同一労働同一賃金の観点から、従来あった手当を廃止したり、見直したりする企業が増えています。
長く経営を続けている会社では、支給実績がなかったり、支給の理由が薄れていたり、全員一律に支払われ基本給の底上げにすぎなかったりなど、廃止や見直しを要する手当が残存しています。家族手当のように、時代の変化にともなって徐々に必要性を失いつつある手当もあります。
形骸化した手当を払いつづけるのは、同一労働同一賃金の点から問題なだけでなく、残業代のトラブルでも会社に不利益となるおそれがあります。一方、これまで支給してきた手当をなくすのは、労働者にとって不利益ある変更のため、その変更に合理性がなければ無効となってしまうのが実務の扱いです。
今回は、手当を廃止・見直しするときの同一労働同一賃金の考え方と、不利益変更の注意点について、人事労務にくわしい弁護士が解説します。
- 手当を廃止・見直ししておかなければ、同一労働同一賃金の考え方から、会社のリスクとなる
- 支給実績、支給理由のない手当を放置すると、思わぬ未払い残業代が発生するおそれあり
- 手当を廃止・見直しするとき、労働者にとって不利益変更にならないか注意が必要
会社が手当を廃止・見直しすべき理由
はじめに、なぜ会社が手当の廃止・見直しを検討すべきなのか、という理由を解説します。
なお、この2つの法律上の理由に加えて、法的に違法な状態が続くと、労働者のモチベーションが低下してしまうという副次的な悪影響もあります。
同一労働同一賃金違反となる
同一労働同一賃金とは、業務内容や責任などの観点から、同じ価値の労働を提供している社員には、その雇用形態が正社員か非正規化を問わず、同じだけの賃金を与えるべきとするルールです。
同一労働同一賃金の観点から下された、ハマキョウレックス事件(最高裁平成30年6月1日判決)、長澤運輸事件(最高裁平成30年6月1日判決)という2つの重要な最高裁判決では、正社員のみに支給されていた一部の手当について、有期社員には払わないとしていた点が不合理だと判断されました。
その後、大阪医科大学事件(最高裁令和2年10月13日判決)、メトロコマース事件(最高裁令和2年10月13日判決)でも同じく、手当についての格差を是正すべきだという判断が下されました。
これら近時の重要な最高裁判例からもわかるとおり、不適切な手当をそのままにしておくと、それによって不利益を受けた労働者から請求されたとき、支払いを命じられるおそれがあります。そのため、手当の見直しが大切なのです。
残業代計算で不利益を受ける
手当を見直さず、不適切な手当を放置したままにしておくと、「就業規則に定められているのだから払うべき」、「残業代計算の基礎に入れるべきだ」といった労働者側からの請求を受けてしまうおそれがあり、無用なトラブルをまねきます。
未払い残業代の計算では、家族手当、住居手当などは「除外賃金」とされ残業代の基礎に算入されません。
しかし、家族手当、住居手当などの名称であっても、実際にはすべての社員に支給されていたケースのように、「除外賃金」の実質を備えていない不適切な手当だったときは、残業代の基礎に算入されるのが実務です。その結果、会社が思っているよりも、未払い残業代が高くなってしまうおそれがあります。
廃止・見直しを検討すべき手当の例
次に、上記の目的から、実際に廃止・見直しを検討すべき手当の例を紹介します。
自社の手当を分析して、このような問題ある手当が存在したままになっていないか、順に検討してみてください
支給実績・支給理由がない手当
支給実績がない手当は、廃止すべきです。例えば、次のようなものです。
- 宿直手当を払っていたが、業態変更によって宿直がなくなった場合
- ある中途採用者の給与調整のために特別に支給していた手当
もはや社内に存在しない業務に対して払うこととなっている手当、すでに支給対象者が退職している特別な手当などは、廃止しておいてください。支給実績・支給理由のない手当であれば、廃止しても誰にも不利益がないため、違法となるおそれもありません。
全員一律に払われる手当
全員一律に払われている手当は、もはや手当をつける理由を失っています。例えば、次のようなものです。
- 賃貸の人にだけ払っていた家賃手当が、家の購入後も支給を止めておらず、全員一律に払われていた場合
- 代々続く会社を継承したが、理由のわからない手当が全員に支払われていた場合
会社が手当を支給するのは、労働者のモチベーションを維持したり、労働者に行ってほしい一定の行為規範を守らせたりといった目的がありますが、全員一律に支給するのでは、そのような目的は意味がなくなってしまっているからです。
むしろ、全員一律に払われている手当を残しておくと、賃金が硬直化し、成果に応じた変更が難しくなってしまうというデメリットがあります。
