7月14日判決)では、次のとおり、命令の必要性、相当性を加味して、命令が違法・無効となる場合の判断基準を示しています。
当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものである時等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該配転命令は権利の濫用になるものではないというべきである。右の業務上の必要性についても、当該転勤先への異動が余人をもって替え難いといった高度の必要性に限定することは相当ではなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の効用、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。
東亜ペイント事件(最高裁昭和61年7月14日判決)
賃金の引き下げをともなう異動命令・配転命令の違法性
異動命令、配転命令について、人事権の行使として会社側(使用者側)の裁量的判断に委ねられる部分が多いとしても、労働者の不利益が大きいこともあわせて考えると、その裁量権には一定の限界があると説明しました。
そして、異動、配転によって受けるおそれのある労働者の不利益のうち、特に大きいのが、賃金の引き下げです。そのため、賃金の引き下げ(減給)をともなう異動命令・配転命令は、賃金の変更を生じないその他の業務命令に比べて、その違法性、有効性がより厳しく判断される傾向にあります。
そこで、賃金の引き下げをともなう異動命令・配転命令が、どんなとき違法、無効となるかについて解説します。
降格の違法性の判断基準
賃金引き下げをともなう異動・配転の典型例が、異動・配転の命令とともに、あわせて降格命令が下されるケースです。
配属された部署や就業場所、地位や役職の変更にともなって賃金を引き下げることを、「降格」といいます。「降格」には、人事権の行使として行われるものと、懲戒権の行使(懲戒処分)として行われるものがありますが、今回解説するように異動や配転にともなって賃金引き下げの起こるケースは、人事権の行使としてなされることが多いです。
降格もまた、人事権の行使として行われることから一定の裁量が会社側に認められているものの、賃金の減少という大きな不利益があることから、その合理性は厳しく判断されています。
裁判所の実務では、降格の違法性について、次のような考慮要素により判断されています。
- 労働者の適性・能力・実績など
- 降格の動機、目的
- 会社内における降格の業務上の必要性の有無と程度
- 会社内における降格の運用状況
降格が無効となる場合、異動命令・配転命令も無効
異動命令・配転命令とあわせて降格命令が行われて、降格によって賃金が引き下げられるというケースでは、前章で解説したとおり、異動・配転の違法性・有効性が問題となるとともに、降格の違法性・有効性が問題となります。
そして、降格が違法、無効と判断されるときには、異動・配転もまた、違法、無効となります。
このことは、裁判例(日本ガイダント仙台営業所事件:仙台地裁平成14年11月14日決定)でも、次のように判示されます。
従前の賃金を大幅に切り下げる場合の配転命令の効力を判断するにあたっては、賃金が労働条件中最も重要な要素であり、賃金減少が労働者の経済生活に直接かつ重大な影響を与えることから、配転の側面における使用者の人事権の裁量を重視することはできず、労働者の適性、能力、実績等の労働者の帰責性の有無及びその程度、降格の動機及び目的、使用者側の業務上の必要性の有無及びその程度、降格の運用状況等を総合考慮し、従前の賃金からの減少を相当とする客観的合理性がない限り、当該降格は無効と解すべきである。そして、本件において降格が無効となった場合には、本件配転命令に基づく賃金の減少を根拠付けることができなくなるから、賃金減少の原因となった給与等級PIの営業事務職への配転自体も無効となり、本件配転命令全体を無効と解すべきである。
仙台地裁平成14年11月14日決定
上記の裁判例にも示されているとおり、「賃金」がとても重要な労働条件であることから、賃金の減額をともなうような降格の違法性、有効性は、単なる異動・配転の違法性、有効性よりも厳しく判断されます。
給与の減額をともなう降格が無効と判断されるとき、同時に行われた異動・配転の命令のみが有効だったとすると、異動後の賃金体系について、全社的な整合性がとれなくなってしまうという不都合が生じます。
したがって、降格と異動・配転があわせて行われるとき、片方が違法、無効と判断されるとすれば、他方もまた違法、無効と判断するということが自然な考え方です。
