企業が従業員に支給する「手当」といえど、軽視してはなりません。
経営状況の悪化や方針変更により、「手当」の廃止や見直しを検討する企業は増えています。支給実績のない手当の廃止、一律に払っていた手当の基本給への組み込み、時代の変化への対応など、合理性ある変更もあります。しかし、手当を廃止する際は、労働条件の不利益変更となる可能性や、同一労働同一賃金の原則への整合性も意識しなければなりません。
形骸化した手当を残すことは、同一労働同一賃金の観点だけでなく、残業代トラブルを招き、企業の不利益となるおそれもあり、放置はできません。一方で、これまで支給していた手当を無くすことは労働者に不利益な変更であり、合理性がなければ無効となるおそれもあります。
今回は、手当を廃止・見直しする際の不利益変更の考え方と、同一労働同一賃金に関する注意点について、弁護士が解説します。
- 手当を定期的に廃止・見直ししなければ、企業の金銭的リスクが増大する
- 支給実績や理由のない手当を放置すると、未払い給与が生じるおそれあり
- 手当の廃止の際は、不利益変更と同一労働同一賃金の両面に注意が必要
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手当の意味と、手当を廃止すべき場合

はじめに、企業にとって「手当」とはどのようなものか、そして、手当を廃止・見直しすべきケースにどのような場面があるかについて解説します。
手当の意味
手当は、企業が従業員に対して、基本給以外に支給する金銭的な補助や報酬のことです。
手当には、社員の生活や業務遂行に伴う負担を補填する目的があり、その名称によっても意味合いが異なります。例えば、よくある手当には次のような種類があります。
- 通勤手当
通勤にかかる交通費の補助。従業員の通勤負担を軽減する役割があります。 - 住宅手当
住居費の一部に関する補助。特に都市部など、住居費や生活費が高い地域での生活支援を目的として支給されます。 - 家族手当
扶養家族がいる従業員に対する経済的負担の軽減。家族の人数や状況に応じて柔軟に支給される例が多いです。
これらの手当は、従業員の働きやすさや生活の安定を図るための支援策として機能し、支給を受ける側はもちろん、企業にとっても、優秀な人材の確保、定着につながる役割があります。そのため、単なる付加的な支払いに留まらない重要な意味があり、企業側の勝手な都合で無くしたり、減らしたりするとトラブルを招くおそれがあります。
会社が手当の廃止・見直しをすべき理由
手当は非常に重要ではあるものの、会社にとって、手当を含めた給与体系を硬直的に運用することには問題があります。会社が、手当の廃止・見直しをすべき理由は、次の通りです。
同一労働同一賃金に違反する
同一労働同一賃金とは、業務内容や責任の程度などが同等ならば、雇用形態などの差によらず、待遇に不合理な違いを設けてはならないとする考え方です。
この考えに基づくハマキョウレックス事件、長澤運輸事件(いずれも平成30年6月1日の最高裁判決)では、正社員のみに支給されていた手当を、非正規社員に払わないことは不合理であると判断されました。更に、大阪医科大学事件、メトロコマース事件(いずれも令和2年10月13日の最高裁判決)でも同じく、手当に関する待遇差が問題視され、不合理な格差の是正が求められました。
これらの判例からも明らかな通り、不適切な手当の運用を続けると、労働者から法的な請求を受け、会社がその支払いを命じられるおそれがあります。そのため、制度の見直しを行い、同一労働同一賃金の観点から問題がないかを確認することが必要です。
残業代の計算に悪影響を及ぼす
手当の内容を精査せずに放置すると、「就業規則上の手当だから支給すべき」「残業代の計算に含めるべき」などと労働者に主張され、トラブルに発展するリスクがあります。残業代計算では、家族手当や住居手当は「除外賃金」とされ、基礎から除かれるのが原則です。しかし、名称が「家族手当」「住居手当」でも、実際は全従業員に一律で支給されている場合など、実態として除外賃金に該当しないと判断されることがあります。
そのようなケースでは、これらの手当も残業代の基礎に含めて計算しなければならず、結果として想定以上に高額な未払い残業代が発生するおそれがあります。
従業員のモチベーションが低下する
