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異動で手当がなくなるのは違法?賃金の引下げを伴う異動命令の争い方

正社員として雇用されると、異動や配置転換を命じられることがあります。

人材活用や経験の蓄積など、理由のある異動については、労働契約の内容となっている限り従う必要があります。しかし一方で、「異動先では、今まで支給されていた役職手当や地域手当が支給されない」という場合、異動に伴って実質的には賃金が切り下げられてしまいます。突然の異動命令である上に、給与が下がるという不利益は、労働者にとって非常に大きいものです。

会社は人事権に基づき、社員を異動させる裁量がありますが、それによって手当が不支給となったり賃金が引き下げられたりする場合、必ずしも適法とは限りません。特に、長年の貢献にもかかわらず、異動によって生活に支障があるほど減収となる場合、違法の可能性が高いです。

今回は、異動に伴う手当カットや減給が違法となるケースと、その際の争い方について弁護士が解説します。

この解説のポイント
  • 異動は、人事権に基づく裁量があるが、権利濫用に該当する場合は無効
  • 賃金減額には労働者の同意が必要なのが原則で、一方的な減給は違法
  • 家庭事情を加味しない大幅な減収を伴う異動は、違法となる可能性あり

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解説の執筆者

弁護士 浅野英之

弁護士法人浅野総合法律事務所 代表弁護士(第一東京弁護士会所属、登録番号44844)。東京大学法学部卒、東京大学法科大学院修了。

「迅速対応、確かな解決」を理念として、依頼者が正しいサポートを選ぶための知識を与えることを心がけています。

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異動命令と賃金・手当との関係

ジャンプ

はじめに、異動と賃金・手当の関係について、法的な視点で解説します。

企業には、業務の運営上、必要に応じて社員を異動させる裁量があります。しかし、異動によって手当が支給されなくなったり賃金が減少したりといった労働者の不利益があるとき、その命令の有効性が法的に問題となることがあります。

異動命令とは

異動命令とは、会社が労働者に対し、人事権の行使として職種や勤務地の変更を命じることです。「異動」と一口に言っても、法的には主に3つの類型に区別されます。

  • 配置転換
    配置転換は、同じ事業所内での職務内容の変更です(例:営業職から総務職への変更)。労働契約や就業規則に明示の制限がない限り、会社の裁量が比較的広く認められます。
  • 転勤
    転勤は、地理的に勤務地を変更する異動です(例:東京本社から大阪支社)。生活や家庭事情への影響が大きく、労働者の不利益が受忍限度を超えると、権利濫用となる可能性があります。就労場所を限定した契約をしている場合、転勤を命じることはできません。
  • 出向
    労働者が他の企業で勤務する形態であり、元の会社に籍を残したまま行う「在籍出向(狭義の出向)」と、籍を移す「転籍出向(転籍)」があります。労働条件や指揮命令系統が変わるので、労働者の同意が必要となります。

それぞれ、労働者の権利や会社の義務が異なるので、違いを理解することが重要です。

異動命令の根拠とその限界

異動命令は、会社の人事権の行使として認められる業務命令の一種です。

労働契約や就業規則に基づく権限であり、使用者に一定の裁量が認められます。一方で、働き方の多様化に伴い、労働契約において職種や勤務地を限定している社員もいます。例えば、育児や介護の必要があるため転勤しないことを約束する「限定正社員」の例があります。このように契約による限定があるとき、異動命令の範囲は制限されます。

また、会社に裁量があるといっても、その範囲を逸脱する移動命令は権利濫用として違法であり、無効となります。裁量の範囲を逸脱する例とは、次の3つです。

  • 業務上の必要性が存在しない場合
  • 不当な動機、目的で行われた場合
  • 通常甘受すべき程度を著しく超える不利益がある場合

異動命令の違法性について争われた裁判例(東亜ペイント事件:最高裁昭和61年7月14日判決)は、次の通り、命令の必要性・相当性を考慮し、違法性の判断基準を示しています。

当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものである時等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該配転命令は権利の濫用になるものではないというべきである。右の業務上の必要性についても、当該転勤先への異動が余人をもって替え難いといった高度の必要性に限定することは相当ではなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の効用、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。

東亜ペイント事件(最高裁昭和61年7月14日判決)

賃金の不利益変更は制限される

異動命令には裁量がある一方で、賃金や手当の減額は労働者にとって重大な不利益であり、法的にも厳しく制限されます。労使間の合意で定めた労働条件は、企業の一方的な都合で変更することはできないのが原則です(労働契約法8条)。特に、賃金総額が下がるような変更の不利益は甚大なので、書面による事前同意を取るなど、真意によるものでない限り違法となります。

会社は、就業規則を変更することで手当の支給要件を厳しくしたり、制度そのものを廃止したりすることがありますが、その変更が合理的なものでなければ効力を有しません(労働契約法10条)。この際の合理性の判断は、変更の必要性や労働者の不利益の程度、事前協議や代替措置の有無といった要素を総合的に考慮して検討されます。

異動で手当がなくなるのは違法?

