大規模なプラットフォームを運営するIT企業など、いわゆるプラットフォーマーを規制する法律が、2020年5月に可決・成立し、2021年2月より施行されました。
「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律」(特定デジタルプラットフォーム法)は、情報技術の発達によって急速に成長したプラットフォーマーの規制を目的とした法律で、Amazon、楽天、Yahoo、Apple、Googleの5社が対象として指定されました。
同法には、巨大なデジタルプラットフォーマーと、その取引業者やユーザーとの間の取引を透明化し、公正性を向上させるためのルールが定められています。個人ユーザーはもちろん、スタートアップ、中小・ベンチャー企業などにとって、プラットフォーマーとの関わりは社会生活に欠かせない世界となりました。
今回は、特定デジタルプラットフォーム法が成立した背景や内容、違反への制裁について、企業法務にくわしい弁護士が解説します。
- 大規模なプラットフォーマーは、情報の独占や利用者との格差などの問題点があり、規制が必要
- 特定デジタルプラットフォーム法の対象は、大規模で影響力の強い企業に限られる
- 特定デジタルプラットフォーム法で開示義務、措置義務などが定められるが、自主性が尊重される
特定デジタルプラットフォーム法が成立した背景
はじめに、特定デジタルプラットフォーム法が成立した背景、すなわち、「なぜ、プラットフォーマーの規制が必要なのか」という点について解説します。
プラットフォーマーの問題点
情報通信技術の著しい発達にともない、ビッグデータを収集し活用する大規模なIT企業ほど、ますます情報を支配し、急速な成長をとげることができるようになりました。
GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)に代表されるような大規模なプラットフォーマーは、EC(通信販売)、SNS、検索サイト、アプリストアなどのデジタルプラットフォーム事業を展開し、人々の生活に不可欠な存在となりました。
「プラットフォーム」とは、事業や取引の行われる「場」を意味します。プラットフォームが整備されることには、次のとおり、メリットもある一方でデメリットもあります。
メリットは次のとおりです。
- 良質なコンテンツがあるが販売網を持っていない企業にとって、自ら「場」を用意しなくても新規顧客にアクセスしたり、国内・海外の市場にアプローチしたりできる
- ユーザーにとって、プラットフォーム内で幅広い商品やサービスを選択できる
これに対して、デメリットは次のとおりです。
- デジタルプラットフォームでは、そのプラットフォーム内のルールは、プラットフォーム側が自由に定めることができる結果、独占、寡占のおそれがある
- プラットフォームが巨大化するほど、多くの個人情報や利用情報を吸い上げることができ、プラットフォーム提供者とプラットフォーム利用者との格差が更に広がる
プラットフォーマーによる独占・寡占のおそれ、格差拡大のおそれがあることから、デジタルプラットフォームにおける取引の透明性、公正性の向上が課題とされていました。オンラインモールやアプリストアにおいて、独占禁止法をはじめとした競争政策に関する透明性、公正性の問題点は、これまでも度々指摘されてきました。
2018年6月に閣議決定された「未来投資戦略2018-『Society5.0』『データ駆動型社会への変革』-」においてプラットフォームに関するルールづくりが指摘され、経済産業省、公正取引委員会、総務省などの関与のもと、ワーキンググループにおける検討が重ねられた結果、「特定デジタルプラットフォーム法」が制定されるに至りました。
特定デジタルプラットフォーム法の目的
以上のような成立経緯から、特定デジタルプラットフォーム法では、
- 特定デジタルプラットフォーム提供者の指定
- 特定デジタルプラットフォーム提供者による提供条件等の開示
- 特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性についての評価その他の措置
といった規定により、特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上を図り、もって特定デジタルプラットフォームに関する公正かつ自由な競争の促進を通じて、国民生活の向上及び国民経済の健全な発展に寄与することを目的としています(同法1条)。
この目的を達成するために、プラットフォーマーの中でも大規模なものを当面の対象とし、デジタル市場のイノベーションを阻害しないよう、デジタルプラットフォーム提供者の自主性、自律性にも配慮することなどが定められています。この点から、デジタルプラットフォームの発展のため、国による関与は必要最小限にとどめられてています(同法3条)。
特定デジタルプラットフォーム法の対象企業