時代にあわない手当
時代にあわない手当は、不公平感を生むばかりか、ブラック企業とのイメージを抱かれるおそれがあり、廃止・見直しをしたほうがよいケースがあります。
例えば、家族のありかたが多様化した現代に、「既婚かどうか」、「子どもが何人いるか」といった家庭内のプライベートな事情を理由として、手当を必要以上に増減することは、社員間の不満を生むことがあります。
手当を廃止・見直しするときの方法
ある手当を廃止・見直しする方針が決まったときに、実際に手当を廃止・見直しする方法と、具体的な流れを解説します。
手当の廃止・見直しのときには、法律の観点(適法かどうか)と、労務管理の観点(円滑な労務管理となるかどうか)、2つの異なった側面からの検討が必要なため、適切に進めるためには難しい検討が必要となります。
- 法律の観点から検討すべきこと
同一労働同一賃金違反とならないかどうか
不利益変更かどうか、また、不利益変更の合理性があるかどうか - 労務管理の観点から検討すべきこと
社員の納得感が得られるか
社員のモチベーションを下げてしまわないか
手当の廃止・見直しの理由を検討する
労働条件の不利益変更をするためには、合理的な理由が必要とされています。そのため、手当の廃止・見直しをしたいときは、まずその廃止・見直しが労働者にとって不利益かどうかを考え、不利益があるときは次に、その変更に合理的な理由があるかを検討するようにしてください。
労働者にとって不利益の大きい変更ほど、合理的な理由がなければ、その変更自体が無効と判断されてしまいます。
手当の廃止・見直しが無効と判断されると、労働審判や訴訟で、なくしたはずの手当を請求されたり、なくした手当を残業代の基礎として計算し、より高額の残業代を請求されたりするおそれがあります。
合理的な理由は、法的な側面だけでなく、労働者の納得感を得るためにも重要です。「法律と裁判例からすれば大丈夫そうだ」というだけで満足することなく、労使の話し合いをしてしっかりと理由を説明できるように準備することも大切です。
社員側のデメリットを検討する
手当を廃止・見直しすることで労働者側に不利益があるとき、そのデメリットがどのようなもので、どの程度の大きさか、事前に検討しておいてください。手当の廃止や変更によって労働者のやる気が下がったり、業務効率が下がってしまっては意味がありません。
例えば、次のような扱いとするのであれば、デメリットは少ないと考えられ、社員からの反発を減らすことができます。
- すでに支給実績のない手当を廃止する
- 全社員に一律で支給されていた手当を廃止し、その分だけ基本給を増額する
- 手当を見直すことによる不利益を軽減する緩和措置をとる
代替措置・経過措置を検討する
手当を廃止、減額する方向で見直すときには、社員にデメリットがあるのは明らかです。このとき、社員の不利益を減らすための代替措置をあわせて検討しておく必要があります。
代替措置としてよく検討される手法は、次のものです。
- 減らした手当の金額分だけ、基本給を増額する
- 減らした手当を原資として、成果に応じて上がる給与体系を導入する
- 新たな手当をつくり、ルールを定める
ある手当の支給理由がなくなったり、形骸化していたりするときでも、社員のモチベーションを上げるような新たな手当をつくることがよくあります。
加えて、いっきに減額するのではなく、何年かに分けて徐々に減額するという「経過措置」を採用することで、労働者の不利益を軽減する方法も有効です。
手当の廃止・見直しを社員に周知する
以上の社内での検討が終わったら、決まった手当の変更内容を、社員に周知します。
具体的には、新しい手当のルールを就業規則・賃金規程に定め、労働基準監督署に届出をし、事業所に備え置くことで社員に周知します。労働基準法106条及び労働基準法施行規則第52条の2では、次のいずれかの方法で周知することが義務とされており、違反すると「30万円以下の罰金」という刑事罰に処せられます。
- 事業所の見やすい場所に掲示し、または備え付けること
- 書面を労働者に交付すること
- PC等の機器に記録し、労働者がいつでも見られるようにすること
そして、次に解説するとおり、手当の廃止・見直しの場面では、社員の同意をとらなければならないことから、このような義務を満たすための周知にとどまらず、説明会を開催したり、個別面談で説明したりなど、わかりやすい説明が大切です。
特に、古くからいる、勤続年数の長い社員は、変化を嫌う傾向にありますから、丁寧な説明が必要です。
社員の同意をとる
手当の廃止・見直しが、労働条件の不利益変更にあたるときには、労働者の個別の同意を得るか(労働契約法9条)、就業規則の合理的な変更をするか(労働契約法10条)の2つの方法があります。