手当の制度が実態に合っておらず、不公平に感じられる内容だと、従業員の不満が募り、職場全体のモチベーションや士気の低下に繋がるおそれもあります。例えば、一部の社員のみに不合理な手当が支給されていたり、業務内容や成果に見合わない手当制度が残存していたりすると、社内に不信感が生じ、組織の一体感を損ないます。
そのため、会社としては、手当制度が現状の業務内容や組織にふさわしいものかどうか、定期的に見直し、公平性・納得感ある運用に正す必要があります。
廃止・見直しを検討すべき手当の具体例
以上の通り、手当制度は常に、その「必要性」と「合理性」を見直すことが重要です。以下では、実際に廃止や見直しを検討すべき手当の具体例について解説します。
支給実績や支給理由が失われた手当
実際に支給されていない、あるいは支給の根拠が失われた手当は、廃止を検討すべきです。
- 既に廃止された業務に基づく手当
- 特定の中途採用者の給与調整のために、一時的に設けた特別手当
- 支給対象者が退職し、誰にも該当しない手当
これらの手当は、実際の運用がなされず、存続させる合理的な理由もありません。廃止しても労働者に不利益はないので、法的なリスクも少ないです。
全社員に一律で支給されている手当
本来、手当は特定の条件を満たす従業員に支給されるものです。全社員に一律に支給されている場合、その目的を果たしていない可能性があり、廃止を検討すべきです。
- 賃貸住宅に住む社員のみに支給していた家賃手当が、住宅購入後も継続され、結果的に全社員に一律で支給されているケース
- 先代経営者の時代に導入されたが、現在も理由不明のまま支給されている手当
このような手当は、モチベーション向上や規律の維持といった手当本来の目的が形骸化しています。むしろ、全員一律に払われる手当を残しておくと、賃金制度が硬直化し、成果に応じた変更が難しくなってしまうデメリットがあります。
現代の価値観にそぐわない手当
社会や働き方の変化に対応できていない手当も、見直しが必要です。特に、現代の多様な家族観、価値観にそぐわない手当は、従業員に不公平感を与える要因となりかねません。
- 「既婚者であること」を理由に払われる手当
- 「子供の人数が多いこと」を理由に増額される手当
このような家庭の事情を基準として手当の額に差を付ける制度は、個人のプライベートに過度に踏み込み、不満や不信感を生むことがあります。また、このような古い制度を温存していると、「時代に合わない会社」「ブラック企業」といった否定的な印象を与えるおそれもあります。
手当廃止が違法にならないための注意点

次に、手当の廃止や見直しを進めるにあたり、違法にならないよう会社が注意すべき点を解説します。特に、「労働条件の不利益変更」「同一労働同一賃金違反」の2点が重要です。
労働条件の不利益変更
不利益変更とは、企業が労働条件を一方的に変更する際に、その変更が労働者にとって不利な内容となっている場合を指します。労働契約法10条によって、労使の合意で決められた労働条件を、使用者側が一方的に変更できるのは、その変更に合理性がある場合に限られており、合理性がない変更は無効となるリスクがあります。
手当の廃止・見直しは、基本的に社員にとっては「給与の削減」を意味し、不利益があると考えられます。そのため、変更に合理性が存在するかどうかを検討する必要があります。
手当の廃止は企業側にとってコスト削減の一手段である一方、労働者には大きな不利益となるため、慎重な検討と適正な手続きが不可欠です。労働契約法10条では、次の4つの事情を総合的に考慮して、合理性があるかどうかが判断されます。
- 労働者の受ける不利益の程度
従業員の受ける不利益が小さいほど、変更の合理性は認められやすいです。代替措置や経過措置を講じるなど、社員の不利益を軽減する努力が大切です。 - 労働条件の変更の必要性
変更の必要性が大きいほど、合理性が認められやすくなります。見直さなければ経営が成り立たないなど、業務上の必要性が大きい場合が典型例です。 - 変更後の就業規則の内容の相当性
変更後の内容が合理的であるほど、合理性が認められやすいです。業種・業界や企業規模、他社の状況や時代の変化に合わせ、合理性を検討してください。 - 労働組合等との交渉の状況
従業員に事前説明をし、納得感を得ておく(できるだけ、個別の書面による同意を得る)ことが、合理性を基礎づける事情となります。
同一労働同一賃金違反
同一の労働に対し、同一の賃金を支払うべきとする原則を「同一労働同一賃金」といいます。主に、非正規社員の保護の観点から定められたルールで、パートタイム・有期雇用労働法8条、9条では、非正規社員と通常の労働者(正社員)の間の不合理な労働条件の格差を禁じています。