賃金引き下げの不利益が小さいケース
降格と異動命令・配転命令が同時になされて、賃金の引き下げ(減給)が行われたときでも、その賃金の引き下げによる不利益が小さいときは、降格命令、異動命令、配転命令のいずれも有効なものと評価される可能性があります。
賃金の引き下げ(減給)による不利益が小さいケースとは、例えば次の場合です。
- 降格によって賃金が引き下げられる一方、追加の手当が支給されて、賃金総額にはさほど変化がないケース
- 労働者の不利益を軽減するため、賃金の減額を徐々に行う「経過措置」がとられているケース
- 降格により賃金が引き下げられる一方、異動・配転によってその分だけ労働時間が減少し、労働者の負担が軽減されているケース
異動命令・配転命令の限界として、「労働者が通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる」場合に命令が無効となると解説しました。
このことから、賃金の減額という不利益がある場合でも、その不利益が、我慢すべき程度にとどまるようなときには、それだけで異動・配転の命令が違法、無効となるわけではないということです。
賃金が下がらなくても、異動命令・配転命令が違法となるケース
異動命令・配転命令の違法性は、大幅な賃金減額をともなうなど不利益が大きすぎるときに違法、無効と判断されることは、ここまで解説したとおりですが、それ以外にも、違法、無効と判断される場合があります。
第1に、就業場所の変更をともなう異動命令・配転命令では、入社当時は予定されておらず、かつ、労働者にとって不利益が大きいケースでは、その命令が違法、無効となる可能性が高まります。例えば、勤務地を限定していなかったものの当初は東京の本店のみしか存在していなかったところ、その後に大阪支店ができて転勤を命じられたというケースです。
第2に、労働者の家族の状況(子の育児、同居の親族の介護など)が転勤を障害となり、かつ、共働きなどの理由で配偶者がこれに協力することも困難な場合にも、その異動命令・配転命令が違法となる可能性があります。
最後に、異動命令・配転命令の理由を考慮し、不当な動機・目的でなされていることが明らかな場合、例えば、労働組合に加入した直後の転勤命令、退職勧奨直後の転勤命令など、労働者に対する嫌悪の情から行われていると推察される命令は、他に合理的な理由を会社が説得的に説明できない限り、権利濫用となります。
まとめ
今回は、労働者にとって不利益の大きい、賃金引き下げ(減給)をともなう異動命令・配置転換命令が違法・無効となるのかどうかについて、弁護士が解説しました。
働き方の多様化にともない、異動や配置転換の命令を受け入れることの難しい方のなかには、就業場所や職種を限定した雇用契約を締結している、いわゆる「限定正社員」も登場しています。また、終身雇用制が崩壊し、中途採用が増加していることから、地位や役職を特定されて入社する社員もいます。
しかし、まだまだ多い一般的な正社員の場合には、賃金を引き下げられてしまうような異動・配置転換の命令を受けても、会社に残り続けるため、やむを得ず我慢してしたがってしまっている状況の方も少なくありません。
当事務所のサポート
弁護士法人浅野総合法律事務所では、労働問題について専門的な知見を有し、法的サポートを提供しています。
給与が大幅に下がってしまうなど、違法、不当ではないかと疑われるような異動・配置転換の命令を受けてしまったときは、正当な権利を守るため、会社と戦うことができます。ぜひ一度ご相談ください。
労働問題のよくある質問
- 賃金の引き下げをともなう異動・配転は違法ですか?
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就業場所などを特定しない正社員では、異動・配転は会社に一定の裁量があり、命令にはしたがう必要があります。ただし、賃金の引き下げをともなうときには、労働者の不利益が大きいため、合理的な範囲を超えていると、違法と判断される可能性があります。もっと詳しく知りたい方は「賃金の引き下げをともなう異動命令・配転命令の違法性」をご覧ください。
- 賃金が下がらなくても、異動・配転が違法となるケースがありますか?
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賃金が下がらなくても、就業場所の合意をしているにもかかわらずこれに違反して別の場所にいかせたり、家族の育児・介護に配慮しなかったり、会社を辞めさせたいなど不当な動機・目的でおこなうような異動・配転は違法となります。詳しくは「賃金が下がらなくても、異動命令・配転命令が違法となるケース」をご覧ください。