労働契約法8条
労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。
労働契約法(e-Gov法令検索)
労働契約法10条
使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。…(略)
労働契約法(e-Gov法令検索)
このように、変更に合理性があればかならずしも社員の同意はいりませんが、実務的には、変更に合理性がありそうなときでも、かならず社員に説明し、同意を取得する努力をしておきます。
就業規則の変更が合理的かどうかは、「労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情」(労働契約法10条)という要素で判断されますが、これらを満たすかどうかについて、事前に判断するのがとても難しいからです。
社員の同意をとるときには、トラブルを避けるため、次の点に注意しましょう。
- 「同意を強要した」といわれるような不当なプレッシャーをかけない
- 手当の廃止・見直しの内容をよく説明し、理解を得る
- 誤解のないよう、デメリットを隠さずに伝える
【ケース別】よくある手当の廃止・見直しの具体例
次に、実際によくある手当の廃止・見直しの具体例にそって、法律違反にならず、かつ、社員のモチベーションを下げてしまわないためには、どのように変更したらよいか、解説していきます。
通勤手当を廃止したケース
働き方が多様化した現代では、在宅勤務やリモートワークが増えています。そのため、通勤が不要となった社員について、通勤手当を減額したり廃止したりする例があります。
通勤が不要になるとはいえ、通勤手当がなくなることは、形式的には労働者にとって不利益があります。そのため、リモートワークなどによって通勤が不要になったという実態にあわせ、これによって増加しうる費用について、別の手当に見直すことで不利益を軽減する方法とあわせて実施されるケースがあります。
労働者側の不利益を軽減し、社員のモチベーションを下げないために、通勤手当に代わって在宅勤務手当を支給したり、在宅勤務で使うパソコンやWEBカメラの支給、在宅中の光熱費・電気代・携帯代の負担に代えるという例です。
固定残業代、みなし残業代の廃止
あらかじめ残業代のうちの一定額を支払っておくという固定残業代、固定残業手当、みなし残業代などの制度は、裁判例における厳しい要件(少なくとも、①残業代にあたる部分が明確に区別され、②これを超える残業があったときは差額を支払う)を満たさないと無効となるリスクがあります。
基本給のなかに残業代をあらかじめ含むものを固定残業代、基本給とは別に残業代となる手当をあらかじめ払うものを固定残業手当と呼ぶことがありますが、いずれも、上記2要件を満たさなければ無効となることに変わりはありません。
そのため、固定残業代などの制度自体を廃止してしまったほうがよいと考える会社もあります。
この場合に、労働者の不利益を軽減するために、固定残業代などの制度を廃止する代わりに、今後は実際の残業時間に応じて計算し、残業代を支払うこととする例があります。
手当を廃止・見直しするときの注意点
最後に、手当の廃止・見直しを実際に進めるにあたり、会社側で注意しておかなければならないポイントを解説します。
法律上、人事政策上のさまざまな不都合を解消するため、せっかく手当を廃止・見直ししたのに、変更それ自体や変更後の内容が違法となってしまっていては、かえってリスクを抱えてしまいます。
同一労働同一賃金違反になっていないか
同一の労働に対して、同一の賃金を支払わなければならないとする原則を「同一労働同一賃金」といいます。主に、非正規社員の保護の観点から定められたルールです。
パートタイム・有期雇用労働法8条、9条では、非正規社員と通常の労働者(正社員)との間での不合理な労働条件の格差を禁じています。
- 均等待遇の原則(法8条)
「職務の内容」と「職務の内容・配置の変更の範囲」が同一の無期労働者と有期労働者とで、同一の処遇をしなければならないことを定めています。 - 均衡待遇の原則(法9条)
「職務の内容」、「職務の内容・配置の変更の範囲」、「その他の事情」を考慮して、不合理と認められるような相違を設けてはならず、均衡を保たなければならないことを定めています。
これらの非正規社員保護のための同一労働同一賃金のルールがあることから、手当を廃止したり見直したりするときにも、特に正社員と非正規社員(契約社員・パート・アルバイト・嘱託社員など)との間で、平等を欠くような状況がないかをチェックしなければなりません。