- 均等待遇の原則(法8条)
「職務の内容」と「職務の内容・配置の変更の範囲」が同一の無期労働者と有期労働者とで、同一の処遇をしなければならないことを定めています。 - 均衡待遇の原則(法9条)
「職務の内容」「職務の内容・配置の変更の範囲」「その他の事情」を考慮し、不合理な相違を設けてはならず、均衡を保たなければならないことを定めます。
これらの非正規社員保護のルールがあるため、手当を廃止したり見直したりするときにも、特に正社員と非正規社員(契約社員・パート・アルバイト・嘱託社員など)との間で、平等を欠く状況ではないかをチェックしなければなりません。
具体的な方法としては、まずは見直し後の手当の「目的」をよく分析し、その目的ごとに、手当の支給基準がきちんと整合しているかを検討します。つまり、「ある社員に払われる手当が、他の社員に払われていない」というとき、その違いが、手当の目的と照らして妥当であると説明できなければ、同一労働同一賃金のルールに違反するおそれがあるということです。
手当を廃止する方法と手当を無くす流れ

次に、手当の廃止・見直しをする際の方法と、具体的な流れを解説します。手当を無くす方向で検討する場合には、特に慎重に進める必要があります。
手当の廃止・見直しの必要性を検討する
まず、手当の見直しが必要かどうか、「法的な観点」「労務管理の観点」の両面から、十分に検討してください。
法的な観点からの検討
法的な観点とは、「手当の見直しが適法か」という意味です。
法的な観点では、「手当廃止が違法にならないための注意点」の通り、同一労働同一賃金違反、労働条件の不利益変更に該当しないかどうか、の2点が重要です。手当の廃止や減額が労働者に不利益となる場合は、その変更に合理的な理由が必要であり、合理性が認められない場合、変更は無効と判断されるおそれがあります。
変更が無効になると、廃止した手当を請求されたり、廃止したはずの手当を残業代の算定基礎に含めて再計算されて請求を受けたりするリスクがあります。
労務管理の観点からの検討
労務管理の観点とは、「手当の見直しが、円滑な労務管理に役立つか」という意味です。法的には適法でも、労務管理にマイナスであれば、見直す意味がありません。
労務管理の点では、手当の見直しが従業員の理解と納得を得られるかが重要です。納得のない廃止や変更は、社員のモチベーションの低下や不満の拡大に繋がるからです。企業として必要性があるなら、手当廃止・見直しの理由を丁寧に説明することが大切です。単に「法律的に問題ないから」という説明ではなく、会社の経営状況や制度の見直しの必要性、全体の公平性なども踏まえて、合理性のある説明を徹底してください。
社員側への影響と対策を講じる
手当の廃止・見直しによって従業員にどのような影響があるかを事前に把握し、その不利益を評価しておくことが重要です。社員の不利益が大きいほど、合理的な理由が要求され、丁寧な説明が必要です。また、代替措置や経過措置といった対策を講じなければなりません。
例えば、次の対応が取れる場合、不利益は軽減され、社員の理解も得やすくなります。
- 既に支給実績のない手当の廃止である。
- 一律に支給していた手当を廃止する際は、基本給を増額する。
- 手当の廃止に伴い、一時的な「緩和措置」や「代替手当」を設ける。
手当の廃止や変更によって労働者のやる気が下がり、業務効率が下がってしまっては意味がありません。
代替措置・経過措置を検討する
手当の廃止や減額は、従業員にとって明確なデメリットとなることが多いため、影響を緩和する工夫が必要です。
代表的な代替措置としては、以下の方法が挙げられます。
- 減額した手当の相当額を基本給へ加算する。
- 減額した手当を原資として、成果に応じた評価制度やインセンティブを設ける。
- 社員のやる気を高める新たな手当制度を設ける。
一度に手当を無くすのでなく、数年かけて段階的に減額する「経過措置」も有効です。こうした配慮により、社員の不満を最小限に抑えることができます。
就業規則の変更と社員への周知
手当の見直し内容が社内で決定したら、次は従業員への周知が必要です。
就業規則や賃金規程の改定を行い、労働基準監督署への届出を済ませた上で、従業員に以下のいずれかの方法で周知する必要があります(労働基準法106条及び労働基準法施行規則第52条の2)