パズル

次に、異動に伴って手当がなくなることの違法性について解説します。

企業の人事権に基づき、配置転換や異動には裁量がありますが、手当がなくなったり、賃金が大幅に引き下げられたりと、労働者の不利益が大きい場合、違法となる可能性があります。

判断基準は「業務上の必要性」と「権利濫用」の二段階

裁判例では、賃金や手当の減少を伴う異動命令の有効性は、「必要性」と「権利濫用」の二段階から判断されています(東亜ペイント事件:最高裁昭和61年7月14日判決)。

業務上の必要性があるか

その異動に、経営合理化や部門の統廃合、人員の再配置など、業務上の正当な理由があることが重視されます。会社の勝手な都合、社長の感情に基づく人事は、違法となります。

権利濫用に当たらないか

業務上の必要性があったとしても、労働者の権利を不当に侵害する異動は違法です。

この点で、労働者に過度な不利益が生じる場合、違法となる可能性があります。例えば、家族の育児や介護が必要であって、自分しか面倒を見る人がいないといった事情があるとき、転勤を伴う異動は違法と判断される可能性があります。

また、特定の労働者に対する懲罰や報復、差別が目的であるなど、その動機・目的が不当である場合にも、異動命令は違法です。

賃金引下げを伴う異動命令が無効になるケース

異動命令の不利益が大きいと、無効となる場合があります。労働者にとって最も大きな不利益が、賃金や手当の引き下げです。以下のようなケースは、異動が無効となる可能性が高いです。

職務や勤務地を限定する合意がある場合

雇用契約書に「◯◯職に限定」「転勤なし」などと記載のあるケースです。

この場合、その職務や勤務地に限定して採用されており、それに伴う手当(例:「部長手当」「都心部手当」など)が受け取れることが約束されています。したがって、その手当を支給しないことは契約違反であると考えられます。

また、長年同じ業務や勤務地で就労しており、他に異動したことがなく、経験もなかった場合、黙示に限定の合意があったものと評価できるケースもあります。

手当廃止による減給幅が大きい場合

異動によって手当が廃止され、減給幅が大きい場合、違法となる可能性が高いです。

例えば、手取りの月給ベースで10%以上の減収となる場合、裁判所でも不利益の程度が大きいと判断される可能性があります。この点、懲戒処分による減給は、労働基準法91条で「(減給の)総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない」と定められていますが、まして労働者本人に責任のない異動の場合、これ以上の減給は違法とみなされる可能性があります。

生活設計を著しく破壊する場合

異動は、対象者の生活設計を著しく破壊することがあります。特に、生活費を補う役割のある住宅手当や地域手当がなくなる場合、生活設計への影響は甚大でしょう。次のような異動は、金銭的な負担が増すのはもちろん、精神的にも大きな不利益となります。

  • 子供の通学圏外への異動により送迎の負担が生じる場合
  • 親の介護のために頻繁な帰省が必要となる場合
  • 単身赴任を強いられる長距離な異動の場合

家庭生活や人生設計に重大な影響を与える異動は、権利濫用と判断されるリスクが高くなります。企業経営にとって、他に代替手段があるかどうかも考慮されます。

賃金の切下げを伴う異動命令を違法と判断した裁判例

裁判例でも、賃金の切下げを伴う異動命令を違法、無効と判断したケースがあります(日本ガイダント仙台営業所事件:仙台地裁平成14年11月14日決定)

従前の賃金を大幅に切り下げる場合の配転命令の効力を判断するにあたっては、賃金が労働条件中最も重要な要素であり、賃金減少が労働者の経済生活に直接かつ重大な影響を与えることから、配転の側面における使用者の人事権の裁量を重視することはできず、労働者の適性、能力、実績等の労働者の帰責性の有無及びその程度、降格の動機及び目的、使用者側の業務上の必要性の有無及びその程度、降格の運用状況等を総合考慮し、従前の賃金からの減少を相当とする客観的合理性がない限り、当該降格は無効と解すべきである。そして、本件において降格が無効となった場合には、本件配転命令に基づく賃金の減少を根拠付けることができなくなるから、賃金減少の原因となった給与等級PIの営業事務職への配転自体も無効となり、本件配転命令全体を無効と解すべきである。