具体的な方法としては、まずは見直し後の手当の「目的」をよく分析し、その目的ごとに、手当の支給基準がきちんと整合しているかを検討します。
わかりやすくいうと「ある社員には手当が払われず、ある社員には払われている」というとき、その違いが、手当の目的と照らして妥当なものでなければ、同一労働同一賃金のルールに違反しているおそれがあるということです。
合理性のない不利益変更ではないか
労働条件は労使の合意で決まっているため、会社側が一方的に、労働者に不利益な変更をすることができるのは、合理性がある場合に限られるとされています(労働契約法10条)。
そのため、手当の廃止・見直しが、社員にとって不利益なときには、その変更に合理性があるかどうかを検討しなければなりません。まず、手当の変更によって、不利益になるかどうかを検討しなければなりません。
- 不利益変更になる例
支給実績ある手当を廃止するケース
手当の支給基準を引き下げるケース - 不利益変更にならない例
支給実績のない手当を廃止するケース
重要なポイントは、全体の原資を変更せず「ある人の手当を減らし、ある人の手当を増やす」という変更でも、不利益を受ける人がいる以上は、不利益変更にあたるという点です。成果主義型に変更するというケースも同様です。
そして、不利益変更にあたるときは、その変更に合理性がなければなりません。合理性は、前章で紹介した労働契約法10条にしたがい、次の4つの要素を総合的に考慮して判断されます。
不利益変更にあたるときも、以下の事情により変更の合理性が認められるならば、その手当の廃止・見直しは有効です。ただし、実務的には、どこまで配慮しても裁判で無効と反乱されるリスクは残るため、できるかぎり個別の同意をとりつけます。
従業員が受ける不利益の程度
従業員の受ける不利益の程度が小さいほど、変更の合理性は認められやすいです。
この点で、前章で解説した代替措置、経過措置などをあわせて採用し、労働者の不利益を軽減することが有効です。
変更の必要性
変更の必要性が大きいほど、変更の合理性が認められやすくなります。手当を見直さなければ会社の経営が成り立たないなど、業務上の必要性が大きい場合がこれにあたります。
変更内容の合理性
変更後の内容が合理的であるほど、変更の合理性が認められやすくなります。業種・業界や会社の規模など、他社の状況や時代の変化にあわせて、その変更内容が合理的かどうかを判断します。
従業員との事前交渉
従業員に事前にしっかりと説明し、納得感を得ておく(できるだけ、個別の書面による同意を得ておく)ことが、変更の合理性を認めてもらいやすい事情となります。また、社員のモチベーション維持にも効果的です。
まとめ
今回は、会社側が、手当の廃止・変更など見直しをするときに注意しておきたい点について、弁護士が解説しました。
同一労働同一賃金の考え方から、短時間・有期労働者(非正規社員)と、無期労働者(正社員)の格差を是正するのが、最高裁の傾向です。そのため、長く続く会社ほど、不適切な手当、無意味な手当を放置しておくことに大きなリスクがあります。
また、法違反を是正するという観点だけでなく、社員が会社の文化を理解し、モチベーション高く一丸となって貢献するという人事政策の観点からも、手当を有効に機能させなければなりません。
当事務所のサポート
弁護士法人浅野総合法律事務所では、企業の人事労務について精通しており、多数の会社の顧問弁護士としてサポートを行ってきた実績があります。
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人事労務のよくある質問
- なぜ、手当を廃止したり見直したりする必要があるのですか?
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意味のない手当を残しつづけると、同一労働同一賃金の観点からして、会社が思いもよらないお金を請求されてしまうおそれがあるからです。重要な最高裁判例が複数出ているように、正規・非正規の格差を是正するのが世の中の動きであり、形骸化した手当を残しておくのはリスクの大きい行為です。詳しくは「会社が手当を廃止・見直しすべき理由」をご覧ください。
- 手当を廃止したり見直したりするとき注意すべき点はありますか?
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手当を廃止したり見直したりするとき、現在も払いつづけている手当などのときには労働者に不利益となります。労働者に不利益な変更をするためには、労働者の同意を得るか、もしくは、変更に合理性が認められないと、その変更自体が無効となってしまうおそれがあります。もっと詳しく知りたい方は「手当を廃止・見直しするときの注意点」をご覧ください。