- 事業所内の見やすい場所への掲示または備え付け
- 書面による交付
- パソコンなどで、従業員がいつでも確認できる状態にする
なお、周知義務に違反した場合、30万円以下の罰金が科されることがあります。更に、単に形式的に周知するにとどまらず、説明会を実施したり個別面談を設けて丁寧に理解してもらったりといった機会も非常に重要です。特に、勤続年数の長い従業員ほど、従来のルールからの変化に抵抗感を抱きやすいため、丁寧かつ誠実な対応が求められます。
社員の同意を取得する
手当の廃止・見直しが労働条件の不利益変更に該当する場合、以下のいずれかの方法で対応する必要があります。
したがって、就業規則の変更が合理的であれば、個別の同意がなくても労働条件を変更できることとされていますが、上記「労働条件の不利益変更」にある通り、労働者保護のために厳しく判断されるため、実務上は、可能な限り労働者の個別同意を取得する努力をするのがお勧めです。
社員の同意を得る際は、トラブルを避けるため、以下の点に注意しましょう。
- 同意の強要と受け取られかねない言動を避ける。
- 内容と理由を丁寧に説明し、誤解のないようにする。
- 不利益な点についても隠さず正直に伝える。
よくある手当の廃止・見直しの具体例

最後に、実際によくある手当の廃止・見直しの具体例に沿って、適切な進め方を解説します。
通勤手当を廃止したケース
近年の働き方の多様化により、在宅勤務やリモートワークが普及し、通勤を必要としない社員も増えています。このような状況を受け、通勤手当を減額または廃止する例が見られます。
もっとも、通勤手当の廃止は、たとえ通勤そのものが不要でも、労働者には形式的に「手取りの減少」という不利益があるので、慎重な対応が求められます。例えば、通勤手当の見直しと合わせて、在宅勤務に伴って生じる費用(例:通信費や光熱費など)を補填する「在宅勤務手当」を導入する、リモートワークに必要なパソコンやWebカメラなどの機器を会社が支給するなど、代替的な支援を行うことで不利益を緩和する対応を取ることがあります。
このような代替措置を講じることで、労働者の納得感を得やすくなり、モチベーションの低下や不満の拡大を防ぐ役にも立ちます。
固定残業代やみなし残業手当の廃止
あらかじめ一定時間分の残業代を定額で支給する「固定残業代」「みなし残業手当」の制度は、多くの企業で導入されていますが、運用には注意が必要です。裁判例では、以下の2つの条件を満たさない制度は無効と判断されるおそれがあるからです。
- 残業代に該当する金額が、他の賃金部分と明確に区別されていること
- 定額部分を超える残業があった場合、その差額を支払うこと
仮にこれらの要件を満たさずに運用していた場合、固定残業代制度が無効と判断され、未払い残業代を支払う義務が生じるリスクがあります。そのため、このような制度を適法に維持・管理するのが困難であると判断する企業では、制度そのものを廃止し、実際の残業時間に応じた残業代を支給する方法に切り替える例も増えています。
固定残業代を見直す際にも、労働者にとって不利益となる場合があるので、十分な説明を行い、可能な限り理解と同意を得ることが大切です。
まとめ

今回は、企業が手当の廃止・変更といった見直しを行う際の注意点を解説しました。
手当を廃止することは、労働条件の不利益変更となるほか、近年の最高裁判例を踏まえると、「同一労働同一賃金」の考え方に基づき、正社員と非正規の不合理な待遇差に配慮して進めるべきです。特に、長年にわたり運営されてきた手当、理由不明の手当を見直す際は、現在の法令や裁判例に照らして法的リスクがないか、よく検討して進めなければなりません。
また、手当の見直しは、法律の観点だけでなく、社員の納得感やモチベーションなど、労務管理上の影響にも注意すべきです。会社の理念や文化に即した制度設計を行い、手当が本来の目的の通りに機能するよう整備し直すことは、組織の活力の向上にも繋がります。
制度の見直しを検討される際は、法的なリスク、従業員との信頼関係の構築の両面から、弁護士に相談しながら進めることをお勧めします。
- 手当を定期的に廃止・見直ししなければ、企業の金銭的リスクが増大する
- 支給実績や理由のない手当を放置すると、未払い給与が生じるおそれあり
- 手当の廃止の際は、不利益変更と同一労働同一賃金の両面に注意が必要
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