仙台地裁平成14年11月14日決定

上記の裁判例も示す通り、「賃金」が非常に重要な労働条件であることから、賃金の減額を伴う異動は、単なる異動と比べても、その違法性や有効性が厳しく判断されます。

異動で手当がなくなったときの争い方

最後に、異動によって手当がなくなったときの争い方を解説します。

異動によって手当が不当に廃止され、給与が実質的に減額された場合、労働者は会社と争い、法的な手段を講じることが可能です。

STEP

異動が違法である証拠を収集する

異動による手当廃止が違法、無効であると主張するには、証拠に基づいた主張をすることが不可欠です。次のような視点で、適切な証拠を集めるようにしてください。

  • 就業規則・賃金規程
    手当の支給条件、異動の有無などの記載があるかを確認してください。また、異動後も手当が継続される旨の記載があるかどうかを検討しましょう。
  • 労働契約書
    「勤務地限定」「職種限定」など明記がされている場合には、異動が無効となる可能性が高いです。
  • 異動辞令
    異動命令の発令日、法的な根拠、手当の差額などを確認する資料となります。手当廃止に関する通知やメールがあれば、それも記録しておいてください。
  • 重大な不利益を示す証拠
    住宅ローンや家賃、生活費、教育費などの支出について明細を収集しておいてください。また、家族の扶養状況などについて、通帳の記載も参考になります。現実的に損害が生じている資料があることは、権利濫用の立証に役立ちます。
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会社に異議を申し立てる

異動が違法の疑いがあるときは、会社に対して書面で異議を申し立てます。

感情的になって口頭で抗議をするのではなく、論点をきちんと整理し、書面で証拠に残しながら伝えることが重要です。通知書には、次の内容を記載してください。

  • 異動によってどの手当がなくなり、どの程度収入が減ったか。
  • 異動の理由や目的について会社に説明を求める。
  • 違法の疑いがあるため、納得のできる回答がなければ法的措置を講じる。

会社からの理由説明についても、証拠化するために書面での回答を求めましょう。この段階で、納得できる回答が得られなかったり、放置されたりした場合、会社に誠意はなく、かつ、正当な理由もないことが伺われます。

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労働審判や訴訟で争う

話し合いで解決できない場合、労働審判や訴訟などの法的手続きで争います。

労働審判は、原則3回以内の期日で、簡易かつ迅速に解決できるため、労働者保護のために活用されています。異動命令を争う場合には、異動前の勤務地で働く地位にあることの確認、差額賃金や慰謝料の請求といった方法となります。

通常訴訟は、労働審判よりも長期化しますが、より丁寧な証拠調べが実施され、強制力の強い判断を得ることができます。いずれの手段でも、法律知識に基づいた正しい主張と、証拠の準備が鍵となります。

異動命令による大幅な減収が生活に支障を及ぼすなど、緊急性の高いケースでは、仮処分の手続きを活用するのも有効です。仮処分では、元の地位や賃金を一時的に回復することが可能です。

まとめ

弁護士法人浅野総合法律事務所

今回は、賃金引下げ(減給)を伴う異動の違法性について解説しました。

異動で手当がなくなり、実質的に賃金が引き下げられるケースは決して珍しくありません。就労場所の限定のない正社員は、異動や配転の命令に応じる必要があるのが原則ですが、一方的に手当を廃止したり、収入が大幅に減少したりする異動は、必ずしも適法でないことを理解してください。

会社に残り続けるため、やむを得ず我慢し、従う人もいますが、争い方を知っておきましょう。特に、労働契約や就業規則に違反する異動命令や、合理的な理由のない不利益変更については、労働者保護の観点から、無効とされる可能性があります。異動による影響が大きい場合、差額賃金の請求や、元の勤務地への復帰を求め、会社と争うのが適切です。

違法、不当が疑われる異動や手当カットに直面したら、正当な権利を守るため、弁護士に相談することが大切です。

この解説のポイント
  • 異動は、人事権に基づく裁量があるが、権利濫用に該当する場合は無効
  • 賃金減額には労働者の同意が必要なのが原則で、一方的な減給は違法
  • 家庭事情を加味しない大幅な減収を伴う異動は、違法となる可能性あり

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