特定デジタルプラットフォーム法では、デジタルプラットフォームの中でも、特に独占禁止法をはじめとした競争政策に対する影響力の強い、大規模な事業者を規制対象としています。
特定デジタルプラットフォーム法の規制対象などの定義について解説します。
デジタルプラットフォーム提供者とは
特定デジタルプラットフォーム法では「デジタルプラットフォーム」の要件として、「多数の者が利用することを予定して電子計算機を用いた情報処理により構築した場であって、当該場において商品等を提供しようとする者の当該商品等に係る情報を表示することを常態とするものを、多数の者にインターネットその他の高度情報通信ネットワークを通じて提供する役務」(同法2条1項)と定義され、主に次の3つの要素を有するものと考えられています。
- 多面市場であること
商品等提供利用者と一般利用者などの異なる利用者グループをつなぐ場であること - インターネット等を通じて提供されること
- ネットワーク効果を利用していること
商品等提供利用者と一般利用者の増加によって互いの便益を増進され、両者が更に増加する関係などを利用していること
このように定義された「デジタルプラットフォーム」の例には、オンラインモール、ECサイト、アプリストアやSNSなどが挙げられます。なお、特定のサービスに限定することなく、取引実態などの調査を通じて必要な範囲で指定され、規制対象とすることと定められています。
「デジタルプラットフォーム」を単独又は共同して提供する事業者を「デジタルプラットフォーム提供者」(同法2条5項)といいます。デジタルプラットフォームは国内サービスに限らず国際的に展開されるものも多いですが、特定デジタルプラットフォーム法では日本国内の市場の透明化・公正性の確保を目的とし、日本国内向けのサービスを提供する事業者が該当します。
特定デジタルプラットフォーム提供者の指定
「デジタルプラットフォーム提供者」のうち、特に取引の透明化、公正性の確保を図る必要性の高い事業者を、経済産業大臣が「特定デジタルプラットフォーム提供者」に指定するものと定められています。
経済産業省による指定は、事業規模、売上額、利用者数などを参考に、透明性・公正性の向上のために行われることとなっており(同法4条1項)、当面はオンラインモールとアプリストアが対象となります。
現在指定を受けているのは次の5社です。
【物販総合オンラインモールの運営事業者】
【アプリストアの運営事業者】
特定デジタルプラットフォーム提供者に対する規制
特定デジタルプラットフォーム提供者に指定されると、特定デジタルプラットフォーム法によって次の規制を受けます。
特定デジタルプラットフォーム提供者への規制の具体的な内容について解説していきます。
提供条件等の開示義務
特定デジタルプラットフォーム提供者は、利用者に対して提供条件等を開示する義務を負います。開示にあたっては、提供条件に関する利用者の理解の増進が図られるよう、経済産業省令で定める方法によって行わねばなりません(同法5条1項)。
開示すべき事項は、商品等提供利用者(プラットフォームにコンテンツを提供する者)と、一般利用者(一般ユーザー)とのそれぞれについて次のとおり定められています。
- 特定デジタルプラットフォームの提供を拒絶する場合の判断基準
- 自己の指定する商品購入・サービス提供を受けることを要請する場合の内容と理由
- 商品等の情報に順位付けする場合の、順位決定のために用いられる主要な事項(ただし、アルゴリズムの開示ではない)
- 特定デジタルプラットフォーム提供者が商品等提供データを取得・使用する場合における当該商品等提供データの内容及びその取得・使用に関する条件
- 商品等提供利用者が、特定デジタルプラットフォーム提供者の保有する商品等提供データを取得したり、特定デジタルプラットフォーム提供者に商品等提供データを他の者に提供させたりすることの可否、商品等提供データの取得・提供が可能な場合における商品等提供データの内容並びにその取得・提供に関する方法及び条件
- 商品等提供利用者が苦情の申出又は協議の申入れをするための方法
- その他、特定デジタルプラットフォームの提供条件のうち開示することが特に必要なものとして経済産業省令で定める事項
- 商品等の情報に順位付けする場合の、順位決定のために用いられる主要な事項
- 当該特定デジタルプラットフォーム提供者が商品等購入データを取得・使用する場合における当該商品等購入データの内容及び取得・使用に関する条件
- その他、特定デジタルプラットフォームの提供条件のうち開示することが特に必要なものとして経済産業省令で定める事項
また、継続して特定デジタルプラットフォームを利用する商品等提供利用者に対する提供の拒絶や、特定デジタルプラットフォームの提供条件の変更といった不利益の大きい行為を行うときには、その内容と理由を開示しなければなりません。
特定デジタルプラットフォーム法では、開示義務を遵守していないと認められるときには、速やかに必要な措置をとるよう経済産業大臣が勧告し、勧告に対して正当な理由なく措置を行わなかったときは、措置をとるよう命ずることができるとされています。あわせて、命令をしたときには、その旨を公表しなければなりません。
相互理解の促進を図るための必要な措置の実施義務
プラットフォーマー側が巨大企業で、その影響力が大きい場合、ユーザー側にとって大きな影響があるにもかかわらず事前に相談ができなかったり、あまりにも規模の格差が大きすぎて訴訟による責任追及が現実的ではなかったりといった問題点が指摘されていました。
この問題点を解消するため、特定デジタルプラットフォーム法では、特定デジタルプラットフォーム提供者に対して、商品等提供利用者との間の取引関係における相互理解の促進を図るために必要な措置を講じなければならないと定めています(同法7条1項)。
また、経済産業大臣は、そのために必要となる指針を定めることとなっており、必要な場合には、必要な措置を講ずべき旨を勧告できると定められています。なお、この勧告を行った場合には、その旨を公表しなければなりません。
経済産業大臣への報告書の提出と評価
特定デジタルプラットフォーム法では、プラットフォーマーのイノベーションを阻害しないよう、できる限り自律性、自主性を尊重した規制が目指されています。そのため、原則として自主的に行われることとなる事業者の取り組みについて、経済産業大臣による定期的なモニタリングとレビューが行われることが定められています。
具体的には、特定デジタルプラットフォーム提供者が、その取組み状況を経済産業大臣に提出し、経済産業大臣がその取組みを評価し、評価結果を公表し、これを踏まえた更なる自主的な取組みが促進されるようにすることとなっています。
特定デジタルプラットフォーム提供者が経済産業大臣に提出すべき報告書の記載事項は、次のとおりです(同法9条1項1号~5号)。
- 特定デジタルプラットフォームの事業の概要に関する事項(1号)
- 特定デジタルプラットフォームについての苦情の処理及び紛争の解決に関する事項(2号)
- 提供条件の開示義務に基づく開示の状況に関する事項(3号)
- 相互理解の促進を図るための必要な措置に関する事項(4号)
- 2号~4号までの事項について自ら行った評価に関する事項(5号)
経済産業大臣は、報告書の提出を受けたときは、経済産業大臣が把握する事実に基づいて、指針を勘案して、特定デジタルプラットフォームの透明性、公正性について評価を行い、評価の結果を報告書の概要とともに公表しなければなりません(同法9条2項、5項)。
また、特定デジタルプラットフォーム提供者側も、公表された評価の結果を踏まえて、デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の自主的な向上に努めなければなりません(同法9条6項)。
特定デジタルプラットフォーム法違反に対する制裁
最後に、特定デジタルプラットフォーム法に違反した場合の制裁として、公正取引委員会への措置要求、刑事罰の2点について解説します。
公正取引委員会への措置請求
特定デジタルプラットフォーム法の規制に違反するなどして、独占禁止法違反のおそれがあると認められる場合には、経済産業大臣は、その把握した情報をもとに公正取引委員会に対応を要請することとなっています。
具体的には、特定デジタルプラットフォームの透明性、公正性が損なわれるおそれのあるときで、独占禁止法に定められた「不公正な取引方法」の規定(独禁法19条)に違反していると認められるときは、公正取引委員会に対して、独占禁止法にしたがった適切な措置をとるよう要請することができるとものとされています。
また、その特定デジタルプラットフォーム提供者の行為による不利益の程度が大きいような場合には、公正取引委員会への措置請求を行うものとされています。
刑事罰
特定デジタルプラットフォーム提供者が、提供条件の開示義務に基づく開示に関する命令(同法6条4項)に違反した場合には、「100万円以下の罰金」という刑事罰の対象となります(同法23条)。
また、経済産業大臣への報告書を提出しなかった場合には、「50万円以下の罰金」という刑事罰が科せられるおそれがあります(同法24条)。
まとめ
今回は、情報技術の革新にともなって問題となる、巨大IT企業がプラットフォーマーとしてふるまうことによる問題点と、これに対する法的規制である特定デジタルプラットフォーム法の内容について解説しました。
特定デジタルプラットフォーム法では、プラットフォーマーの肥大化を問題視して、その透明性、公正性の向上のための規制を定めています。
規制の対象となる大規模なプラットフォーマー企業にとって同法の理解が必要不可欠であることは当然ですが、これらのユーザーないし取引先となることの避けられない小規模なスタートアップ、中小・ベンチャー企業にとっても、事業の成長、発展のためにはプラットフォーム規制を理解しておくことが有用です。
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